雨のち晴れ
メープルシロップ
第1話 梅雨のある日
雨がシトシトと降ってきた。
「うわっ雨かよ」
「直樹、傘入れて〜」
「しょーがねーな」
そう言って俺はカバンにさした折り畳み傘を抜き、バサリと開く。
俺の名前は
傘に入れて嬉しそうにしているのは
恵理とは中学1年の時から付き合って、付き合ってからもう5年が経つ。
周りのみんなも、どちらの両親からも認めてもらっている。
このまま結婚するんだろうなぁと互いに思っている。
「うっ」
恵理は突然胸を抑える。
「大丈夫か?」
俺は足を止め、彼女の顔を覗き込む。
「うん……大丈夫大丈夫!」
「なんか最近多くなってないか?」
「そんなことないよ〜直樹は心配症だな〜」
「そうか……」
「そうそう!」
さっきとは打って変わってけろっとした顔で元気良く恵理はそう言った。
彼女は幼い頃から心臓の持病がある。
高校に入り、良くなっていると恵理は言うが最近本当に胸を痛そうにする事が増えている気がする……
本人の言葉を信じ、俺は考えていた最悪のことを思考から消した。
恵理を家に送り、自分の家に帰る。
空気は少し湿っていて、なんだか気持ちが悪かった。
今年も梅雨の季節がやってきた。
雨は突然降るし、体育は中ばっかりだし……
俺はなんだか梅雨の季節が嫌いだった……
〜数週間後〜
今年は梅雨入りが遅かったため、梅雨が明けるのも例年よりもかなり遅くなっている。
この四連休が終わる頃にやっと明けるとのことだ。
でもやっとこの時期から抜け出せる。そう思うと気持ちが少し軽くなった。
明日は恵理と久しぶりに市内の方にデートをする予定だ。
俺は何かプレゼントを買いに行こうと朝早くから近くのショッピングモールに来ていた。
「これ絶対似合うな」
俺は手にとったイヤリングをつけている恵理を想像し、そう確信した。
喜んでくれるかな……
ワクワクと少しの不安を抱え、イヤリングをレジに持っていった。
「これ、お願いします」
「ありがとうございます。彼女さんへのプレゼントですか?」
「あ、はい」
「喜んでもらえると思いますよ」
俺の心を悟ったかのように優しく店員さんはそう言った。
「はい!」
会計を済ませ、店を出る。
「ありがとうございました」
綺麗なお辞儀で俺を送り出してくれた。
その後フードコートで昼飯を食べ、ショッピングモールを後にした。
朝は曇っていたのだが、今になって雨が少しずつ降り出した。
「チッ」
俺は舌打ちをし、傘をさす。
ポツポツと雨が傘に当たる音が鳴り響く。
シトシトと降っていた雨は、次第に土砂降りになっていった。
地面に反射して水が靴の中に入り、靴下が濡れる。
気持ちの悪い感触がする。
靴の中をぐちょぐちょとさせながら俺は家に向かった。
家までは歩いて30分程かかる。
こんなことなら、カッパを持って自転車で来たらよかった……
そんなことを思いながらも、俺は足を進めていった。
他の人に傘が当たらないように歩いて行く。
今日は連休だからか人数がどうもが多い。
少し足の裏が痛くなってきた。
なげーな……
どこかで休憩しようと思った時、カバンに入れていたスマホが音を鳴らしながら震えだした。
道の端によりカバンを開け、スマホを手に取る。
画面には、“松木恵子“と書かれていた。
恵理のお母さん?どうしたんだろう?
俺は疑問を抱きながらも通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「直樹くん……恵理が……恵理が……」
「え、恵理が?」
「かなり厳しいかもって……」
「え……」
恵子さんの泣きながら言った言葉を、俺は瞬時に理解することはできなかった。
恵理が厳しい?
なんでだ?
心臓のことなのか?
それしかないだろ。
厳しい?
どう言うことだ?
死ぬのか?
自分の頭で必死に自問自答し、言葉を理解する。
その意味が分かった時、俺の手から傘がこぼれ落ちた。
嘘だろ……
「中央病院ですよね?」
「うん……」
「分かりました」
俺は電話を切り、地面を蹴った。
どう行けばいいんだ?
俺は走りながら頭を回転させる。
その時、目の前の道の端でタクシーが止まっているのが視界に入った。
急いでタクシーの横まで行き、中に入る。
「はぁ、はぁ、中央病院まで、できるだけ早くお願いします」
「了解しました」
そう言って運転手さんはアクセルを踏み込んだ。
この調子だと、すぐに着く。
そう思った矢先、突然周の車が増え出した。
どうなってんだ?
俺が上半身を乗り出す様子を見て、運転手さんは口を開いた。
「今日は有名アーティストのコンサートが近くのドームであるらしいです。その渋滞かもしれませんね」
嘘だろ……
少しずつ動いていた車も、ついに止まってしまった。
俺は財布から入っていた五千円札を取り出す。
代金はまだ2500円を指しているが俺は1秒でも早く恵理に会いたかった。
「お釣りはいいです。ありがとうございました」
「えっ?あ、ありがとうございました……」
俺はタクシーから飛び出し、病院へ向かって走り出す。
ここからはまだ4キロ程ある。
体のあちらこちらに雨がぶつかるが、そんなのは全く気にならなかった。
10分程走ったとこで、足が急に重たくなる。
上手く前に進めない。
こんなことならもっと走っておくべきだった。
地面がぬかるんでいるのに気付かず、俺の体は思いっきり前に倒れる。
バシャッ!
最悪だ……
俺はすぐに立ち上がり、無理やり足を前に動かし、再び走り始めた。
何分走ったかは分からないが、なんとか病院に着いた。
入り口を通り抜けると、案内所に向かう。
「恵理の……松木恵理の病室はどこですか?」
「あ、あなたは松木さんの家族ですか?まず体を拭いたほうが……」
「彼氏です……早く会わせてください!!」
「す、少し落ち着いてください……でも許可がないと……」
「そんなこと言ってられないんですよ!」
「直樹くん!」
俺はいつの間にか声を荒げていた。
その声に気づいたのか、恵子さんが奥の方の部屋から出てきた。
「こっち!」
俺は恵子さんのいる部屋に向かった。
扉を横にスライドし、部屋に入る。
そこにはベッドに横になっている恵理がいた。
「恵理!」
恵理は目をうっすらと開けており、俺が来たのに気づいたのか、小さく広角をあげた。
俺はそんな恵理の手をそっと握る。
「恵理……」
マスクが恵理が息をする度にうっすら曇る。
今にも消え入りそうな息遣い……
心電図モニターには小さな凹凸が映し出されている。
恵理……なんで急に……
ほんの少しの希望に願いを込め、俺は握っている手に少し力を込めた。
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