幽霊と私
錆びた十円玉
第1話
世の中何があるか分からないというが、引きこもりの私には関係ない話だと考えていた。引きこもってばかりで親とは顔を合わせばすぐに喧嘩をしていた。そんなんだから、ほぼ毎日喧嘩をして、一週間に一回は母がキンキンと耳に響くような声で怒鳴って、それが煩わしくなった父が地下の書斎から出てきて、母を諫めて、さっさと失せろと言わんばかりの目でこちらを睨んでくるというのが、我が家のルーティンになっていた。私も親が嫌いだったし、親も引きこもってばかりの私を煩わしいと思っていたに違いない。正直なところ親なんか死んでしまえと思うこともあった。まぁ、親から言わせれば、私が死ねば、とか思っていただろう。所詮私はこの家のお荷物だろうし。しかし、本当に世の中何があるのか分からないものだ。まさか本当に親が死んでしまうなんて思いもしなかった。
ある冬の朝のことだった。目が覚めて、ボーっとしていた時、昨日の自分が何をしていたのか全く思いだせない事に気が付いた。必死に思いだそうとしていても親と喧嘩していたことぐらいしか思い出せなかった。これは何をしても無駄だと思い、確か親は旅行だったな、と思いながら一階に降りて、朝ご飯でも食べようとしていた。キッチンに行く途中、地下書斎に続くドアの前を通りかかった。ドアが少し開いてた。いつもは父に会いたくないから、このドアの周辺では早歩きをして通っていたのだけど、今日は何となく気になってドアの向こうを覗いたのだった。驚いて声も出なかった。母が頭から血を流して倒れていた。階段下に目を向けて、転がっている母のもとに恐る恐る近づいてみると母の目は濁って何も映さないでいて、死に際によっぽどの恐怖を感じたのか、顔が怒鳴っていた時よりも歪んでいて、醜かった。私は、視覚に訴えてくる母の死体に気を取られていたが、不意に父はどこにいるのかと脳裏に浮かんで、母の死体の傍にある書斎のドアを開いた。目の前に広がる光景が、一瞬、何のことなのか分からなかった。父は、顔が分からないほど頭部がぐちゃぐちゃになっていた。母よりも残虐なことになっていて、腰を抜かしてしまった。恐怖で体が震え、目の淵には涙が浮かんできた。そんな父の姿が見ていられなくて、もうその空間にいていられなくて、地下から逃げ出した。リビングまで逃げてきて、私は冷静になろうとした。色んな考えと親の変わり果てた姿がグルグルと頭の中を巡って、冷や汗も止まらず、恐怖に支配され続け冷静になんてなれなかった。それでもそこら辺をウロウロとして、何か思いつかないか考えていた。ふと私の目に電話が飛び込んできた。私は警察に連絡することを思いついて一目散に電話に駆け寄り、震える声で警察、警察、と呟きながら番号を押していった。一、一、とボタンを押しているうちに、私は冷静になった。いや、これは冷静と言えるのだろうか。利己的な考えが頭に浮かんで私はボタンを押さずに地下書斎に向かった。
地下書斎の鍵を閉めて、洗面所に向かっていた。頭の中にはこれで本当にいいのだろうかと思う自分がいるもののこれで本当に良かったと思う自分もいて、混乱していた。洗面所の鏡で自分の顔を見れば、真っ青になっていて死人のようだった。蛇口を開いて手についた不純物を落としていた。大変なことになったと思いながら、リビングのソファに座った。精神が限界を迎えてきているのが自分でもわかるほど、追いつめられていた。震えと冷や汗が止まらない。この場から居なくなってしまいたかった。そんな精神状態だったからだろうか。
「大丈夫?」
幽霊が見えるようになったのは。
あれから二日経った。自分のした事への恐怖心や罪悪感は風化されることはなく、日に日に増していっていた。親はどのくらい旅行に行くと言っていたか、もし誰か親の旅行期間を知っていて、いつまでたっても帰ってこないと思ったり、連絡が取れなくなったと言って警察に連絡されて、地下書斎の事が分かってしまったら。きっと私は終わりだ。何でこんなことになったのか分からなくて、頭を抱えていた。
「ねぇ、なんか寒くない?暖房付けようよ」
沈んでいる私をよそに明るい声が聞こえてきた。
「寒いって言ったって、幽霊は寒さなんて感じないんじゃないの?」
「それは偏見だってば!私だって寒いって感覚ぐらいあるわよ!さぁさぁ、暖房付けてちょうだい!」
「私、寒くないし、自分で付けたら?」
・・・全く呑気な幽霊もいたもんだ。こっちの気なんて知らないで暖房付けなさいとか自分で付ければいいのよ。はた迷惑な幽霊だけど、話している間は少しだけ気持ちが軽くなる。この二日間でこの幽霊のことが少しわかった。
~二日前~
「大丈夫?」
「誰?」
誰なの!この女は!この家には私しか居ないはず、どこから入ったの。鍵が開いているところがあったの?もしかして、見られた?地下書斎・・・見られた?
「誰?どこから入ってきたの?」
目の前の女は一向に話そうともしない。さっき自分がしたことが思いだされる。もし見られていたのなら、私のしたことが無駄になってしまう。焦りから一向に話そうとしない女に怒りが湧いてくる。
「だから、一体誰だっていうのよ!さっきから黙ってないで何か言いなさいよ!」
目の前の女は目をパチパチとさせている。しばらく女は思案して、ニンマリと笑ってこう呟いた。
「私、幽霊で、あなたの家に憑りつくことにしたの。よろしく!」
いろいろな事がありすぎて混乱していたのか、一体何を言っているのか分からなかった。
この幽霊はどうやら「カノ」と云うらしい。年齢は女性に聞くもんじゃないって教えてもらえなかった。何となく私と同じくらいか年上に見える。おしゃべりで、明るい幽霊だ。少々おせっかいなところもある。いつもの私だったら煩わしいと思うだろうが、今は状況が状況なのでありがたい存在である。しかし、暖房を付けろとか、人間らしい幽霊である。カノ曰く、このくらいこちら側では普通なことだと言っていた。幽霊に対するイメージが少し変わった。まぁ、元は人間だったのだから、このぐらいの感覚は普通なことなのかもしれない。でも、不思議なものだ。
「ねぇねぇ、君って引きこもりなんだよね?」
「そうだけど、それが?」
「別にー。何で引きこもっているのかなって気になっていたんだ」
急に何なんだ。この二日間、交わした会話はカノの話ばっかりだったのに、私についての話題になるなんて。自分の話をするのには飽き足らず、私の話まで聞こうとするとは。
「カノには関係ないでしょ」
「でも、私の話は沢山したよ!君の話も聞きたいな!」
「自分で勝手に話していただけでしょ」
まだ出会って二日しか経っていないのに個人的なことまで踏み込んでくるなんて。話したくないことの一つや二つくらいあるのに、何度も嫌って言っているのに。物わかりの悪いカノに段々イライラしてきた。
「ねぇねぇ、いいでしょ?私だって気になるもの」
「私は話したくないのよ!話しかけないでよ!」
私は怒りのままに叫んで自分の部屋へ駆けていった。カノと少し話したくない。一人になりたかった。
部屋のベットに蹲る。何で引きこもっているなんて質問、久しぶりにされたような気がする。引きこもり始めた頃は親も先生も皆心配して理由を聞き出そうとしていた。でも、時間が経つにつれて親も先生も皆私のことを気にしなくなっていった。親に至っては、私を煩わしいモノとして見るようになった。しょうがないだろうと思うけどね。でも、さっきは言いすぎたのかも知れない。カノは普段おちゃらけているけど、心配していたのかもしれない。つい怒ってしまったけど、あとでカノに謝っておこう。そう思っているうちにドアをノックする音が聞こえた。
「ねぇ、さっきはごめんね。ここ開けてもいい?」
カノの声だ。ちょっとおとなしめの声が静かな部屋に響いた。カノはカノなりに反省したのだろう。
「うん、いいよ」
私の声を聞くと控えめにドアが開いた。カノはドアの影からばつの悪そうな顔をしてこちらの様子を伺ってきた。
「さっきはごめん。もう・・・怒ってない?」
「もう怒ってないよ。だから入ってきていいよ」
カノはそう聞くと嬉しそうに笑って部屋に入ってドアを閉めた。・・・幽霊なら通り抜けられるだろうに、わざわざドアを開けて入ってくるとは律儀なものだ。やはり、人間らしい幽霊だなと内心微笑んでいた。
「そんなに見られると恥ずかしいよ」
どうやら私はカノのことを凝視していたようだ。カノが顔を逸らして恥ずかしそうにしていた。何かカノの乙女らしいところを発見したような気がする。・・・おっといけない。
「で、どうしたの?珍しいね、カノが私の部屋に来るなんて」
実のところカノは私の部屋にはあまり来ない。どうやら臭いがキツイらしい。カノにしか感じない臭いらしいが。だから、カノが自分から私の部屋に来ることなんて珍しいので少し気になってしまった。謝るためであってもカノは来なさそうだし。
「うーん。さっきのことを謝りたかったっていうのもあったんだけど・・・」
カノは話し辛そうにしている。もじもじして、意を決したように話した。
「私さ、生きている頃引きこもりだったんだよ」
「えっ・・・」
おしゃべりで明るいカノが引きこもっていたなんて・・そんな気配微塵も感じなかった。カノはお喋りだが、今までそんな話を聞いたことがなかった。
「学校でいじめられて、最初は耐えられていたんだけど、段々エスカレートしてきてさ、先生も助けてくれなくて、引きこもっちゃったの。親が厳しい人だったから殴られたりしたんだ。私、何にもしてないのに。悪くないのに。それで、居場所がだんだんなくなってきて、そして、・・・・自殺したんだ。自分の部屋で、首吊って」
知らなかった。カノが私と同じように引きこもりで、親に暴力まで振られて・・・辛かったんだろうな。
「今でも思いだすよ。あの日々を、あの瞬間を。段々首が閉まって、苦しい、苦しい、苦しいって思いながら助けて、助けてって。自分で死のうと思ってやっていたことなのにさ、最後の最後に及んで死にたくなかったらしいの。首に掛かった紐を掴んで、必死になって、目が霞んできて、やっぱり死にたくないという焦りがあってさ、何で私がこんな目に遭わないといけないんだろうって・・・ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、今でも憎いと思うし、後悔していると思うの」
聞いていて辛かった。いつも明るいカノが別人に見えるほど、カノにとってはつらい出来事だったのだろう。カノの顔は終始真顔で、どんな感情で話しているのか分からなかった。カノは急に微笑んでぽつぽつと話を続けた。
「私、この部屋にあんまり来なかったのはさ、死んだときのこと思いだしてしまうからなの。私と同じ引きこもりで、親から疎ましく思われていて、いつか私と同じように死んでしまうんじゃないかって」
「カノ・・・」
「おかしいでしょ。私と君は育った環境も性格も考えも、何もかも違うのに、今でも後悔しているから、君を通して昔の私を見ているの。おかしいよね、情けないよね」
「も、もしかしてさ、カノがさっき私にしつこく引きこもっていた理由を聞いてきたのって」
「今まで色んな人の家に憑りついてきたけど、いつも失敗してばかりで、少しでも話を聞いて力になれたらって。だから話してほしいの。話せる範囲でいいから。辛いことや嫌なこととかさ、ね?」
話せる範囲で?辛いこと?嫌なこと?私はカノと一緒でいじめられて引きこもった。確かにそこに至るまで辛くて、誰かに助けてほしくて仕方がなかった。だけど、だけど今は違う。今は違うの。いじめとかそんなレベルの問題じゃない。私はやってはいけないことをしてしまって、私は、私は・・・・
「ねぇ、私知ってるよ。君が二日前・・・何をしていたかを」
背筋に冷たいものが走った。私の感じていた恐怖心と罪悪感が一層増して襲ってきた。顔が真っ青になっていく感じがした。全身がガタガタと震える。
「み、見てたの?二日前の見てたの?」
力のない、裏返った声が私の口から発せられた。冷や汗が出てくる。ぽんっとカノが私の肩に手をのせた。私の冷たい体に温かみを感じた。恐る恐るカノの顔を見てみるとカノは初めて会った時と同じニンマリとした笑顔でこちらを見ていた。カノはそっと私の肩から手をどけて囁くように呟いた。
「大丈夫よ?私、幽霊だもの。君が何を言っても私が周りの人に伝える術はないんだよ。だから、安心して?全部言っていいんだよ。話せば楽になるんだよ」
そう、カノは幽霊、幽霊なのよ。何を言ったっていいんだ。今までの辛い事も、嫌なことも、私の罪を全部全部話してしまおう。少しでも楽になりたい。カノにそう言えば、ニンマリと笑っていた。
「何から話したらいいのかな?」
「じゃあ、二日前のことから。今は一番それがつらいでしょう?」
カノはニンマリと笑ったままだった。少し薄気味悪いと思いながらも、私には救世主に見えた。
「ふ、二日前、朝起きたら地下書斎で親が死んでいたの。母は頭から血を流して、父は顔が分からないほどにされていた。その場にいることができず、リビングでどうするべきか考えたわ。でもね、本当はここで警察に電話をするべきだったのよ。だけど、私は怖くなって死体を地下書斎に隠して無かったことにしてしまったの」
「どうして?どうして隠してしまったの?あの時点で君が電話をしていれば君はこんなつらい思いをすることも無く、違う人生を歩んでいたかもしれないのに?」
今まで黙っていたカノが口を開いた。が、相変わらずニンマリと笑っていた。
「私と親の仲が悪いことなんて近所では周知の事実だったのよ!一番に私が疑われるに決まっているじゃない!それに私は前日、親と喧嘩した記憶しかないのよ!記憶がないなんて言い訳にならない!ずっと一緒に家にいた私が一番怪しい!・・・・ヒッ」
カノの顔が真顔になっていた。顔に色がなくなっていた。カノはフッと鼻で笑って、いつも通りの顔になった。
「大丈夫よ。君の感覚はおかしくなんてないんだよ。誰だって自分に罪が被りそうになったら保身に走ってしまうものなのよ?だから、あなたの行いは間違っていないのよ。気を病むことなんてないの」
「カノの言っていることは正しくない!私のやってしまったことは正しくないけど、そんな理論おかしいわ!」
「どうして正しくないって言えるの?」
「な、何を」
「私は君を肯定しているんだよ?話して楽になることなんてないんだよ。話をして肯定されるから楽になるんだよ?それにこの世の中に正しいモノなんてないんだよ?わかるだろ?本当は誤ったことなのに正しいと教えられたら、それは後世までどんなに誤っていても正しい事とされる。そうして世界は作られていくんだよ。君の世界もそうなっているんじゃないか?君は自分の行いが正しくないことと言ったが、それはあくまでも自分の世界。世の中もっと広いのよ。そのくらい普通なの。だから、君の行いは正しいんだよ」
背筋がまたゾッとした。カノが別人に見えてきた。いや、別人なのではないか。カノではない別の何かを感じる。このままじゃいつものカノが戻って来ない恐怖を感じた。
「い、いつものカノじゃない!あなたは誰!」
私は勇気を振り絞ってカノに叫んだ。・・・するとカノは、はっとした様子で、ばつが悪そうにして笑った。
「ごめん。私さ、憎しみや後悔を持って死んだって言っていたでしょ。まだこれを消費できていなくて、たまにこういう意地の悪い感じになってしまうの。怖い思いさせてごめんね。嫌な思いさせてごめんね」
「い、いや。別に驚いただけ。幽霊にも色々あるんだね」
「ホントにそうなの!めんどくさいったらありゃしないわ!」
カノはばっと立ち上がって叫んだ。よかった、いつものカノだ。部屋の窓から夕日が差し込んできた。あぁ、もう夕方だったのか。私は膝に顔を埋めて、カノを見た。カノは嬉しそうに延々と話をしていた。さっきのカノは死にたくなかったカノの心だったのだろうか。最期の最期のカノの心に少しだけ、少しだけだけど触れられたような気がする。部屋には、真っすぐ伸びた大きな影が一つだけポツンとあった。カノは実に人間らしい幽霊だと思っていたが、ここまでとは思わなかった。まさか食べ物を食べるとは思わなかった。食べた食べ物は一体どこに行くのだろうか。謎である
「ポテチはおいしいわね!この不健康なフォルム、ちょうどいい塩気が何とも言えない!」
「幽霊も食べ物食べられるんだね。幽霊って不思議なのね」
「これくらいこちら側では普通なのよ!私だってお腹くらい空くわ!君は食べないの?」
「ううん。私、お腹空いてないからいい。それに最近食欲ないのよ」
カノはふーんと興味のなさそうな返事をして、ポリポリとポテチを食べていた。カノの食事風景を見ているのも飽きてきて目の前にあったテレビを点けた。点けたテレビのチャンネルでは、ニュースがやっていた。連日世間を騒がせている連続殺人についてのニュースだった。どうやらその殺人犯は家庭教師として、被害者の家庭に潜り込んでいたらしい。次は天気予報になった。明日はこの辺も雪が結構降るらしい。しかも今年で一番寒くなるという。それにしてもテレビなんて久しぶりに見たなぁ。ずっとパソコンやスマホばかり見ていたから、前の生活に戻った気分になる。ちらりとカノの方を見るとカノはジッとこちらを見ていた。どうやらポテチを食べ終えたらしい。
「一人で全部食べたの?」
「うん。おいしかった!久しぶりに食べたよ!」
・・・一人で全部食べてしまったのか。もしかしてカノって生きている時から結構食べていたのか・・・私でもこんなに食べないのに。
「さぁて!」
カノはパンと手を叩いて立ち上がって、にっこりと笑ってこちらを見た。な、何?
「君がなんで引きこもっているかを聞いてなかったわ!さぁさぁ!話してちょうだい!」
「なっ!急に何よ!」
「言ったでしょう。私、君の力になりたいって」
「そうはいっても急すぎよ」
「急すぎじゃないよ。それにさ、私思うんだよね。親の死体を隠したからといっていつかはバレるんだよ。それは立派な罪なんだよ。いつかは償わなければならない。明日か明後日くらいに親は旅行から帰ってくるってことになっているんでしょう。もう心の内を聞いてもらえる機会なんてないのかもしれないよ。だから・・・ね?こう思うとさ、早く話しておいた方がいいんじゃない?」
カノの言うことは一理ある。自分が疑われると思って、私の思い込みで罪を犯してしまった。償わければならない。以前のように気軽に話をすることもできる友達さえも居なくなってしまった。これが最後かもしれない。
「わ、分かった。話すよ、話す」
カノは自分の欲しい回答をもらってニンマリと嬉しそうに笑った。
「もう、半年くらい前のことよ。私のクラスである子の教科書が無くなったの。クラスメイトはもちろん犯人探しをしていたわ。でもね、私には関係ないと思って特に気にしてはいなかったの。教科書が無くなった子とはもともと関わりがなかったからね。でも、ある日の朝のことよ。学校に行ったら教室が騒がしくて、何事かと思ったら私の机をクラスメイトが囲んでいたの。気になって声をかけたら、今までクラスメイトに向けられたことのない目で見られたの。そうしたらクラスメイトの一人が、私の机からボロボロになった教科書が見つかった、と。私は何のことか分からなかった。反論したけど、 証人がいるって言われたの。その証人が私の一番の親友だったの。彼女は私が昨日教科書をボロボロにしているところを見た、とね。その発言がなされた瞬間、皆が私を非難したわ。私は驚いて声も出なかった。だって私と彼女はね、昨日、一緒にカフェに行っていたのだから。それから私に対する誹謗中傷から段々いじめへと発展していって・・・引きこもってしまったの。な、何よりつらかったのは一番の親友だと思っていた彼女に虚言までされて、裏切られたことが一番耐えられなかった。引きこもってから、彼女は何度も私に会いに家に来たわ。最近は家にまでとはいかないけどメールが送られてくるわ。話したい事があるって。いまさら何よ。話なんてしたく無い。裏切ったくせに。それから親との関係も悪くなって、こんなことにまでなって、本当に何なのよ。本当に」
私はカノに自分の思いを伝えるとカノは何かを考えているようだった。少し経った後、ニンマリと笑った。
「親友ちゃんは君に会いたいんでしょう?会ったら?」
「何を言っているの?私は会いたくないわ!」
何を言い出すのかと思えば、会えだなんて!・・・でも、私は罪を償わないといけない。もうしばらく会う事が
できないかもしれない。もしかしたら、何か伝えたいことがあるのかもしれない。私が彼女と向き合おうとしなかったから、今度こそ。
「私、彼女に会うわ。彼女の話を聞いた後、警察に自供しに行くわ」
「本当にそれでいいの?」
「うん。これから先、恐怖心と罪悪感に押しつぶされそうになりながら過ごしていくなんてできない。自分の罪はきちんと償うことにする。私は、親友と自分の罪と向き合うことにするわ」
カノはぽかんとした顔になった後、ええ、そうね、とニンマリと笑った。
今日は天気予報通り雪が降った。風もいつもより強かった。今日は眠れなかった。する事がないので家の中をぶらぶらと歩きまわっていた。もう、二度とこの家を見ることがないのかもしれない。私はずっと引きこもっていたから曜日感覚がなくなっていたけど、今日は金曜日らしい。今は十一時頃だから親友は今頃学校にいるだろう。だから親友の帰りを待って全て話すことにした。カノも行くと言ってくれた。カノには本当に感謝している。カノのおかげで一歩踏み出せた。リビングのドアを開けるとカノは外をジッと眺めていた。
「カノ、本当にありがとう」
カノは面食らった様な顔をして恥ずかしそうに微笑んだ。
「急に何よ!恥ずかしいじゃない!嫌だわーもう!」
「本当に・・・カノのおかげで向き合えたことがあるから・・・だから」
カノに私が思っているありったけの感謝を伝えた。カノがいなければ、私は罪を償うことも無く、自身の過去と自身の罪に苛まれながら生きていくことになっていたと思う。我儘を言えばもっと早くに出会っていたかった。
未だに雪がしんしんと降っていて、風も強くなっているような気がする。親友がいつ帰ってくるかわからないことに気が付いた私は、渋るカノを急かして彼女の家の近くで待機することにした。カノは家の外に出てから一言もしゃべらなかった。下校時刻になるにつれて、緊張してきていた。カノに励まされてここまで来たものの親友に拒絶されてしまうのではないかという気持ちもある。だけど、ここまで来たんだ。きちんと向き合うんだ!
ふっと顔を上げると遠くの方に一つの人影が見えた。その人はこちらに段々近づいてきていた。ようやく顔が見えた。その人影は親友だった。私は一目散に駆け出した。今まで感じていた緊張や不安は忘れ去っていた。ただただ、謝りたい、話がしたい!親友の前に立ち止まった。勇気を出して話しかけた。
「ね、ねぇ!」
・・・・・何が起こったか分からなかった。私の目の前にいたはずの親友はいつの間にか私の後ろにいた。親友は何事もなく歩いていた。すると親友は前にいる人物を避けて歩いて行った。避けられた人物はカノだった。カノはニタニタした顔をしてこちらを見ている。私はそんなカノのことを気にせず親友の後を追った。親友は淡々と歩いていってしまった。私の身に何が起こっているのか分からなった。混乱した頭で何が起こっているのか理解しようとしていた。そして、一つの答えにたどり着いた。
「私が今まで向き合ってこなかったらから、親友は私のことをもう・・・」
「違うわよ・・・」
カノの声が、落胆する私の心にひどく響いた。
「何が違うっていうの?何もかも遅かったんじゃ・・・」
カノは恍惚とした表情で私をジッと見つめて、嬉しそうに話し出した。
な、何を言っているの?意味が分からない。カノの様子がおかしい。まるであの時のような・・・・
「何のことやらさっぱりって顔しているわね。そうそう、君に言うべき言葉はこうだったわねぇ?」
カノは私に近づき、甘ったるい声で呟いた。
「この機に及んで何にも気づかないなんて、実に滑稽だわ!この三日間自身のことについて何も考えないなんて」
『ねぇ、ねぇ?今、どんな気持ち?』
頭に衝撃が走った。親の死体が思いだされる。そうだ、私は、私は・・・
「ぁ、ぁ、ぁ、あああああああああああああああああ!」
思いだした。三日前何があったか。そうだ、そうだ、そうだ!思いだした。この女、カノの正体を!すべて悟った瞬間、何もかも遅いことに気が付いた。カノは甲高い声で笑っていた。今まで感じていた感謝の思い、楽しかった思い出が全て消え去り、それを覆い尽くすほどの憎悪と復讐心が生まれた。だけど、何もかも遅かった。私の透けた体では、何もする事ができない。憎い、憎い憎い憎い憎い憎イニクイニクイニクイニクイ!・・・どうしていつも・・
「私は、チトセと言います。私はずっと後悔していることがあります。私は親友に最低なことをしました。私は、クラスで自分の陰口を言っていた気に食わない子の教科書を盗んで、ボロボロにしました。ですが、運の悪いことに見つかってしまったのです。私は必死に謝りました。しかし、許してもらうことは出来ませんでした。許してほしいなら、親友がやったと言えと言われました。そんなこと本来はしてはいけないのですが、その時の私は、平然とやってのけました。その結果、親友はいじめられ、引きこもってしまいました。私は、そこでようやく自分の行いが親友として、最低最悪のことだと恥ずかしながら気付きました。それから何度会おうとしても彼女は会ってくれなかった。当然ですよね。保身のために彼女を犠牲にして・・・でも全て遅いのです。彼女の一家は惨殺されて、もう謝ることも、恨みごとを言われることもできない。私は、このことを一生背負っていくつもりです。私が言えることではないでしょうが、今でも彼女のことは親友だと思っています。彼女は最期、私の想像もつかないほどの恐怖を感じたのだと思います。だから、彼女を殺した人が許せない。・・・長々とすいません。初対面なのに、私の話を聞いてもらって・・・カノさん」
チトセは涙を流して、親友のお墓の前に一緒にいたカノの方を見た。カノは、ニンマリと笑った。
「いえいえ、いいのよ。私、人の話を聞くの、大好きだから」
その二人の傍らに一人の少女が涙を流して佇んでいた。
終?
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