第34話 ロアミア教団④
「アル! アルー!」
名前を呼ばれてアルは意識を取り戻した。
「っつ……」
ゆっくり上体を起こしながら辺りを見回すと、僧侶が自分に回復魔法をかけていることにアルは気づいた。
一階の食堂で何度か見かけた覚えがあるので、同じクスノキ亭の住人だ。
「アル、大丈夫?」
僧侶の横で、レネオが心配そうにアルへ声をかけている。
「あれ? レネオは大丈夫か?」
「気がついたみたいだね。僕も気を失ってたけど、回復魔法をしてもらったよ。光属性の魔法って凄いね!」
「そうか。で、やつらは?」
アルは力を入れやっとの思いで立ち上げると、僧侶に礼を言って、レネオに状況を尋ねた。
「あれ」
レネオが指を差した方には、ロアミア教団の二人が縄で縛られ、兵士のような人物たちにちょうど連行される姿があった。
「なんだ? どうなったんだ?」
「俺が一歩遅れたら、お前らけっこう危なかったぞ」
急に後ろから声を掛けられ、アルが振り向くと、隣人のスパーノが立っていた。
「スパーノさん……」
「よお、アル。ひでえ顔だな」
「僕たちが気を失った後、すぐにスパーノさんが降りてきて、あいつら二人をやっつけてくれたみたい」
レネオがエイダに聞いた話を説明した。
「そうだったのか。スパーノさん、迷惑かけたな……」
パチン
アルが言い終わる前に、エイダの平手がアルの頬をはたいた。
「!?」
急なことにアルは声が出なかった。
「迷惑かけたなじゃない! 冒険者が相手の強さを見極めないで戦ってどうするのさ。これが未知のダンジョンだったら、あんた達死んでるよ!」
エイダはいつもより厳しい表情でアルを
「僕も同じこと言われたよ」
申し訳なさそうに言うレネオをよく見ると、片方の頬が赤く腫れていた。
「勇気と無謀を履き違えるんじゃないよ! 冒険者は生きて帰ってこそ一人前なんだからね」
ふんと言い残し、エイダは立ち去って行った。
「お前ら、女将さんはあれですげえ心配してるんだぜ。長年クスノキ亭にいるが、あんな心配そうな女将さんの顔、初めて見た。慌てて僧侶を呼びに駆け上がって行ってたからな。あんまり心配させるんじゃねえぞ」
スパーノはアル達の頭を軽く小突いた。
「わりい……」
「申し訳ないです……」
「謝る相手が違うだろ。ちなみにさっきのやつら、レベルは20以上あるぜ。女将さんがああ言うのも分かるだろ?」
「20!?」
スパーノの言葉に、アルとレネオはさらに恐縮した。
レベル差が10以上あるにも関わらず、何も考えず立ち向かった愚かさを恥じた。
それに、あんなチンピラにも勝てない弱さが情けなかった。
「くそっ……」
アルは思わず悔しさが言葉になっていた。何もかも半人前の冒険者なんだと強く思い知った。
「ま、今回はいい勉強になったと思うんだな。その程度で済んだのが幸いだ」
「はい。助けてもらってありがとうございました」
レネオは改めてスパーノに礼を言った。
「まじ助かったよ。そういえば、あいつらはどこに連れてかれたんだ?」
アルは、姿の見えなくなったロアミア教団の二人について訊いた。
「ああ。見てたとは思うが、あいつらはウォルテミスの衛兵に連れて行かれたよ」
「ウォルテミスの衛兵?」
「そうだ。俺があいつらを倒した直後、衛兵が何人も駆け込んできてな」
スパーノが言うには、衛兵はロアミア教団の二人を捕縛しにやってきたそうだった。
この前、アル達が冒険者ギルドに渡したポーションが、違法な薬物だったと判明した。そんなものを売りさばいているだけじゃなく、強引に寄付を募る中で、今日のような暴力沙汰も何度か起こしていた。
もう放置できないと判断した町の議会が、二人の捕縛命令を出したようだ。
「あのポーションが違法薬物? 教団がそんなことやってたんですか?」
レネオが驚いて訊き返した。
「教団がってわけじゃないらしい。議会がロアミア教団の本部に問い合わせたところ、あの二人が勝手にやったことで、教団はあずかり知らぬということだった。ホントかどうかは分かんねえけどな」
「なるほど、そうでしたか」
「ま、あの二人が捕まったんなら、これでこの件は終わりってことだな」
最後は気を失って締まりの悪い終わり方だったが、アル達はこの件が解決してホッとしていた。
「ほら、あんた達、いつまでもしゃべってないで、さっさと朝飯食べちまいな」
女将のエイダが食事を持って現れた。
いつの間にかテーブルとイスは元の位置に戻され、何事もなかったかのように食事の準備がされていた。
「冒険者なんだから、今日もしっかり食べて、しっかり冒険してきな」
いつものように厳しい口調だったが、アルとレネオは応援されている気がして、何だか嬉しかった。
「エイダおばさん、ありがとう!」
「エイダさん、いただきます!」
アル達は、相変わらず美味しいエイダの料理を食べながら、これを食べるために今日も生きて帰ってくるぞという気持ちになり、エイダへ強く感謝していた。
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