Star Ring Mind

@Tsurugi_kn

赤羽根の少年の話。

 むかしむかしのおはなしです。


 かつて、星の民と呼ばれる人達が、この国にいました。


 その人達は、宇宙から神様の使いとしてこの世に産み出された為、特殊な能力を持っていました。


 その能力を、マインドと呼びました。


 星の民の心そのものが、能力マインドとして現れているのだと言われている為です。


 道具も遣わずに火を起こしたり、水を操ったり、怪我を一瞬で治したり。そんな不思議な力、マインドを生かし、星の民は人々の生活を助けました。


 しかし、とても小さなことがきっかけで、人々は神様の怒りを買いました。


 その為か、星の民が次々とこの国からいなくなってしまいました。人々は普段、星の民の不思議な力に助けられてきたので、大層困りました。


 仕方なく、人々は能力マインドがなくても生活出来るように考え、工夫し、苦労しながらも国を発展させていきました。そして、大きくなった国の名前を改めて考えた時、ここは星の民が舞い降りた場所だから、と。冠を授けることに決めました。


 やがてこの国に、神様も一度は自分の元へ連れ戻した星の子を、また地上へ戻そうと考えてくれるように。


  


 ――と、いうのがこの国、ゲネラールに伝わる昔話である。ゲネラールが星と冠の国と呼ばれる理由でもある。


 はたはたと揺れる旗に描かれた冠と散りばめられた星々が、今日も街を見下ろしている。


「パトロール、完了っ」


 そんな街に一人、赤髪の少年が降り立つ。


 多くの人々が行き交う交差点のど真ん中、自動車を制止する為に点滅する信号機。少年はその信号機の上に器用に立ち、人の波を眺めていた。


 昔話の通り、この国は随分と発展した。神や星の民に頼らずとも豊かな生活を過ごせるように。


 その努力の結果なのか、マインドと呼ばれる能力を持つ者達が、近頃十代を中心として増え始めている。つまりは昔話の願い通りに星の民が帰ってきたと、喜ばしい出来事としてニュースとしても取り上げられてきたが。


 実際は、能力マインドに目覚めた者達は、昔話のように神様からの使いだの、お告げだの、そんな事は一切聞かされていないし、無自覚なまま能力を発現させる。昔は能力に目覚めた者を祝福し、崇めるような事すらあっただろうが、現在は違う。何度も言うが、この国は「星の民に頼らずとも生きていける」ようにしてきたのだ。能力を持つ者達への接し方など、すっかり忘れてしまった。


 故に星冠の国は考えた。

 当然ながら、能力を持つからといって、その者達全てが善人ではない。魔女という言葉もあるように、悪業を生業とする人種がいるのも当然だ。これからもっと能力者達が増えれば、悪さをする者も現れるだろう。


 正しき指導者が必要だ。悪事を取り締まる者も。


 そして作られたのが、能力マインド犯罪専門の特殊部隊である。


「あっ」


 何処かで、爆発音がした。

 その瞬間、長く伸ばされた少年の後髪が尻尾のように揺れた。ここまで爆風が飛んできた証拠である。


 少年はデフォルメされた大きな髑髏のイラストがプリントされたTシャツを着ており、その上に着込んでいるのは何処かの制服らしき上着と腕章。

 少年の視線の先では、もくもくと黒煙が立ち上っている。少年は高所だというのになんの躊躇いもなくその場から飛び降り、ずり落ちかけた腕章を握り締めた。


赤い風が吹く。


  

 ___


 数時間後。

星冠軍事警察能力専門部隊、医療班治療室。


 ここに所属するものは皆、治癒のマインドを持つ。軍で言えば衛生兵の集まりだ。無能力者よりも厳しい任務に向かう事が多い隊員の為に、作られた場所なのだが。


「……またお前か」

「うぃっス!」


 治療室の、問診を行う机と椅子を挟んで、白衣を着た青年と、元気良くビシッと敬礼する、先程信号機の上にいた少年がいた。因みに少年の顔は、傷だらけのボロボロである。


「……」


 ゴッ


「痛ェエエ!!」


 少年の頭に無言で手刀が振り下ろされる。

 じんじんと頭頂部から広がる痛みに、赤髪の少年は眼に涙を溜めた。


 少年の名はイービル。星冠軍事警察、能力専門部隊の一隊員である。赤髪に赤瞳といった少々特殊な容姿だが、口端から覗く八重歯が、その容姿を更に異質に見せた。例えるならば、悪戯好きの小悪魔のような。そんな容姿をした少年だった。


「兄貴っ、仮にも医療班だろっ!? 怪我人に何て事するんだよっ」

「その専門家の忠告を聞かない奴へのお仕置きだろうが」


 イービルは涙目で喚くものの、低い声で返され、う、と言葉を詰まらせる。


 対する青年の名は、メディスンという。


 能力専門部隊の中でも、医療班に所属する能力者である。彼の能力は自らの血を治療薬へ変化させるという少々特殊なもので、見た目では能力者かどうかはわからない。

 年は二十代前半程。頭にバンダナを巻き、サングラスをかけ、煙草を口に咥えている。白衣は着ているものの、到底医療関係者とは思えない容姿をしているが、その仕事ぶりは真面目そのものである。

 毎度の事ではあるが、医者である己の忠告を無視し、怪我をして帰ってくる義弟にメディスンは頭を抱える。


「うー、だってよ……」


 そんな義兄の姿を見て、イービルは言葉を濁し、眼を泳がせる。イービルもまたメディスンと同じ、能力者である。ただ、メディスンのように回復系ではなく、現場に出て暴れるタイプのものなのだが。


「す、好きで怪我してるわけじゃねぇしっ、ちょっと無茶な捜査すれば当然だしっ?」

「無茶な捜査して怪我してんのかゴルァ」

「……すみません嘘つきました真面目に仕事してます、はい」


 会話の後、メディスンは深く長い溜め息を吐いた。イービルはうーうーと呻きながら体を左右に揺らしている。その内その座った回転イスでくるくる回り始めそうだ。

 仕事。その言葉にメディスンは難しそうに頭を掻いた。

 確かに、怪我も当然である仕事では、あるのだ。

 能力者が増えたことにより、犯罪も過激になってきているこの国で、力を力で抑える事はやむを得ない事だった。

 しかし。それは本当に、こんな幼い少年がやるべき事なのだろうか?


「……ホント、しょうがねぇ奴。ほら、手ぇ出しな」 

「……ん」


 メディスンは溜息を吐くと、イービルに手を差し出した。イービルは案外素直に怪我をした手を差し出す。

 先程の黒煙の正体はなんてことはない、ただの事故だ。ガス漏れが原因だという。厄介だったのは、その事故現場が高所に位置していたということくらいか。

 イービルも能力を使った為、救助はその分楽になったが、現状を見ると相当な無茶をしたようだった。煤まみれだけならまだしも、顔や両手は小さな切り傷や火傷が確認出来る。


 まだ、事故で良かったかもしれない。


 これが、能力者絡みの犯罪現場だったとしたら、イービルはもっと無茶をしたかもしれない。

 兄という立場上か、メディスンの胃がキリリと痛む。 


「しみる」

「当たり前だ」


 ぼそりと呟かれた愚痴に条件反射のように返すメディスン。傷口に押し付けた消毒綿が僅かにじわりと赤色に染まる。

 一見、イービルは治療を嫌がって喚きそうな子供に見えるが、実はかなり大人しい。相手が義兄というのもあるが、注射など針が刺さる瞬間もガン見出来るタイプだ。痛いのがへっちゃら、と、いうのもある。

 入室したばかりの騒々しい雰囲気はそこにはなく、静かな時が流れていく。


「終わったぞ」


 その言葉に、イービルはぱっちりと目を開かせた。どうやらうたた寝をしていたらしい。欠伸をひとつ噛み殺すと、「さんきゅー」と御礼の言葉と同時に両腕を伸ばそうとする。

 しかしはたと気付き、慌ててその手を引っ込めた。

 もう己は幼子ではないのだから、と思い直し、怪訝な顔をするメディスンに愛想笑いを返す。


「あはは、なんでもないっ」


 とは言うものの、ほんとはハグのひとつくらいしたかった。

 義兄、義弟というものの、血の繋がりは二人にない。同じ施設育ちというだけである。本物の兄弟同然に育った為、甘えたい気持ちもあるが、イービルは現在十四歳。堂々と人前で甘えるには恥ずかしい年頃でもある。


 勿論昔は、堂々と甘えられた。飛び付いて、抱っこを強請れば、メディスンは嫌な顔ひとつすることなく、抱き上げてくれた。だが今は、恥もあるが、「もう餓鬼じゃないんだから」と笑って言われるのが目に見えていた。


 こうして軍警察の一員として働けるようになって。「大人」として見られるようになってから、義兄と触れ合う時間が極端に減った。


 それが、寂しかった。


「早く仕事に戻りな」


 その心情がわかっているのかいないのか、メディスンはにっこりと笑って促す。可愛い義弟の頭をわしゃわしゃと撫でて。こういう時だけ、子供扱いは忘れなかった。


「わかってるよっ」


 それがイービルが素直になれない要因の一つでもあった。

 イービルは思わず手を払い除け、その場から逃げるように駆け出していった。その背中をメディスンが何とも楽しそうに見つめている事を知らぬまま。



―――


 長い廊下を抜け、イービルが自分のデスクに戻ると、そこにあったのは大量の始末書。


「はい」


 ドサドサドサドサドサ


「……」


 そしてそこに更に追加されていく残酷な紙の山。


「本部長から頼まれた始末書。ちゃんと全部書いてね」


 凛とした声で、そう言い放つ少女。


 見た目はイービルとそう変わりない年齢のように見える。女の子らしく前髪を赤いヘアピンで止め、スカートからは健康的な足が伸びている。


 この少女の名はテイスト。メディスンの妹であり、イービルとは同じ施設で育った幼馴染である。彼女もメディスンと同じく医療班に所属しているが、今は見習いとして雑用をこなしている。こうしてイービルの元に始末書を運んだのは、偶然上から言い付けられただけだが。


「全部ッスか……」


 義妹からの残酷な仕打ちに、がくりとイービルは肩を落とす。まあ、義妹とはいえここでは仕事仲間、私情を挟む訳にもいかないが。


「自業自得ね」


 とはいえ、ツンとした態度でそう呟くテイストに、そんな甘えは通用するとは思えない。腰に手を当てて背を反らす姿が、幼いながらもキャリアウーマンのようである。


「無理。手伝って」

「嫌」 

「テイストぉお~…」

「情けない声出さないでよ! 恥ずかしい」


 長期休みの宿題の手伝いでも頼むかのような、軽い口調のイービルの言葉をバッサリと切り捨てたテイストだが、尚も食い下がり義妹の名前を呼ぶイービル。そんな義兄の姿に、テイストは心底に嫌そうに顔をしかめた。義兄が小さな子供のように手足をバタバタと動かす姿を見て、ハァ、と溜め息を付く。「しょうがないなぁ」と小言を漏らしながら。


「……夕飯の準備、手伝うなら助けてあげる」


 結局、そんな事を言ってしまう。 

 まあ、昔馴染という私情もあるが、この始末書の量は、赤の他人でさえ同情せざるおえない。先の言葉通り、自業自得ではあるもが。

 イービルは、そんなテイストの言葉に、パァっと目を輝かせた。


「勿論だっ!!」

「調子良いんだから……」


 全くどちらが歳上なのやら、と。

 テイストは肩を竦めつつもイービルの隣のデスクへ腰を下ろしたのだった。二人の距離が縮まったことで、イービルの中で過去の記憶が蘇る。


『近寄るなバケモノ!!』


 そう言われたのは、いつだったか。



―――

 始末書が全部済んだ頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。


 大量の始末書に追われ、そしてその後に休む間もなく、夕飯を作る。というのは中々体力がいる事だった。仕事から帰ってきて直ぐご飯作る全国の主婦凄い。尊敬する。なんて思いながら、イービルはエプロン姿のまま長椅子に倒れ込んだ。


 イービルが今いる場所は、小さな教会だ。

 先程まで子供の声で騒がしかったが、今は全員部屋に戻っている。

 ここは教会でもあるが、孤児を引き取る施設でもあった。イービルもここで育ち、現在もここで暮らしている。メディスンとテイスト兄妹も同じだ。だからこそイービルはこの二人とは血も繋がっていないが、義兄弟として接している。


 イービルはふぅっと溜め息を吐いた。大量の始末書と、弟や妹である子供達全員分の食事作りを一気に終わらせたのだ。流石に疲れる。自らの食事すら楽しむ余裕がなく、胃に流し込むのが精一杯だった。イービルは椅子にうつ伏せの体勢のまま、今日の出来事を振り返る。


 瞼の裏に、黒煙が焼き付いている。


 仕事とはいえ、また、自分は、能力を人前で使ったことに、今更ながら冷や汗が流れ出た。


 この国での能力者のイメージは、少なくともプラスである。他国では「異質なるもの」として恐れられ、国から迫害された歴史などがあるマイナスなイメージのものもあるが。

 ゲネラールでは星の民という昔話のように、かつての能力者達は崇められ、頼られ、人々の生活に必要不可欠なものとして扱われてきた。故に、現在でもそれに変わりはない。

 しかしそれでも能力によっては、見た目も、能力自体も、畏怖の対象として見られる場合がある。イービルにすれば、能力は決して良いものではなく、寧ろ煩わしいものだった。


 イービルは長椅子から立ち上がると、教会の奥へと歩き出した。そこには梯子が掛けられており、それを上ると鐘の元へと辿り着く。イービルの親代わりであるシスター達がその鐘を鳴らす為に決まっている時間に上っているのだが、普段は子供達に悪戯目的で上がられないよう、梯子は柵で囲われ、その柵には小さな鍵がついている。

 鍵とは言っても、玩具のような小さな南京錠で、ちょっと弄ればこじ開ける事が可能だ。イービルは元々手癖が悪い。ちょいちょいと弄るとその鍵はあっさりと開いた。柵の中に入った後、鍵はきちんと元通りに戻しておく。この慣れた動作から、常習犯なのがよくわかる。

 梯子を上がり、イービルは夜風で僅かに揺れる鐘の元へと辿り着く。しかし鐘を鳴らそうとかそういうつもりではなく、イービルの目当ては教会の屋根の上だ。外へと繋がる窓から屋根へと移動して、イービルは漸く一息つく。そして夜風を浴びながら、ゆっくりと目を閉じた。両腕を垂らし、全身の力をぬく。


 突如、バサ、という羽音が教会に響いた。鳥のものではない。それよりももっと巨大なものが立てた音だ。

 イービルの背中から、大きな両翼が生えていた。

 ただ、悪魔のように漆黒でも、天使のように純白でもない。


 赤。


 イービルの髪や瞳の色と同じように。赤色の翼がその背に生えていた。


 これがイービルの能力マインド。背から翼を生やし、自由に空を飛ぶことが出来る、飛行能力。


 ただでさえ無気味な、赤い髪と、赤い瞳なのに。

 能力でさえ、赤色に染まっていた。


 ――血のようだ。


 イービルはその色をそう思っていた。だから人前で翼を見せる事は極力しないようにしていた。しかし、仕事上そういう訳にも行かない。今日現場に飛び込んだ時も、その背に翼を生やしていた。


「ああ、モヤモヤするなぁ」


 そんなことをぼやいていると。


「どーした?」


 突如のんびりとした声が背中から投げ掛けられる。振り向かずとも正体はわかっていた。義兄であるメディスンだ。

 こうやってわざわざ人目のつかない所に来ているというのに、目敏くイービルを見つけたのだろう、その顔はにやついていた。

 鍵の壊し方くらいなら、イービルよりメディスンのが詳しいかもしれない。そんな事を思いつつ、イービルは羽根を広げたまま、メディスンの方へ顔を向けた。彼も屋根の上へと来ていた。しかし狭いので、イービルのように立つという真似はせず、丁度良い段差を椅子替わりに座っていたが。


「今日も仕事でさ」


 メディスンに近付きながら、イービルはぼやく。

 ここにメディスンがいるのは驚くべきことでもない、今までも何回かあった。だからこそいつもと変わらない調子で世間話を、いや、これは愚痴だろうか、とにかくそんな話を続ける。


「助けた奴のね、肩が、びくっ、て震えたの、見逃さなかった」


 わかりやすく不機嫌そうな、そして、何処か悲しそうな顔をしながら、イービルは言葉を続ける。仕方ないよね、とぼやくように言いながら、自らの赤い羽根を揺らして。


「まあさ、普通の人ならびびるよね。でも、俺が能力者だってわかると、ああ、って顔してさ。なんだろうね。」


 ふくざつ、と唇を尖らせた。 


 思い出すのは、この孤児院に預けられ、日もあまり立ってない頃だ。

 記憶もおぼろげ。両親の顔も覚えていない。加えて、異質な赤い髪と瞳。


「無気味ね」

「怖い」

「気持ち悪い」

「まるで悪魔憑きのよう」


 イービルの事を見て、そう囁く声もあった。

 イービル本人でさえ、そんな気がしていた。誰かを無性に殴りたくなったり、突然呻き声を上げて泣き出したり、そんな衝動が常にまとわりついていた。それはその時の精神の状態からだったが、幼い自分にストレスなどわかるわけがなかった。

 周りから遠ざけられ、孤独に苦しむイービルに転機が訪れたのは、初めてメディスンに能力を披露した時の事だ。

 その日はたまたま背中がむず痒く、こっそりと翼を広げている所を、偶然メディスンに見つかったのだ。

 何を言われるのかと身構えたが、向けられた言葉は優しげだった。


「――綺麗だな」


 と。


 実は、メディスンには色覚異常があり、特定の色を判別しにくい。特に、赤色が。故に補助用のサングラスを常に着用している。

 本人曰く、日常生活では不便はないそうだが。

 だからこそ、イービルの外見にも、能力にも、不思議に思うことはなく、素直に、綺麗だと思ったらしい。


「あんたには色がわからないからそう思うんだ。血の色なんて不気味だ」


 そうイービルは返した。それでもメディスンは笑って言った。


「もう一度見せてくれ」と。


「確かに俺に赤色は映らないけど、俺には綺麗に見えたんだ。人の見方なんてそれぞれだろ?俺が綺麗だと思った景色を、否定しないでくれよ」


 その言葉にイービルは目を見開いた。そんな事を言われたのは初めてだった。

 その時は、嬉しいと感じたし、感動さえ覚えたものだが、こうして能力専門部隊の隊員として制服を着用し、腕章をつけ、仕事をするようになってから、益々複雑な感情が渦を巻き始めている。


「もっと誇る事だと思うけどな」


 軽い口調で、メディスンは言った。イービルの複雑な心情を理解していない訳ではない。本音の言葉をぶつけたまでである。 


「兄貴にゃわかんねーだろうなぁー」


 故に、イービルががっくりと肩を落とすのも、仕方の無いことなのかもしれない。


「そもそも、俺の羽がくすんで見えてる兄貴には、不気味さなんてわかんないよ」

「見え方に拘るお前もどうかと思うがねぇ」


 昔交わしたような言葉を続けて、ああ、しまった。とイービルは思い直す。


 今まで、一番見え方で苦労したのはメディスンだ。それをよく知っている筈なのに、またそんな言葉を吐いてしまった、と。


 血の色がわからないのならば、当然、怪我人の治癒も相当難しい。怪我をしている箇所を見逃す事もあるのだ。メディスンの能力は薬を生成するというものであるし、外科的治療は専門外とはいえ、医療班に所属するのも難しかった。それでも死ぬ思いで医学の勉強をし、ほぼ特例という状態ではあったが、無事、職に就いた。 


「ごめん。でも、兄貴の能力は正直羨ましい」


 イービルは、謝りはしたが、それでも納得がいっていないらしく、小言を続けた。

 イービルのような飛行能力は、攻撃系の能力や回復系の能力とは違う。どちらかといえば、軍警など武力を奮うような職ではなく、パフォーマーとして活躍するのが、良い選択なのかもしれない。テレポーテーションなどを使う能力者もいるし、街の空を飛んでいるイービルがいたところで、なんの違和感もないのがこの国ではあるが。


 なにぶん、赤い羽根は、良く目立つ。

 せめて白や黒なら、天使や悪魔の擬似なるものだと笑えたのに。

そしてそれを、コンプレックスとして抱えているのが、このイービルという少年なのだ。


 メディスンは、うーん、と唸ると、閃いた!と言わんばかりにぽんと両手を叩いた。


「こういうのじゃ駄目なのか?」

「え?」


 メディスンはしっかりとイービルと目を合わしてから、その場を立ち上がり、そして軽やかなステップで、その脚を前へと踏み出した。 


「えっ」


 一瞬の出来事である。瞬きした瞬間にはメディスンは地面に向かって落ちていた。咄嗟にイービルもその場から飛び降り、メディスンの体に突進するようにして両腕を広げる。 


「あ、あにきのばかー!!」


 そんな叫びをあげながら、すんでの所でメディスンの両脇に手を差し込み、抱き留めるような形で持ち上げる事に成功した。大きく羽根は広げてみたものの、落下の勢いと成人男性の体重が加わって、流石にまだ大人とは言い難い未発達の肉体を持つイービルには負担が大きい。よろよろと降下していき、地面に二人してへたり込む。


「あははははは」


 ぜぇはぁと息を乱すイービルの横で、メディスンだけが楽しそうに笑っていた。流石のイービルも目をきっと鋭くさせ、大口を開けて八重歯を剥き出しにしながら怒鳴る。


「何考えてんだよ兄貴!!」

「いやだって、お前がこうするだろうなって思ったから」


 返ってきた言葉は、なんとも楽観的なもので。

 きょとんと呆けているイービルに向かって、メディスンは言葉を続ける。


「初めてお前の翼を見た時、すげーなって思ったよ。こうやって人助けが出来る能力じゃん、ただ綺麗なだけじゃない」


 今日だって、頑張ったんだろ。


 と、メディスンはイービルの手に人差し指を向けた。今日治療したばかりの傷が残る、その小さな手は細かく震えている。

 今日も、恐れられはしたが、感謝もされた。

 この、血のように赤く染まった、翼の能力で。


「……兄貴は俺の羽根、綺麗って思うの?」


 イービルは視線を泳がせながら、確認するように聞いた。

 この能力を、赤い翼を、初めて綺麗だと言ってくれた、大好きな義兄に。


「うん」


 返事はとても短くて、そして優しい一言だった。


 それだけでいいような気がした。


「ちょっと、お兄ちゃん!それにイービル!なにしてんのよ!」


 騒ぎを聞きつけたテイストが駆け付けてきた。彼女も未だエプロン姿のままだ。メディスンは実妹の姿にばつが悪そうに笑うと、冗談めかしながら逃げ出す姿勢を見せる。


「……待てよ兄貴!」


 追いかけっこを始めた兄妹の輪の中に混じり、赤い羽根の少年は笑う。


 この二人となら、明日も迷わず羽ばたける、そんな気がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る