貴方が前を向けますように
古日達 奏
第1話 始まり
********************
きっかけは些細なことだった。
彼女は、僕が辛い時に助けてくれた。
もう、彼女は覚えていないかもしれないが、それでも僕にとっては大きなことだった。
それが嬉しかったから、今度は僕の番なんだ。
********************
僕は、
その前の日は、同室の友人と夜遅くまでボードゲームをしていた。
「紡、起きて。そろそろ起きないと遅刻するよ。」
可愛らしい、小鳥の囀りが聞こえる。ああ、彼女の、声だ。
目を開けて、声の振る方を見ると、黒い髪をたなびかせて、こちらに手を振る女の子の姿が映る。パッチリした二重の瞳。ああ、相変わらず可愛いなぁ。
彼女の名は、
でも、これはありえない。
僕の通っている学校は、全寮制で、男子と女子に分かれてる。
男子寮は、基本的には二人部屋。
だから、相方はいないし、僕の好きな子が女子寮から来ている、なんてことはない。
それに、明らかにおかしなところがあった。
「目覚まし…」
「え?」
「目覚まし…ならなかった。」
「もう、かけてなかったんでしょ。」
ああ、応対まで完璧だ。
「もうちょっと寝ていたい。」
「もう、いい加減起きなさい。」
「やだー、もうちょっと寝ていたい。」
だって、こんなチャンス、これを逃したら、もう二度と無い。
絶対に、逃すものか。魂をかけても良い。
全力で布団にくるまり、うつ伏せになる。完全防御の体制だ。
「もう、せっかく作ったのに、いい加減怒るよ。」
ははは、小鳥が囀ってらぁ。良い声で鳴くねえ。
絶対嫌だね。ここで起きたら、この幸せが、逃げるじゃないか。
「やだ、醒めたくない。」
「いや、冷めちゃうよ?」
?話が、噛み合わない。
あまりの返しに、理解が追いつかない。
背中に、軽い感触を覚える。布団越しに、背中を軽く叩かれたようだ。
「…今、何時?」
「…7時40分。」
ああ、全然間に合う時間、良かった…のか?
「お、おはよう。」
寝ぼけたままに、身体が覚えている挨拶の言葉を発する。
「おはよう。」
そう返される。何処か、懐かしい感じがした。
全身にむず痒さを覚える。
夢から醒めて、慌てて支度する。寝癖で髪はボサボサ、顔は寝起きでガッサガッサ。こんな姿見られたら、もう、お婿に行けない。
「ご飯、用意したから、食べてね。」
さっきちらりと見えたのは、豚肉の生姜焼きと味噌汁とご飯だった。
そういえば、すごくお腹が空いている。
「あ、ああ。」
動揺が隠せない。何で?疑問符と幸せが交互に浮かんでは消えていく。
「それと、私、好きな人出来たから、紡も頑張ってね。」
「はい?」
「それじゃ、私、行くから。」
そういうなり、彼女は部屋から飛び出していってしまった。
「え?」
朝ご飯は、少しばかり、しょっぱかった。
振られたという実感を他所に追いやり、食器を洗い、家を出る。これなら、ギリギリ、間に合いそうだ。
学校に着くと、にこやかに「どうだった?」と聞いてくる奴がいた。
声の主はこの、前の席に座っている奴で、名前は
「どうもこうもないよ。」
そういって、ことの経緯を話す。
「もう、そこまで言われたら、他の人にいけばいいんじゃねぇか?」
そういう岳の顔は何処か濁っていた。
「そんなん出来ないよ。」
だって、あれだけの出来事があったんだ。他の人なんて、いけないよ。
岳は、それ以上何も言ってこなかった。
そうこうしていると、時間になり、先生が入ってくる。先生の苗字は
今日も教室は騒がしく、先生が息を切らして注意する。そんな、いつものやり取りを終えて、出欠を取る。
そこで、ようやく気が付いた。彼女が欠席していた、ということに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます