アクマの宝くじ(学校用)

コバヤシ

アクマの宝くじ

麻衣はこの四月に小学校四年生になった。

 早生まれのせいかクラスでも小さい方だが、明るい性格もあってそこそこ上手くやれているようだ。

 今年小学校に入学したばかりの弟の亮太は男の子らしくやんちゃだ。

 普段は外に出て公園を走り回ったりサッカーボールを追いかけている。

 

  最近は雨が多い。

 昨日もおとといも雨だった。

 まだ四月半ばだから少し冷たい雨だ。

 今週はずっと雨だとテレビの天気予報のお姉さんが喋っていた。

 こんな天候だから麻衣も亮太もエネルギーの発散場所がない。

 狭い部屋で、どたんばたんと取っ組み合いをしている。

 横浜市郊外の30坪少々の土地に建てられた築25年の木造中古住宅は、麻衣と亮太の成長とともに少々小さくなってきたのかもしれない。 

 麻衣は、亮太のことをかわいいと思うときもあるけど、たいていは、

 こにくらしい

 と思ってる。

 麻衣は、取っ組み合いにあきてノートと色鉛筆を取り出しお絵かきを始めた。

 亮太はつまんなくて麻衣にちょっかいをを出す。

 「まぁい! まぁい!」

 と亮太は大声で呼びかける。

 でも、麻衣は無視する。

 気にせずお絵描きを続ける。

 相手にされない亮太は、麻衣の書きかけのノートをふんだくって逃げ出した。

「亮太!」

 麻衣は、腹を立てて机をたたく。

「こっちまでおいで、べええ」

 亮太はこにくらしい顔をして走り出す。

「亮太っ! もうっ!」

 麻衣はもう頭にきて走り出した。

「待て!」

「やだよ!」

 亮太は、狭い階段に飛び込んで二階に上る。

「ママあ~、亮太が、亮太があ~」

 麻衣はママに助けを求めるけどママはお料理を作ってて、

「うるさい!」

 と逆に怒られてしまった。

 なんで私が怒られなきゃならないんだ!

 麻衣はさらに怒り心頭。その怒りは亮太に向かう。

 麻衣は、こにくらしい亮太をとっちめるために二階にいる亮太を追いかけていった。

 亮太はタタミ六畳間の部屋を意味もなくグルグルと回ってる。

 麻衣は亮太を追いかけ始めた。

 と、突然亮太が走る方向を変えた。

 タイミングが悪くて、麻衣と亮太はハチ合わせすることに。

 ごっちーん。

 麻衣と亮太は頭をぶつけてしまった。

 麻衣は目の前が真っ暗になり、どったーんと盛大にタタミに転がった。





「麻衣! 麻衣!」

 ふと目を開けるとママが心配そうに顔をのぞき込んでいた。

「ああ、よかった」

「ん~、どうしたの」

 なんだか麻衣はふわふわしたような気分だった。

「あんた倒れていたのよ! びっくりしたわよ!」

 ママは目に涙を浮かべていた。すごく心配したんだな。

 でも、なんで……?

 麻衣は何が起きたかを一生懸命思い出す。

「ああ! 亮太とぶつかったんだ!」

「そうなの? でも……」

 ママは亮太の方を見る。

 ぜんぜん元気で走り回ってる。

「あいつは、石頭なんだよっ!」

 麻衣は真っ赤な顔をして怒鳴った。


 ママは、布団をしいて、麻衣を寝かせる。

「しばらく、おとなしくしてるのよ。後で病院に行くからね」

 ママは、ドタドタと階段を降りていく。

 その音を聞きながら、

(ママも最近、ちょっと太ったのよね) 

 と麻衣は決して口に出してはいけないことを思った。

 亮太もママの後に付いて下の階に降りて行く。

 麻衣は布団の中で、ぼうっとしていた。

 おデコがじんわり痛くなってきた。

「亮太のばかっ!」

 麻衣は悔しくなって涙が出てきた。

 

 寝てるのもヒマなので、麻衣はゆっくりと体を起こしてきょろきょろと周りを見回す。

 麻衣は、まんが大好きっ子なので寝ながらマンガを読もうと思った。

 あれ?

 なんか、黒いぬいぐるみのようなものがいた。

 アクマのようなものだ。

 なぜアクマだと思ったかというと、どう見てもアクマ、それもサンリオ系のアクマのような風体だから。

 もっとも、あの手のキャラクターには絶対に採用されそうもない、意地悪そうな目が印象的だ。

 そいつと麻衣は、目があった。

 しばらく、見つめあう。

 あれえ? 頭ぶつけたせいで、変なものが見えちゃうのかな。

 麻衣は、目をこすった。

 もう一度見ると、そいつは相変わらずこちらを見ている。

 そいつも、少し困ってるようだった。つぃっと目をそらした。

 おかしいな~。幻じゃないのかなあ。

「あ、あのう……」

 麻衣は、声を出した。

 そいつは、きょろきょろと周りを見回した。

 どうも、そいつは麻衣に声をかけられたとは思ってないようだ。

「あなたは、誰?」

 もう一度、言ってみる。

 そいつは、自分を指差して

 「おれ?」

 といった。

 麻衣はおそるおそるうなずいた。

「おれが見えるの?」

 麻衣は、こくんとうなずく。

「まじで?」

「うん」

「ひえええええ!」

 そいつは、ノケゾリながら悲鳴をあげた。

 真っ黒けなので分からなかったが、そのオドロキ具合からきっと真っ青になったに違いない。




「まいったなあ……人間に見えるはずないんだけどなあ……」

 そいつは、本当に困ったようだった。

 きっと、ふだんは見られない存在なんだろう。

「あなた、アクマさん?」

「な、何で分かる?」

 なんでわかるって……。

 麻衣はおかしくなった。

 だって、それ以外にありえない格好じゃないの。とんがったシッポ。三角でイジワルそうな目にキバが見える口。アクマじゃなければ、小さい頃見たアニメのムシバイキンだよ。

「正体がばれちゃあ、しょうがないなあ」

 アクマは観念したようだ。

 でも、なんで急にアクマが見えたんだろう。

「あっ」

 麻衣は、青くなった。

「もしかして頭ぶつけたから、死んじゃうの?」

「はあ? 何言ってんの。死んじゃうときに来るのは、死神だよ」

 アクマは小馬鹿にして口をゆがめる。

 なんかムカつくだよね、この顔。

 なんでだろう。

「じゃあ、なんでここにいるの?」

「おれは、いつもお前のそばにいるんだよ

「えっ、いつも? 昨日も? 今日も?」

「お前の生まれたときからだよ」

「へえ!」

 麻衣は目を丸くする。

 でも、今までこんなの見たことないよ。

「ところでさ、お前、おれに話しかけるときは声に出さなくて いいよ。心の中でしゃべりな。みんなが麻衣は頭おかしくなったって騒ぐから」

「えっ、ていうことは、みんなには見えないの」

 麻衣は、心の中でアクマに話しかけた。

「普通は見えないんだよ。おれは」

「なんで見えるんだろう?」

「う~ん」

 アクマは腕を組んで、うなったまま黙ってしまった。

「頭、ぶつけたから?」

「まあ、それしか考えられないわな~」

「そうねえ」

 麻衣も同意した。

「ねえ、ねえ、アクマさん」

「なに?」

「どうして、麻衣のそばにいるの? 何か悪いことするの?」

 麻衣は急に心配になった。

「別におれはお前に悪さなんかしないよ。それに、お前だけじゃなくみんなにおれみたいなアクマがいるんだよ」

「へえ!」

 麻衣は、心底おどろいた。

「ママにも? パパにも? 亮太にも? ユキにも? シオリちゃんにも?」

 麻衣は、家族や友達の名前をあげた。

「みんなって言っただろう」

「へえ!」

 麻衣は、へえっとかふうんとか、ひゃ~とかとにかく感心した言葉を発っしながら、でもなんか楽しそうだった。

 なにしろ、こんなことはめったにない。

 それに、昔見たアニメのキャラクターみたいだし、マンガの主人公になったような気分だった。

「まあ、でも、仕事はなんだかやりずらいな」

 アクマは、頭をぽりぽりかいた。

「仕事? 仕事なんてあるの?」

「そりゃあそうだ。意味なくここにいるわけじゃないよ」

「やっぱり悪いこと?」

「違うってば。みんな、アクマっていうと悪いことをするようなイメージだけど、違うよ。アクマにもいろんな種類があるんだから。少なくともおれ達の種類はお前達に悪さなんかしてないよ」

「ふ~ん。わるいことしてないんだ」

「みんな、誤解してるんだよ。おれはただ、クジを出しているだけさ」

「クジ?」

「そう」

「どういうこと?」

「つまり……」

アクマはしたり顔で説明を始めた。

「お前達人間はさ、危ないことや悪いことをよくやるだろう?」

「よく……ではないけど」

「でも、やるだろ?」

「まあ……」

「さっきだって、狭い家の中を走り回った」

「でも、あれは亮太が……」

「関係ないさ。あのとき、お前はとにかく狭い家を走り回った。人がどうとか関係ないよ」

「う~ん」

「そして、その結果、どうなった?」

「頭ぶつけて、くらくらした」

「そういうことさ」

「???」

「つまり、お前さんがやったことに対して、いろんなことが起きる。例えば、家の中を走り回れば、そういう事故になる。もっとくわしい言い方をすれば、そういう事故になる可能性がある。その可能性をおれ達はクジにするんだ」

「え~、ぜんぜん分からない~」

 麻衣がそういうと、アクマは、やれやれ、という風に両手を広げて、クビをすくめた。

 おまえは、外人か?

 と麻衣は、突っ込みたくなるしぐさだった。

 なんだかな~、こう、このアクマの顔ってさっきから見てると妙にムカつくのよねえ。

 何かを思い出す顔だよ、こりゃあ。

「つまりさ~、お前が家の中を走るということについて言えば、危ないことなんだよ。で、おれは何をするかというと……」

 アクマは、手品のように手の平からパッと黒いお金のようなものを出した。

「何、それ?」

「これがクジみたいなものさ」

「宝クジみたいな?」

「そう、これをお前のために出すのさ」

「それで?」

「このクジは、お前が買ったんだよ」

「あたしが?」

「そう。例えば家の中を走り回るということは、このクジを100枚買ったに等しいことなんだ」

「100枚? あたると何がもらえるの?」

 麻衣は、不思議そうにその紙を眺めた。

 アクマは、アクマっぽくにやっと笑った。

「大当たりすると【死】がもらえるのさ」




「死……」

 麻衣は真っ青になった。

「まあまあ、最後まで聞きなよ。そうそう大当たりはしないからさ。100枚くらいなら、めったに死なないよ。中当たりや小当たりは結構でるけどね。さっきの頭ごっちんこなんか、さしずめ中あたりだよ。気絶するなんてそうそうないからね」

「小当たりだったら?」

「すっころんで、すりむくぐらいかな」

 麻衣は、少しアクマの言うことが分かってきた。

「つまりお前達人間が悪いことや危ないことをすると、その分クジを買うんだよ」

「うん」

「このクジを買うことで、クジを買った奴には何かが起きる可能性がある。もちろん、運良く何もおきないこともあるよ。クジだからね。必ず、やったら悪いことが起きるわけじゃないんだ。でも、例えば、すごく危ないことをしたとするよね」

「道に飛び出すとか?」

「そう、そう。そういうのはとても危ないよな」

「うん」

「そうしたら、このクジを10万枚買ったことになる。でも、10万枚買っても、必ず大当たりするわけじゃない。おれ達は、常に自分が面倒見ている人間が何かをやる度にこのクジを出しているのさ」

「え~、そんなクジいらないよ~」

「だったら、何もしないことだね。へでもコイて寝てれば」

 アクマは、鼻くそをほじっている。

 その無心に鼻をほじっている時の微妙な口のあけ具合で、なんでアクマを見ているとムカつくのか麻衣は分かった。

 そうだ! 亮太に似てるんだよ! いじわるしている時の亮太の顔にそっくりだよ!

 麻衣はムゥとにらんだけど、アクマはぜんぜん気にしてないみたいだった。


 麻衣は、アクマの出すクジのことは分かった。よくテレビでやってたり、ママがわくわくして買ってくる「宝くじ」はたくさんのお金がもらえる、当たるとうれしい宝くじ。

 でも、アクマの宝くじは、当たると悪いことが起こるマイナスの宝くじ。うれしい宝くじは、一等何億円とかだけど、アクマの宝くじは、一等は死んじゃうような悪いこと。

 それは、わかったけどさ。

「なんで、そんなことをするの? 神様とかから、やれって言われてるの?」

「いんや。神様なんておれも知らないよ。会ったこともない。なんでかって言われると、実はおれもよく分からない。ただ、人間はさ、いいことをすればいいことがあるとか、悪いことすれば悪いことがあるとかって思ってるだろう?」

「うん、よくバチが当たるってママがいうもの」

「そうそう。きっとそういう人間の気持ちがおれを生み出したんだろうなあ」

「ふ~ん。じゃあ、いいことをしたら、いいことが起きるクジをくれるの?」

「いや、それはない。それはおれの役目じゃないからな」

「誰の役目?」

「テンシの役目さ」

「テンシ? テンシがいるの?」

「多分ね」

「あたしには、見えないよ」

「おれにも見えないよ」

「じゃあ、いないカモ?」

「まあね。でも、おれが言うのもなんだけど、アクマがいたらテンシもいそうじゃない? ただ、おまえさんが頭ぶつけて、見えるようになったのがたまたまアクマだってことさ」

「ふうん」

 麻衣はやっぱり納得できなかったが、アクマ本人にも分からないんじゃしょうがない、とあきらめた。




「麻衣、病院いくよ」

 ママが階段を上りながら言った。

「え~、平気だよ」麻衣は元気よく答えた。

「だめだめ、頭はあぶないんだから」

「はあい」

 麻衣は、ママの後ろについていった。

 亮太も一緒だ。アクマは亮太の頭の上に乗っている。

 なんか、本当に兄弟のようだよ。

 

 クツをはいて外にでる。家の外に大きいワンボックスカーがある。キャンプや旅行にいけるように、とパパがこの間奮発した奴だ。

 麻衣と亮太は、スライド式の車のドアを開けて、後部座席に座った。ママがエンジンを掛ける。

 すると、亮太の頭に鎮座していたアクマが例の黒い宝くじを10枚だした。

「えっ」

 麻衣はびっくりした。

「なんで?」

 と、心の中でアクマに訊く。

「だって、車に乗るってことは、危ないことだもん」

「ええ~、でも~」麻衣は心の中でブゥブゥ文句を言う。

 アクマはため息をつく。

 分かってねえなあ、そんな顔。

「あのさあ、車に乗るんだから、事故の可能性もあるし、急ブレーキで頭ぶつけるかもしれないじゃない」

「10枚は多くない?」

「こんなものだよ。雨降ってるし、よくお前は車の中で悪ふざけして、ずっこけるでしょ。あれは、小あたり」

「大当たりは?」

「ほとんどないよ。10枚じゃね」

 車は家の車庫を出て、病院に向かった。


 十五分ほどで病院の駐車場についた。10枚のクジを出されていた麻衣は、なんだか心配でおとなしくしていたが、無事にたどりついて、すごくほっとした。

 病院は、麻衣がいつも行ってる「横浜協同病院」という大きな病院だ。

 麻衣は、小さい頃少し病気がちだったので、おなじみだった。

 麻衣達は駐車場で車を降りて、カサを差しながら病院へ歩いていく。

 4月の雨は冷たくてうっとうしい。病院の玄関でカサをたたんで、カサたてに入れて中に入ろうとすると突然、アクマが黒いクジをいっぱい取り出した。

「な、なんで?」麻衣はびっくり。

「だって、病院はいろんなうつる病気の人とかいるもの。病気になる可能性が高いからさ」

「それにしても、ちょっと多いんじない?!  何枚出してんの!」

 あまりにも訳が分からないので、麻衣はちょっと怒り出した。

「怒るなよ。これでも病院では少ないほうだよ。ほんの200枚だよ」

「にひゃ、にひゃ、にひゃ」

「200だよ」

「多すぎ!」

「でもさ、本当にいろんな病気があるんだよ。インフルエンザとかの風邪にうつってもかなりヤバイし、ミズボウソウやフウシンだってあるからな」

「でも……」

「この病院は、広くてしっかりしているから、まだそういう病気が移ることは少ないけど、もっと不潔な病院だったら、もっとクジ出してやるぜ」

「むぅ……」

 麻衣は、どうにも納得いかないが、どうすることも出来ない。

「家に帰って、手洗いウガイしなかったら、ボーナスであと300枚出してやるぜ」

 むかっ

 そのアクマの顔が憎らしいので、つい、手が出てしまった。

 ところが、アクマはひょいとよけたものだから、亮太の頭を麻衣のゲンコが直撃。

 いきなりひっぱたかれた亮太は、目をぱちくり。間髪入れずに麻衣にケリを入れたものだから、また喧嘩になってしまった。

 アクマは、ヤレヤレとその様子を見ている。

「怒りっぽいやつは、クジをたくさん買うんだよな」

 アクマは、病院で暴れる麻衣に黒いクジをたくさん出しながら、ひとりごとを言った。

 麻衣は、まったく気付かない様子で、亮太と叩きあいをしいている。

 そのうち、亮太が逃げ出した。

 麻衣がダッと追いかける。

 ところが、雨で麻衣のクツはぬれていたから、すって~ん、と転んでしまった。

 しこたま、ひざこぞうを病院の床にぶつけた。

「えっ、えっ、え~ん」

 麻衣が泣き出す。

「「ば~か」」

 亮太とアクマが同時に言った。

 麻衣は、もう腹が立つわ、情けないやらで、すっかり悲しくなってしまった。

 はっ! 小当たり?!

 麻衣は気がついた。

 麻衣はアクマをギッとにらむ。

「だから、おれのせいじゃないって」

 ふんだっ。





 麻衣は"のうは"というものを計るといわれて、へんな電線や吸盤のついた機械で検査を受けたりしたが、

「気持ち悪いこともないし、多少脳波が乱れているけど、2~3日で治るでしょう」

 と先生に言われた。

「そうか~、治ったらアクマは見られなくなるのかな~」と麻衣は思った。

 アクマが見られるのは、なんか不思議な感じで面白いのだけれども、このアクマったら、何をしても例の黒いクジを出す。

 そのたびに、いやな気分になるものだから「早く見えなくなればいいのに」と麻衣は思う。

 もう、最高に腹が立ったのは、病院のトイレに行ったときだ。

 アクマときたら、病院のトイレに行こうとしたら、60枚もクジを出すのだ。

 頭に来て、我慢しよとうしたら、やっぱり60枚のクジを出す。

「どういうことなの。トイレに行っても、行かなくても60枚ってさ」

「だって、病院のトイレは、病気がうつり易いし、ガマンすれば、こんどは膀胱炎っていう病気になりやすいから」

「どうしろっていうのよっ!」

 麻衣は、アクマのしっぽをつまんで、アクマをにらみつけた。

「家出るときに、ちゃんとおしっこ行っておけば」

 アクマはフンっとそっぽを向いた。

 

 

 


 次の日もアクマは、麻衣の周りにふわふわと浮いていた。

 学校に行こうとしたら、2枚。交通事故になる場合があるからだってさ。

 体育で3枚。友達とブランコしたら10枚。鬼ごっこが12枚。

 いちいち、うるさいったらありゃしない。

 でも、死んじゃう可能性があると思うと心配になる。

 帰り道も、近いけど大きい道で帰ろうとすると4枚で、ちょっと遠回りだけど交通量の少ない道なら2枚だという。

 ふうん。そんなものか。

 逆に言えば、何かするときにアクマの出すクジを見て、危ないかどうか考えればいいんだ。

 麻衣は少しコツをつかんだような気になった。


 家に帰ると、麻衣のお気に入りの昼ドラマをママが録っといてくれた。

 最近は、キッズウォーという再放送のドラマがお気に入り。アカネという女の子が格好いいのだ。

 それをゴキゲンで見て、おやつを食べた。

 亮太は、おとなしくゲームボーイをやっている。

 はあ、落ち着けるよー。

 夕方になると、ママがお買い物してきて、と言う。

 近くのコンビニで、にんじん買ってきてだって。

 麻衣は、にんじんきらいだからなくてもいいのにと思う。

 まあ、でも仕方ない。あの赤い奴には栄養とやらが沢山あるのだから。

 麻衣はママから500円玉を一枚受け取る。

「りょうも行く?」

 麻衣は一応亮太を誘ってみる。

 案の定、

 「いかないよ」

 と、亮太はべっと舌をだした。

 なぜいちいちコイツはあたしに意味もなく歯向かうのだろうか。

 ナゾだ。

 麻衣は、亮太に一発ケリを入れて、亮太が激怒して追いかけて来るのをかわしながら家の外に出た。

 「麻衣のバカ、アホ、×××!」

 あらん限りの罵声が家の中から聞こえる。

 ふふっ、負け犬の遠吠えが聞こえる。

 

 外はもう、ほんの少し暗くなってきていた。

 まだ、そんなに遅い時間じゃないのに。

 でも、空はどんより、今にも雨が降り出しそう。

 この厚い雲がきっと太陽を隠しちゃっているんだ。

 早くしないと、暗くなるし、雨も降るかも。

 麻衣はピンクの少しさびてきた自転車にまたがる。

「ほれ」

 アクマは、はいっとクジを出した。

「え~、ママのお手伝いなんだよ~」

「そんなの関係ないね」

 くっそ~、気分わるい! 


 コンビニに行く途中、信号がある。

 麻衣は、信号が青なので、そのまま横切ろうとした。

 その瞬間、アクマはすごい量のクジを取り出した。

 あわわっっ。なに?

 麻衣は、あわててブレーキ! 

「なんで青なのに、そんなにクジだすの?!」

「だって、みぎひだり見なかっただろう」

「青じゃない!」

「おまえさ、どうして車を運転してる奴をそんなに信用するの?」

「はあ? どう意味よ」

「車を運転する人は、みんな赤だったら止まるってなんで信じ切れるの?」

「だって、みんな免許持ってるし、赤で止まるって決まってるじゃない」

「ばかだな~。免許なんて、あるトシになったら、簡単な試験でみんな取れるんだよ。あほで、九九も分からん奴でも、信号なんか守らないってやつでもさ」

「そ、そうなの?」

「そうだよ。中にはべろんべろんになるほど酒飲んでいる奴もいるし、場合によっては寝てるやつだっているんだよ」

「……」

「そんなのがいるのに、信号が青だってだけでおまえは渡っちゃうの?」

「……だって……」

「ば~か」

 む、むかつく~。

 麻衣はタコみたいに真っ赤になった。

「でも、でも、信号を見ないほうが悪いじゃん!」

「へ~、じゃあ、お前は車にひかれて、血だらけになりながら、あたしは 悪くないのよ~、あいつが悪いのよ~バタッ……と死んで嬉しいんだ。おれはヤダね、そんな死に方」」

「くっ」

「ほれ、みぎひだり見ないで渡れよ。青だよ。で、ひかれて脳ミソだらだら出しながら自分は正しい~って訴えな、くっくっく。もっとも即死じゃないことを祈るけどな、くっくっく」

 ばしっ。

 アクマが吹っ飛び、電柱に激突した。そのまま、ぽとりと地面に落ちて悶絶している。麻衣のパンチをモロに受けたようだ。

 ちょ、ちょっと、調子にのりすぎた……。

 アクマは、ちょっぴり反省した。

 麻衣は、信号が青なのを確認し、悔しいけどみぎひだりをちゃんと見て、車が止まっていることを確認してから交差点を渡った。


 家から一番近いコンビニは小学校の側にある。麻衣は、自転車をコンビニの前の駐輪場所に止めて、コンビニの扉を押して開ける。

 あんまり大きなコンビニじゃないから、自動ドアじゃないし、コンビニのくせに野菜が店頭に雑然と置かれている。実は本当はコンビニじゃないんじゃないか? 

 ニセモノかも? が麻衣の見立てだ。

 コンビニに入ると、少しくすんだ雰囲気の店内の右側に本棚がある。

「あっ、花とゆめだ」

 麻衣の好きなマンガ雑誌が売られていた。

 ママ、買ってくれるかなあ。

 でも、今日はお金ないから……。

 麻衣は我慢しようと思ったが、どうしても続きが読みたいマンガがあった。

 ええい、立ち読みしちゃお。

 このニセモノのコンビニはマンガ雑誌にテープをしていなのがとても良い点だった。

 麻衣は、マンガ雑誌を立ち読みし始る。

 ちょっとだけ……と思って読み始めたら、止まらなくなってしまい、気づいたら30分もたっていた。

 やばいっ!

 麻衣は、あわてて、にんじんを買って外に出た。

 ところが、もう外は暗くなっていた。雨もいつの間にかパラパラ降っている。

 麻衣が自転車に乗ろうとすると、待ってましたとばかりにアクマがものすごい枚数のクジを取り出した。

「え~、カンベンしてよ~」

「しょうがないじゃないの。もう暗いし、危ないよ」

「分かるけど多すぎ! 何枚なの?」

 それは、ものすごいクジの量だった。

 うずたかくアクマの右手にクジが乗っかっている。

 片手でよくそんな大量のクジを涼しげに持てるものだ。

 ベテランの寿司屋のオカモチだってそんな芸当、出来そうもない。

「まあ、ざっと一万枚かな?」

 と、アクマはこともなげに言う。

 麻衣は、真っ青になった。

 え、それって……

「ど、ど、どのくらいで大当たりになっちゃうの」

「大当たりは5千回に1回くらいかな。でも、中あたりは50回に1回」

「え~」

 麻衣は、泣きそうになって腰を抜かした。

「どうしよう。怖いよ~」

「しょうがないよ。暗くなると事故の確率はぐ~んとあがるし、おまけに雨だからカゼをひく可能性も高いしな。それに、変な人におそわれる可能性だってかなりのもんだ。そうそうそれにさ、特に暗くなったばかりの時間は魔の時間帯って言われるくらい危ないんだよなあ」

麻衣は「魔の時間帯」という言葉の響きにビビってしまった。

「やだ、帰りたくない」

「もっと暗くなると、もっと危ないよ。お前、今、黒っぽい服着てるだろう。夜はこういうのが車からは一番見えないんだよな」

「えっ、えっ、え~ん」

 麻衣は怖くて、たまらずに泣き出した。

「泣かれても困るよ。暗い時間まで、ふらふらしてるのが悪いんだぜ」

 アクマは、あきれたように麻衣を冷たい目で見る。

 この冷酷人間! あ、人間じゃないのか。

「もう、いいっっ」

と麻衣はアクマをにらみつけたものの、どうすることもできない。

 ちゃんと、考えよう。麻衣は泣くのを止めた。

 そうだ「あぶない」をへらせばいいんだ。

 麻衣は自転車を降りてトボトボとまた、コンビニの方に戻った。

「どうするつもりなのさ」

「ママに電話して、迎えに来てもらう」

 麻衣にしてみれば、最悪な方法だった。

 ただにんじんを買いに出かけただけなのに、すごくおそくなっちゃって。しかも迎えに来てもらって。

 きっとママにすごく怒られる。

「正解」

アクマはのんきに、パチパチと拍手した。


 麻衣の予想は大当たりだった。

 迎えに来たママは髪の毛が逆立っちゃってるんじゃないかと思うほど、怒っていた。

 ママのとなりで、ママと同じセリフを亮太が言う。

 なんだか嬉しそうなんだよな。こいつ。

 亮太の頭の上で、アクマがくすくす笑っている。

 これは、悪夢かしらん。

 麻衣はぼんやりと、ママと亮太とアクマを見ながら、ほっぺたをつねった。


 ママの怒りはなかなかおさまらない。家に帰っても、ごはん中でも、

「麻衣のせいで、ごはん遅くなったじゃない、もう」とブツブツあきもせずに言う。

 こういう時亮太は、そうだよね~とか、言って火に油を注ぐ。

 その顔がまた、こにくらしい。

「これでよかったのかしら」

 麻衣は不満顔だ。

「死なないのが一番」

 とアクマは言うのだけれども。




 次の日、麻衣はとにかくアクマからクジをもらわないようにした。

「麻衣ちゃん、校庭であそぼうよ」と仲良しのお友達が来ても、

「う~ん、カゼひいちゃってさ~」

 と、断って教室の机でおとなしく図書館で借りた本を読む。

 アクマは、麻衣の周りをヒマそうに浮いていて、鼻くそをほじっている。

 ふ~んだ、ザマア見ろ。

 麻衣は、昨日ママにしかられたのはアクマのせいだと思っている。

 本当は、自分が悪いのだけれども。

 その日は、ほとんどクジをもらわないで、帰りの時間になった。

 麻衣はランドセルを背負って学校を出る。

 空を見ると雨は降ってないけど、相変わらずのどんより曇り空。いつ雨がふってもおかしくないモコモコとした灰色の雲でいっぱい。

 麻衣は、車の少ない道を通って、家に帰ろうとした。

 帰り道、ちょっと離れた場所に亮太に似た子供がいるのを見つけた。

 でも、なんだか知らないおじさんと一緒にいる。

 ちがうのかな? と麻衣は思って、そのまま家に帰った。

「ただいま~」

「おかえり~」とママの声が台所からする。

 ランドセルを置きながら「亮太は~?」とママに聞くと、

「遊びに出たわよ」という。

 あれえ、やっぱり亮太なのかな~。でも知らない人といたし……。

 麻衣は、不安になって、家を飛び出し、自転車に乗って、さっきの亮太に似た男の子を見かけた場所に行った。

 もう、亮太に似た男の子もおじさんもいなかった。

 麻衣は、また家に戻った。

 しばらくお絵かきをしたりテレビを見ていると、ママが

「麻衣、ちょっと出かけてくる」という。

「どこに行くの?」

「美容院に行って、ついでにお買い物してくるわ」

「ふ~ん」

「お留守番できる?」

「うん」

 麻衣は元気よく答えた。


 麻衣は、さっそくビデオをつけた。なにしろ、ママも亮太もいないから心おきなく好きなことができる。

 麻衣は、わくわくしながらお気に入りのビデオを見た。

 しばらく夢中になっていると、ふと外が暗くなっていることに気づいた。しかもパシャパシャ雨音まで聞こえる。

 ママは美容院って行ったと言っていたから、まだ帰ってこないに違いないけど、亮太は……?

 昨日、コンビニで暗くなったときの危なさは、アクマのおかげでずいぶん分かった。

 亮太は大丈夫だろうか……。

 ふと、学校の帰りに見た亮太に似た子供とおじさんが気になった。

 もしかしたら、ゆうかい……? 亮太ってば、頼りないし……。

 ゲームボーイのソフト買ってあげるから、とか言われてついてったんじゃあ。

 麻衣は、もういてもたってもいられないほど、不安になってきた。

 ママのケイタイに電話してみた。出ない。どうしよう。

 そうだ、ミキちゃんちかユウキんちじゃないのかな。

 麻衣は、カサをつかんで家を飛び出し、亮太のいそうな近所のおうちに行って見た。

 ミキちゃんちにも、ユウキのうちにもいなかった。

 亮太……。

 もう、外は真っ暗だし、雨もざあざあ降っている。昨日のコンビニの帰りよりもぜんぜん暗いし、強い雨だ。カサにボツボツ当たって音がする。

 もしも、もしもユウカイだったら……。

 亮太を助けなきゃ。

 亮太は、いっつも、ちょっかい出すし、こにくらしいけど、かわいい弟だ。

 もし、どこかで泣いていたら、絶対助けなきゃっ!

 麻衣は家に戻ると、ピンクの自転車にまたがった。

 アクマは、真っ暗でよく見えなくなっていたけど、かなりの枚数のクジを取り出した。

「な、何枚なのよっ」

「3万枚だよ」

「さ、3万? 昨日の三倍じゃないのっ!」

「そりゃあ、そうさ。真っ暗だし、これからいろんな場所に行くんだろう」

「うん。公園とか。亮太の行きそうなところ、全部」

「昨日みたいに、ママが帰ってくるまで、待てばいいのに」

「だめよ、もしゆうかいだったりしたら……。一秒でも早く見つけたいよ!」

「じゃあ、やっぱり3万枚だよ」

「もういい! そんなの関係ない! 絶対に亮太を探す!」

 3万枚のアクマの宝くじが、どれくらいあぶないのかは、もう麻衣には分からなかった。

 どんなんでもいい。亮太を探す。麻衣の決意は固かった。

「まあ、待ちなよ」

「何よっ、クジへらしてくれるの?」

「う~ん、それはできないけどさ」

「じゃあ、黙ってなさいよ」

 麻衣は、カサを左手に持って、右手で自転車のハンドルを握った。

「クジを減らすのは、おれにはできないけど、お前にはできるんだぜ」

 アクマが妙なことを言う。

「あたしがクジを出してるわけじゃないじゃないの。クジ出してんのはあんたじゃないの。あたしはクジなんかいらないんだから」

 麻衣は、なおも自転車で進もうとする。

 アクマは、それをジャマするように麻衣の前にふわふわ浮いている。

「前が見えないからどいてっ」

 アクマは、ふうっとため息をついたようだ。

 なに、きどってんだ、こいつ。

 麻衣は、アクマを手ではらいのけた。

 よろよろと麻衣が走りだした。

「おまえさ、カサを持って片手で運転していくつもりだろう」

「仕方ないじゃない。雨なんだから」

「それ、あぶないよな」

「雨にぬれたら、かぜひくでしょ」

「じゃあさ、雨にぬれないで、しかも両手で運転するにはどうしたらいいのかね」

「どういうことよ」

「自分で考えな」

 麻衣は、自転車をこぐのをやめた。

 アクマはなんでこんなことを言うんだろう。

 両手で自転車をこぐんだったら、カサがもてないじゃないの。カサがもてないんじゃ、雨にぬれるじゃないの。

「あんたが持ってくれるわけ、カサを」

「ば~か、よく考えろ」

 アクマはこにくらしい顔をする。

「昨日、お前はコンビニから一人で帰るのをやめたよな。なんでだ?」

「だって、あんたが1万枚もクジを出すから怖くなったんじゃないの」

「そのとき、どう考えた?」

「あぶないを減らそうとした。それでママをよぼうと……」

 あぶないをへらす……?

 麻衣は、はたと思いついた。

 そうだ、あぶないは自分で減らすことができるっ!





 麻衣は自転車を置いて、家の中に飛び込んでいった。

「世話のヤケる奴だ」

 アクマはつぶやいた。

 家の中に入ると、麻衣はレインコートを探した。

 ピンクのやつ。きっと目立つ。レインコートを着ていれば、ぬれないし、両手で運転できる。それに、明るい蛍光ピンクの目立つやつなら、自動車からも麻衣の姿を見ることができる。そうすれば、交通事故になる可能性がへるに違いない。

 ほどなく、レインコートは見つかった。

 最近は、カサをさすことが多くて、着なかったヤツだけど、なんとか着ることができた。ちょっとキュウクツだけど、問題ない。

 次に麻衣は、自分の部屋に飛び込んだ。

 自分の部屋で見つけたのは、ランドセルだ。

 ランドセルには、防犯ブザーがついている。

 ママが買ってくれたやつだ。

 ヒモを強く引っ張ると、ものすごい音がなるって言っていた。

 あぶないおじさんとかに連れて行かれそうになったら、ひっぱるのよ、と言っていた。

 これをもっていれば、変な人に連れて行かれなくてすむ。

 それから、麻衣は1階の居間に行き、押入れをごそごそと探す。

「あった!」

 麻衣が手にしているのは、大きな懐中電灯。

 すっごく明るいやつだ。

 公園で亮太を探すときに役に立つ。

 公園は、夜はとても暗いから。去年の夏、公園で盆踊りがあって、パパが連れて行ってくれたときのことを思い出した。

 麻衣と亮太が、盆踊り会場を少し離れて、公園の奥に行こうとしたとき。

 一番、怖いのは木の枝とかなんだよ。

 パパが妙なことを言った。なんで?

「暗くて、木の枝とか見えないだろう。そうした枝が目を直撃して、目が一生見えなくなったりするんだよ」

 麻衣と亮太は怖くなってすごすごと戻ったっけ。

「これで、どうよ」

 麻衣は、アクマに胸を張った。

「一万枚」

「よっしゃあ~」

 麻衣は派手なガッツポーズで喜んだ。


 麻衣は念のため、広告の裏にママへのお手紙を書いた。

 ママへ

 亮太が帰らないので、探しに行ってくる。 

 まず、二宮公園に行って、

 それから、ロケット公園に行って見る。

              麻衣

「上出来じゃん」

 珍しくアクマは感心した表情をする。

「ま~ね」

 麻衣は、鼻の下をこする。

「じゃあ、8千枚」

「えっ、なんで? 昨日より少ない」

「行き先が分かれば、ママが探してくれる。だから、お前のあぶないは、もっとへる」

「ふうん」

「連絡は大事なのさ」

「へえ」

 よし。

 麻衣は気合を入れて、立ち上がった。

 ママはまだ帰ってこない。

 もう一度、ケイタイに電話してみた。

 タダイマデンワニデルコトガデキマセン

 ちぇっ!

 麻衣は、またペンを持って、ママへのお手紙に書き足した。

 

 「P・S

  ケイタイはつながるようにしててよね!」


 家の外にでると、雨がまた少し強くなっていた。

 すごく肌寒い。

 こんな状態で、亮太が公園であそんでいるとは思えない。

 今にも、亮太が自転車に乗って帰ってきそうなのに、帰ってこない。

 時間は、六時半を過ぎている。

 麻衣は、自転車のライトをつけて、二宮公園へ急いだ。

 二宮公園は、麻衣の家から自転車で三分くらいの場所にある。

 麻衣と亮太がよく遊ぶ公園だ。

 二宮公園は、し~んと静まりかえっていた。

 いつもの二宮公園じゃないみたい。

 麻衣は少し怖くなった。

 去年の夏の夜に花火をしにきたけど、そのときはみんないたから怖くなかった。

 でも、今日の二宮公園は、すごく暗い。

「亮太あ!」

 麻衣は、大声で呼んだ。

 誰もいない。

「りょうっ」

 麻衣は、意を決して懐中電灯をつけ、暗がりの方にも行ったが、やっぱり誰もいない。

 がさっという音がして、びびってあとずさりしたが、猫がにゃあと出てきた。

 麻衣は、二宮公園をあきらめた。

 ここには、いない。

 次に麻衣は、ロケット公園に向かおうとした。しかし麻衣は、少し遠回りになるけど、一度家にもどった。

「ママっ」

 ママは、いなかった。

 麻衣は、ママへのお手紙のうち、二宮公園という文字を黒く消した。

 こうすれば、ママは二宮公園にはいかなくてすむ。

 麻衣は、少し不思議な気がした。

 今までの麻衣だったら、絶対にこんなことはしないで、適当に探し回るだけだった。

 でも、今の麻衣は何かをするたびに、何が一番いいのかを考えるようになっている。

 麻衣は、すごく長い眠りからさめたような気がした。

 考えるって、大事。

「次は、ロケット公園よっ」


 いわゆるロケット公園は、ロケット型の遊具があるから、そう呼ばれている。

 亮太の学校のお友達の家のそばなので、よくそこにいるのだ。

「そうだ」

 麻衣は、ロケット公園に行く道を途中、右に曲がって、茶色のマンションの方に入っていく。

 ヒロシくんっていう子の家がある。

 この間、亮太が帰ってこなかったときも、亮太がヒロシくんちの家の前で遊んでたってママが言っていた。

 もう、りょうは! って怒っていた。

 ヒロシくんの家の前には、亮太はいなかった。

 麻衣は、自転車を置くと、マンションの階段を登る。ヒロシくんの家の呼び鈴をならした。

「あら、麻衣ちゃん」

 ヒロシくんのママが出てきた。

「亮太、いまんせか?」

「りょうちゃん? いないわよ」

 ヒロちゃん、亮太くんは? とヒロシくんママが大きな声で言う。

 ヒロシくんが出てきた。

「今日は、遊んでないよお」

「そう……」

 麻衣は、肩を落とした。

「麻衣ちゃん、ママは?」とヒロシくんママが心配気に声を掛ける。

 麻衣は、首を振った。

「あ、あの」

「なあに?」

「電話、貸してほしいんだけど」

「いいわよ」

 ヒロシくんママは、麻衣にケイタイ電話を貸してくれた。麻衣は、自分の家に電話をかけてみる。

 指がこごえて、うまくボタンが押せない。あせっているせいもある。

 何度も押し間違えてしまう。慎重に押すのに、また間違えてしまう。

 なんか、夢に出てきそうだわ。

 ようやく、うまく電話をかける。電話は、しばらくなっていたけど、留守電になってしまった。まだ、帰ってない。

 麻衣は、留守電に今、ヒロシくんのおうちにいることと、これからロケット公園に行くことを吹き込んだ。それから、ケイタイにもかけるが、こちらはさっきと変わらない。

 きっと、電源が切れているんだ、もうっ。

 麻衣は、ヒロシくんママにお礼を言うと、また亮太を探しに走りだした。





 麻衣は、しゃかしゃかと自転車をこぐ。

「あんまり、スピード出すと、クジ増えるぞ」

「わかっているわ」

 ロケット公園もやっぱり、昼間と違ってとっても暗い。でも、すぐそばに団地があって、そこの明かりのおかげで、二宮公園よりは明るかった。

 でも、麻衣は怖くて立ちすくんでしまった。

 ロケット公園には、屋根があるベンチがある。そこには、なんだかおっかなそうな人たちがいるのだ。

 暗くてよく見えないけど、なんかだか茶髪のお兄ちゃんと、丸ボウズのお兄ちゃんがいて大声で話している。

 笑ながらだけど、

 ふざけんなよ、てめえ!

 マジ、ムカつく!

 とか乱暴な言葉に胸がどきどきする。

 麻衣は、そっちを見ないように、亮太を探す。

 遊具のカゲや周りを探す。

 りょう、りょう

 麻衣は大声で、亮太を呼ぶ。

 そうだ。

 麻衣は思いついて、ロケット公園のスミっこにある用具置き場に向かった。

 もしかしたら、あそこに入り込んでいるうちに閉じ込められたのかもしれない。

 そんなニュースを聞いたことがある。

 麻衣は、用具置き場の物置を開けようとしたが、カギがかかっている。物置をだんだんとたたく。返事がないか、耳をすます。

 返事はなかった。

 亮太は、いなかった。

 亮太がいない。

 亮太がどこにもいない。

 もう、どこをさがしていいのかわからない。

 麻衣は、なおも亮太を呼ぶ。

 りょう、りょう。

 ばかになったみたいに麻衣は、りょうを呼ぶ。だんだん、涙が出てきた。

 亮太あ。最後はあんまり声にならなくなってしまった。

 ぽつ、ぽつと雨がレインコートをたたく音がする。

 りょう……。

 麻衣は、いつの間にかワンワン泣いていた。

 どうしてワンワン泣くと、地面は近くなるんだろう。

 小さくなっちゃうのかな。

 亮太、どこなの。

 麻衣の顔は、雨と涙と鼻水でぐしょぐしょになっていた。

 公園にある時計は、もう七時ちょっと前になっていた。


 麻衣は、ロケット公園の中をとぼとぼ歩く。

 ロケット公園の物置と、麻衣が自転車を置いた場所は、正反対だった。

 もし、ゆうかいだったらどうしよう。

 もし、あのとき、亮太だと気が付いていたら。

 もし、あの時、声を掛けていたら。

 もしも、もしも。

 ああ、亮太。

 亮太が無事なら、もうあんたのことを怒らないよ。

 多少のイジワルだって我慢するよ。

 りょう、りょう。

 どうして、こんなときは、亮太の笑顔を思い出すんだろう。

 いつもは、こにくらしい顔しか思い浮かばないのに。

 この間、麻衣がカゼを引いたとき、亮太は、冷たいおしぼりを何度も取り替えてくれた。

 おしぼりが麻衣のおでこの熱であったかくなると、すぐに代えてくれる。

 でも、ぜんぜん絞れてないので、文句を言うと、こんどはちゃんと、しぼれたのをもってきてくれた。

 「麻衣っ、麻衣っ」亮太はさみしがりやで、登校班でもいっつも麻衣の周りをくるくる意味もなく回っていた。

 お誕生日には、亮太は、お手紙をくれた。

 ひどい字だけど、

 「まいだいすき」

 と書いてあった。

 そのときは、てれくさかったけど、なんで今そんなことを思い出すのだろう。

 なんで、思い出すと、涙がとまらなくなっちゃうんだろう。

 亮太がまだ、歩けなかったころ・

 麻衣も小さかったけど、ママのマネをしてよくだっこした。

 どっちも小さくて、どっちがだっこされているのかわからないな、とパパが笑っていた。

 パパは、そのとき、写真をとった。

 その写真がアルバムにはさんである。

 亮太が生まれたとき。

 とてもうれしかった。

 とってもとってもうれしかったんだよ、りょう。

 うれしくてうれしくて、オトウトができて、オネエチャンになれて、うれしかったんだよ、りょう。

 ほんとうだよ。

 みんなが、麻衣に似て、かわいいって言うから、とってもほこらしかったよ。

 亮太、亮太、あたしはあんたが大好きなのよ。

 神様。

 アクマがいるんなら、神様だっているに違いない。

 神様。亮太を守ってあげて……。

 

 


「どうしたの?」不意に背後から声がした。

 振り向くと、茶髪のお兄ちゃんがいた。

 さっき、ベンチにいた二人のお兄ちゃんのうちの一人だ。

 あまりに突然なので、麻衣は固まってしまった。

 ずっと、かかわりたくなくて、見てなかった。

「えっ、えっ、えっ」泣いているのと、怖いので、声にならない。

「りょうっていう子を探しているの?」

 こくん、こくん。麻衣はうなずくばっかりだった。

 茶髪のお兄ちゃんは、かがんで麻衣と同じ高さになった。

 にこっとお兄ちゃんは微笑んだ。

 すごく、やさしいそうだった。怖そうに思えたけど、すごくやさしそう。

「君、鈴木麻衣ちゃんだよね?」

「え?」

「覚えてないかあ」

 お兄ちゃんは苦笑いする。

「うちの真奈美と友達だよね?」

「え? 真奈美? 河上真奈美ですか?」

「そうそう。去年、子供会のキャンプの時にいたでしょ?」

麻衣は茶髪のお兄ちゃんを凝視する。

「あ、あの真奈美ちゃんのお兄ちゃんは覚えていますけど……。茶髪じゃ……」

「あはは、そうか! 当時は高校生で野球部引退したばかりで丸坊主だったな!」

そいういうと茶髪のお兄ちゃんはおろした前髪を上げておでこを見せる。

「あ! はい! 思い出しました!」

麻衣はコクコクと頷く。

「さっきから探しているのって小学一、二年生くらいの男の子かなあ?」

 こくん。

 麻衣は、うなずく。

「違うかもしれないけど、さっき見かけたよ」

 え……。

 麻衣は、息が止まりそうになった。

「いつですかっ、どこですかっ」

 麻衣は、食いかかるようにお兄ちゃんにたずねる。

「青い自転車に乗ってるかな?」

「うん、うん」

「あのさ、サトヤマムセンって分かる?」

「うん、電気屋さん」

「そうそう、あそこの前にさ、交番があるじゃん」

「うん、分かる」

「あそこにさ、それくらいの男の子がいたんだよ。青い自転車に乗って」

「え……」

「道が分からなくなったみたいで、おまわりさんに保護されていたよ」

「ほ、ほ、本当?」

「うん」

「おれたちさ、バイクにニケツしてつかまっちゃったら、いたんだよ」

 お兄ちゃんは、なんだかバツの悪そうな顔で言った。

 ニケツってなんだろう。

 つかまっちゃうなんて、やっぱりワルなのかしら。

「ニ、ニケツって?」

 麻衣は、気の抜けたことを聞いた。

「ああ、ニケツって、バイクの二人乗りのこと。ああいう」

 茶髪のおにいちゃんが、ベンチの脇にあるバイクをあごで指す。

「ちっちゃいバイクは二人乗りしちゃいけなんいんだよ」

「ふうん」

「おまけにノーヘルでさ」

 ノーヘルは分かる。ヘルメットをかぶらないこと。

 パパも近所にタバコ買いにいくとき、ヘルメットをかぶらないことがある。

「ノーヘルはいけなんだよ!」

 って、ママに怒られていた。

「お兄ちゃん、あぶないよ」

 麻衣は、お兄ちゃんのことが心配になった。

 きっと、お兄ちゃんのアクマは、たくさん宝くじを出しているんだろうなあ。

「だって、ウザイんだぜ、ヘルメット」

 お兄ちゃんは、笑いながら言う。

 別の丸坊主のお兄ちゃんが「暗いから付いていってやれよ」と声を掛けた。

 そうだな、と茶髪のお兄ちゃんはうなずくと、無造作に麻衣の手を握った。

「おいで」

 麻衣は、ちょっとドキドキした。

 麻衣は、お兄ちゃんについていこうとした。

 そのとき、アクマがまた、たくさんのクジを取り出した。

「な、なによ」

「男の人についていこうとしている」

「フ、フン。あんたみたいなのを無粋というんだ」

「まあね」

 アクマはなぜか、ニヤニヤしている。


 麻衣は、自転車を引きながら、茶髪のおにいちゃんと一緒に歩いた。

 茶髪のお兄ちゃんは、カサがなくて髪の毛からポタポタ水が落ちいてる。

 でも、そんなのぜんぜん気にしないふうで、麻衣に話しかける。

「真奈美とは今年も同じクラス?」

 麻衣はうなずく。

「そうか、真奈美はクラスではどう?」

「うーん、いつも走っている感じかなあ?」

「あはは、やっぱりそんな感じか」

「うん。すごい運動神経いいんだよ。かけっこもドッチボールも超強いの」

「まあな。おれに似たんだろうなあ。でも勉強がダメなのも似なくてもいいのにな」

というと茶髪のお兄ちゃんはペロッと舌を出して笑った。

茶髪のお兄ちゃんが色々話しかけてくれるので、麻衣はずいぶんとリラックスしてきた。

「なんで、チャパツなの」

「あはは、みんなしてるからなあ」

「あのおにいちゃんは、なんでハゲなの?」

 麻衣がそういうと、お兄ちゃんはクックックッと笑いをかみしめた。

「ワカハゲ?」

 と麻衣が訊ねるとお兄ちゃんは、

 「あはは、麻衣ちゃん、最高!」

 と言いながら、ばしばし麻衣の肩をたたいた。

 麻衣は、すっかり落ち着いた。

 もう、遠くに交番が見える。

 あそこに亮太がいるんだわ。

 そうなると、オトメ心はげんきんなもので、麻衣の興味は茶髪のお兄ちゃんに移っていた。

「あいつはさ」

 お兄ちゃんは、話を続ける。

「大学のサッカー部なんだよ。で、タカハラって知ってる?」

「うん」

「おっ、すごいじゃん」

「だって、ママがヤナギサワのファンなの。それで、タカハラが試合に出てヤナギサワが出られないと文句言うの」

「へえ、そうなんだ。でも、あいつはタカハラのファンなんだ。それでタカハラみたいに頭をハゲにしているのさ」

 お兄ちゃんと一緒に交番につくと、亮太とママがいた。

「麻衣、よくわかったわね!」

 なんで、ママがいるんだろうか。

 麻衣は分からなかったが、とにかく亮太が見つかって、ママがいて、緊張の糸がぷちんと切れてしまった。

 ママに抱きつくと、わんわん泣いたのだけは覚えている。


 家に帰って、麻衣はすぐにお風呂に入った。体が冷え切っていた。ママは電気ストーブを収納庫から出して、あっためてくれた。

 今日、美容院がすごく混んでいて、髪の毛洗ってから三十分も待たされたのよ。

とママがカレーをすくいながら言った。


 で、家に帰ったら、誰もいないじゃない。机に麻衣のお手紙があって、びっくりしちゃった。でも、行き先が分かって少し安心したわ。そしたら留守電に、警察から亮太が迷子になっているのを見つけたっていうのが入っていたの。それで、交番に行って、亮太を拾ってから麻衣を探しに行こうとしたのよ。


「麻衣の留守電は聞いた?」

「えっ」

「聞いてないの!?」

 おかしいわねえ、とママが電話の留守電をもう一度再生した。

 確かにおまわりさんの留守電は入っていたけど、麻衣の留守電は入ってなかった。

「あれえ」

「もしかして、麻衣、間違い電話に留守電いれたんじゃないの?」

「ええ!?」

 それじゃあ、間違い電話で誰だかわからない家の留守電に伝言入れちゃったの?

「麻衣~、おっちょこちょい」

 だってえ。

 だって、あの時は本当に指がうまくうごかなかったのよ。

 ママは、麻衣はおねえちゃんで、亮太を心配したんだね。

 えらいね、とほめてくれた。

 でも、危ないからね。とも言った。

 知ってるさ。

 麻衣はチラッとアクマを見ながら思った。

 ご飯を食べていると、パパも帰ってきた。

 パパは、ママから子供がいなくなったって聞いてあわてて帰ってきた。

「心配したよ」

とパパは麻衣と亮太を抱きしめながら言った。

 麻衣は事のてんまつを話した。

 でも、なぜか茶髪のおにいちゃんのお話はしなかった。

 パパに悪い気がした。

 なんでだろう?

 


 麻衣は、亮太とお布団に入った。

 もう、本当に疲れた。

 でも、興奮して眠れない。

 目を開けるとアクマがぼんやり浮いている。なんだか、はっきり見えなくなっていた。

「眠れないのかい」

 アクマが言った。

 アクマは初めて会ったときとおんなじように、黒いクジをぴらっと一枚出した。

「なによ」

「寝不足はよくないんだよ。だから一枚ね」

 クスッ。

 麻衣はおかしくなってしまった。

 なんだかリチギな人だ。人じゃないけど。

「あのさ」

 アクマは今までとは違う雰囲気で言った。

「なあに」

「誤解しないでほしいんだけどさ」

「なにが?」

「確かに、お前が何かすると、おれはそのたんびにクジを出すんだよね」

「そうね」

「これから、お前が大人になるとさ、いろいろ危険なことも増えるしね」

「そうなの?」

「うん。でもさ、クジが怖いからっていって、何もしないとさ、何も得られないんだよ」

「どういうこと?」

「今日、学校で、友達と遊ばなかっただろう」

「うん」

「でも、それだと友達が得られない」

「う……ん」

「結局さ、クジはどうやってもクジなんだよ。たった一枚でも大当たりすることもある」

「そうね」

「だからさ、そんなに怖がることもないんだよ。ただ、くだらないことにたくさんのクジをもらっちゃうのはさ、やめな」

「例えば?」

「そうだなあ。ちょっとスリルが味わいたいからって両手ばなしで自転車をこいだり、すごいスピードでカーブを曲がったりさ。それから、もう少し大人になったら、繁華街みたいな危ない場所で遊んだり。車の運転をするようになるだろうけど、ちょっとムシャクシャしたからって乱暴な運転をしたり、夜中に酔っ払ってふらふらしたりさ。そういうのって、ちょっとは楽しいけれど、命がけですることじゃないよな。ワリに合わないよ」

「うん……」

麻衣には、ハンカガイで遊ぶとかはよく分からないことだけど、アクマが言うことはなんとなく理解できた。


 アクマは、なんだか暗闇に溶けていきそうだった。それでもアクマは麻衣に話かける。

「ワリに合わないことして、大当たりしちゃったらさ。お前もそんなはずじゃなかったって悔やむだろうけど、パパやママだって悲しむ」

「分かるよ」

「だろう。でも、今日みたいに亮太を探すのにお前はけっこうクジを買ったけど、どうだった?」

「怖かったけど、でも、しょうがないと思った」

「うん、そうだよな。もっといい方法もあったけど、間違ってないと思うよ。お前」

「うん」

「お前は、間違ってないよ」

「うん」

「そういうのは、勇気があるっていうんだ」

「勇気」

「そう」

「勇気かあ」麻衣は嬉しくなった。

「でも、夜中ふらふらしたり、ものすごいスピードで運転したりするのっていうのは、無謀っていうんだ」

「ムボウ」

「勇気と無謀は似てるようだけど、ぜんぜん違うんだ」

「うん」

「それを見分けろよ。お前なら大丈夫」

 本当に、アクマは見えなくなってきた。

 声も聞こえなくなってきた。

 ああ、もうアクマさんとはお話できなくなるんだ。

 アクマさんのおかげで、すごくいろいろなことが分かった。

 ちょっとした不注意がものすごくあぶないんだね。

 あの黒いクジを出されると、妙にハラがたったけど。

 でも、あぶないは自分の力でへらすことができるんだよね。

 ちゃんと何があぶないか知って、考えればへらせるんだよね。

 麻衣は、アクマにありがとうって言おうとおもった。

 でも、照れくさくって言えない。

 なんだか、麻衣は眠くなってきた。

 寝ちゃったら、きっと朝にはいないんだ。

 勇気とムボウ。ムボウの字が分からないけど、明日調べよう。

「アクマさん。勇気は持つけど、ムボウなことはしないよ……むにゃむにゃ」

 アクマが微笑んだような気がしたけど、麻衣はいつの間にか寝息を立てていた。

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