【2-8】2020年4月22日  パンタフェルラ・サルメル/イレネス・ヘーゲル/ライド

最悪の寝覚めだった。

過去数十年の記憶を呼び覚ましてもこんなにも最悪だった事は思い当たらなかった。


昨日討伐依頼について打ち合わせを行っている時、ライド君に村に残る様指示したが、想像以上の抵抗を見せた。その剣幕は凄まじく、最初に会った時の印象がどこかへ飛んで行ってしまう程違っていた。


もしかしたらあちらの姿が本当の彼なのかもしれない。理由は分からないが、何故か魔獣討伐を見る事に異常に拘っている様に見受けられる。単純に魔獣を見たいだけとは思えなかった。


支部を出る時は大丈夫だと思っていた。油断せずに気を引き締めていれば何も問題は起こらないだろう、と。だが1つだけ気がかりな事が起こった。村に向かっている最中に何度か魔獣と戦闘をしたのだが、その戦闘の中で1回だけ、私達の陣形の隙間を抜け、後方で待機していたライド君の方に向かって行ったのだ。その時は即座に反応したアーラが後ろから小剣で魔獣の頭を突いたので事なきを得た。それほど強い魔獣では無い。遭遇すればいつも片手間で処理できる程度のものだ。だがその魔獣が初めて取る行動に面食らってしまった。


戦闘が終わった後、ライド君は興奮していたが、顔を見合わせた私達の表情には陰りが差していた。


一度生まれた陰は村に近づくに連れて徐々に大きくなっていく。あの程度の魔獣の突破を許した分際で、彼を守りながらドッケラルと戦えるのか?環境が変わった事でドッケラルの推定戦闘力が上昇している可能性を考慮しているか?もし複数体存在し、挟み撃ちにあった場合を想定しているか?


浮かび上がるあらゆる可能性を含め検討した結果、やはり私はライド君をファイドナ村に置いておくべきだと考えた。こんな所にまで連れてきておいて、だ。支部での判断を誤ったのだ。


我ながら情けないと思った。

だがその心情を表に出したくなかった。

だから会議中彼に何を言われても表情を作らず毅然としていたつもりだった。


ただ、あの一言だけはどうしても我慢出来なかった。今まで私が積み重ねて来た想いや葛藤を馬鹿にされたように感じた。あの一言が私の核心に触れ過ぎて、思わず手が出てしまった。口も。


いつか神聖級に辿り着いてあの人の横で仕事をしたい、昔頂いた恩を返したい、その為だけに冒険者になったし、早く階級を上げて行きたかったから脇目も振らず依頼をこなして来たのだ。


今目の前にその好機がやって来ているのに。


それを棒に振ってまでお前の命を優先したのに。


なのに何故お前にそんな事を言われなければならない?


部屋を出た私に追いついたアーラからは謝られた。支部に居る時、無理矢理にでも私を止めるべきだったが、報酬が頭をチラついて言えなかったと。


ただやはりアーラも日中の戦闘の件で、本格的に不味いと思ったらしく、報酬はもうどうなってもいいから、彼を村に置いて行く事は賛成だと言ってくれた。きっとロダンも同じ事を考えている筈だ、とも。


この1日モヤモヤとしたものを感じていたが、組の方針は決まった。それ自体は喜ばしい事なのだが、彼には謝罪しなければならない。


ただ、何と謝るべきかそれを考えていると自己嫌悪で最悪の気分になって来た。どんな理由があれ、手を出したのは私だ。それも高々十数年程度しか生きていない平人の子供に。一体どちらが子供なのかと思ってしまう。


難しい事は考えずに素直に謝ろう。

そして村に残ってもらう様もう一度ちゃんと説得するのだ。討伐依頼に集中しろ。


そんな事を考えて宿の居間に向かおうと扉を開けた瞬間、そこにはライド君が立っていた。「あ」と、思わず間抜けな声が出てしまうと、つい数秒前まで考えていた事が飛んでしまった。何かを言おうとするが何も出てこず、何かを言い淀んだ状態が続きそうになった時、彼が思い切り頭を下げた。


「パンタフェルラさん!昨日はごめんなさい!俺、マジでひどい事言っちゃいました!本当にごめんなさい!!」


突然の事で驚いたが、彼の気持ちが伝わって来た為、少し平静を取り戻す事が出来た。やっとこちらからも言える様だ。


「ライド君、顔を上げて欲しい。謝るのは私の方だ。手を上げてしまい、本当にすまなかった」


「いえ、悪いのは俺です。ワガママ言っちゃったっすから…あ、あと安心して下さい。俺、この討伐依頼が終わるまで村に居ます。村でみんなを待ってるっす」


「…ロダンに何か言われたのか?」


「いえ、色々考えて決めたのは自分っす。確かにロダンさんとは話しましたけど、それは男同士の話っすから!」


「ライド…」


何かがすっきりとした素直な瞳だった。

きっと彼の中にも様々な想いがあるのだろう。それらを全て飲み込んで次を見ている、そんな顔だった。


「そうか。フフ…確か踏み入ってはいけないのだったな?」

「そう、女人禁制!大事な聖域っす!」


そういってカラカラと笑うライドは年相応の少年だった。


「あ、あとパンタフェルラさん」

「どうした?」

「おはようございます!」


私は飛び切りの笑顔で答えた。



支部長室には、長椅子に軽く腰掛けて意気消沈した私と、席に座り腕を組み真剣な表情をしている支部長の二人が居た。


「…状況はわかった。全てがすれ違ったみたいだな」

「はい…」


昨日の事だ。陽が沈む前に支部長代理としての仕事が終わり、一息入れようと1階に降りた所で丁度アルメさんと会った。その時、緊急討伐依頼が朝方に起きた事を知り、至急ノジス主任を呼び出して詳しい話を聞いた。


彼の言い分はこうだ。

パンタフェルラさんから『私達が行っても大丈夫か?』と私に聞く様に言われたが、

支部長室で私から聞かれた事に答えていたら、その質問をする機会を逸してしまったと。


そして、一時的に彼に副支部長権限を渡していたのも仇となった。通常、支部取扱依頼は必ず副支部長以上の役職が目を通して交通整理する必要があるのだが、昨日は彼が単独で処理出来る状態にあった為、支部長室に籠りきりだった私が目にする事無く依頼が進行してしまったという訳だ。


ファイドナ村周辺に発生したドッケラルの討伐など、長年この支部に努めている私ですら聞いた事が無い程異常な案件に、運悪くライドさんの保護依頼を請けていた状態のパンタフェルラさんの組が、彼を連れたまま向かってしまったのだ。


焦った私は、至急職員1人を支部長宅に、1人を王城に向かわせ、何とか支部長と渡りをつける為に動いたが、駄目だった。帰って来た2人の職員からは、支部長は帰宅していかった為、もう一度家に向かい、支部長の帰宅を待つという報告と、王城の衛兵からは『陛下対応中に横やりは許可出来ない。協会の問題は協会で解決しろ』と追い返されたという報告を受けた。


最終的に手元に残った解決策としては、ライドさんの保護を目的として冒険者を誰か追加で派遣するという事だったが、既に夜も深い時間を回っており広間には誰も居らず、寝台室に泊まっている冒険者は実力も信用も浅い者が多数で、誰にも依頼出来ず支部で不安な夜を明かした。


結局支部長は宿泊込みの王家対応となった様で、朝方帰宅した所を家の前で張っていた職員に呼び止められそのまま支部へ直行。報告のさわりだけ聞いた支部長は身支度をして自分が行くと言い出したが、今日はセルンテ子爵が来訪される予定だと伝えると、机を大きく叩き、今私の詳細報告を聞いているという状況だ。


そして今私たちはある冒険者を待っていた。託せるとするならばその組しか居なかった。


その時。

ドアがコンコンと鳴った。


「入れ」

「失礼しまーす。あれ?イレネスさんもここに居たんだ?」

「お疲れの所急な呼び出しで申し訳ございません」

「帰って来たばっかりで悪いなデクル。いや、よく帰って来てくれた。早速で悪いが緊急依頼だ。聞いてくれ」


金髪を揺らしながら爽やかな笑顔を添えて黄金級冒険者デクルさんが支部長室に到着した。私の向かいにある方の長椅子に優雅に腰掛けたデクルさんに、支部長が口外禁止事項は暈しつつ、パンタフェルラ組の状況を伝える。最初は笑顔で相槌を打っていたデクルさんがついに真剣な顔となった。


「………それ、ヤバくないっすか?ファイドナ村に現れてゴッフェートを捕食したドッケラルなんて異常に次ぐ異常だ。それにパンタがその子を連れて行った理由が全く分からない。そんな軽率な事する様には思えないんだけど」


「パンタに関しては少し事情があってな。本人に関わる話だから俺からは詳しく言えねぇ。だが決断を間違ったのは事実だ。だからお前に頼んでんだ。頼む追ってくれねぇか?」


「いいですよ。了解っす。最優先はその赤髪の少年の保護、次点でパンタフェルラ組と共闘してドッケラルの討伐、間違いないっすね?」


「ああ、問題ねぇ。頼んだぜ。ったく、オイズ組も居たらお前らの所と同時に放てたんだがな」


「ん?あーそういや俺達さっき西門から帰って来たんですけどね。入り口の商人から聞いたんですよ。昨日パンタ組とオイズ組が西門から出て行ったが何かあったのか?って。一瞬何かの協力依頼かなと思ったけどあの2人仲悪いし、ありえねえだろって」


オイズさんの組が?

西方向に何か依頼が?いやそんな話は聞いていない。


「おい、イレネス…」

「いえ、昨日今日でオイズさん達が依頼を請けた形跡はありません。黄金級はただでさえ目立ちますから…」


場に一瞬沈黙が流れた。


「まさか…あの野郎…」

「…これは急いだ方がいいな。すぐに仲間と発ちます。そんじゃ」


デクルさんは跳ねる様に長椅子から飛び上がると小走りで支部長室から去って行った。


「あの、支部長。オイズさんは何を…?」

「さぁ、わからん。だがあまりよろしくは無いと思うぜ。良くて獲物の横取りだな」

「悪ければ…?」

「…闇討ちだ」

「まさかっ!?同じ支部の冒険者同士でそんなっ!」


「あり得る話だ。俺も冒険者だから分かるんだ。自分は強えと思っていたのに、他の冒険者があっと言う間に抜かしていく時の虚しさは何とも言えねぇ。昔からあの二人は折り合いが悪いからな。まぁオイズが一方的に嫌ってるだけだが。時々その屈辱感に耐えれずに規則を破っちまう奴が居るんだよ」


「この支部ではそんな事はありませんでした…」


「俺が時々裏でシメてるからな。そういう奴は大体分かる。だがな、みんな飲み込んでんのさ。人一倍自己顕示欲の強い奴らが集まる場所だ。そういう事があってもおかしくねぇって頭に入れとけ」


冒険者の規約違反はすぐに全支部に通達される。それが重ければ重い程罰則も厳しくなる。そうすればもう冒険者として再起は不可能だ。オイズさんは確かにあまり素行の良い人とは言えないが、依頼はしっかりこなす冒険者だ。


そんな人が闇討ちなんて…


「…支部長もその、虚しさを味わった経験がおありで?」


「当たり前だ。何回も経験してる。例えばほら、一昨日ここに来た奴が居たろ?」


「ゾディアル様…ですか?初めてお会いしましたが、その、私にはどの程度強いのかサッパリで」


「ああ、パッと見は気の良いあんちゃんって感じだったろ?実際そうだ。だが戦闘に関しちゃアイツはもう人外だぜ。あの若さで神聖級上がっても俺には何の違和感もねぇ」


いまいちピンと来ない。礼儀正しい好青年という印象が拭えない。


「聞いてはいけない事かもしれませんが、あの方はどうお強いのですか?」


「難しい質問だな。強さにも色々ある。俺からみたらイレネス、お前も相当強い部類だ」


「私が、ですか?」


「ああ、強いさ。職員として、人間として。だから俺はお前に副支部長をやってもらってるんだ。だがアイツの強さを一言では言い表せねぇな。そんで戦闘に関してはもっと言い表せねぇ」


「何故でしょう?むしろそちらの方が表現し易いと思うのですが」


「気づいた時には終わってんだよ。あいつが何をやったのか分からねぇんだ」


そんな事があるのだろうか?何らかの魔法?


「もちろん剣を振り回してる時もあるぜ?槍で突いてる時もある。斧でブッた斬ってるのも見た事あるな。その他の訳の分からない武器も何でも使いやがる。ただ、アイツがキメに行った時は大概周りは何が起こったのか分からねぇ。分かるのはゾディアルが何らかの武器を使って敵を倒したという事だけだ」


「万象無剣………」


「ああ、いい二つ名だと思うぜ。アイツを表すのにしっくり来る。会長マザーもいい名前付けたもんだ。おっと、そんな事は置いといてだな。もうこうなったらライドが無事に戻って来るのを祈るしかねえ。もし何かあれば…イレネス、覚悟しとけよ。あいつは気のいい奴だが仕事に関しては甘く無い。つまり…」


両肘を突き、顔の前で手を合わせ、一度大きく息を吐きだした支部長はこう続けた。


「俺達も終わるぞ」



3人を見送った後、俺は特にやる事も無いので村の周りを走っていた。俺を見た村人が何でコイツ走ってるんだ?という不思議な顔で見て来る。結果的に同行は出来なくなったけど、俺は俺でやれる事がある筈だ。まず体力をつける。かれこれ1刻程走ってるが少し息が上がって来た程度。最初のショルヘ走行大会の時に比べると少しは身についてるのか?


走りながら村ののどかな景色を眺めるとアルクールを思い出した。俺の村よりも少し規模は大きいけど漂っている空気は同じようなものだ。村人同士で井戸端会議したり、農作物の世話に出かける人が居たり、牧場で動物の世話をしてる人が居たり。


まだ旅立って1週間しか経っていないのに早くもばあちゃんのパニスが食べたくなって来た。ばあちゃんのパニスが国中で売られればいいのに、なんて事を考えていたら、目の前でどこから吹かれて来たのか風に舞う洗濯物が俺の前を横切って行った。待って~、と叫ぶ村人が走って来たので全力で追いかけてその村人に返してあげた。


そして村人からお礼を言われ、ふと気づいた。パンタフェルラさん達が討伐で森に行ってる間は村人のお悩み解決をしよう、と。それも今の俺が出来る事だと思った。


村を練り歩き、困ってそうな人に声をかけていくと意外と俺に出来る事があった。納屋の戸が壊れてると言う人が居れば、ディングのおっちゃんに教えて貰った修繕方法で直してあげられたし、井戸水の出が悪いと聞けば、中に入って調べると大量の苔が水路を塞いでいた事が分かったので取り除いたし、羊を厩舎に入れたいと聞けば、牧場に行って犬の真似事をして追い込んであげた。


その日の午前中はそんな感じで過ごしていて、そろそろ宿屋でお昼でも頂こうかなと思っていた時だった。


牧場から村へ向かっていると、丁度3人組の男が森に入って行こうとしていた所を目撃した。よく見ると、昨日支部で俺が獣人さんに絡んでいる時に俺を見ていた冒険者達だった。何やらキョロキョロと周りを伺いながら向かった方向は、パンタフェルラさん達が進んだ方向と同じだった。もしかしたら支部が応援を寄こして来てくれたのかと思って特に気にはしなかったが、村に戻って違和感を感じた。


村長含め、誰もそんな冒険者を見ていないと言うのだ。


おかしい。

もし俺の保護の件で来たのならまず俺を探す筈だし、討伐の件で来たのなら村人にパンタフェルラさん達が向かった方向を確認する筈だ。


そもそも村長に挨拶していないというのが引っ掛かった。例えあの人たちが俺達の事情を知らない冒険者であっても、他支部からたまたまこの村に寄った冒険者であっても、村長を訪問しないのは明らかにおかしい。


それにコソコソと周囲を伺う態度も。


誰にも見られたくなかったのか?

何故見られたくなかった?やましい事があるから?

3人の後を付けたかった?

じゃあ何で3人が発った直後に後を付けなかった?


…俺が村に残ったから!?

俺に見られるのを恐れて、俺が消えるのを待った?

という事はやはり目的はあの3人?


少し考えた後、俺は急いで支度を整えた。


パンタフェルラさん、ごめん。





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エンプシー・リギウスのよいこのための

わくわく魔獣図鑑


          出版:生命生体研究所

          共著:冒険者協会



19、ワタポ

   しろいわたをつけてうかぶしょくぶつ

   がたまじゅうだ。からだは5セルメル

   くらいでわたげとにているよ。よくみ

   るとおめめが2つついてるけどふって

   するとおめめまでとんでいくよ。


   だい20しゅしていまじゅうだ。



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