第30話 ミズガルズの大蛇
兵士たちが翳す
近衛騎士たちは、レオから尋常でない魔力を感じ、それ以上ふたりに近づくのを躊躇う。
貴種の力を持つ彼らは、膨大な魔力を前にして恐れを抱いた。
「……まさか、聖種?!」
誰かが呟くと、兵士たちが騒めき、不安と恐れがさざ波のように広がって行く。
「ヨルムンガルド!! 来いっ!」
レオが言霊の力を声に載せて叫ぶと、神殿の方角から轟音が鳴り響いた。
荘厳な石造りの神殿の一画が崩れ落ち、もうもうと煙が立っている。
その中から、長大で不気味な黒い影が現われた。
漆黒の影は、王宮を目指してうねりながら一直線に、低空を突き進む。
固唾を飲んで見ている王宮の人々の前に、広葉樹をなぎ倒しながら巨体を現したのは、漆黒の鱗に覆われた蛇のような身体に手足がついた竜。
遥か東方の国々では竜神と崇められ、この国では
神話の時代に、大神オーディーンと争ったと言われる伝説の黒竜だった。
それが鎌首を持ち上げた頭部は、後ろに流れる二つの長い角、大きく裂けたような口からはギザギザの鋭い鋸歯が二重に並び、縦に長い瞳孔はあやしく金色の光彩を放ちながら人々を見降ろしていた。
「ヒィッ」
兵士たちは、
騎士達もじりじりと後退りを始め、ついに恐怖を堪え切れず兵士たちの後を追った。
「我が主、ロキさま――」
「ヨルムンガルド、
黒竜は返事の代わりに、咆哮を上げると塔にその身体を撒きつけながらスルスルと上り始める。
エステルは、目の前に繰り広げられる光景が現実のものとは思えず、ただ呆然としていた。
「
ディーデリック王が命じると、シェルトとカトリナは壁に並べられた矢羽のついた槍を、飛びつくようにして外し、窓辺に設置された
下から塔に身体を巻き付けて登って来る黒竜めがけて、梃子を用いて弦を引き絞り打ち出すと、次々に槍を黒竜に命中させた。
しかし固い鱗に当たった槍は、あるものは跳ね返り、またあるものは折れ曲がってしまう。
「槍が効かなければ、
塔の下の階からも、王の元へと馳せ参じた騎士たちが 別の
「竜だけでなく、あの二人も狙うんだ!」
王の非情な命令に、シェルトとカトリナは怯んだ。エステルは近衛騎士でもあるのに、と。
他の騎士たちは王命に従い、
ヒューンと風を切り、正確に打たれた
バサッ、バサバサッ――。
レオの背中から突然大きな鷹の翼が現われ、エステルとレオを包み込んだ。
空の上から
ディーデリックが光属性の攻撃魔法を放ち、近衛騎士たちは
ヨルムンガルドに巻き付かれた石の塔は、ミシミシと音を立て、揺れ動いていた。
「……じゃあ、レオはアースガルズの神族、神種なのか」
空中でレオに抱きしめられながら、エステルが呟いた。
神族は古の時代、
聖種はその神族の血を受け継いだ末裔だと、人々に信じられてきた。
「うん。僕は
レオの言う事は、ほとんどエステルの耳に入って来なかった。
ここに居るのは神で、本来ならエステルの手の届かない存在だ。
エステルの愛したレオはもう居ない。
永遠に失われてしまったのだ、という思いで胸が一杯になっている。
その事実に打ちのめされ、自嘲しながら涙を流していた。
「ロキ神さまは……もう私のような賤しい貴種に、用はないのだろう――?」
「……っ! 違うっ! 僕はこれからもずっと、エステルのレオだ!」
レオは、エステルを二度と離すものかとばかりに、ぎゅっと抱きしめた。
ドォオオオオオン!!
黒竜の尾が
ガラガラと地上に屋根が落ちて、砕けた。
そこへ、石台の上に置かれた魔石に、竜の鈎爪が伸びて奪い取る。
王を守ろうと騎士たちが剣を抜いて囲み、ディーデリックは満身創痍になりながらも、
「我が主の命は、魔石を奪えとのこと、お前たちのことは倒せとは言われていない」
これ以上の戦闘は無用とばかりに、ヨルムンガルドは魔石を持って主の元へ戻る。
「
ヨルムンガルドは
「……よし、もうこれ以上ここに長居は無用だ。ヨルムンガルド、王都を脱出するぞ!」
「はい! ロキさま!」
ディーデリックは遠ざかる竜を尻目に、ギリギリと歯ぎしりをし、口惜しそうに命じた。
「王都の各塔、及び城壁の兵たちに告ぐ! 黒竜を攻撃せよ! 精鋭軍に追跡を命令する!」
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