第24話 波紋
王立音楽堂の件は、各所に波紋を投じた。
王宮と王族を警備する近衛騎士達の失態は、瞬く間に王都中で噂になった。
貴族出身、エリートコースの近衛騎士達へは、普段のやっかみも手伝い「栄誉ある騎士の名を貶めた」として厳しい処分を求める声も軍を中心に各所から上がっている。
近衛騎士団団長は、気が弛んでいた近衛騎士たちへの懲罰と実戦訓練、それに名誉挽回のため、シナリー山のワイバーン討伐を王に願い出た。
王が許可したので、異例の近衛騎士団によるワイバーン討伐隊が編成され、近く出陣することになった。
一方、歌姫ニコレットは、魔歌の効果が絶大だっとことで、人々から好奇と畏怖の視線を集めてしまう。
セイレーネス一族の血を引くことも公になり、魔族の血を引く者が寵姫として王の側にあることに疑問視する声も聞こえる。
「魔歌が魔道具であんなに増幅されるなんて……。普段は泣いている赤ん坊を寝かしつけるくらいしか、役に立たないのに」
ニコレットは、王より渡された王家に伝わる真紅の石の首飾りをつけて歌った、あの日のことを思い出して身震いした。
「曾祖母さまのように、男を魅了する力があったら良かったのに。でも私は魔族ではないわ。ほんの少しセイレーネスの血を引いているだけ」
後ろ盾のないニコレットは、自分が王の愛情だけを頼りにする、儚い立場であることを今ひしひしと感じていた。
――神頼み、という訳ではないけれど……。
以前、ニコレットに興味を示していた
神殿礼拝堂に入る前の、清めの室の壁画の前で立ち止まる。
歌姫を微妙な立場に追いやった、あの日の歌劇に登場した神々の描かれた壁画を眺めた。
そこには神々の黄昏に向かう一連のシーンが描かれている。先日の音楽堂で上演されたような滑稽な物語すら、後の争いを起こす伏線となって、
歌姫は、壁に描かれた
「神獣と魔族の神。あなたの加護はどこへ行ったの? 彼らはこのミズガルズから滅びようとしているわ」
「……おや、
横から肩を掴まれ、ニコレットは「ひっ!」と小さく声を上げだ。
振り向くと、そこには大祭司ステファヌスが立っている。
ステファヌスの聖種の圧倒的な力に気圧されつつ、ニコレットは必至で首を横に振った。
「大祭司様! 凶神の信徒なんてとんでもありません。私は、忠実な光の神々の信徒ですわっ」
セイレーネスの魔女と陰口を叩かれ始めているニコレットは、さらなる誤解が広まることを恐れた。
「ほう、そうですか。では、先日の音楽堂の出来事を、詳しく聞かせてもらっても?」
「お心のままに」
ニコレットは素早く頭を回転させる。
――この男はディーデリック王の叔父だ。私の後ろ盾になってくれないだろうか。
恭しく頭を下げると、大祭司はニコレットを自分の書斎へと誘った。
大祭司の書斎は聖職者らしく、壁に
その一方で、古代遺物のレプリカや怪しげな標本が別の棚に所狭しと置かれていた。
そして机の上に置かれているのは、展翅板にピンで止められたヨルムンガルドだった。
椅子に腰かけるよう勧められたニコレットは、先日の音楽堂の出来事を聞かれるままに答えた。
「なるほど、女騎士と
「ええ。人の心がない
ステファヌスはそのあたりの情報は既に知っていたらしく受け流すと、おもむろに闇蛇の留められた展翅板をニコレットの前に置いた。
「これは使い魔だと思うが、心当たりは?」
歌姫は嫌そうに顔をしかめて、闇色の蛇を見た。
「使い魔、というと
「そうだ。しかも闇の属性の。つまり、魔族の使い魔だ。何か知っているか?」
驚いた歌姫が椅子から腰を浮かし、ガタン、と音を立てた。
「私は、知りませんっ! その使い魔も、他の魔族のことも。誤解されているようですけど、私はほとんど人族で、セイレーネスの血はほんのわずかしかないわ。セイレーネスの曾祖母からの伝承は、歌に関することばかりです。それに、そんなちっぽけな蛇に、何かできるとも思えないですけど……」
「ふむ。この蛇について、少しでも手掛かりが欲しかったのだが。何か思い出したら、些細なことでもいい、教えて欲しい」
「分かりました。大祭司様」
――気づいたことをなんでも、か。礼拝堂前の清めの室に描かれていた
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