第22話 行幸

 

 

 ディーデリック王は、執務室に居ながらひどく退屈していた。


 王国国内や属州から上がって来た報告のうち、重要な案件を文官が選んで宰相の元に書類を上げる。

 さらに宰相がそれらに目に通し、国政にかかわるものを厳選し、王に届けることになっている。


 宰相の声が、子守唄のようにディーデリックの眠気を誘う。


 肘掛椅子に座り、顎に手を当てて、最高級のオーク材から作られた机の上に目をやれば、そこには家臣からの上申書が山のように積み重なっている。



 王国が盤石な礎を築き、この大陸中原の周辺部族及び魔族を平定してからすでに数百年。

 今だ大型の魔獣災害には予断を許さず、注意が必要とは言え、王都、王国は揺るぎない繁栄が約束されていた。

 

 だから、ディーデリックの治世には、戦うべき敵も平定する国もない。

 名を後世残すために、精々、土木事業や辺境の開拓をするくらいだ。


「上王陛下から、アーネムの治水事業の視察の報告書が届いておりますよ」


 ディーデリックの父、先代の王は早々に王位を息子に譲ると、王国各地を視察する巡遊の旅に出て、もう何カ月もの間、王宮に戻って来ない。


「今はアーネムで豪遊されているのか、父上は。全く、いいご身分だな」


「でしたら、陛下も強大な王統の継承者を、一日も早くお産みあそばされて下さいませ」


 父親よりも年嵩の、大貴族の宰相にしたり顔で返されると、青年王はムッとした。


「言われずとも、励んでおるわ」


 宰相は、ムーレンハルト王族特有のストロベリー・ブロンドの髪の主君を案じて、言葉を選びつつ、繊細な問題を口にした。


「まだお若い陛下におかれましては、後継問題はまだ切実に感じられませんでしょう。しかし、王国の平和と繁栄のために臣下一同、一刻も早くお世継ぎをと望んでおります。そして、強大な力を持つ後継は、同じ聖種の王妃陛下よりお産みすることはできませぬ。寵姫の歌姫殿をご寵愛なさるのは結構ですが、王妃陛下をあまりないがしろになさいませんように」


 また小言か、とディーデリックはめんどくさそうに手を振った。


「分かっている。それにニコレットは、毛色が少し物珍しかっただけで――」


 それほど特別扱いしたわけではない、と言おうとして窓の外を見ると、妹姫が、警護の者達と共に宮殿を出て行く姿があった。


「フェリシアはどこに行くのだ?」


「ああ、フェリシア姫さまは、王族の持ち回りで東の城壁の塔に、魔力供給に行かれると伺っております。社会見学も兼ねて王立音楽堂で昼食会をなさるとか」


「ほう、あの女騎士と魔道式機械人形アーティファクト・ドールも一緒か。……面白そうだ。余も午後から王立音楽堂に行幸しよう。……ニコレットを呼んでおけ」


 ディーデリックが、側に控えている侍従に命令する。

 侍従が一礼して、執務室を出て行くのを尻目に、宰相は顔をしかめた。


「そんな、急にご予定を変えられるのは――」


「今日の午後の予定は、大したものはないだろう? さあ、昼までにこの仕事を片付けてしまうぞ」


 宰相は、やれやれと溜息をついた。



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