鏡
LSS
1.災難
今日は週一度の休みでフェートンの城下町をほっつき歩いていた。ふと見知らぬ路地が視界に入り、その路地に入ることにした。路地は人が3人ほど歩けるほどの狭さで薄暗く、なにやら妙な雰囲気が漂っていた。少し奥へ進むと右手に妙な雰囲気の源と思える店らしきものがあった。扉の横手に、「雑貨屋」と書かれた看板がぶら下げられているため、一応の店のはず・・・。少しの迷いの後、恐る恐るドアノブを握り扉を開くと鈴の音色が耳に入った。
中はやはり光に乏しく不気味だが商品らしきものが乱雑に机上、床上を問わずに置かれ最も奥にはカウンターがあり、店主であろう老婆がいた。軋む床を歩いて商品らしきものを順々に見ていく。見たことのない類の模様の布、何に使うか不明の木製の部品、謎の液体の入った瓶、といったものが山のようにあった。これで生計を立てられるのかと余計な心配をしてしまう。その内に、とあるひとつの商品に目が留まった。それは、手のひら程度の大きさで薔薇の装飾が施された鏡であった。それに手を伸ばした瞬間、滑舌の悪いしゃがれた声が聞こえた。
「その鏡が気になるかえ?」
声の主の方を向くと老婆がこちらを向いており、俺は答えた。
「ええ」
「なんとも不思議な鏡よのう。」
老婆は言った。老婆の言う通り、なにか人の興味を引きつけるものがあり、穏やかな気持ちになる感じがした。
「いくらですか?」
俺が言うと老婆は少し首を捻って答えた。
「そうじゃなぁ、銅貨5枚くらいかのう」
「銅貨5枚か、じゃあ、買います」
店内をふらつくことはあってもあまり不必要なものは買わないたちなのだが、どういうわけか買うことを決めてしまった。金を払い、店の出口を目指しつつ鏡を改めて眺めた。鏡面は鈍く光っており奥深くになにかが潜んでいるのようなそんな気もしたが、眺めているとやはり不思議と落ち着いた。
怪しげな雑貨屋があった路地を出て、大通りに出て教会に向かった。これから、教会へ行って納税をしなくてはならないのだ。特に信仰心を持っているわけではないが、表面上は信じて納税していないと回りの目が痛い。
突然、背中に衝撃を感じその衝撃に耐えきれず前のめりに倒れた。とっさに手をついて頭へ打撃は回避したが腕を地面に打った。誰かに後ろからぶつかられたようだ。痛みに朦朧としている内に、体に人の手の感触を感じた。ぶつかってきた人が体を起こそうしているかと思ったが、どうもそうではなかったようで、起こされる事はないまま人の手の感触は消えた。仕方なく、自力でどうにか立ち上がって後ろを振り向いた。だが、そこには誰もおらず視界には人ごみだけが広がっていた。ふとさっきまで下げていた皮鞄がないことに気付き、それと同時に盗みに遭ったことを理解しこの上ない怒りが湧いてきた。革袋にはさっき買った鏡だけでなく、納税用の硬貨も入れていた。犯人は何処かに消えて行き場のない怒りは悪態となって口から出るしかなかった。
さて、どうしたものか。犯人を捕まえることは不可能に近い以上、金と鏡は諦めるしかない。鏡はまあ、良いしてと問題は金だ。納税しないわけにはいかないが、かといって家まで新に金を取ってくるとなるとけっこうな時間がかかる。本当は納税日は休日の今日なのだが、神父に事の末顛てんまつを伝え来週納税するとしよう。
不機嫌な足取りで歩き教会に着いた。教会は天から見て円形をしていてドーム状の屋根である。円教はその名の通り円を象徴とした宗教で、教祖曰く円はこの世の理を表しているのだとか。教えの是非はともかく、税金を徴収するなんて俺のような不信心な人間にとっては全く厄介な宗教だ。その昔、今俺がいるフェートン王国が建国する前は円教は広まっておらず、毎年のように生贄を要求する多神教が主流だったらしいから、それよりはましか。教会の中は円形の広間となっており、奥には祭壇がある。並べられている長椅子には俺とは違い信心深いのであろう幾人かがぶつぶつ言って祈りを捧げている。俺は祭壇に立っている司祭に話しかけた。
「司祭様、その、なんというか、納税を来週に延ばすことはできるでしょうか。本当は今頃納税しているはずだったんですが、大通りで盗みに遭ってしまい納税金を失ってしまったんです。」
「おお、それは誠に災難であった。そなたが日ごろより善行を尽くしているのならば、その不運はいつか倍の幸運となって帰ってくることでしょう。ああ、全知全能にして唯一の偉大なる神よ、この者に幸運を授け給え」司祭は天を仰ぎ、両手を高く挙げた。「納税を来週にしても良いかとのことですが、もちろん来週でも構いません。最も大切なのは、神に感謝を込めることであって期日を守ることではありませんから。」
「それは良かった。では来週、会いましょう」
俺は笑みを浮かべて言い教会を出た。不運が二倍の幸運になって帰ってくる・・・、はささて帰ってくるものか。用事は既に済ましたので我が家に帰った。我が家といっても、住宅街の奥深くにある借り物の古い家だ。両親や兄弟はおらず、肉親は疎遠な叔父のみで家には一人で住んでいる。家に入るとベッドに仰向けに倒れてため息をついた。全く、今日はとんだ災難に遭ったものだ。唯一神とやらが本当にいるのなら、どうにかしてくれないだろうか。それにしても、あの鏡、盗まれるなんて惜しいことしたなぁ。
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