下心

僕としては何の意図もなく、ただふと思い付いた姿になっただけだったのが、たまたま頭に残っていたヒャクの母親のクレイの姿を作ってしまったようだ。


ヒャクとしても、まともに飯を食っていないことで頭が働いていなかったんだろう。死んだ人間がこうして現れるわけがないのに、取り乱してしまった。


なのに、僕自身、まさかクレイの姿をしていたことに引っ張られたわけでもないだろうに、ヒャクの体を抱き締めてしまったんだ。それこそ、母親が、迷子になった後でようやく母親と会えて泣いてしまった我が子を抱き締めるみたいに。


ヒャクの気持ちが落ち着くまで。


日が掛かっている場所が明らかに変わるくらい泣いて、それでようやく収まってきたところで、僕は言った。


「ヒャク……僕は君の母親じゃない。君達が<竜神>と呼んでる者だ……」


「っ!?」


すると彼女は、ハッと僕を見上げて、自分を見詰めるその目が、クレイのそれと違っていることに気付いたみたいで、慌てて体を離しその場に膝を着いて頭を地に押し付けて、


「申し訳ございません! 竜神様!! 私……私……っ!!」


僕が臨んでもいないのに、人間はそうやって頭をこすり付ければ謝意を示せると思ってる。僕にはそんなもの、何の価値もないってどうして分からないんだ?


ましてや何も身に着けてないような姿で。


僕はお前達のそんな姿なんて見たくもない。


だから僕は、自分が身に着けていたものを脱いでヒャクの前に落とし、


「頭を上げろ。それを着ろ。見苦しい」


吐き捨てるように言ってやった。


「は…はいっ!」


背を向けた僕の後ろで、ヒャクが着物を拾い上げ慌てて身に着けるのが分かった。


頃合を見て改めて振り返ると、彼女は、着物の丈が長すぎるのを、腰の辺りで折り返してそれを帯で押さえることで帳尻を合わせていた。利口な娘だ。


いささか不恰好とはいえ、一応は見られる格好になったな。


なのにヒャクは、頭を下げて、僕を見ようとはしなかった。


その理由を僕も察する。今度は僕が何も身に着けていなかったからだ。


そこで、僕が彼女らの言う<竜神>であることを手っ取り早く示すために、腰を屈めて地に手を着けて、拾い上げるように体を起こした。


すると、ヒャクの見ている前で土がたちまち着物に変わり、僕はそれを羽織る。


まあ、人間には決してできない業だな。


「……」


唖然としていたヒャクがハッとなって、また地に膝を着いて手を着いて、


「竜神様……!」


声を上げた。


ふん、どうやら納得したみたいだな。でも、


「いちいち平伏するのはやめろ。僕はお前達人間のそういうところが嫌いなんだ。そうやって頭を下げれば望みを聞いてもらえると思ってるところがな。


お前達人間が頭を下げるのは下心があるからだ。そのクセ、それを<礼儀>だとかおためごかしを口にする。不愉快極まりない」


改めて言ってやったのだった。


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