2-47

 挑発を含めた上憑の言葉により、詩雄は頭に血を上らせた。決する為の一撃を防がれた事と相成り、現在の状況を把握もせずに即座に次の一手を繰り出す。

 右腕を引く。その反動を活かした上半身のみの捻りによる左の拳打。先程の勢いを加えた攻撃に比べれば衝撃力は劣るが、それでも骨をへし折るくらいなら容易い。


 しかし。


「遅いよ」


“現在の上憑”にはもう、その程度は脅威ではない。


 詩雄の拳は難なく掴まれ、勢いを利用されて投げ飛ばされた。宙を漂い壁に背中を打ち付け、地面へ落下。けれど大したダメージは無く、軽く両足で着地した詩雄は、ここでやっと、上憑の変化を考え始めた。


「……なんだか、あんたさ、強くなってない?」


 その違和感はしっかりと伝わっていた。防戦一方だった筈の焦りが、今の上憑には無い。確かな余裕さえ見てとれる。勘違いではない。何より詩雄の一撃を受け、堪えきれていた。


 そう――、今しがた彼女が発言したように、上憑は強くなっているのだ。


「ご名答。嗚呼、僕は強くなってるよ。君のおかげでね」


 何故か、詩雄のおかげ、と言う。

 少々腹が立ったが、今は我慢。


「知りたい? 知りたいか?」


 出来なかった。なめたような態度が気に入らなかった。

 猛獣じみて飛びかかる。ギチギチと筋肉を唸らせ、地面すれすれから拳を振り上げ顎を砕きにかかる。――が。


「痛っ――!?」


 上憑はその拳を靴底で防いだ。その際、タイミングを合わせて踏み潰すように足を下ろした事により、詩雄の拳に多大な衝撃が上書きされる。驚きと重なり、彼女は思わず顔を歪めた。


「他人が質問してる時は言葉で答えるんだよ。お嬢さん」


 そのまま体重をかけられ、華奢な手は地面に固定される。


「で、知りたいか? どうなんだ?」


「――――」


「おいおい、だんまりじゃなくてさ、答えろって言ってるんだよ。言えよ。教えてくださいって――」


「あっっっったまキタッ――!!」


 突如として叫んだかと思えば、詩雄は腕に力を込め、そのまま上憑を持ち上げて宙へぶん投げた。これには上憑も焦りを蘇らせる。


「うおぉ――まだ力あがるのかよ――!?」


「むっきぃぃぃいい――!」


 子供じみた怒りを露とし、歯茎が見えるほど口に力を入れて歯噛み。これでもかと眉間にシワを入れて、上憑を睨み付ける少女。


 詩雄は、気の長い方ではない。興味が沸き立つものも、家族か漫画だけ。日法という例外はあれど、基本的にその二つ以外はまともに受け入れない。自身が強者であると理解した故の思考回路だ。その他一切は塵芥ちりあくたでしかない。


 だから上憑の態度は実に気に入らない。勝って当たり前である自分が苦戦しているのもそうだが、余裕を見せつけられるのはとても我慢ならなかった。道端に生えてる雑草に馬鹿にされた気分。言うなればそれは尊厳に対する侵害だ。腹が立つのも無理はない。……彼女の沸点が低いのもどうかとは思うが。


 ――着地した上憑めがけて、また獣の如く迫り行く。代わり映えのしない無知な所業に見えるが、実際、オツムがよろしくない詩雄にはこれしかなかった。怒りも要因になっている。


 しかし、ただの突進でも馬鹿に出来るものではない。体躯は小さくとも、トラック程度なら容易く吹き飛ばせる衝撃力を持っているからだ。

 大きすぎる力ほど単純な動作の方が本領を発揮できる。あながち間違ってはいなかった。


 しかし、そうだとしても。


「うるせぇ――ぞ、とっ!」


 今回は相手が悪い。時間が進むに連れて、上憑の対応力は上がっていた。


 詩雄の動きに合わせ、上憑は初めて手を出す。指を少し曲げた掌底の形。それは拳を懸念してか、それとも詩雄が女だからと考慮したのか。

 けれど、顔を狙った所を見るに、前者なのだろう。元より、掌の方が衝撃は増す。


「ゴッッッ――!?」


 奇怪なうめき声と鈍い音。詩雄の頭だけが一瞬留まり首から下は前進、突進の慣性で体は空中を回転しながら上憑を通り過ぎていき、痛々しく地面を転げ回る結果となった。


 上憑にも痛手はあったらしく。顔を少しばかり歪めて肩をさすっている。


「……鉄球でもぶつかった感覚だな。本当、どんな体してやがんだ……。おーい、大丈夫かあ?」


 全く心配はしておらず、取り合えず投げ掛けてみる。詩雄はうつ伏せのまま、ピクリともしない。


「流石に効いたかな。死んで……は無いな、絶対、うん」


「勝手に決めんな。……死んでないけど」


 うつ伏せのまま、詩雄は答える。


「つーか、あんたなんなのよ。意味わかんない。ムカつく。マジムカつく。ガチキモ」


 うつ伏せのまま、詩雄は恨む。


「はっ。ちょっとは頭が冷えたか。まあいい。どうせ素直になる訳ないだろうし。教えてやるよ」


 はぁ、と上憑はその場に座り込む。恐らく反撃はしてこないだろうと警戒を解いた姿は、やや疲れているようだった。ここまで彼女を御せたがなんだかんだと、やはり詩雄の暴力の相手は骨が折れるらしい。

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