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聞いてみれば、太極拳店主ことロンさんは、正真正銘の中国人だった。産まれも育ちも四川。ブルース・リーをこよなく愛する。あちらの方でも料理人をやっていて、それなりに人気はあったらしい。そして年齢不詳、試しに尋ねたら殺意に満ちた瞳で睨まれた。
何でも、二年前に日本に旅行で来てからえらく気に入ったものがあり、永住しようと決断して一年前に入国してきたそうだ。当初は何をしようか決めておらず、ふらふらと町を点々としてやがてこの町に行き着き、数ヶ月前に潰れて取り壊される予定だった現在の店を激安で買い、得意の中華料理を始めて今に至る。
因みに何が気に入ったのかと訊けば、アニメと答えた。言葉遣いもそれに影響されたのだとか。
やはり日本といえばアニメなのか。まあ、はっきり言って日本のアニメの美麗さはダントツであるのは確かだけど。……けど、嬉しいのやら哀しいのやら、日本人として複雑に思うのは俺だけだろうか。
「ロンさんってとても可愛らしいですねぇ。お肌プルプルだし髪ツヤツヤだし。そのちっこさと相乗してとてもキュートですっ」
「……なんか腑に落ちないけど、まァ、素直に感謝ネ。でも褒めても安くはしてあげないアルヨ。それと、アナタもそれなりに可愛いネ。彼氏はいないのカ?」
「うっ、ロンさん、痛いとこ突いてきます……。わ、私はこれからです。大学デビューするんです。そういうロンさんはどうなんです?」
今では四人とも席に座り、絵留と真琴とロンさんでガールズトークをしていた。他に客もおらず、別に急ぎの用がある訳でもないので、俺と比劇は黙って話の内容を聞いている。男子が入り込めない領域と化しているのだった。
まあ、別に止めるつもりもないので気が済むまでどうぞ、でもできるだけ早く料理が食べたいんだぜ。
「ワタシにはそんなものいないアル。そういうのはもう興味ないネ」
「ええー! 勿体無いです! 宝の持ち腐れです! ……ロンさん、後悔しても既に遅しという結末になってしまいますよ。愛とは無理矢理つかみ取って引き千切らなければならないのです!」
力説する絵留。物騒な奴だなあ、何から引き千切るんだよ。てか千切るなよ。いや、よくわかんないけどさ。
「ニャハハ、メガネちゃんは面白いネ。恋愛はドロドロしたものってよく聞くけど、本当に血生臭いみたいネ」
「め、メガネちゃん……」
「ところで、アナタはどうネ。メガネちゃんには悪いけどかなりのべっぴんアル」
「――僕ですか? いや、ははっ、僕はべっぴんなんて言われる立場ではないですよ」
よくいうよ式織真琴。百人中百人がお前をべっぴんと言うに違いない。でもこれを素で言ってるのがまた彼女の魅力だと思うだ俺は。最高だぜ、真琴。
「僕は、男子からは少し敬遠されているみたいで、ここにいる二人ぐらいしか親しい異性はいません。それに、恋愛の感情というのは今まで抱いた事がないので、よくわからなくて」
真琴はその整い過ぎた容姿のせいで、またはお陰で、男子からは殆ど話しかけられない。中学、高校ともそうだったと聞いた。男と思われていた時は向こうから一言二言あったが、女と知られてからは、ぱったり無くなったらしい。
高嶺の花、そうカテゴライズされてしまったのだった。整いすぎた彼女に声をかけるのは恐れ多く、男と思っていたのに女とわかったら尚更だ。
「あいヤー、それこそ勿体無いアル。ワタシにだって恋愛感情の経験くらいはあるネ。――あれはまだ学生だった頃、隣の席にいた冴えない男子に消しゴムを拾ってもらった時だったカ……」
ごくり、と絵留は息をのんで、目を瞑って思い出にうっとりするロンさんを見つめる。真琴もどこか真剣な表情だ。大人から子供への淡い恋物語の始まり。
「…………なあ、長引くかな?」
痺れを切らしたか、比劇がごそごそと耳打ち。
「大丈夫だろ。案外早く終わるって、こういう話は」
――二時間後。
「あヤ!もうこんな時間ネ!」
長かった。思ってたより長かった。比劇に肩パンされた。いてぇよ。
「何時まで話をさせるカ、オマエら早く注文しろアル。ていうかこの間に一人も新しい客がこないとはどういう事ネ!? ふざけんなアル!」
逆恨みされたうえに八つ当たりされた。ロンさんは両手に持ったおたまを掲げてぶんぶん振り回し始める。
「あ、そういえば。他の客が来てるところ、見たことねぇ」
「……泣きべそ坊主。オマエ覚悟しておけアル」
ひい、とうわずった声を上げた比劇は必死に謝罪したが、ロンさんは無視して調理を開始した。彼の料理は彼女の独断で決まったようだ。
「私、ホイコーロー」
「僕はチンジャオロース」
「テンシンハンで」
「詩乃っ、話が違うだろ! ロ、ロンさん、こいつにはマーボーを!」
「マーボーは貴様アル……」
「そ、そんなぁ……!」
比劇の表情が青ざめていく。己の死期を告げられた患者のよう。
比劇、悲劇。乙。
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