第17話

怒涛の婚姻から一月が経った。


あれからクロエは皇后としての仕事をこなしながら、結婚式の準備も進めるという、正に仕事に忙殺されていた。

側にいるだけでいいと思っていたイサークとは別に、帝国の役に立ちたいと思っている彼女は積極的に仕事をこなしていく。

噂通りの才女ぶりに宰相のアランドは、クロエの補佐としてアナとエリと言う彼の秘蔵っ子を付けてくれた。

元々は別部署で働いていたのだが、幸か不幸かアランドの目に留まりスパルタもどきの仕込みで育てられた才女達だ。

彼女等の能力が元々高かったこともあるが、アランドの教育のおかげかクロエにしてみればとても仕事がしやすく、信頼できる部下となっていた。

そんな彼女が仕事をする部屋、つまり執務室なのだが、イサークの一言により二つの部屋の壁をぶち抜き一部屋にし、真ん中に置いた応接セットで仕切るかのように左右に机を置くという、イサークの要望通り『愛する妻といつも一緒』の執務室が出来上がっていた。

『氷の皇帝』はどこへやら・・・目の前にいるのはただただ妻を溺愛する男。

そんな彼に溜息を吐きつつもこれまで以上にサクサクとこなされていく仕事っぷりに、誰も何も言わない。

最初は戸惑っていたクロエも今では当然のように執務室で仕事をこなしていく。

そんな二人に側近達は、この帝国は安泰だ・・・と、誰もが心の中で思ったのだった。


そんなある日、ダリアンがシェルーラ国に戻っている祖母のルナティアからの届け物を持ってきた。

「まぁ、おばあさまとルドおじ様から?何かしら・・・」

大きな箱のわりにクロエでも持てる重さで、箱を開ければ透明な袋に包まれた丸い何かが沢山入っていた。

よくよく見れば小さな布袋に何かが詰められていて、例えるなら匂い袋の様な物がぎっしりと入っていたのだ。

透明な袋を開けると、柑橘系でありながらも柔らかくフルーティーな香りが室内を満たしていく。

「わぁ・・・いい香りですね!」

リンナが大きく香りを吸い込んだ。

箱の中には手紙が入っており、懐かしくも見慣れた文字で「愛するクロエへ」と書かれていた。

ルナティアからの手紙は、クロエ達の体調を気遣う言葉から始まりシェルーラ国の近況報告が綴られていた。

来年は、ルドルフが退位し息子に王位を譲るので式典には参加してほしい旨も書かれている。

祖母が元気で過ごしている事にほっと胸を撫で下ろしつつ便箋を捲っていくと、急に内容がリージェ国の事になった。

贈られてきた匂い袋は、魔薬の臭覚に対する効果を無効化する物だという。

魔薬はまずその熟れすぎた果実の様な匂いで思考を奪い、魔薬を直接体内に取り込むことにより快楽を得る事ができる。

何もせず体内に取り込めば、身体が拒絶反応をおこし、最悪な場合ショック症状で死に至るのだという。

よって、初めは臭覚からの接種となるのだ。

シェルーラ国のルドルフ国王は目覚めてからというもの、魔薬の研究をしている第一人者。

魔薬にはどのような効果があり、それを浄化する物質はないのか。

公にしてしまえばリージェ国に目を付けられる為、王宮の奥深くでミロの花を栽培し研究していた。

体内に入ってしまった魔薬を無効化する事は今だ出来ないが、臭覚に対する無効化物質をようやく見つけたのだという。

それはこの世界に生息する、なんて事のない数種類のハーブの調合だったとは、目から鱗である。

手紙にはその調合配分と作り方が書かれており、近日中、シェルーラ国より世界各国に向けそれが通達されるのだという。

「ルドおじ様・・・凄いわ!」

魔薬の研究をしている事はクロエも知ってはいたが、中々成果を出せていない事も知っていた。

匂い袋を一つ手に取り、スッと匂いを嗅ぎ心の中で改めて彼の功績を讃える。

手紙はリージェ国の王家内部の情報が事細かに書かれていて、クロエは目を瞠る。

そこには帝国ですらつかめていない事が書かれていたのだから。


リージェ国も今の国王から王太子、つまりアドラ姫の兄ガルドが王位に即位するのだという。

来月に即位式が行われるという、急な内容だった。

本来、国の王様が変わる時は国内外に知らせを出し、各国要人を招待するのだが、リージェ国からその様な知らせが来たとは聞いていない。

現国王は健在らしいのだが、どうも魔薬により精神に異常をきたしてきているようだとの事。

そもそも魔薬生産国の王様が魔薬に飲み込まれるなど笑い話にもならないが、どうやら息子である王太子とアドラ姫が一枚かんでおり、実の父親に薬を盛っていたのではと見られている。

そして、新たに国王となった暁には、帝国に何らかのちょっかいを出すのではないかと予想されると書かれていた。

王太子であるガルドはクロエを、アドラはイサークを狙っているからとも。

クロエには知らされていなかったが、リージェ国からクロエと結婚したいと、王太子から再三申し込みがあった。

初めは国から。断り続けていると今度は王太子個人から。しつこいほどに求婚してきていた。

リージェ国が原因で死んだクロエ。余計な心配をかけさせまいと内密にし、護衛を増やしていた事を今知ることとなる。

それと、本来であれば数年前に起きるはずだった出来事に微妙なずれが起きているらしい。

逆行した三人の内シェルーラ国のルドルフが一番の長生きだ。その彼が前と比べ色んな事がずれてきているというのだ。

他国を巻き込んで歴史を変えようとしてきた三人。当然のことながら起きるはずの出来事が起きなかったり、規模が小さかったりと様々だ。

だが、変えられない事もある事を彼等は知っている。

例えばルナティアの結婚やフルール国の王太子の結婚騒動、リージェ国の帝国侵略未遂。

そして、本来死んでしまう年齢にとはいえ帝国へと嫁いだクロエ。

どれが変える事ができ、どれが変えられないと、見極めることが大事になってくる。そしてそれは安易なようでとても難しい事だった。

だからルナティアは心配しているのだ。

クロエ達がまたアドラ達に害されるのではないかと。

その予防策に匂い袋、つまりは臭覚に対する無効化となるものを送ってきたのだ。

一番初めの段階を無効化してしまえば、傀儡になる事はない。


クロエはすぐさまイサークに会うべくリンナを先触れに出し、ダリアンとエレナを連れ爽やかな香りで包まれた部屋を後にした。


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