魔の動揺と悪の目的

「なぜオレ様を助けたのだ、悪しき者よ」



 フィーナとの戦いから転移で森へ逃げたナナシたちに魔王が問い掛ける。

 本来ならば人間という生物は魔物の敵なのだから自分はあの場でフィーナに殺されるのだと覚悟もしていたはずだというのに。


「なぜって聞かれると申し訳なくなるな、ただの嫌がらせだ。フィーナへのな」

「ふむ、まあそうであろうな。そうなのだろうと思っておったわ」



 そう、ナナシが魔王を連れて逃げたのはただただフィーナに対する嫌がらせである。

『勇者』であるフィーナに対する嫌がらせ。

 そして俺は勇者であるお前の邪魔をするという牽制。

 砕いて言えば言葉でなく行動における敵対である。



「はは!これでフィーナはやっと俺を敵として見るんだろうな!次会った時どんな顔すんだろうなアイツ!」

「本当はちょっと寂しいくせによく回る口ですねぇ」

「うるせえな、そりゃちょっとくらい寂しい気持ちはあるが思ったほどでもねえよ」


「くはは!よいではないかバンディット!深き友情というものに決別はつきものであるぞ!!」

「あー!うるせえうるせえ!!魔王も落ち着いたら転移して帰れよ!」



 魔王は動揺していた。

 これがあのドス黒い魔力の持ち主だというのか?

 あの悪魔のような魔力を持つ男がこんな風に仲間を連れて笑い合うのか?


「ナナシ・バンディット……だったか?いくつか聞かせてもらいたい事があるのだが」

「あ?別に構わねえけど答えられることしか答えねえぜ?」

「構わない、お前は何がしたいのだ?なぜ人間たちの英雄である勇者の敵になる?なぜ人間たちの敵である魔物を殺そうとしない?」



「あーネザーにも話してなかったしちょうどいいか。

 まぁ昔話なんだけどな、色々あって俺山賊に育てられたんだよ。いい奴らだったんだ、血の繋がりもない俺を子と呼んでくれた。盗みや殺しもしながらよくわかんねえ愛情みたいなもんを注いでくれた俺の家族だったんだ。


 最初は俺にないものをみんな持っててムカついててさ、いつか殺してやろうって思ってたんだけどな。

 でもだんだんそう思えなくなった、こいつらとこのまま山賊として生きるのも悪くねえなって思ってた。

 毎日生きるためだけに魔物を殺してまずい飯食ってまずい酒飲んで笑うだけのしょうもない人生になるかもしれなかったけどそれでもいいかってな。


 そしたらある日、フィーナが来た。

 山賊たちを殺してくれって村人に依頼されたらしくてな。

 んで仲間たちに住処の奥で錠に繋がれてな、山賊に捕まった風に仕立て上げられた。


 そこから先は想像できんだろ?

 目の前に現れたのはフィーナだった。

 俺の家族の返り血で鎧を汚した勇者が笑顔で俺にもう大丈夫だよとかほざきやがってな。


 まぁ最初は何も生まない復讐ってやつだったんだろうな。


 そこからフィーナと友達になってな、フィーナをいい奴だって思い始めてた。

 でもダメだった、フィーナと友達として生きるのもいいかって思ったけどな。

 てか正直今も思ってる、その方が楽しいだろうし幸せなんだろうなって思うしな。


 でも俺はフィーナの仲間でいたら駄目なんだと思うんだよ、別にフィーナのためとかじゃなくてな。

 なんとなくフィーナだけは絶対駄目なんだ。


 だからまずフィーナの敵になろうと思ったんだ、これはその第一歩だな。

 アイツが殺そうとした奴を守って、アイツが守ろうとした奴を殺して、俺はアイツに敵だと思われないといけないんだ。


 多分俺は自分からフィーナを殺せない、アイツが俺を本気で殺そうとしてくれないと俺はアイツを殺そうとできないんだ。


 まぁこんなとこだな、納得したか?」



「………なるほどな、勇者の敵になるためか」

「ふむ、初めて聞いたが思ったほど驚愕ということもないな。納得するには十分だが僕にはそもそも貴様の理由などどうでもよいしな」



 魔王の脳を一つの考えがよぎる。

 かなり難しいことではあるのだが十分価値はある。



「ナナシ・バンディット、オレ様たちの側に来る気はないか?我々と共に勇者を倒すつもりはないか?」

「あー悪いがそれは無理な話だ、俺は人間を敵にしたいんじゃねえからな。俺の敵はフィーナだ、第一魔物だって俺の邪魔になるようなら容赦する気はない」



 そう、ナナシはフィーナの敵であるだけなのだ。

 勇者であるフィーナに敵対するために人間の敵になっただけである。

 ただナナシがそうなるに相応しい悪としての心を持っていたからこその立場ではあるのだが、魔王にとってはフィーナの敵であるという事だけで味方として見るには十分だった。





「なるほどな、では我々魔物の一部がお前の味方になるというのではどうだ?もちろんオレ様もその一部に入れてくれて構わぬ」

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