堕ちた聖女
【サディスティックバッファー】
メアリーが手に入れたその能力は相手に攻撃を当てれば当てるほど強くなるというものだった。
この能力の注目すべき点は『ダメージを与えれば与えるほど』ではなく『当てれば当てるほど』という部分である。
僧侶であるメアリーには元々攻撃力や自己の肉体強化というものが備わっていなかった。
つまりダメージを与えるという目的では自己の強化が追いつかなかったのだ。
そのため、メアリーは当てれば当てるほど強化されるという簡単な能力を目指した。
そして当然の事ながら魔法の誓約において発動が簡単であればあるほど自身が失う物も大きい。
しかしメアリーは迷う事なく自身が勇者のパーティーであった理由でもある白魔法を捨てたのだ。
もうメアリーは【ヒール】など使えない。
解毒や解呪などといった僧侶に求められるべき補助も何もできない。
それは一重にこの俺の【完全超悪】という力のため。
この力を活かすためには【完全超悪】の状況下で戦うことが出来る人間が必要になる。
ネザーのような元から戦闘スキルの備わっていて戦える人間はいればいるだけいい。
俺が【魔眼】によってエルザの行動を制限している事のような状況もメアリーの考えの一つだった。
フィーナやエルザほどの人間ならばおそらく【完全超悪】の状況下でもそこそこの戦闘を行えるとメアリーは判断したのだ。
そして今まさにそれは証明されていた。
【魔眼】の発動中にも関わらずエルザは声を発する事が出来ていた。
これは【完全超悪】の状況下ならばエルザは少なくともある程度の行動を取る事ができるという事。
俺があえてメアリーと戦っているフィーナでなくエルザに【魔眼】を使用しているのもメアリーの判断である。
俺よりもフィーナとの付き合いが長いメアリーがそう判断したのにも理由はある。
メアリーは魔法の誓約をフィーナに告げる事での精神的ダメージを狙ったのだ。
そしてもう一つの誓約である『俺とメアリーの敵にしか使えない』という誓約。
フィーナにメアリーが自分の誓約を告げるという事は言い換えればこういう事になる。
『私はもう勇者のパーティーの僧侶に戻る事は絶対にない』
そしてその効果もうまく発揮されていた。
「………なんでだメアリー!!君が僕たちの敵になる理由なんてないだろう!?強くなりたかったならそう言ってくれればよかったのに!!」
フィーナは明らかに動揺していた。
エルザも【魔眼】の使用が必要ないほどに体から力は抜けていてもう立ちあがる気力は残されていなかった。
「わからないですよねフィーナ様、フィーナ様にはわからないのです」
「それこそ言ってみないとわからないじゃないか!!」
「わからないんですよフィーナ様。常に戦うために強くなれたフィーナ様には常に後衛で戦わせるために強くしていた私の気持ちはわからないんです」
メアリーははっきりとそう言い捨てた。
「……もう……戻れないのかな」
「はぁい、魔王様をそのままこちらに頂けないのであれば貴方には死んでもらいますフィーナ様」
メアリーがフィーナに与えた選択は決して優しさや慈悲などではない。
悪に足るべき悪に相応しい選択。
「……選べないよ」
「いいえフィーナ様、選んでいただきます。魔王様をこちらに渡して魔王を逃がした勇者となるか、魔王様をこちらに渡さないで友を殺した人間となるか」
しかしまぁ気付くとメアリーも成長したものだ。
フィーナに選べるわけのない2択。
どちらを選んでも不正解の呪われた2択。
俺は【魔眼】を使いながらチラリとフィーナに目線を配る。
………どうやら効果は絶大のようだった。
額から伝う汗、噛み締めた唇、泳ぐ目線、震える剣、必要以上に力を入れて地を踏みしめた足。
その全てがフィーナの動揺を俺たちに伝えている。
その明らかな動揺は明確すぎる隙となる。
そして俺の仲間にはいる、その隙を絶対に見逃さないヤツがいる。
フィーナに隙が出来てすぐ、一瞬の事だった。
フィーナの背後に自らの転移によって現れた黒い影が魔法によって作り出された短刀を持って現れる。
------ドスッ
「くははははは!!この瞬間を待ちわびておったぞアレクサンド!!!」
ネザー・アルメリア、この戦いの中ネザーはずっと隙を伺っていたのだ。
ネザーはフィーナの背中に短刀を突き立てるとフィーナから距離を取る。
いくら死なないとはいえフィーナは背に走る激痛とネザーの殺意に背後を振り向いた。
そしてそれすらもネザーの思い通りだった。
------ガァン!!!
メアリーがフィーナの頭に思いっきりロッドで殴りつけた。
そう、ネザーを正面にしたという事はメアリーを背後にしたという事。
背に走る激痛、揺れる脳、動けないエルザ、呪われた2択。
それだけの有利が整っていた、それだけの優位に立っていた。
ネザーとメアリーは攻撃の手を止めた。
あいつらは分かっているのだ、フィーナを殺すのは自分たちではなく俺だということを。
「…………まさか勝ったつもりでいるのかな?それとも情けでもかけているつもりかな?」
しかし、それでもフィーナが倒れる事はなかった。
膝を着くこともなく、先ほどまでの動揺はすでに見る影もなかった。
勇ましく敵を見る目、まだ戦えるという剣の構え。
自分は勇者として正々堂々最後まで戦うという態度の現れ。
「メアリー!ネザー!」
俺は声を張り上げた。
2人とも考えを察したのか笑みを浮かべてこっちを見る。
「くはは!底が知れたなアレクサンド!次はそうだな、そこで膝を着いている役立たずの大魔導でも狩るとしよう」
ネザーはフィーナに一言だけ告げると転移で俺の横に戻る。
「フィーナ様、エルザさん。2人に強い私を見せられてよかったです。いつかきっと、殺します」
メアリーもそれだけ告げると魔王を連れてネザーの転移で俺の横に戻ってきた。
フィーナとエルザが俺を睨みつける。
そうだ、俺はずっとお前らにそんな目で見て欲しかった。
「じゃあなフィーナ。勇者のパーティーといっても思ったより歯応えはないもんだな」
「……あの時の話はまだ続いてるかな、次は必ず決着をつけるよナナシ。次は本気で君と戦おう」
「決着?まさかこの俺が勝敗を先延ばしにするとでも思ってるのかフィーナ?」
「…………僕はまだ負けてなんていない!!」
「戦いの意思だけが勝敗だとでも思ってるのかフィーナ?仲間を失い、魔王を滅ぼせず、悪も倒せなかった。この戦いでお前たちが得たものは何もない。死んだ2人はちゃんと埋めてやれよフィーナ?魔物と違ってお前たちは『それ』を食わないんだからな」
そしてネザーに目線でもういいと告げ、俺たちは転移によって消えるのだった。
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