『魔王』
「魔王、ご報告がございます」
ナナシ達がキングオーガとの戦いを終えてナナシ達がギルドに戻った頃、魔王のいる城で魔人の1人が魔王に話しかけていた。
「……またオレ様達の同胞の訃報か?」
「いえ、そういったわけではないのですが……これをなんと言っていいものなのか……」
「……要領を得んな、はっきりと言え」
「以前に魔王が感じたと言っていた魔力の持ち主を特定致しました」
あの邪悪な魔力の事か、と魔王は興味を示し椅子から体を起こす。
「ほう、良き報告ではないか。それがどうした?」
「まずあの魔力の持ち主はナナシ・バンディットという人間でした」
「……人間だと?あの黒き魔力がか?」
「はい、そしてその者が先ほどまでキングオーガ達と戦闘をしていたのですが……キングオーガ達は敗北を喫したのです」
「……ふむ、奴らは知能がある分その人間の魔力を敏感に感じとってしまったのだろうな。それがどうしたのだ?」
「………その人間がキングオーガ達を殺す事なく見逃しました」
魔王はガタッと勢いよく椅子から立ち上がった。
見逃した?人間が?キングオーガを?
そんな事があるはずがない、人間にとってキングオーガ達は素材であり敵なのだ。
その人間がまるで味方であるように聞こえてしまう。
人間が魔物を殺さないなどあり得ない事だったのだ。
「………殺せなかった、の間違いではなくてか?」
「……いえ、キングオーガの報告では少なくともジャックオーガとオーガ3匹は確実に殺せる状態だったようなのですがそのナナシという人間はその4匹も殺さなかったようです」
魔王にはナナシが生物を殺す事に臆したとは思えなかった。
何故なら悪にしか感じなかったあの魔力の件があったからだ。
魔王から見ても恐ろしいほどの悪意と殺意と憎悪の塊のような魔力、あの魔力の持ち主が人間だったという事だけでも驚愕する事柄だというのにその持ち主が魔物を殺さなかった。
「……オレ様自ら見定めに行った方が早いな」
「お手数をお掛けしますがその方が確実かと思われます。お付きの魔人はいかがされますか?」
「いや、必要ない。万が一の事があった時に1人の方がすぐに転移を唱えられるしな」
「かしこまりました」
魔王が歩き出すと目の前に広がる魔人達が道を開ける。
魔人が魔王の部屋の扉を開くと魔王は何かを考えている素振りをしながらそこから出ていくのだった。
ーーーー
人間が魔物を見逃しただと?
あの善人と称されるフィーナ・アレクサンドですら殺す事を躊躇わない魔物を見逃しただと?
もしナナシとかいう人間が魔物を見逃したのが本当であるならば、あの魔力の持ち主の人間が見逃したというのならば。
ナナシという人間は我々魔物にとって味方と呼べるのかもしれない。
もしそうでなかったとするならばあのような魔力の持ち主を生かしておくわけにはいかない。
オレ様は魔力感知をするとナナシとかいう人間の魔力を探る。
キングオーガの住処からするとアルメリア王国辺りだろう、その近辺を探していると3人程の悪の魔力を感じる。
……これはなんの冗談だ?
その3人のうち1人の魔力をオレ様は知っている、勇者のパーティーの1人のメアリー・ロッドだ。
あの者はこのような魔力をしていなかった。
フィーナ程ではないにしろ白く明るい魔力をしていたはずだ。
それがこの魔力はなんだ?黒く冷たく僧侶とは思えない悪の魔力。
ナナシとかいう人間がそうしたとでも言うのか?
……ナナシ、名無しという意味なのだろうか?
この世界に来た時のオレ様のように名を与えられなかった人間なのだろうか?
1000年程前にオレ様がこの世界に転生させられた事を思い出すな。
名を忘れてこの世界に来たオレ様はこの世界でも名を与えられなかった。
代わりに皆から『魔王』と呼ばれた。
始めは気に入らなかったその名も気付くと心地の良いものになっていた。
くく…流石に感傷に浸りすぎか。
魔力を感知しているとさらにもう2人覚えのある人間の魔力を感じた。
この魔力はフィーナ・アレクサンドとエルザ・アルカか。
あとの3人は知らぬ者だな。
フィーナ・アレクサンド、我が同胞を殺して周っては人間共から讃えられている憎き相手。
………ナナシとかいう人間も気になるが先にフィーナの元へ行くか。
オレ様は武器である魔剣を持つと転移を唱え始めた。
この魔剣にも名はない、オレ様と一緒で唯一であるが故に『魔剣』と呼んでいる。
目的は少し変わってしまったがオレ様の行く先はどうせ変わらない。
覚悟しろフィーナ・アレクサンド。
オレ様の同胞であり、家族である者達を殺した罪を同じように同胞を殺す事で罰としよう。
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