魔力の知恵

3歳。

 ようやく立って歩けるようになった。

 ようやく呂律が回って話せるようになった。


 少し強い雨が明けた日の朝のことだ。


 俺は初めて自分の姿を確認した。

 少しクセのある黒い髪にお世辞にも愛嬌があるとは言い難い鋭く黒い目、獣の皮を蔓で繋ぎ合わせたボロボロの服を纏う小さな少年がそこにいた。


 それにしてもこいつらの反応を見ると山賊である事を忘れそうになる。

 初めてパパと言った時にはボスも部下も全員が俺のことだと殴り合いの喧嘩を始めた。

 初めて歩くのを見せた時には全員が円になって、こっちだこっちだと騒いでいた。その時は一応ボスのところに行ったが周りのまぁボスなら仕方ないという反応を見るに正解だったようだ。


 それに伴い部下の1人であり、見る限り魔法が1番使えていたロンドという男に魔法を習いに行くことにした。


「ロンド!」

「おぉ?どうしたナナシ?飯ならまだだぜ?」

「違う!魔法を教えてほしいんだ!」

「あーナナシももうそんな風に考える歳か、でもここには魔力石がねえからなあ」

「魔力石?」

「あぁ、ナナシがどのくらいの魔力を持っていてどんな魔法が上手に使えるかってのを教えてくれる不思議な石があるんだよ」

「ふーん、教えて欲しいなあ」

「んー……ちょっと待ちな」


 そういうとロンドはボスの方に歩いていき、ボスと何やら話をしている。

 10分ほど話した後、ロンドが笑顔で戻ってきた。


「おーナナシ、よかったな!ボスが街に行って調べてきてもいいってよ!」

「本当!?ボス!?」

「あー行ってこい行ってこい!!オレらは楽しみに待ってるからよ!!」


 そういうとボスは早く行けというように手をひらひらと振る。

 貴族の息子の可能性があるという理由で育て上げられたのだから当然だ。


「よっし、じゃあ行くぞナナシ!オレの手を握りな!」

「うん!」

「行くぜ……転移!!」


 ロンドがそう唱えると次の瞬間には街にいた。

 初めて自分の身で経験した魔法に感動を覚えていたが、いきなりロンドに抱っこされてその感動も終わる。


「さ、こっからは歩きだ!迷子になんねえように俺がしっかり抱っこしててやっからな」


 こっちの返事も聞かずロンドはどんどん歩いていく。

 抱っこされながら周りの店の看板などを見るが、この世界の文字なのか全く読めない。

 これは3年もアジトと森に引き篭もった弊害だ。

 確かにアジトや森で文字を見る事はなかった。

 普通に会話していたからてっきり大丈夫だと安心していたのだが。


 10分ほど歩いて着いたところは教会のようなところだった。

 中には台座が1つとその上に石が置いてある。

 その前には神父であろう男が立っており、その後ろには祈るようなポーズの大きな女性の像が置いてある。

 と、いう事はこの世界には宗教のようなものがあるという事。

 崇める対象である神のようなものがいる事。



「よくぞいらっしゃいました。ここはアルメリア国が治めるアルメリア教会でございます。本日はどういった御用で?」

「あぁ、この子の魔力と適正が知りたいんだ。うちの街には魔力石が無くてね」

「ほう、他の街からの方でしたか。それは遠くから御足労感謝致します。しかし魔力と適正を図るにはまだ幼いかと思われますが良いのですか?」

「あぁ、家用でヨートリアに移住する事になったんだがあそこでは魔力石での鑑定でかなり金を取られるみたいでな。まだ早いのは分かっているのだがアルメリアにいるうちに済ませておきたくてね」

「なるほど、そういった理由でしたらかしこまりました。ではお子様をこちらへ」

「ほらナナシ、行ってこい」


 ロンドに言われるがままに台座の前に立つ。

 それにしても山賊如きがよくもまあすらすらと方便が出てくるものだ。


「こちらに手を」


 今度は神父の言われるがままに石に両手をかざす。

 すると石はふわりと淡く光り出した。

 その光は灰色で目を背けなくても見る事ができるくらいのものだ。


「ふむ、まだ幼いのではっきりと魔力の量は計れませんが十分な魔力をお持ちです。適正は……灰です。黒魔法の方が濃いようですね」

「ほお?灰とはまた珍しいな」

「そうでございますね。灰に適正がある子は魔力が少ない事が多いのですが、この子は戦闘で戦える程度の魔力は持っているかと」

「あの」


 俺はロンドと神父の話に割って入る。


「ん?なんだ?」

「灰って?」

「あぁ、魔法についてちゃんと説明した事がなかったか。神父様、お願いしても?」

「もちろんでございます。説明を始めてもいいかね?」

「お願いします!」

「ええ、まず魔法というものは大きく4つに分けられます。

 1つ目は魔力を火や水、電気などの現象に変える事が得意な赤魔法。

 2つ目は魔力を植物や土などの物質に変える事が得意な緑魔法。

 3つ目は魔力を肉体に与え、強化や回復などをする事が得意な白魔法。

 4つ目は魔力を何かに変えず、魔力として体内から体外へ出す事が得意な黒魔法。

 この4つになります。

 君は黒魔法が得意で白魔法も使えるよ、という事です」

「へえ……黒魔法で出てくる魔力ってどんな感じなの?」

「丁度私が黒魔法適正なのでお見せ致します」


 そういうと神父の身体が白い光のようなものに包まれている。

 その光は暖かく柔らかく心地よい光だった。


「こうして魔力を外に出す事ができるのです。他にもほら」


 神父がそう言って掌を差し出すとそこには光の玉があった。


「これも……魔力なんですか?」

「ええ、そうでございます。今は抑えていますがこの玉にもっと魔力を込めて打ち出すと人を殺す事すら出来てしまいます。いいですか坊や、魔力は人を傷つける為にあるのではありません。人は魔力で生きて、魔力で救われてきたのです。その事をゆめゆめお忘れなきよう」

「……はい、神父様」


 なるほど、魔力を形にして外に出す。

 神父だからこそのあの白くて柔らかくて優しい光。



 ならば。

 悪であるこの俺が出す事ができる魔力はどうなるのだろう。

 殺意を込め、憎悪を込めた俺の魔力はどうなるのだろう。



 試したい。

 今すぐに。今ここで。

 でもいけない。俺はまだ子供だ。

 魔力を磨け。


 その為にロンドとボスは殺してはいけない。

 魔法を使うにあたって俺の師にあたるであろう人物なのだから。

 そもそも今の俺の魔力ではロンドもボスも殺す事などできないのだろうな。

 だから、いつか魔力を磨いてお前らから全てを奪う為に



「ねえロンド、魔力についてもっと教えて欲しいな!」


 俺はロンドと神父に満面の笑みを見せるのだった。

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