第1話:入隊式
抗体の襲撃から半年後、緊張した面立ちの面々の中に、例に洩れず体が強張っている少女と、そんな友人の姿に呆れている少女の姿があった。霧島 美鈴と、御堂 紗耶香だ。
【ANA‘s 第106教育大隊 入隊式】
壇上に高々と掲げられた横断幕には、そう記載されていた。
本日は此処、加賀谷高等戦技養成機関にてANA‘s新兵の入隊式が執り行われるからだ。
3階建ての収容人数4,000人のホールに対し、客席に座っている人数はおよそ800人。濃紺の特別儀じょう服に身を包んだ者は皆、下半期に徴兵されたANA‘sの新兵達であった。
「な、なんだか始まる前から緊張するね」
「……そんなガチガチに固くなっているのは、美鈴くらいよ」
「だ、だってさぁ……」
「ホント、そんなことで今後やっていけるのかしら。よくそれでANA‘sに志願するって言い出せたわね」
「あ、あの時はなんかこう舞い上がっていたというか、ハイになって無敵感に包まれていたというか……。それに、紗耶香も志願するって言ってたし、一人じゃないって思えば頑張れそうな気がしたし」
「もう……そんなんじゃ、いつか痛い目みるわよ?」
「……なんだか紗耶香、今日はやけにピリピリしてるね?」
入隊式当日ということもあるのだろうが、やけに紗耶香の態度が素っ気ない。何か不快な思いをさせてしまったのだろうかと、美鈴は疑問を抱く。
しかし、そんなことは直ぐに解消された。
「美鈴の危機感が足りてないの。危ない所だっていくら説明しても、美鈴ったら付いてきちゃうんだもの。心配くらいするわよ……」
隣の席に座る紗耶香に視線をやると、そこには恥ずかしそうに頬を赤らめ、むくれている紗耶香が居た。
その表情をみた美鈴は、やはりいつもの優しい紗耶香だと、安心する。
ANA‘sに志願すると最初に言い出したのは紗耶香だった。
中学の卒業式の帰り道、抗体の襲撃を受けた二人はあの日の出来事についてそれぞれ向き合い、互いに答えを出した。
紗耶香は、何もできなかった自分を変えるため、ANA’sに志願することを決意した。その言葉に、私も行くと美鈴も志願することを決心した。
けれどそれは、紗耶香が行くなら自分も、というような生半可な覚悟ではない。美鈴自身が決意し、決めたことだ。
「大丈夫。紗耶香の事が心配っていうのも確かにあったけど、ここに居るのは私自身の為だもの。状況に流されてここに居るわけじゃないよ」
困った人の力になりたい。
誰かを助ける方法だけなら、この世の中には様々な手段が溢れている。けれど美鈴はあえてANA’sへ志願することにこだわった。その理由は、美鈴達を助けてくれた青年兵士だった。
あの時、気を失った紗耶香と美鈴を救ってくれた恩人。
あの人のようになりたいと心の底から思い、決意した。たとえあの日のような惨状に身を投じることになろうとも、今度こそ正面から向き合い、誰かのために戦うのだと。かつて、自分がそうしてもらった時のように。
そんな二人の背後から、声をかける人物がいた。
「なぁなぁ、君らも一般徴兵組だろ?」
「え? あぁ、うん」
「ちょっと何よ、アンタ」
不意にかけられた言葉に反応し振り返ると、そこには悪戯っぽい笑みを浮かべながら前のめりに顔を出す、金髪の少年が居た。
言動から読み取れる印象通り、見るからにヤンチャそうな見た目をしているが、不良のような悪い印象は抱かなかった。初対面の紗耶香が露骨に嫌そうな顔をしても、特に気にした素振りは見えない。
「イイじゃん、イイじゃん。少しくらい話していたって怒られやしないって。あ、俺は
「タク、その紹介は恥ずかしいよ……」
その場のノリで雑な紹介をされたイケメンが恥ずかしそうに顔を赤らめている。いかにもお姉さま受けしそうな爽やか系のイケメンだ。金髪の少年とは対照的に、こちらは大人しく礼儀正しい好青年だった。
「
「あ、こちらこそ。霧島 美鈴です」
「御堂 紗耶香よ。よろしく」
ご近所の知り合いに会ったように自然と笑みを浮かべる美鈴に対し、紗耶香は警戒したまま挨拶を返す。
「ミスズンにサヤちんかぁ、よろしくなぁ~」
「ミスズン?」「……サヤちん?」
巧のもの凄い距離の詰め方に、一瞬二人が戸惑った。
「なぁ、二人はなんでANA‘sに志願したん? 何処の出身なん? ここらの出じゃないっしょ? ANA‘sに入るために他県から引っ越してきたん? それともまさか帰国子女とか?」
「え、あの、私と紗耶香は ――――」
「俺はねぇ、機甲隊の飯島さんに憧れてさぁ~。あの人みたいにこう、ロボットを自由自在に操ってみたくてANA‘sに志願したんだぁ。それでなぁ ―――――」
「ちょ、近い、近い、近いッ!」
ズイズイと顔をせり出してくる巧に対し、紗耶香は思わずツッコミを入れていた。そんな巧を止めたのは、雅彦だった。
「タク?」
「ぐふぁ!」
「距離感って、分かるかな?」
「あだだだ!? 分かった、大人しくするから! 辞めてくれないと、毛根も何もかも潰れそうだから!?」
雅彦はプロレスラー顔負けのアイアンクロウを巧の後頭部に披露する。ギリギリと締め上げられる力に耐えかね、巧は若干、涙声になりながら大人しくなった。
「ほんと、直ぐにタクは調子に乗る」
「痛って~。そういうマサは、力加減を知らねぇじゃんか」
「嫌なら、されるようなことをしなければ良いんだよ」
「ちぇ~」
「……っぷふ、あはは」
そのあまりに自然なやり取りに、美鈴は思わず笑いを漏らしてしまった。
「二人は仲が良いんだね」
「仲が良いっていうか、腐れ縁ってヤツだね」
「それはこっちのセリフだっての」
「さっき巧君は、飯島さん? に憧れてって言っていたけど、その人って有名な人なの? あ、私のことは美鈴でも何でも好きに呼んで」
「もちろん! もしかしてミスズン、ANA‘sの交流戦って見たことない?」
交流戦とは、全国民が注目するANA’sの一大イベントの事だ。昔でいうスポーツの世界大会の様なもので、加賀谷特殊戦技養成機関のようにANA’s新兵の練兵を行う機関が集い、その技術力を競い合う。
とはいえスポーツ観戦同様、興味のない人間にとってはニュースで結果を知るくらいで、詳細まで知ることはない。
「交流戦? あ~うん、ちゃんと見たこと……ないかなぁ。というか、ANA‘sについてちゃんと調べ始めたのもつい最近で、あまり細かいことは知らないの」
「え、そうなん? なにゆえ?」
「それはまた……、もしかして、入隊の動機ってあまり人には話したくない内容だったりする?」
ANA‘sへ志願するものの中には、生活に困窮した者や、抗体に身内を奪われた者たちは少なくない。人によっては気分を害する可能性があると、雅彦は知っていた。
「え、ううん、そんなことないよ! 私の志望理由も、ある人に憧れたことが動機だし。少し前に、抗体に襲われたところをその人に助けて貰ったんだ。知らないかな? "紅神 零斗"っていう人なんだけど」
「「―――― ッ!?」」
彼の名前を口にした途端、二人は何も言わず固まってしまった。
「そ……そうだよね、知らないよね」
「へ、へぇ~……、そっかぁ、抗体に襲われたところを助けてもらったんだ」
雅彦がチラリと紗耶香に目をやる。
その目は、どういう事? とでも言いたげな視線だった。
「……私からは教えていないわ。自分で確認するのが一番だと思ったから」
念のため、巧はさらに確認をする。
「……ねぇ、その助けてくれた人っていうのは、本当に紅神 零斗って人だったの? 見間違いや、聞き間違いじゃなくて?」
「うん」
「ちなみにその人、戦場で場違いな刀を振り回してなかった?」
「す……凄い、良く分かったね? そのとおりだよ!」
「……じゃあもう、例の怪物くんで間違いねぇじゃん」
巧の歯に衣着せぬ物言いに、ギョッとする。
「ちょっと、タク!」
「いいじゃんか、ミスズンはどうも知らないみたいだし、どうせ後で知ることになるんだから、何か起きる前に教えてやるのが仲間ってもんだろ」
普段何も考えていないようで、こういうときばかり正論を言う巧に、雅彦は反論の言葉を呑み込んだ。ちなみにこの時、美鈴は世間知らず扱いされたことが若干ショックだった。
「そうだけど……どうかしたの?」
「いや、その……紅神 零斗っていえば、ある意味でANA’sイチ有名な人だから、むしろ知らない人の方が少ないと思うんだけど……」
「だけど?」
「いわくつきの……先輩なんだよね」
「いわく? 何の?」
「紅神って聞いて、美鈴さんは何か気づかない?」
「……珍しい苗字だなとは、思ったけど?」
「ANA’sの装備や、都市を抗体から守る防護障壁の発生装置を作っている製造元は?」
「……どこかの大きな、重工業さん?」
考えたこともなかったなぁ……と、美鈴は僅かに考える素振りを見せるがすぐに諦めた。
「そこ、紅神さんの実家が設立した会社だよ。ここの理事長も、紅神家の人」
「へ?」
「んで、紅神先輩はそこの跡取り」
「へぇえ?」
「なのに、何故か実家を追い出されてANA’sに所属している。しかも、既に家庭持ちらしい。噂では、四人のお子さんが居るのだとか」
「ぇえええ!? 私とそう変わらない年に見えたのに!?」
情報が小出しにされるたびに、美鈴の反応は"へ?"から"え?"に変化していった。しかも、噂はまだ終わらない。
「戦場では自身の負傷や部隊の被害を顧みない行動の数々から、戦闘狂、自殺志願者、疫病神……いろんな呼び方をされているらしいけど、一番は"化け物"って呼ばれているらしいよ。気に入らない上官を殴り殺したって話もある」
「そんな、事……」
その言葉に、少しだけ美鈴は考えてみた。
そういえば、抗体に襲われていたところを助けてくれた時、零斗は単独行動をしていた。その後に到着した部隊は、キチンと組織行動をしていたにも関わらず、だ。
「い、いやいやいや……所詮は噂に過ぎないって可能性もあるよ。というより、振れ幅が大きすぎるって」
「でもこれ、かなり信用できる筋からの情報だぜ?」
巧の噂を認めようとしない美鈴に情報の信頼性を説いた。
けれど、美鈴はその言葉を素直に受け入れることはしなかった。
「私もそう言ってるんだけどさぁ、あの時の私たちは正直、極限状態だったし。記憶の中で極端なプラス補正が起きたんじゃないかと思ってるんだけど」
「だって、実際に自分の目で確認してみないと分からないじゃない。というより、紗耶香は私と同じところからスタートしたはずなのに、どうしてそんなに詳しいの?」
「そりゃあだって、私は事前にココの ――――……」
自分で暴露しそうになった言葉に気づき、慌てて言葉を切り替える。思わず口を両手で塞ぎ、もごもごとバツの悪そうな顔で答える。
「っ知り合いから、聞いていたから……」
余りにも不自然な言動であった。
視線も、誰もいない明後日の方角に逸らされている。その様子に美鈴の目が細くなり、ジト目が紗耶香に向けられた。
「……紗耶香、まさか」
その心当たりに、美鈴は気づいていた。
彼女はとても好奇心が強く、何か気になることがあれば徹底的に調べ上げる癖がある。そして、それを可能にする技量も。これがどのような意味を持つのかは、美鈴だけが知っていた。なので、気付いても言葉にはしない。
「……いいもん。ANA’sに入れば、きっとどこかで先輩には会えるだろうし。その時に自分で直接、確認するから」
「えっ? 美鈴、知ってて志願したんじゃないの?」
「……何が??」
流石にこの言葉には三人も開いた口が塞がらなかった。
というのも、三人は知っていたからだ。
何を知っているのか?
「あのね、この加賀谷高戦には ――――――」
雅彦がそのことを教えようと口を開いたその時。
《これより、入隊式進行の順を述べる》
司会役の中年男性が、マイク越しにアナウンスを始めた。
これより、入隊式が始まるのである。
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