宿屋で醸す頭と小指

 馬車が宿場町に着くと、そのまま、行く当てのないオレはシヴィと共に宿屋に泊まる事となった。




「なあ、オレ、金これしか持ってないんだけど、足りるのか?」


 オレは、全財産である銀貨をシヴィに見せる。


「え? そんな心配しなくていいよ。あいつらから私の荷物は取り戻したから、これぐらいなら払えるし、それに」


「それに?」


「薬の値段には足りないだろうけど……少しでも、その……命の恩人に、お礼をさ……ねっ?」


 バツが悪いのか、シヴィは照れを誤魔化す様に首をかしげて聞いてきた。


 オレは単純にカワイイ異性の言葉に照れるが、同時に小さな居心地の悪さを感じた。

 ゲームの中でも、オレって、もしかしてニートなのでは?


 だが、今のオレは、シヴィの言葉に甘える事しか出来ない。

 それでも、オレは何も無いなりに良い所を見せたいとスケベ心を出してしまう。


「……オレも助けられたし、お互い様だから、そんなに気にしなくていいよ」


 良い恰好をしようとした訳だ。


「ほんと? ありがと。いやぁ、あんな凄い薬、私じゃ一生働いても返せないって思ってたからさ、どうしようか悩んでたんだけど、そう言って貰えると嬉しいよ」


 あ……もしかして、また、墓穴を掘った?

 オレの焦る表情を見て、シヴィは悪戯めいた笑いを浮かべた。


「あははは……もう、冗談だってばぁ、そんな顔しないでよ。ちゃんと恩は返すから」


 笑われ、言われるままに一緒の部屋を借りてもらい、鍵を受け取るとシヴィに言われて先に二階へと上がっていく。


 安宿の小さな部屋には、1つの小さなベッド。

 二人で泊まるには、あまりにも狭く小さく見える。


 あれ?

 お礼って、そういう?


 オレは、ドキリとしながらも、いやいや、流石に何もある訳ないとベッドに座り、気持ちを落ち着ける。

 そんなオレの淡い期待を知る由もない、荷物を部屋に運ぶシヴィが、少し乱暴に足で扉を開けて入ってきた。


「ふぅ、やっとゆっくりできるね。ずっと馬車の上で疲れたでしょ? じゃあ、お湯貰ってくるから、先に服脱いで待ってて」


「お、おう……おお?」


 そう言うと、シヴィは部屋を出ていく。


 聞き間違いか?

 これは、期待して良いんだよな?


 よく分からないが、言われるまま上半身だけ服を脱いでベッドに座って待つ。


 すぐにシヴィがタライにお湯を貰ってきた。

 ああ、なるほど、きっと、あれで身体を洗うのか、と思った。


 なんだ、そう言う事か。


 するとシヴィが、目の前で特に断るでもなく、上半身の服を脱ぎ始めた事で、オレの思考は停止した。


「うん? どうかした?」


「な、な、な、なんで脱いでるの?」


「え? なんでって、脱がないと身体綺麗にできないでしょ? それに服も濡れちゃうし」


 いや、そりゃそうだが、そこじゃ無いだろ。


 上半身裸の美しい身体がふいに近づくと、オレはシヴィの控えめな、ツンとした胸にばかり視線が行ってしまう。

 さすが洋ゲーは、乳首まで丁寧に作り込まれている。

 エロいと言うよりは、美しく、健康的に見える。


 シヴィは、オレの視線など物ともせず、オレの身体に鼻を近づけクンクンと嗅いだ。

 オレは自分の意思と関係なく全身の血流が早まるのを感じる。


「やっぱ、結構におうよ」


 そう言って近づくシヴィの頭皮から、油が酸化した様なすえた体臭と共に、嗅いだ事のない甘く感じる匂いが鼻をつく。

 オレの身体が自然と、匂いを確認しようとしているのがわかった。


「ちょっと、そんなに嗅がないでよぉ」


 裸の胸をジロジロと見られても反応を示さなかったシヴィが、これには流石に恥ずかしそうにして、何とも言えない表情で笑い、

「私も、くさかった?」

 と、照れながら聞いてきた。


 あれ、オレが遊んでるのって恋愛ゲームだっけ? と、オレは、割とマジで呆気にとられる。

 仕様としては、プレイヤーともノンプレイヤーキャラとも恋愛や結婚が出来るが、こんなに前面に押し出したイベントが起きるのは予想もしていなかった。


「ほら、君が終わったら私も、綺麗にしたいんだから」


 そう言うと、シヴィがオレの身体を固く絞った布で、勝手に背中から拭い始めた。


「あ、ちょっ! 自分で出来るから!」


 真っ赤になったオレは、布をシヴィから奪い取って自分の身体をおざなりに拭き始める。

 するとシヴィは、それならと自分の身体を布で同じ様に拭い始めた。


 背中越しに、半裸の美女が身体を拭いている状況に、オレは、ゲームである事を理解しながらも戸惑いを隠せない。

 湿った布で皮膚を拭う音に、こんなまじまじと聞き耳を立てるとは思いもよらなかった。


 そっと、シヴィの方に視線をやると、シヴィの背中が見えた。


 密かに見ていると、背中の傷跡がどんどん皮膚に馴染む様に、じっと見ていないと気づかないぐらいゆっくりと薄くなっていっているのが分かった。

 これは、ゲーム的な自動回復の描写なのか、それともエリクシールの効果なのか、オレは美女の裸より、そっちが気になってくる。


 もし、自然治癒なら、戦闘時に自然治癒を利用しての戦術は使い物にならないし、エリクシールの効果なら骨折や出血はすぐに治癒するが、傷跡が消えるまでの完全治癒には時間がかかると言う事だ。

 オレは、タライの水を覗き込み、自分の顔を見た。


 すると、真っ赤だった白目に、やはりゆっくりと白色が戻ってきているのが分かった。

 朝までには、完治しそうである。


「なあ、ケガが治る速さって、これで普通なのか?」


「え? まさかぁ」


 シヴィは「そんな馬鹿な」と笑うと、相変わらず半裸である事に何の意味も無い様に、隠すでもなくオレの方を向いて喋りだす。

 オレは、どうにか胸に目をやらない様にするが、かえって気になり視線のすみで胸ばかりを見ている気がする。


 目の端で乳首が見えるたびに、何か悪い事をしている様な気がしてしまうのは、日本の教育が悪いのだろうか?


「多分、と言うか確実に、あの薬のおかげだね。でも、この痒いのだけは、どうにかして欲しいけど」


 シヴィは、ポリポリと胸をかく。

 恥じらいを求めるのは間違っているだろうか?


 どうやら、急速な回復で血行が良くなっているみたいだ。

 言われると、オレも頭が痒いような気がして頭をポリポリと無意識にかく。


 とりあえずオレは、自然治癒でない事を確認した事で、次の話題に変えた。


「そういえば、シヴィは、どうしてあそこに?」


「あそこって、砦? 私もオークに捕まったから、ハルとほとんど変わらないけど……」


「捕まる前は?」


「あ~……気になる? まあ、良いか。私、元々は騎士だったんだけど、ついこの前に黒騎士になったばかりでさ」


「騎士は分かるけど、黒騎士って?」


 ちょっとカッコいい響きだ。

 暗黒騎士的な何かか?


「え? ああ、分からないか。えっと、黒騎士って言うのは、誰にも仕えていない騎士の事なんだけど」


 なんだ、面白くない。


「なんで黒騎士に?」


「仕えていた公爵様が亡くなって、仕方がなく……かな」


「ごめん」


 騎士団をクビになったとか以外に、そんなパターンもあるのかと考えが及ばなかった。


「ううん、公爵様が亡くなったのは、まあ、寿命だったし、残念だけど仕方がない事だから」


「そ、そう……なんだ」


「うん。黒騎士になって、まあ、騎士なんて言ってるけど、傭兵稼業だからさ。私、結構器用だけど、特別強い訳じゃないし、黒騎士として戦場には立てないの分かってたから、キャラバンの護衛とかして食いつないでたんだけど、ね。キャラバンがオークに襲われて、この通り」


「……えっ、と……」


 別の話題に変えたいけど、何とも言えない空気にオレは口が淀む。


「ごめんね、貧乏騎士で。キャラバンの仇は、もう取ったし、髪も骨も埋葬したから、ハルは気にしないで。ハルがいなかったら、もっとたくさんの人があいつらの犠牲になってたはずだし」


「あ、ああ、うん……え、あ……シヴィは、これからどうするんだ?」


「これから、か……また雇先を探す感じかな……」


「そっか……」


「私より、ハルはどうするつもり? 記憶が無いなら、家族を探すとか? あんな薬を3本も持ってたなら、凄い名家か、そうじゃなくっても有名な組合の一員だったのかもよ?」


「名家は無いだろうけど、組合って?」


「組合も分からない? え~と、組合は、キャラバンをまとめる商人とか、私みたいな黒騎士とか傭兵なら仕事を斡旋して貰う為に所属する物なんだけど」


「ギルド的な?」


「そうそう」


 ようやくファンタジー世界のゲームらしい要素が出てきて、オレは少しテンションが上がる。


 組合に所属する事で、職業を決めたり出来るのだろう。

 早く、組合に所属したいが、シヴィの言葉から組合は、同じ職種でも複数あるらしい。


「シヴィは、組合って、何で選んだ?」


「値段。お金無いからさ、手数料が低くて報酬が高い所にしちゃったよ。それも、考え直した方が良いのかもしれないけどね」


「そう、だな……」


 手数料とか、扱っている仕事にも差がありそうだ。

 こればかりは、実際に見て見ない事には選びようがないが、少なくとも組合に所属すれば安定してクエストが受けられると言う事が分かり、これはオレにとって大きな収穫だった。




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 上半身を拭き終えると、シヴィがズボンを脱ぎ、足をゴシゴシと拭い始める。

 一度、檻の中で下着の下まで見たはずなのに、オレはドキドキが止まらない。


「ハルも、足の指の間とかまで綺麗にしておかないと病気になったりするよ」


「わ、わかった」


 シヴィに言われるまま、オレはシヴィに習い、パンツ一枚になって足を拭いだす。

 確かに、二人の間に置いてあるタライのお湯は、かなり濁って来ていた。


 太ももを拭い、足を曲げ抱え、指の間を拭おうと思った時、オレは小さな違和感に気付く。


「……」


 あれ?


 オレの足の小指の爪が、紫色になっていた。


「……え?」


 おかしい。

 この操作しているプレイヤーキャラのアバターは、事前に全身をスキャンして作った物の筈だ。


 全身スキャンは、ボクサーブリーフ姿でボディを撮影し、頭部の情報はヘッドマウントディスプレイ搭載のカメラとセンサーの情報と、証明写真みたいに指定された形式の顔写真を合成して作られていると説明にあった。


 つまり、足の小指の爪は、アバターにケガを追加しない限り、あり得ないと言う事になる。

 オークに殺されかけた時に足の小指をぶつけたのか?


 ピンポイントで?


 そんな事を考えている内にも、足の小指の色が徐々に正常に近づいている。

 この調子なら、充血した目と同じ様に朝には跡形もなく治るだろう。


 だが、問題は、そこじゃない。


 どうやって、プレイ開始直前のケガを、ゲーム内に反映させているのか、それが分からない事が問題なのだ。

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