Tender world

恋するメンチカツ

プロローグ

「自分勝手だね。そんな剛志君とはもう……さよならだよ」


 それが俺に向けた桐乃きりのの最後の言葉だった。


 桐乃とは大学2回生の頃から付き合い始めて6年、苦楽を共にした伴侶の様な存在だった。きっとこのまま結婚して子供が出来て一緒に年老いていくんだろうなぁ……なんて淡い未来を勝手に想像していた。そんな桐乃に今まさに振られた。突然過ぎる別れに心が追いついていないのだろう。涙が出るどころか逆に笑ってしまいそうだ。

 俺は小さくなっていく桐乃の後ろ姿をただぼんやりと見つめる事しか出来なかった。遠くからでも分かるくらい桐乃の肩が小刻みに震えているのがわかる。桐乃が泣く時はいつもそうだった。思い返した桐乃の顔は泣き顔ばかりでなんだか胸が締め付けられる様に痛くなった。


 桐乃を追いかけて抱き寄せる権利は俺にはない事くらい分かっている。ただ、他の誰かに抱き寄せられて笑う位なら一生泣いたままでいて欲しい。「自分勝手だね」と振られたそばからそんな事を本気で考えていた。


 桐乃の姿が見えなくなるとその場から……いや、現実から逃げる様に駅の改札を通り抜けた。どこに向かう訳でもなく今は桐乃との思い出がない場所に行きたいという一心で。


 ホームに着くと「1番線に電車が参ります。ご注意下さい」とタイミング良く案内放送が鳴った。行き先も見ず、電車のドアが開くと同時に俺は何かに誘われる様に電車へと飛び乗った。現実逃避の行き先がどこに繋がっているのかも知らずに。

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