お月様

 顧客が増え、レイの生活は忙しくなったが、自分磨きは怠らなかった。

 それが唯一の心の拠り所になっていたからだ。

 自分自身を愛する貴重な時間だった。

 


 同僚との交流も増えた。

 特に、ハナとマリサとは姉妹の様によくつるむ仲になった。

 二人のアフターにもできるだけ付き合う様にした。

 二人に付き合うだけで、レイには勉強になることがたくさんあったからだ。



 この日は、3人のシフトを合わせ、休日になっていた。

 仕事終わりにハナのアフターに付き合った後、一緒にカラオケに行って、歌の指導をしてもらった。

 朝まで、お喋りしたり、歌ったりして楽しく過ごした。

 

 自宅のマンションに着き、部屋に入ろうとしたら、登校するリョウと鉢合わせた。


「あ、リョウくん、おはよ。

 今から登校?」


「うん、おはよ。朝帰り?」


「うん、今日と明日は休みなんだ。

 アフターの後、先輩達とカラオケの練習してたの」


「へぇー、歌える曲増えた?」


「うん、3曲も増えた。

 はじめて先輩に合格っていわれたから、嬉しかった」


「それはよかった。

 勉強は進んでる?」


「そっちは全然……。

 英語はまだ先が見えない感じかな。

 年内に秘書と簿記は取るつもりだけどね。

 ネイリストの講座は順調に進んでるよ」


「英語も受けてみたら?

 スコアが分かるとまた違ってくると思うし」


「んー……そうだね。

 そうしてみるね。

 ちなみにリョウくんのスコアっていくつ?」


「俺? 800点台の前半くらいかな」


「すご、ほんとに優秀なんだね?」


「そうでもないよ。

 年内には800点台の後半くらいにはあげるつもりだよ。

 じゃ、行ってくるね。

 お互い頑張ろう」


「行ってらっしゃい。頑張ってね」



 レイは、お風呂タイムと自分磨きを楽しんでから、就寝した。



……

 


 レイは、昼過ぎに起き、顧客にお昼のメールを送信する。 


 簡単に昼食を済ませ、身支度を済ませてから、ネイリストの講習を受けに外出した。


 講習の後、買い物を済ませて、帰路に着く。


 途中、顧客に終業時刻をねぎらうメールを送信した。

 同伴のアポが複数来たので、日程を調整する。

 レイは、順調に同伴を確保できる様になってきて、ウキウキした。

 


 帰宅すると、部屋着に着替え、紅茶を入れて、アロマを炊き、検定や英語の勉強を始めた。



 深夜過ぎ、長めのお風呂と体のケアを楽しんで、就寝した。



 翌朝、顧客に朝の挨拶メールを送るため、目を覚ましたら、怠さと腹痛を感じた。


 とりあえず、顧客に朝の挨拶メールを送信した後、布団と服を確認した。


 下着のおりものシートに血がついていた。


 初めての生理だった。


 トイレに行って、下着を交換し生理用品をつけてから、薬を飲んだ。


 そろそろくるだろうと心の準備はできていたつもりだったが、思っていた以上にすんなり対処できたので自分でも驚いていた。リョウの指導のおかげだ。


 レイは、思わず、リョウに電話する。


「どしたの? レイちゃん」


「生理きちゃった」


「……そろそろだったね、エステとか予約しちゃった?」


「ううん、してない。やばそうな雰囲気だったから。

 ありがとね。リョウくんが指導してくれたおかげだよ。

 ほんと、助かった。

 お礼が言いたくて電話しちゃった。

 朝の準備で急がしかったでしょ?

 ごめんね……」


「そっか、いいよ、大事がなくってよかったね。

 お礼されると、素直に嬉しいよ。

 辛い感じだったら連絡してね?

 アドバイスできることがあるかもしれない」


「ありがと、心細かったからすごい助かる」


「いいよ、気にしないで。

 肩代わりさせちゃってごめんね」

 

「そんな謝られることじゃないよ。

 私、今は毎日が楽しくて感謝してるくらいだよ?

 あの学部は、私なんかよりリョウくんの方が向いてると思うし」


「そっか……ありがとね。

 無理やり交換しちゃったのに……ほんとありがと。

 午後は休講になったから、お昼になにか持ってゆくよ。

 一緒にたべよ?」


「うん、うれしい。待ってるね」


「それじゃね、また。お大事に」


「ありがと、またね」


 レイは電話を切ると、就寝した。



……



 お昼のアラームがなった。

 レイは、相変わらず怠さを腹痛を感じながら起床した。

 

「おはよ、起きたんだね?」


「リョウくん。来てくれてたんだ」


「すやすや寝てたから起こしちゃかわいそうだと思って寝顔見てた。

 アラームがなったので驚いたよ」


「あ、お客さんにお昼のメール済ませちゃうね」


 レイは、タブレットをいじり始める。

 リョウは、ハーブティーを入れながらいう。


「お昼のメール? そんなまめなことしてたんだ」


「うん。もう日課だから止めると気持ち悪い感じがするの」


「あはは。本当に向いてるんだね。今の仕事」


「他の仕事したことないからわからないけど。

 今の仕事、すっごい楽しい。

 たまたまいい職場に巡り合えただけだろうけど……」


「男の相手するの嫌じゃない?」


「男というよりお客様だから特には気にならないよ。

 エッチなこと強いられるわけじゃないしね。

 仮に女性のお客様がきても同じ対応するしね」


「酷いお客もいるよね?」


「そういうのは先輩や黒服が対応してくれるから大丈夫だよ?

 一定数はいるらしいからそういうもんだと思って気にするなって先輩がアドバイスしてくれたの。最近は自分でも多少は対処できる様になってきたかな?」


「自分が商品扱いされるのは嫌じゃない?」


「自分の魅力を評価してもらえるのってすごく気持ちいいよ?

 頑張ればそれが評価につながるしね。

 そもそも、全部リョウくんが教えてくれたんじゃない?」


「そういえばそうだったね。

 でも、ここまで素直に受け入れてもらえるとは思ってなかったよ」


「私にはリョウくんしかいなかったから、信じるしかなかったんだよ?」


「ありがと。

 本当に救われる。

 俺は反面教師だったからね。

 自戒の念も含めて、レイちゃんにレクチャーしてたから」


 リョウは、ハーブティーの入ったティーカップをレイに渡す。


 レイはハーブティーを、一口飲み込む。


「おいしい。ありがと。

 でもそのおかげでとても楽しく生活できる様になったよ?

 私、最初は卑下してたけど、いまは誇りに思ってるよ?

 馬鹿にされても気にならない。

 むしろそう見られたら、自分は一人前になったんだ、よかったって思える様になってる」


「もしかして最近、キャンパスの近く散歩してる?」


「うん」


「そっかレイちゃんだったのか。

 噂になってたからもしかしてっとは思った」


「どんな噂?」


「午後に綺麗な女性が歩いてるのをよく見かけるとか。

 雰囲気が水商売の女性みたいだとか。

 どこの学部の何年生だろう? とかそんな感じ」


「兼業の子に見られてる感じかな?」


「だね」


「学生か……、リョウくん以外は全員子供に見えちゃうんだよね。

 年上の男子も女子も。

 私も成長したな、とか思いながら散歩してるの」


「あはは、そうだったんだ」


「リョウくんは、私のこと学生に知られるの恥ずかしい?」


「いあ、特には気にしないかな?

 元自分だしね。ちょっと前まではそういう生活してたからね」


「そういうのが好きそうな先生方っているの?」


「んー……まだ交友関係が狭いからなんともいえないけど、すでに何人かいるね。

 割引券があるならそれとなく渡しておくよ?」


「ほんとに? いいの?」


「もちろん。それがきっかけで俺にも講師や教授たちとのコネができるから一石二鳥だしね」


 レイは、バッグから割引券とボールペンをだすと、

 裏に源氏名とメッセージを記入してゆく。


「すごいね、全部違うメッセージだ。

 よく思いつくね?」


「メールで挨拶をたくさん送るから、なんか慣れちゃった。

 ……よし、ちょっと多い気もするけどこれでいいかな」


「可愛い字だね? 練習したの?」


「うん、先輩に教わったの。

 これ渡しておくね。ありがとね」


「いいよ、気にしないで」


 レイはリョウの隣に座ると、身をあづけた。


「リョウくんさ、しばらくこうしていてもいい?」


「うん、どうしたの?」


「ほっとするんだ。

 リョウくんだけだよ? ほっとできるの。

 でも最近、遠くに行った気がして寂しかったの。

 超優秀だし。

 将来有望すぎるし。

 生活リズム全然違うし。

 私、リョウくんが嫌だった女だしね……」


「今のレイちゃんは素敵だよ。

 俺が嫌だったのは俺自身だし」


「ほんと?」


「うん。とても魅力的」


「嬉しいな。彼氏ができたみたい。

 こんな感じなんだ。

 ずっとこうしていたい」


「いつか、お嫁にもらってあげる。

 まだ待っててね。

 俺の準備ができてないから」


「私でいいの? 水商売だよ?」


「関係ない。

 お互いに好きな気持ちがあればそれで十分」


「ありがと。大好き」

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