第265話 稜真の困惑

 それからしばらくして、シュリとシャリウは足を崩してもよいとグスターから許可が出た。喜び勇んで足を崩そうとしたシュリとシャリウだが、立ち上がれず四つんばい状態で硬直する。足が痺れて動けなくなったのだ。

 揃ってぷるぷると震えている姿は、なんとも笑いを誘う。


 シュリとシャリウの競争の結果がどうなったかと言うと、張り合うのに夢中で手ぶらだったのだ。結局食材は、最初にティヨルとシュリが持ってきた物を使ったのである。

 それもティヨルの怒りを誘っていた。

「うふふふふ」

 ティヨルが良い笑顔で近づいて、シャリウの足をつついた。

「うぐぅ!? ティヨル、頼むから止めてくれ!」

「このくらいで情けない声をあげないで下さいな。いつもいつもリョウマさんにご迷惑をお掛けするあなたは、もっとお仕置きが必要だと思うのです。うふふふふ」


 楽し気なティヨルの笑い声とシャリウの悲鳴は、家の中で調理を始めた稜真にも届いた。


「ふふっ、辛そうな声ですね」

「ドラゴンの身では、足が痺れる経験などなかっただろうよ。正座も慣れれば、ああまで痺れぬのだがな」

「グスターさんは正座の経験があるのですか?」

「師の元で修行しておる時にな」

 迅雷が作られた時代の日本ならば、稜真がいた時代以上に正座の機会が多かっただろう。


「片方だけでは公平ではないな。チプレ、シュリの足をつついて来てくれぬか?」

「はい! お仕事、行ってきます!」

 稜真の背中に張り付いていたチプレは、ビシッと片手を上げて外に飛んで行った。


「ひぎゃあああっ!」と、シュリの悲鳴が上がった。


「今日はよくシュリの悲鳴を聞く日だなぁ」

 稜真は唐揚げを揚げながら、くくっと笑った。


 そこへ『あるじー』と、そらから念話が来た。なんでも今夜、アリアは屋敷で泊まると言うのだ。伯爵夫人に引き止められたのでは仕方がないだろう。

 稜真はグスターが作った料理の1部を許可を貰って、温かい内にアイテムボックスにしまった。神が作った料理をアリア達にも食べさせてやりたい。今日の料理は、ほとんどグスターが作ったのだ。稜真が作ったのは、唐揚げとサラダだけなのである。


「これでは、グスターさんの料理を頂くだけですね。お祝いのお礼をしたかったのに、反対に申し訳ないです」

「気にするな。私も新しい料理が作れて楽しかった」


 さて。宴席を作ろうにも、居間にあるテーブルは4人掛けだ。

 どうしたものかと稜真が悩んでいると、シプレが力を貸してくれると言う。言われるがままに、稜真はテーブルと椅子をアイテムボックスに片付けた。


 チプレを抱いたシプレが、床に力を注いだ。

 これまでの床は固い木のような材質だったのだが、畳のような風合いに変わる。

 次いで床から生えて来たのは、長方形のローテーブルだ。これならばこの人数でも融通が利く。テーブルの周囲には、不思議な手触りの厚みのある座布団のような物が生えた。稜真が試しに座ってみると、座り心地はまさしく座布団だった。これならば足も痺れにくいだろう。


 それでも正座の恐怖が蘇った者が約2名いるが、稜真が足を崩す座り方を教えてやった。他の精霊達は正座も苦にならないようだ。グスターは姿勢よく正座をしている。

 稜真は少し迷ったが胡坐をかいた。すかさずチプレがその上に座る。


 テーブルに並べられたのは、味噌汁、魚の煮付け、野菜の煮物等から始まる和食。この世界の料理に加え、石釜で焼いたピザやグラタンもあった。

 グスターは刀鍛冶師の元で修行していた際、和食を覚えたらしい。近年の料理には疎く、他国の料理も知らなかった。今回の経験でレシピが増えたと喜んでいる。


「神の手料理を食べられるとは、貴重な体験じゃ。ありがたいのぅ」

 そう言うソルを初めとした面々も満足そうだ。グスターの和食料理は作品と同じく繊細な味付けだ。

 酒飲みが揃っているので、稜真が買いためておいた酒も並べてある。シプレへのお土産や料理用に、酒を見かけると購入していたのだ。


 きさらの父のサイズでは家に入れなかったが、稜真が前もって料理を持って行ってある。料理だけでは食べ足りないと言うので、解体前の魔獣を何体か出して来た。


 夕食はいつしか酒盛りになり、満足した一同は深夜に帰って行った。

 約1名の酔っ払いは、ドラゴンの背にくくりつけられての帰路となった。無事にたどり着く事を祈る稜真だった。


 チプレは酒宴の途中で眠ってしまい、残ったのは稜真と瑠璃とももだ。先程までにぎやかだった部屋は物寂しくなった。

 気を取り直そうにも、稜真は酒宴で疲れ果てて何もする気になれない。


「主、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫。瑠璃も今夜は遅くなって疲れただろう? 予定より早いけど、今夜は一緒に寝ようか」

「はい!」




 翌日。朝食を終えた稜真は、瑠璃とももと一緒に初めての料理に挑戦していた。すると『いまから、かえるー』と、そらから念話が来た。

 仕上がった料理は魔道具にしまって稜真の部屋に隠し、皆が帰るまではストック用の料理を作る事にした。


 しばらくして、帰って来た気配を感じた。


『ただいま、あるじー』

『ただいま~』とそらときさらが戸口から言った。

 稜真は料理の手を止めず、「お帰り」と答えた。


『主! 外で遊んでる』

『そらも!』

「帰ってすぐなのにか?」

 ももも、ぴょんぴょん跳ねて出て行った。何やら考えこんでいた瑠璃まで外へ行ってしまった。


(せわしないね…)


 1人残った稜真は、昨夜からの寂しい気持ちが蘇ってしまった。

 この世界に来るまでは、長い1人暮らしで孤独にも慣れていたのに、こちらに来てからの賑やかな生活に慣れきってしまったようだ。

 気を取り直して調理に戻ったが、挨拶の声が足りなかった事に気づいた。


(アリアの声がしなかったな。お仕置き怖さに逃げたか?)


 そんな事を考えながら調理台に向き直ると、玄関の扉が開く音が聞こえた。振り返らなくともアリアだと分かる。

「お帰り」と声をかけた途端に、ドンッ!と背中に衝撃が来た。幸い包丁を手に取る前だったが、少し焦った。


「アリア! 包丁を持っていたり、火を使っている時に飛びついて来たら危な……、アリア?」

 アリアは腕を回して、背中にしがみついている。

「…っく…ひっく…。稜真…いた。良かっ…た」

 背中に張り付かれては表情も見えない。アリアはただ泣きじゃくっているのだ。 


(何があった!?)


 困り果てた稜真は、念話でそらに尋ねた。

『そら。アリアはどうしたんだ?』

『おねえちゃが、おはなし、する。そらは、いわないでって、たのまれた。おねえちゃが、あるじに、いうの。あるじは、きいてあげてって、でんごん、おねがいされた』

『伝言を? 誰に?』

『おねえちゃの、おかあさん』

『奥様、か。これは泣き止むまで付き合うしかないな…。分かったよ』

 取りあえず稜真は調理を止め、手を洗ってアリアが落ち着くのを待った。


「…稜真、稜真。いて…くれた。…良かった」

 稜真にしがみついていたアリアは、徐々に我に返り始める。

「ごめ…なさい…」


 稜真は少し力の緩んだ手を掴んで腰から外し、アリアと向き合った。

「やっ…私、ひどい顔…してるから、見ないで……」

 アリアは顔を隠してうずくまってしまった。ちらりと見えた目は真っ赤になっていた。


「見ないから、何があったか話してごらん。ごめんって、何が?」

 優しい声音にアリアは新たな涙が零れて止まらなくなる。泣きじゃくりながら謝って、支離滅裂な説明をする。


 行ったり来たり、途中途中で「ごめんなさい」が入るアリアの説明を、稜真は頭の中でつなぎ合わせ、ようやく事情が掴めた。


「──つまり、旦那様と師匠にからかわれて、俺がいなくなったかも知れないと思ったって事、か」

「…う、うん」

「そらときさらがいるのに、俺だけがいなくなるなんてあり得ないだろう?」

「…稜真なら、湖の家に帰るまで…は、私と、一緒にいるようにって…言うと…思ったの。送り…届けてから、稜真の所に行っちゃうかも…って。わ、私だけおいて行かれるかも、って…」

「はぁ…。信用ないなぁ、俺」


「違うの! 信用してるんだけど、今回すごく怒らせた…から。…だから、私、あ、愛想尽かされたかも…って。そ、そう思ったら…」

 うつむいたまま、アリアはしゃくり上げる。稜真はため息を付いてから、アリアに容赦なくデコピンした。何も言わずにいなくなると思われ、腹が立ったのだ。


「…痛い…よぉ…」

「もし愛想を尽かしても、勝手にいなくなったりしないよ」

「絶対?」

「約束する」

「え、へへ。安心した」

 アリアは涙を浮かべた瞳で稜真を見つめ、にへらっと笑った。


(……愛想尽かさないで、とは言わないんだよな。このお嬢様は、ったく)


 出会ったばかりの頃、アリアは言っていた。稜真は責任もって面倒を見ると。もしも自分の事が嫌になって、離れてしまってもずっと、援助して面倒見ると。──離れられても仕方がない。未だにそう思っているのだろうか。稜真はもう1度、ビシッとデコピンしてやった。


「…稜真、膝枕して欲しいな」

 赤くなった額をさすりながらアリアは言った。


「膝枕?」

「稜真の膝枕は、私だけのものでしょ?」

 安心して甘えたくなったのだろう。膝枕はアリアにだけ、その約束を確認したいのかも知れない。

「ああ、そうだよ。おいで」

 微笑んだ稜真が足を延ばすと、すかさずアリアが頭を乗せた。


「えへへ」

 顔を見ないでと言っていたのを忘れたのか、嬉しそうに稜真を見上げる。

 昨夜はどれだけ泣いたのか、瞼ははれぼったく、目も真っ赤だ。


(声がかすれているなんて、どれだけ泣いたんだか…)


 稜真はアリアの頭を優しく撫でてやった。心地よさに目を細めていたアリアは、次第にぷるぷると震える。アリアを撫でていた手の指先が、徐々に頭に食い込んでいたのだ。


「り、稜真…痛いです。……ゆ、許してくれたんじゃ、ない、の?」

 アリアは慰めて貰った事で、すっかり許された気持ちになっていたのだ。

「俺は許すなんて言った覚えはないよ」

「うげっ!? そう言えば言われてない!!」

「いい加減妄想を止める努力をしようか」


「今回、すっごくすっごく反省したから、お仕置きは勘弁して! ね?」

「妄想を止めると約束すれば、お仕置きは止めるよ」

「そんな!? 妄想は魂に刻まれてるんだもん! 脊髄反射でやっちゃうんだもん!!」

「魂にBLを刻むなよなっ!?」

「稜真様関連の妄想ネタが、BLだけだなんて思わないで欲しいの! ちゃんと乙女らしく、普通の妄想もしてるもんね!」

「そんなもんが自慢になるかっ! 俺で妄想をするなと言っている!」

「だってだって~」


「はぁ…。これまで散々お説教して、それが無駄な事は理解した」

 稜真の指から力が抜けた。

「うんうん!」

「つまり、これまでと同じお説教では駄目だ。魂に刻みこまないといけないんだよ、ね」

「へっ?」


 ここで稜真の雰囲気が冷徹な物に変わった。


『お嬢様。まずはお顔のお手入れをすませましょう。ここまで瞼が腫れているとは、腕が鳴りますね。その次に、マナーレッスンを致しましょう。ふふふ。魂に刻み込めるよう、これまで以上に厳しく、徹底的に。…く…くくっ』


(ひぃっ!? ドS様でお手入れの上、マナーレッスン!? に、逃げなきゃ!!)


 アリアは飛び起きて逃亡を図った。──が、膝枕位置からの逃亡が、かなう訳がないのであった。



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次回は酔っ払いの閑話です。

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