第260話 索敵スキル

 森は静けさに包まれていた。生き物の気配が一切感じられない静かな森の一角では、炎が薪を燃やすパチパチという音だけが響いている。

「静かだな」

 稜真はこくっと温かいお茶を飲んだ。夏でも森は冷んやりとしている。温かい飲み物は心を癒やしてくれた。

「静かなのは当たり前だし」と、アリアが突っ込んだ。


「稜真。事実から目を逸らしたら駄目だと思うんだな~」

 アリアの声には呆れが忍んでいる。そして静かなのが当たり前だと言う理由は、ここら一帯は稜真の結界の中だからである。


 つつ…、と頬を伝う汗を感じながら、稜真はアリアの方を見ないようにして、もうひと口お茶を飲んだ。




 ──チプレと出会った朝。一連の出来事が終わり朝食をすませると、稜真達は依頼を受けながら領地を回る事に決めた。

 いつもの料理の仕込みもしていないし、宿題も終わっていない。アリアのレース編みの指導もあるが、稜真はしばらく湖の家から離れたかったのだ。ここにいれば、精霊やドラゴンの急襲を受けそうな気がした。

 もう行ってしまうのかと瑠璃は残念そうだったが、稜真が一緒に行こうと言えば、満面の笑みを浮かべた。


 そうして訪れたのは、稜真がまだ立ち寄った事のなかった、森に囲まれた小さな町。そこでいくつかの採取依頼を受けた。


 依頼の植物が生えている場所へは、散歩を楽しむようにのんびりと向かった。

 索敵スキルを使いながら、危険がない事を確認しつつ採取する。稜真がこのスキルを覚えてから、何かというと使っていたせいか、熟練度が上がっていた。


 熟練度を確認するすべはないが、索敵範囲が広がる事で判断が出来る。それに加え索敵対象を指定出来るようにもなっていた。例えば魔狼のみを索敵と考えると、位置と数が脳内に地図として浮かぶのだ。まるでゲームみたいだと、稜真は思う。


(……ああ、ここは乙女ゲームの世界だったっけね)


 今更だった。

 ギルドカードで、自らのステータスが見られる世界でもある。

 他にゲーム的な部分と言うと、従魔達のステータスは索敵スキルと同じく、主である自分の目の前に浮かぶ点だろうか。考えてみればゲーム要素は多々あるが、ゲームキャラになり切れる自分が1番ゲーム的な存在だと思うと、気分が落ち込みそうになる。──ともあれ、索敵範囲に危険な対象はいなかった。


 和気あいあいと話をしながら、全員で採取をし、この日は森で夜営をする。


 アリアと瑠璃は料理の下拵えを終えると、稜真の邪魔をしないように離れた所に移動した。従魔達も離れて稜真を見つめている。

 稜真は鼻歌交じりで、焚き火で料理をしているのだ。


「主、楽しそうですわ」

「ストレスの発散が料理だなんてね。私には理解出来な~い」

「……理解しようと思わないで欲しいのです」

 料理に目覚められては、被害が多発するではないか。

「分かってるよ~だ」


「アリア。私、ソルおじい様が誤解していないか、様子を見に行こうと思っていたのですけど…」

 シプレの話題を出せば、稜真が落ち込みそうで言い出せずにいたのだ。

 ちなみに、稜真とアリアがおじいちゃんと呼ぶのだから、瑠璃もそう呼ぶようにとソルに言われた。だが、高位の方をそう呼ぶには難しく、おじい様で妥協して貰った。


「気持ちは分かるけど、せっかく稜真の機嫌が直ったんだもん。その話題は振らない方がいいよ。シプレだって、きっと冗談でああ言っただけ…だと…思いたいよね…」

「シプレですから…期待薄ですわ…」

「今の稜真は、全力で逃避する事に決めたみたいだしね~。話すなら明日がいいんじゃない? お料理をいっぱいしたら、きっと気持ちも落ち着くと思う」

「そうしますわ」


 今夜は稜真の料理を堪能するのだ。美味しそうな匂いが漂い始め、アリアのお腹がきゅる~と鳴った。




 稜真にとって、焚き火料理が1番ストレスが発散できる。夕暮れは、焚き火の炎が踊る様子が美しい。いつまでも見ていたくなる。

 今夜は魚料理に挑戦だ。アリアが獲った魚が、アイテムボックスにたまっているのである。


 魚をぶつ切りにして大鍋で煮込む。

 貝やイカ、エビがあればブイヤベースに出来たが、海から遠いメルヴィル領では手に入らなかった。ない物は仕方がないので、魚と野菜がたっぷり入ったトマト味のスープにした。

 後はシンプルに魚を串に刺して焼く。焼き上がった魚の1部は身をほぐし、刻んだ香草と一緒に炊き立てのご飯に混ぜ込んだ。味は少量の塩と醤油だ。


 もう何品か作ろうかと思ったが、皆お腹が限界らしい。全員が料理から目を離さないのだ。きさらはよだれをたらしている。


「ご飯にしようか」と稜真が言うと、全員が食い気味に「はい!」と返事をしたのだった。


 やはり大量に作るスープは美味しい。稜真としては満足できる出来であり、皆が美味しいと食べる表情を見て、気分も向上したのだった。




 明けて早朝。

 朝食をすませて森の奥に進むと、何やら空気がおかしい。眉をひそめた稜真は、索敵スキルを使った。──強い攻撃意志を持つ者、そう意識して索敵すると、脳内に浮かんだ地図が真っ赤に染まった。


(これは!?)


 稜真が知っている対象であれば、その名も分かるのだが。

「オーガだよ」と同じく索敵したアリアが言った。アリアの索敵スキルは稜真と変わらない熟練度だが、これまで討伐して来た魔物の数が違いすぎるのだ。

「オーガ…か」

 稜真は勉強と図鑑のお陰で、知識としては知っている。

 何度か討伐経験のあるオークは、豚が二足歩行したような魔物だが、オーガはそれよりもひと回り大きく角のある魔物である。肌の色は赤黒く残忍な性質で、オークよりもランクが上の魔物だった。見つけたオーガは、どうやら集団行動をとっている訳ではないようだが、この数は異常に感じる。


「アリア。ギルドでオーガの討伐依頼、出ていたか?」

「1体か2体の依頼ならあったかも知れない。時々現れる魔物だもん。今回出てたかは分からないけど、少なくともこの数をギルドでは把握してないのは断言できる」

「…そうか」

「この数だと、緊急依頼を出して冒険者を集めるレベルだもん。ギルドが把握してたら、私に言わない筈がないって~」


 それまで稜真の肩でくつろいでいたももは胸元に入り、稜真を守ろうと防御体勢を取る。同じく稜真の肩にいたそらは飛び、上空からの索敵と警戒を始めていた。瑠璃ときさらは特に慌てた様子もなく、平然としているが、何があってもすぐに行動出来そうだ。


「ふん、ふふ~ん」

 アリアは背に背負っていた大剣を抜き、ブンッと振った。この数にどう対処すべきか判断に迷っていた稜真は、自分はまだまだだと反省する。


(うちの子達は頼もしすぎるよ。1番頼りないのは俺か…。さて、どう動くのが最適かな? ──よし)


「俺が一気に数を減らすから、皆は討ち漏らしを片付けてくれるかな」

「稜真が? どうやって?」

「結界を張って殲滅スキルを使う」

「あらら。稜真から言い出すのって、珍しいね」

「意思の力で威力を変えられるのは分かっているんだ。ついでに意識して威力を強めたらどうなるかを試したいし、何よりもこの数だ。万が一にも間違いが起こらないようにしたい」


 アリアなら何があっても問題ないだろうが、従魔達や瑠璃に危険が及んで欲しくないのだ。


「主が決めたなら、私達は従いますわ」

 真剣な顔の瑠璃と従魔達とは対照的に、アリアの顔はにやついている。稜真は拳骨を入れてから、自分達とオーガを対象に指定し、結界を張った。

 対象全てを取り込めるか不安だったが、問題なく取り込めたようだ。


「こんなに広い結界だなんて…。主は大丈夫ですの?」

 稜真は無数のオーガを対象指定していた時は脱力感を感じたが、今はもうなんともない。

「大丈夫だよ。さて、これで威力の大きなスキルを使っても、環境に影響はないね。ちょっと大きな音が出るかも知れないから、覚悟しておいて」と注意をする。

 今から使うと決めたのは、自分が使った中で最も威力が大きかったラスボスのスキル。そう、瑠璃の湖を作ってしまったあのスキルだった。




 ──そして時は冒頭に戻る。


 今回のスキル使用で出来た大穴は、瑠璃の湖を作った時の穴の何倍もあった。稜真が背にしている方角の森は消し飛んでいるのである。


 アリアに突っ込まれながらお茶を飲んでいた稜真だが、いつまでもそうしてはいられない。従魔達と瑠璃から、きらきらした瞳で見つめられ、なんとも言えない居心地の悪さを感じているのだ。


「皆、私が結界内でやらかした時と、反応が違いすぎじゃない? 稜真のラスボススキルだって、轟音出たのにさ~」

「アリアと主は違いますわ。主は私達の事を思って、あの力を使ったのですもの。アリアは鬱憤を晴らしただけでしょう?」

「稜真もある意味、鬱憤を晴らしてたと思うんだけどな~」


 ステージライブで溜まっていたストレスは、屋敷での生活で多少は解消されただろうが、今回のチプレの騒動は負担が大きかった筈だ。普段の稜真だったら、あのスキルを使い、ましてや威力を上げようなんて考えないだろう。


(ふっふっふ~。久しぶりにラスボス様のセリフを堪能しちゃった! はふぅ…。格好良かったなぁ──って、浮かれてばかりもいられないよね。なんの前兆もなく、オーガがあんなに現れるなんて…)


 かつてない事に、アリアの胸に一抹の不安がよぎった。


(ま、殲滅したから問題ないか!)


 スキルの範囲から辛うじて漏れていたオーガは、稜真以外の面々で片づけた。

 何しろ稜真は、スキルの余りの効果にフリーズしていたからだ。残っていたオーガも逃げ惑っていたので、殲滅はあっさりと終了した。ちなみに、セリフを堪能して浮かれていたアリアの活躍が1番大きかった。


「ところで稜真。あんな広範囲に指定したラスボス様のスキル使って、体はなんともないの?」

「…ああ。大丈夫だよ」

「良かったけど、稜真の魔力ってどうなってるんだろうね~」

「……さぁ…ね」


 広範囲殲滅スキルの効果を高めようなんて2度と試さない、そう決意した稜真であった。






 神界では、ルクレーシアがエドウィナからお説教を受けていた。


 稜真は知らないが、次元結界は神の力も通さない。中で何が行われているのかは、例えルクレーシアでも分からないのだ。

 だが稜真は結界を張る前に、一気に数を減らすと言っていた。きっと結界内で、強大なスキルを使ったと、エドウィナには想像がついた。


 そもそも、あれだけの数のオーガを結界に閉じ込める事自体が、人のなせる技ではないのだ。


「お母様がグスターをからかったせいで、あの方が無茶をするのではありませんか!」

「結界内で何をしようと、世界には影響ありませんよ?」

「世界の影響を気にしているのではありません! ステージ衣装の件といい、余りにもお気の毒です!」

「でもウィナ。あの衣装、稜真さんに似合っていたでしょう?」

「お似合いでしたけれど。──お母様。かの方は、この世界にない強力なスキルを使って、体に負担はかからないのですか?」


「心配はいりませんよ」と、ルクレーシアは微笑んだ。


 『セリフとアクションで発動する必殺技』に魔力を気にする必要はない。

 キャラクターごとに魔力と体力設定があるのだが、技を使う時だけ意識する必殺技の場合、1度使えば稜真は意識を戻すので、その都度リセットされるからだ。結果、消耗する事なく使える。


 シャリウの淵で歌に魔力を乗せた時に消耗したのは、稜真の意志で癒やしの力を込めたからである。

『あの歌を、魔力を込めて歌えば癒しの歌になる』

 稜真がそう理解して信じた事から、あの歌は癒しの歌になり、自らの魔力を使って発動するようになっていた。


「あの方は知っておられるのですか?」

「……稜真さんにお話しした頃は、わたくしもまだ…把握していませんでしたから…」

「…つまりはご存知ないのですね」


 今回の結果から、威力の大きいスキルはなるべく使わない。そう決めた稜真が、それに気づく日が来るかは微妙な所である。


「それでお母様は、グスターになんと言ったのです?」

「内緒です」

「お母様?」

「ウィナ。新作のアニメを手に入れたのです。新作のお菓子付きですよ?」


 エドウィナはすでにスクリーン前のソファに陣取り、お菓子の袋を開けているヴァレンティナをちらりと見て、その隣に移動した。

「終わったらお話を聞きますから」

「はいはい」

 終わる頃には忘れている事を願い、ルクレーシアはアニメをスタートさせた。



(だってグスターったら、私の言う事をなんでも信じ込むのですもの。からかってしまうのも無理はないと思うのです。──あの子はあれで大丈夫なのかしら?)


 母としては、少々心配なルクレーシアであった。



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