第196話 思い出と絵本
稜真達が合流するまでに、土をどかす作業はほぼ終わっていた。家が姿を現している。と言っても潰れた部分も多く、中に入れる状態ではない。
これほど早く作業が進んだのは、どうやら土の精霊達が夜の内に大部分の土をどかしてくれたかららしい。
土の精霊は作業中も力を貸してくれ、土の重さを減らしてくれたのだそうだ。姿は見えなくても精霊の助力は感じられたらしく、力持ちになった気分になれた、と子供達は笑っている。
土砂が流れ込んだ部分が、家のどこに当たるかによって、次の作業が変わる。マーシャの為に両親の思い出の品物を見つけてあげたい。幸い空間が残っている家の無事な部分が、ちょうど両親の部屋に当たるらしい。
玄関と潰れてしまった台所の部分の瓦礫さえどかしてしまえば、両親の部屋に入れそうだ。
きさらが、瓦礫をヒョイヒョイと人のいない場所へ放り投げる。大きな瓦礫が無くなれば、下からは家の中の物が現れた。土が流れ込んでから潰れたのだろう。壊れて泥だらけだ。
イルゲの薬と瑠璃の回復のお陰で、傷の腫れも熱も引いた稜真だが、瓦礫の撤去を手伝おうとしたら、アリアと瑠璃に睨まれた。そらまでもが肩に乗り、稜真の髪を引っ張る。
(皆、過保護すぎると思うんだけどなぁ)
稜真は思ったが、心配させた自覚はある。仕方なく、きさらが瓦礫をどかす様子をほけっ、と見ている子供達に混じった。
マーシャは何も言わずに、きさらを見つめている。その手は不安げに、ももを握りしめていた。もう片方の空いた手を、瑠璃がきゅっと握った。
それ程時を置かず、家の無事な部分に入る道が出来た。両親の部屋のドアも無事で、中に泥は流れ込んでいなさそうだ。
「マーシャ」
稜真が呼んだがマーシャは動かない。
「こっちにおいで」
稜真は濡れタオルで、マーシャに付いた土を綺麗に拭いてやる。手に握りしめている
ドアを開けると、窓が土で汚れている室内は薄暗かった。
稜真は杖を取り出すとライトと唱え、部屋に明かりを灯した。
浮かび上がった懐かしい両親の部屋に、マーシャの目が潤む。1人で探したいだろうと、稜真はマーシャを下ろしたが、マーシャは稜真の手を握った。心細いのだろう。稜真は力強く手を握り返した。
「……あ」
部屋を見回したマーシャは棚を見上げた。背が届かないマーシャを稜真は抱き上げる。
そこにあったのは、精緻な細工が施された木の小箱だった。蓋に彫られているのは若い女性の横顔。中は布張りになっており、ブローチやネックレスが入っていた。
マーシャが大切そうに胸に抱える。
「おかあさん…」
マーシャは父がプロポーズする時に、母をモデルに父が作り贈った物だと教えてくれた。
汚さないように、稜真がアイテムボックスに預かった。
「宿で出してあげるからね」
マーシャはこっくりと頷いた。
残念な事に、無事だったのは両親の部屋だけだった。他の部分から出てきた物は泥にまみれ、壊れている物も多い。
出てきた泥だらけの布人形を、マーシャは悲しそうに見つめた。母が縫ってくれた人形らしい。マーシャは、自分の物は何もかも諦めているようだ。両親の思い出が手に入っただけで、満足なのだと言う。
「きさら、ありがとう。だいすき」
泥だらけのきさらに、マーシャは抱きついた。
「クォルルル~」
マーシャの大切な物が見つかり、きさらも大満足だ。
「くしゅん!」と、マーシャがくしゃみをした。きさらの体に付いていた土が乾き、鼻をくすぐったのだ。おまけに目にも入って涙がこぼれる。
きさらが心配して、念話で稜真に助けを呼ぶ流れに覚えがある。
「マーシャ。こすったら駄目だよ」
目に入った土を取ってやりながら、稜真は瑠璃に念話で尋ねた。
『瑠璃。あの人形の泥は落とせるかな?』
『落とせると思いますわ』
『今度頼むよ』
『分かりました』
稜真は、人形をこっそりアイテムボックスにしまった。
先程まで天気が良かったのに、少しずつ曇り始めている。明日辺り雨が降りそうだ。せっかく掘り出した家もまた埋もれてしまうのかと心配になったが、瑠璃が土の精霊が守ってくれると教えてくれた。それならば安心だ。
果樹園での作業は、これで終了する事にした。
マーシャがおずおずと、「みんな、ありがとう…」と頭を下げた。
村長の娘オルガが、マーシャの手を握って笑う。
「手助けが出来て嬉しかった。手伝わせてくれて、ありがとう」
子供達も皆、笑っている。マーシャは照れくさそうに、口の端を上げた。
稜真は泥まみれのきさらを眺めた。そらがきららの上で、固まった毛をつついている。白いきさらは、茶色いグリフォンになっていた。これは洗うのが大変そうだ。
(……イネスに付き合って貰うとするか)
探す前に、当の本人がおずおずとやって来た。
「…あの…。リョウマさん、その…」
「どうした?」
イネスは大きな体を縮こませて、もじもじしている。
「……あの。……やっぱり…なんでもないです…」
稜真は立ち去ろうとするイネスを捕まえた。背伸びをしてヘッドロックをかける。
「リョウマさん!?」
「俺に用事だろう? キリキリ白状しようか」
「白状って!? …あの…でも…」
まだ口ごもるイネスを軽く締め上げる。稜真の目には笑みが浮かんでいる。その優しい目にうながされ、イネスはおたつきながらもつぶやいた。
「その…俺、ついリョウマさんを自慢してしまって…」
「俺を自慢?」
「あ、イネス! 従者様に頼んでくれた!?」
枯れ草色の髪をした少年が、元気よく声をかけてきた。稜真よりも背の低い少年の年齢は、イネスくらいだろうか。作業で仲良くなったようだ。
「まだだよ! おとなしく待ってるって約束しただろ!?」
「俺に頼みって、何?」
「あの、それはその…」
「イネスったら、じれったいなぁ! 従者様、絵本読んで!」
「ジェド!」
イネスが慌てて口を押さえにかかる。バタバタと暴れるジェドとじゃれる姿が子供らしく、微笑ましい。
「お前、あんだけ従者様を自慢しといて、今更口止めしても意味ないじゃん! 作業している間、『リョウマさんが、リョウマさんが』って、どんだけ聞かされたと思ってんだよ」
「うわぁ!!」
ようやくイネスは、ジェドの口をふさいだが、すでに遅すぎた。
「あの…。そう言う訳で、その…、皆にも絵本を、読んで貰えると…嬉しいです…」
顔を真っ赤に染め上げたイネスが言う。稜真はくすっと笑った。
「そんな事か。いいよ」
イネスから体を振りほどいたジェドが、「やった!」と飛び跳ねた。
「イネスがスッゴく自慢するから、皆聞きたがってさ! お~い、皆! 従者様が絵本読んでくれるって!!」
子供達が歓声を上げる。
「すみません、リョウマさん。…つい」
「なんでもないよ。ただし、皆お風呂に入って、綺麗になってからだよ。イネス、きさらを洗うの、また手伝ってくれるか?」
「はい!」
「あ! 俺も手伝う!!」
ジェドも手を上げた。
「そう? 助かるよ」
少年達に囲まれている稜真を見て、にやついていたアリアをそらがつついた。
「痛っ! 何するのよ、そら!」
そらは「クゥ!」と鳴くと、稜真の方へ飛んで行ってしまった。
「…なんだったの?」
怪訝な顔をするアリアの頭上に、ももが飛び乗って、ぴょんと跳ねた。
稜真とイネス、そしてジェドは、従魔達を連れて川へ向かった。
一方、アリアと瑠璃、マーシャを含めた子供達は、お風呂へ行く途中、ワイバーンの解体を見学に寄った。
大きなワイバーン2頭が解体されている。おこぼれが貰えるかと、クリフとフラウがお座りして作業を見守っていた。
ワイバーンを見た少年達は驚きの声を上げ、少女達は怯えてアリアの後ろに下がった。
「でかっ!?」
「さすがはアリア様だよな!」
「大きい方は、稜真が1人で倒したのよ」
「ええ!? あの従者様が!?」
「イネスより小さいし、全然強そうに見えないのに」
「そんな事言ってると怒られるよ~。稜真は怒ると怖いんだからね」
「あら。怖いのは、お姉ちゃんにだけだと思いますわ。ね、マーシャ」
「うん。リョウマおにいちゃん、すごくやさしい」
「…あれ? 私にだけ? 言われてみれば…、そうかも知れない……」
どこの共同浴場でも、お湯を沸かすには魔石を使う。
毎日沸かせるように伯爵が手配をし、各村や町に配られる。予算を組んでそれぞれが購入すれば、違う予算に回してしまうかもしれないと、アリアが提案した。まとめて発注する事で、安く注文できる利点もあった。
今は3時だ。通常、この村のお風呂は夕方から沸かされるが、作業の様子を見に来た村長が、早く終わりそうだと時間を早めてくれたのだ。
綺麗になった子供達は、村の広場に集合した。
川へ行った稜真も今回はトラブルもなく、自分達もお風呂をすませてさっぱりして戻ると、アリアが笑っている。
「稜真、皆すっごく楽しみにしてるよ~」
イネスとジェドも、子供達の輪に加わった。
従魔達と、クリフとフラウまでが一緒になって、輪に加わっている。大きなきさらは、クリフとフラウと共に後方に移動し、そらとももは女の子達に可愛がられている。
全員がワクワクした顔で、稜真が読むのを待っているのだ。
「ふっ。あれだけ楽しみにしてくれると、元声優冥利につきるね」
「元…かぁ」
「今の生活も楽しいよ。色々と、ね。だから──」
そんな顔するな、と言う言葉は口に出さず、アリアの頭をくしゃりと撫でた。
「ま、楽しいのはアリアのお陰かな」
「私? へへ~」
「そう。アリア
「あれ? 私
「そう、アリア
アリアはぷっくぷくにふくれた。
「からかう手が尽きなくて楽しいよ」
くっくっ、と喉を鳴らして稜真は楽しげに笑う。
「そうだよね。稜真って、私をからかう為には、全力出すもんね…。今日だってさ…」
ぼやきながら、アリアも輪に加わった。
座った子供達の前で、稜真は絵本が子供達に見えるように開いた。
いつもは宿で読んでいたから、そこまで声を張って読んではいなかった。外でもあるし聞き手も多いから、心持ち声を大きくして読み始めた。
『昔々。ある王国に、7人のそれはそれは美しいお姫様がおりました。中でも1番下のお姫様の美しさは、国中、いいえ。他の国々にまで届くほどでした。
そのうわさは、いつしかドラゴンの元へと届いてしまったのです。』
稜真は、イネスに読んだ時と同じく、登場人物で声を変えて読む。
『ドラゴンは、お姫様を鉤爪で掴んだのです。
「きゃあ!」と、悲鳴を上げるお姫様を掴んだドラゴンは、夜空へ飛んで行ってしまいました。
王国は悲しみに包まれました。』
子供達は目を丸くして聞き入っている。
『ドラゴンは勇者に見せつけるように、お姫様を大きな鳥籠に閉じ込めてしまいました。
お姫様は、鳥籠をくまなく調べましたが、びくともしません。絶望に青ざめるお姫様に、勇者は叫びました。
「姫様っ! 私が必ずお救い致します!」
勇者の声に力づけられたお姫様に、希望が生まれました。』
勇者が叫ぶシーンではアリアと少女達が頬を染め、ドラゴンと戦うシーンでは少年達が目を輝かせる。
お姫様と勇者、ドラゴンの声を使い分けて読む稜真には、誰も意識を向けていない。──約1名以外は。それだけ物語に引き込まれているのだ。何度も聞いているイネスだが、読み聞かせと言うよりは演じている稜真に、初めて聞いた時以上の感動を覚えていた。
『そして、勇者とお姫様は幸せに暮らしました。』
「お終い」と、稜真が言うと大きな拍手が起こった。
拍手の主は、キラキラな瞳をした子供達と大人達である。稜真の声が届き、何事だろうと見に来てそのまま聞き入っていたのだ。村長の姿もあった。
稜真は深々と一礼した。
最前列にいたアリアが、にんまりとした顔をして、未だに頬を染めている少女達の所へ行こうとするのに気づいた稜真は、すかさずその首根っこを捕まえた。
「ふにゃ!?」
「布教活動は禁止」
「えっ!? 今なら仲間が増やせそうなのに!!」
「やっぱりか…。絶対禁止!!」
「ぶー!」と、むくれるアリアは子供達に押しのけられてしまった。
「兄ちゃん、すごかった! イネスが自慢するのも当然だよ! ──あ、ごめんなさい従者様」
「兄ちゃんでいいよ。従者様なんて、くすぐったいから」
「リョウマ兄ちゃん?」
「ああ、それでいい」
少年も少女も関係なく稜真を囲んだ。
「マーシャ。従者様すごいね! まるで、お話の中に入ったみたいだった!」
稜真の所には行かず、オルガはマーシャに言った。
「うん。いつもより、すごかった」
「お姫様の声なんて、女の人にしか思えなかった。でも…それよりも…、勇者様が格好良かった」
「オルガもそう思いました?」
一緒に作業をして、瑠璃もオルガと仲良くなった。3人で稜真について話し始めた。
(ふふっ。布教活動しなくたって、稜真は人気者だもんね!)
子供達が自分よりも稜真を慕い、囲んでいるのが嬉しくて、アリアは笑った。──途端に、飛んで来たそらがアリアをつついた。
「痛ったぁ! そら!? さっきから何するのよ!」
『るりとやくそく、したの。おねえちゃが、あるじとおとこのひと、みて、わらってたら、つつくって!』
「へ? そんな約束…したの?」
『さっきも、いまも、わらってた! だめ!!』
「さっきは仕方ないけど、今は妄想してないのに~」
『もうそう? よく、わからない。でも、わらってた!』
「うわ~ん、気が抜けない~~っ!」
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