第49話 再び沼へ

 イルゲの店を出たのは昼近く。

 2人とも朝遅くにたっぷりと食べたので、まだお腹は空かない。相談して、沼まで行ってしまう事に決めた。


 天気も良くお散歩日和だ。採取をしながらのんびりと歩く。ちなみに、アリアの機嫌はとっくの昔に直っている。

 そらは今朝の事が尾を引いているのか、いつもよりも稜真にくっついていた。索敵の為に飛んでも、すぐに戻って来て稜真の肩に止まるのだ。稜真はそんなそらを構ってやりながら、アリアに尋ねた。


「アリアはさ」

「ん~?」

「イベント目的だけで、学園に行くんじゃなかったんだな」

「錬金術師の事? せっかく学園に行くんだもの。色々な目的持って行く方が、有意義な生活が送れるでしょ? 本当は私が錬金術を習おうかとも思ったけど、皆に止められたのよね~。向いてないから、絶対に止めとけ!だって。ひどいと思うの」

 伯爵を初めとして、ユーリアンやスタンリーにも止められたらしい。


「……」

 錬金術がどんなものなのかは知らないが、アリアの料理の腕から考えると──。皆が止めた気持ちが分かったので、稜真はそれに関して何も言えない。


「錬金術…か。さすがは剣と魔法の世界だよね。錬金術と言って思い出すのは、錬金術師のゲームだなぁ。調合したアイテムを納品したり、店で売ったり、図鑑を埋めるのが楽しかったよ。シリーズの途中から、RPGになっていたっけね」

「稜真もやってたの? 私も好きだったんだ~。乙女ゲームにもなったよね」

「それはさすがにやってないよ」


「あ~懐かしいなぁ。あのね稜真。錬金術だけど、興味があるなら学園で教われば良いと思う。稜真ならきっと留年しないで錬金術師になれるよ!」

「……釣り餌?」

「違うってば! そりゃあ女の子以外なら、是非釣って貰いたいけど。──そうじゃなくてね。稜真が勉強したいなら止めないから。授業が違うのは寂しいけど」

「今まで学園で何をするかなんて、考えた事もなかったよ。まだそれ以前の問題だし、アリアに付き合うとしか思ってなくてさ」

「せっかくお金貯めて行くんだもん。稜真にも楽しんで貰いたいの」


「行くまで時間があるし、今はもっと強くなるのが優先だね。でないと、アリアのストッパーにはなれないからなぁ」

「だ、大丈夫! 暴走なんてしないもん。歪みが出ないように考えて動くって、言ったでしょ?」

「はいはい。そうだったね」

 屋敷で話した頃が、随分と前に感じる。稜真は、ポンとアリアの頭に手を置いた。

「また子ども扱いする~」

「はいはい」

 稜真は頭をすり寄せて来たそらを撫でて、くすっと笑った。




 沼に着くと、前と同じ場所で火をおこす。採取しながら薪も集めておいたが、ひと晩は保ちそうにないので、もう少し集めておく事にする。

 アリアの千里眼とそらの索敵で、近くに魔物はいないと分かったので、手分けして集める。そらも小枝をくわえて手伝ってくれる。

 稜真は集めながら瑠璃と念話を繋ぎ、早朝の朝露集めを頼んでおいた。


 程なくして、必要なだけ集める事が出来たのである。


 稜真は改めて沼を見た。

 蓮の葉のような形の葉が水に浮かんでいる。花の蕾は岸辺近くにはほとんどない。どうやら沼の中央が1番多く、岸に近づくにつれて減っているようだ。

 沼の水とは、全て濁っているイメージだったのだが、上側の水は、中の茎がくっきりと見える程に澄んでいる。綺麗な水は30センチ程度だろうか。その下は泥で濁っている。


 深さは分からないが、これでは依頼を完了するには、どうしても沼に入らねばならない。沼に入りながらの採取は難しいだろうが、だからと言って、深みにはまって抜けられなかったのは、どうかと思う。


「どうしたの、稜真? 沼を見つめて」

「普通に採取した人達は、大変だっただろうな、って思ってね。それと、地下茎を採る方法がないかなぁ…って」

「地下茎?」

「図鑑にね。食べられると書いてあったんだよ」

「地下茎ねぇ……」


 アリアは岸に近付いて沼をのぞき込む。

「何か長い物…長い物…そうだ!」


 手をパン、と叩いたアリアは、アイテムボックスから槍を取り出して、沼に入れた。穂先が泥に届いても、まだ底に付かない。屈んで水に手を入れても、まだ底に届く感じがしない。

「届かないなぁ…、きゃっ!」


 身を乗り出し過ぎたアリアがバランスを崩した。

「っ!?」

 とっさに稜真が捕まえようとしたが間に合わず、アリアは沼に落ちる。肩のそらがバタバタと飛び立った。


 落ちたアリアは、なんとか体をひねって岸に掴まろうとする。──が、その動きで水が濁った。這い上がろうとしても、濡れた手が滑り、土はぬるぬるとしてとらえどころがない。

 そうこうしている間にも、体はずるずると沈んで行く。体の大きな冒険者なら足が届くのかも知れないが、小さなアリアでは底に届かない。


 早く引き上げなくては。焦る稜真が掴もうとしても、アリアの体にも泥がついていて滑り、しっかり掴めないのだ。やむを得ず、屈んで両脇に腕を回して引き上げた。

 しっかりとした地面に降ろして、ようやく2人でホッと息を付く。幸いアリアは、槍を手放さなかった。もし沼に落ちていたら、どうやって拾えば良かっただろうか。


「はぁ…。アリアお嬢様。つい先程、考えて動くとおっしゃいませんでしたかね?」

「……ごめんなさい」

「まぁ、のぞき込んだ時に、俺も止めなかったからね。そら、泥がつくから肩には乗らないでいて」

 全身泥だらけのアリアよりはましだが、稜真もあちこちに泥が付いているのだ。

「クルゥ…」

 そらは不満そうに鳴いたが、稜真の言う事を聞き地面に降りた。


「アリア、この辺りに綺麗な水はあるかな?」

 体を洗いたいが、沼の水は上まで濁って使えない。

「ちょっと待って」

 アリアは千里眼スキルで探す。

「う~ん。見当たらないみたい…。どうしよう?」

「どうしようって、方法は1つしかないよね? 俺も泥だらけで、ひと晩過ごすのは嫌だよ」

「うう~、分かった…」



 稜真は瑠璃と念話を繋ぐ。

『瑠璃、聞こえる?』

『どうなさいました、あるじ?』

『実は沼に落ちてね。洗って欲しいんだよ』

『かしこまりましたわ』

『それと、今回はアリアと喧嘩しないでくれ』

『……頑張ってみますわ』


 瑠璃はすぐに現れた。全身泥だらけのアリアを呆れたように見たが、何も言わなかった。


「綺麗にするのは良いのですが、どういたしましょう? 雨のように水を降らせますか? それとも、水で汚れをからめ取りましょうか?」

「粒子の細かい泥だから、流しただけでは落ちない気がするし、からめ取る方がいいかな?」

「分かりましたわ。それでは主から参ります。じっとしていて下さいね」


 瑠璃が呼んだ水が稜真の体を優しく包む。

 顔や髪に付いた泥は、水が撫でるように触れて取ってくれた。

 服についている泥は、そう簡単には取れない。体を包んでいる透明な水はすぐににごった。

 瑠璃は濁った水を沼に流し、綺麗な水を呼び出し、入れ替えながら洗う。水は繊維の隙間の泥も取る。服の中に入り込む水はくすぐったいが、我慢できない程ではなかった。


「これでよろしいでしょうか?」

 稜真の体を包んでいた水は、全て沼に流れて行った。体から離れる時に水分を全て持って行ったので、稜真の全身は綺麗になった上に乾いていた。


「ありがとう。助かったよ。次はアリアだね」

「…お願い…します…」

 嫌そうに頼むアリア。

「小娘。深呼吸したら、しばらく息を止めていなさい。そうね、20数えるくらいかしら」

 瑠璃はやけに嬉しそうだ。

「どうして?」

「5つ数えたら、始めますわよ。1、2…」

 答えずに数える瑠璃に、アリアは慌てて深呼吸すると息を止めた。


「…5」

 数え終わると同時に、水の渦がアリアの頭の先からつま先までの全身を包んだ。

「瑠璃! あれじゃ息が出来ない!!」

「でも主。小娘は、髪にもたくさん泥が付いていましたのよ? これくらいしないと、綺麗にならないと判断いたしましたわ。ちゃんと息を止めるように言いましたし…」

 わざとゆっくり話す瑠璃に稜真は怒りを覚えた。


「いいから止めろ!!」

 稜真が怒気を込めて言うと、瑠璃はようやく止めてくれた。全身綺麗になって、乾いたアリアが現れる。

「大丈夫?」

 首を横に振るアリアは小刻みに震えている。

「さ、寒い…」

「……瑠璃?」

 稜真が瑠璃を睨みつけると、瑠璃はふいっと目を反らす。

「綺麗にしようと水を回転させたので、温度が下がったのかも知れませんわ」


 稜真はアイテムボックスから毛布を取り出して、アリアを包む。そのまま抱き上げて火の側に連れて行く。

「温かい飲み物を入れるよ。ホットミルクと紅茶、どっちがいい?」

「ミルクティ…飲みたい…」

「分かった」


 マグカップにミルクティを入れて、砂糖をいつもより多めに入れた。

「どうぞ」

「はふぅ…温かい」

「落ち着いた? しっかり温まっておいで。──俺は、瑠璃と話があるから」


 冷たい雰囲気を纏った稜真は、瑠璃を目でうながすと沼の方へ歩き出した。



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