第37話 ドラゴンキラー

 ドルゴ村には、小さな冒険者ギルドがあった。

 稜真とアリアは伯爵への手紙を出しがてら、何か近場の依頼でも受けてみようかと依頼板をのぞいてみる。

「日数のかかるものばかりだね。今回は止めておこう」

「そうだね~。明日には出発だもんね」


 村をぶらついてみたものの、あったのは冒険者ギルドと小さな商店だけ。料理屋もないので、宿の食堂で昼食にする。

 そらは稜真の部屋で休んでいる。うとうとしていたので、寝るように言って置いて来た。野営中は夜の警戒で頑張ってくれたので、疲れが出たのだろう。お昼ご飯は、いつものお皿に多めに用意して来た。

 ノーマンは──どこへ行ったのか分からない。


 食堂にメニューはなく定食のみ。豆と肉の煮込み、温野菜のサラダ、籠盛りのパンだった。煮込みは肉がとろとろに煮込まれていて、とても美味しかった。


「さて。宿でのんびりしようか」

「私、紅茶が飲みたいなぁ」

「はいはい。アリアの部屋でいいかな?」

 部屋割りはいつもと一緒だったので、アリアの部屋へ行く事にした。




 稜真が紅茶を入れている間、アリアは窓の外をじっと見ていた。

「アリア。紅茶が入ったよ」

「ありがとう。──ねぇ稜真、あそこ見てくれる?」


 メルヴィル領の北端は、魔物が住む山脈が東西に渡って伸びている。山脈のこちら側はメルヴィル領。向こう側は隣国だ。

 特に高い山々が連なっているのは、東西のちょうど中央で、領主町から真北に当たる。


 西峰にも巨大な山がそびえ立っている。今向かっているアストンは、領地の西端に位置していた。

 その巨大な山は、宿の窓からも見える。アリアは山を指さしていた。


「随分高い山だね」

「あの山にはドラゴンが住んでるの。山の主だって言ってた。──あのね、私の称号にドラゴンキラーがあるでしょ? …その話……聞いて貰っても…、いい…かな?」

 口ごもりながら話すとは、アリアらしくない。何があったのだろう。


「冷めるよ。飲みながら聞かせてくれる?」

 稜真はベッド脇の小さなテーブルの上にカップを乗せた。椅子は1つしかないので、アリアはベッドに腰かける。こくっと紅茶をひと口飲むと、ゆっくりと話し始めた。




「──少し前の話よ。盗賊退治をした時、奪われた荷物の中に卵を見つけたの。その卵は瘴気をまとった黒ずんだ卵で、ひと目で処分を考えたわ。でも、その時卵が割れてね。生まれたドラゴンが私を見て、『ぴゃあ』って鳴いたの。まん丸の目が可愛くて、可愛くて…」


 生まれたてのドラゴンが、濡れた大きな瞳でアリアをじっと見つめた。全身が艶めく漆黒のドラゴンで、瞳は真っ赤だった。

 体の所々に突起がある。頭と背中、肩の辺りにも…。突起以外は、まだ柔らかい鱗が全身を覆っていた。

 卵には瘴気を感じたが、生まれた子からは感じない。アリアはしばらく面倒を見てみようと決めて、バインズの森番の小屋で暮らす事にした。──稜真と泊まったあの小屋だ。


 ドラゴンの成長は早かった。

 アリアはドラゴンの生態に詳しくないが、それでも異常だと感じる。体の突起は鋭く尖り、手足の爪もゴツく鋭くなった。だが、そのドラゴンはアリアに懐き、まるで犬のようにアリアの後を追った。


「あの子はお肉が好きだったから、魔獣を狩って、お肉を食べさせたの。頭が良くて、とても優しい子だった」


 狩りに行く時は留守番させていた。初めの頃は泣いて嫌がったが、アリアが言い聞かせると小屋の隅で丸くなり、眠って待つようになる。アリアが帰る気配を感じると、戸口の前で待ち構えて出迎えてくれた。


「1度ね…。私の不注意で、あの子のとげで怪我をした事があったの。あの子は悲鳴みたいな声を上げて泣き続けて、しばらくご飯を食べなくなって、すごく困ったっけ。それで、それから、ね……」




 アリアの目が涙でうるみ始めている。何があったのだろうか。




「──あの子にはね、卵の時に呪術がかけられていたの。マヌケな呪術師よね。盗賊に大事な卵を盗まれるなんて。そのお陰で、私はあの子に会えたんだけど」


 アリアが狩りに出ている時に、その子は連れ去られた。必死で行方を探したが、見つからず終いだった。

 さすがに長期間帰らなすぎて、アリアは捕獲され、しばらく外出禁止にされる。


「外出禁止も解けて冒険者活動に戻ったけど、あの子の行方は分からないままだったわ。次に会えたのは、バインズの町が襲われた時。──襲っていたのはね…。呪術師と…あの子……だったの」


 次第に声が震えて来たアリアは、冷めた紅茶をひと口飲んだ。

「あの子…。まだ小さいはずなのに、体が呪術で何倍にも大きくされて、私が分からなくなっていた。町の子供が、あの子の爪にかかりそうになって、私──」


 大剣で斬りつけたのだ。怪我をしたドラゴンは、呪術師を乗せて東峰に飛んで行った。


 アリアはドラゴンを追って、東峰に向かった。

 そこへ、西峰のドラゴンが首を突っ込んで来たのだ。そのドラゴンが言うには、同胞の嘆きの声が聞こえたのだと。その声に導かれてやって来たのだと言う。


「あの子は心の中で、ずっと助けを呼んでいたのね。私を呼んで泣いているんだって…、教えてくれたの…」


 呪術で歪められた生命は、もう元には戻らない。西峰のドラゴンは同胞を助ける為に、歪んだ命を断ち切る為にやって来たのだ。


「あの子の心を教えてくれた事には感謝したけど、どうしても私が最後を看取ってあげたかった」


 それなのに西峰のドラゴンは、同胞の始末は自分がつけると言って聞かないのだ。

「仕方ないよね? 私の邪魔だったから叩きのめして、そいつには呪術師の始末を頼んだの。さすがにドラゴンよね。呪術師をすぐに排除してくれて、お陰で私は…、あの子と向かい合う事が出来たの…」


 漆黒のドラゴンはアリアに襲いかかった。


「……苦しませたくなかったから、心臓のひと突きで…終わらせてあげたの……」

 アリアは、またひと口紅茶を飲んだ。


「西峰のドラゴンがあの子に魔石がある事、私に受け取って欲しいと言っていたと教えてくれた。生まれて間もないあの子に、魔石なんて出来る訳がないのよ」


 魔石が出来るには条件がある。高位の魔獣や魔物の体内には必ずあるが、それでもある程度の年月が必要だ。

 例えドラゴンと言えど、歪に体が大きくされていても、生まれて1年も経たない体に宿る訳はなかった。──本来ならば。


「あの子が町を襲った時、ブレスも吐かなかった。魔法も使わなかった。呪術師が使わせようとして、あの子の体を打ち据えていたっけ…」


 西峰のドラゴンが言うには、呪術師に悪用されないように、力とアリアへの想いを内へ内へと隠して、その力が結晶化したのだろうと言った。有り得ない事だが、そうとしか考えられないと。


「──これが、その魔石」


 アリアは、首から銀のネックレスを外した。その先には銀細工で縁取られた、黒い小さな魔石がついていた。まるで黒真珠のようだ。


「あの子を殺したのは、半年前よ。そして…私の称号にドラゴンキラーがついたの。…称号だなんて…おかしいよね…。稜真に隠そうか迷ったけど、私はあの子を殺した罪を背負って行くと決めたから、この称号は隠さない事にしたの」

 そこまで話すと、冷めてしまった紅茶を飲みほした。




 アリアと出会ってすぐの頃、ギルドカードを見せて貰った事があった。隠すのを忘れてた、そう言っていたが、ドラゴンキラーはわざと見せていたらしい。──魔獣の天敵の方は本当に隠し忘れたようだが。


 邪魔なドラゴンを叩きのめしたとか、色々と突っ込みたい箇所があったものの、今は止めておく。

「その子との大切な思い出を話してくれて、俺は嬉しいよ」

 アリアにとっては辛い思い出だろうに…。話している時の悲しそうな、苦しそうな表情に、まだ痛みは消えていないのだと分かる。


「アストンは西峰が近いから…、あのドラゴンがやって来ないとも限らないもの。それに、ね。稜真には、聞いて欲しかったの」

「その子は今、どこにいるのかな? 今度、一緒にお墓参りに行こうか」

 ドラゴンの素材が、どれほど高値で取り引きされるか、この世界を知らない稜真でも分かっていたが、いくら領地が困窮していても、アリアがその子を素材扱いする訳がない。


「東峰の山の上、綺麗な野原の真ん中で眠ってる。一緒に行って…、くれる、の? 大事に可愛がっていたあの子を、殺した事…話したら、……さすがに稜真も…私の事…怖がって……嫌いになるって…思って…。わ、私…」

 途切れ途切れに、震えながら話している。いつも顔を見ながら話すアリアが、稜真の顔を見ようとしないで──。


「……俺がアリアの事、嫌いになるって? どうしてそんな風に思った…?」

 稜真の声に宿っている怒りに、アリアはビクッと固まった。


 稜真は深く息を吐くと続けた。

「アリアが殺したんじゃない。呪術師が殺したんだ。アリアはその子を助けてあげた。その子は、自分の意思もなく操られて、苦しかったと思うよ」


 稜真はアリアの隣に移動して、頭をくしゃりと撫でた。

「自分の大好きな人に送って貰えた。アリアに会えて嬉しいと思ったから、魔石を残してくれたんじゃないの? それなのに、大好きな人がそんな風に思っていたら、その子が可哀そうだよ?」


「……そうかなぁ…。そう思って……、いいのかなぁ…」

 これまでその子を思って、どれだけ泣いたのだろう。今、アリアは笑いながら、ぽろぽろと涙をこぼしている。


「その子の名前を教えてくれる? 名前を付けたんでしょ?」

「な、名前!? もちろん付けたけど……。き、聞きたい…?」

 アリアの涙が引っ込んで、おろおろとうろたえ始めた。

「アリアの大事なドラゴンでしょ? 聞きたいよ」

「稜真、きっと笑うと思うんだな…」


 どんな名前を付けたのか、中々言おうとしないアリアを、目で促す。


「……クロ……」

「……クロ? アリアのネーミングセンス、俺と一緒じゃないか。人の事を笑えないだろう?」

「だって、真っ黒だったんだもの…」

「はは…。俺達が何かに名前を付ける時は、他の人に頼んだ方が良さそうだね」


 2人は目を見合わせて笑った。



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