39 エルフは大変なデザートを食べていきました
☆
すでにおぼろげな記憶だが、エルフ親子にデザートをふるまうのははじめてではない。
以前にもこの屋敷で俺は料理を作り、そのときに親子に食べてもらったものの中にはデザートもあった。ラーメンを装ったスイーツを食べてもらったのだ。
同じものを出しても料理長エルフが出したもののインパクトには到底かなわない。
なにより勝負以前の問題として、驚いてもらえないだろうから。
期待されているのに驚きを提供できないのは寂しいので、当然同じものは出さない。
「と言うわけで俺が出す今日のデザートはこれだ」
高らかに宣言して、卓の上に皿を置く。
そこに山盛り乗っているのは、味のついた揚げ麺を細かくしたもの、いわゆるラーメン菓子だった。
「いやいやいやいやいやいやいや。佐野アンタふざけてんの。これベビー○ターラーメンじゃん!!」
すみれが顔を真っ赤にしてダメ出ししてくる。
「日本の子供たちがみんな大好きなおやつだ。なんの問題がある」
「あのさ、食後のデザートを出せって言ってんの。アンタが作ったこれ、3時のおやつだから! 学校帰りに買い食いする代物だから!」
俺たちのやり取りを横目に見つつ、料理長エルフが皿の上に手を伸ばす。
「……ふむ、チキンスープをベースに独特の塩気を持った味を染み込ませているのでしょうか。これがかの世界を代表する調味料『醤油』の味わいでございましょうか」
「残念ながら本物の醤油じゃねえよ。鳥挽肉と蜂蜜と塩で作ったメイなんとか醤油だ」
「メイラード反応だって―の」
俺の雑な説明をすみれが補完した。
「スミレさまの焼き豚にも使われていたようですが、不思議と懐かしく、親しみやすい味でございますね。ラーメンを揚げることで、ラーメンらしからぬ食感になるところもまた面白い」
「麺を練った後に味付けして、それを蒸してから揚げてるんだ。お湯かければ普通のラーメンに戻るぜ」
ほうほう、としきりにうなずきながら料理長エルフは興味深くラーメン菓子を食べている。
慇懃無礼でいけ好かない色男というイメージを多少持っていたが、料理にかける情熱は本物のようで少し嬉しい。
「確かに手頃で味わい深い、ついつい手が伸びてしまう味ではあるが、これはいささか単調と言うか、他になにかないのかな、と思わずにいられないと言うか……」
ポリポリとラーメン菓子を食べながら、エルフ親父も物足りなそうなコメント。
「しょせんこの男の実力など、この程度と言うことだ」
ポリポリと食べながら娘の方も以下略。
「そう言われることはわかってたんで、とっておきを用意している」
ニヤリと笑って、俺は別のデザートを取りに厨房に戻った。
☆
次に俺が出したのは、同じく揚げラーメンだが、味のついていないプレーンなもの。かん水未使用なので独特の香りもほとんどない。
先ほどのラーメン菓子のようにバラバラにはなっておらず、小さなブロック状に成形された塊になっている。
ラーメンがギュッと固まったクッキーやビスケットと言うイメージだ。それらと同じく小麦が原料である。
「まさか無味無臭のこれを食べろってんじゃないでしょうね。防空壕の非常食じゃないんだからさ……」
味のない揚げ麺を食べたその味まで脳内シミュレート完了している表情のすみれ。
戦争を知らない世代らしからぬコメントを吐く奴だ。
「そんなわけねえだろう。ちょっと料理長くん、手を貸してくれ。俺一人じゃ運びきれないものを卓に並べるんでな」
「構いませんが、なんでしょう……これは!?」
厨房から物を運ぶ作業を手伝わせながら、料理長エルフが今日一番大きな声で驚いた。
よしよし、こいつをぎゃふんと言わせることはできたようだぞ。
「さあ、この鍋にその固形ラーメンをくぐらせて食べてくれ!」
俺は料理長くんの手伝いのもと、程よく加熱していい感じにトロトロになった果実のジャムを入れた鍋数種類、同じく加熱していい感じにトロトロになったチーズ(エルフの果実酒入り)の入った鍋、そして砂糖や果汁で甘味や風味を変化させたヨーグルトが入った鍋を数種類、ずらーっとエルフ邸宅の長い食卓に並べた。
「佐野二郎プロデュース、異世界ラーメンフォンデュ! 鍋にラーメンブロックを落としたやつは罰ゲームな。フォンデュの習わしだぜ」
そう、俺はチーズフォンデュの要領で、味付け無しのラーメン菓子ブロックを各々好きなジャムやヨーグルト、チーズなどにくぐらせて食べてもらうことにしたのだ。
この趣向に最もテンションを上げたのは、エルフ娘だった。
「すごい! これ全部ちょっとずつ食べていいの!? どれにしようかな!? あっちの鬼ブドウと発酵乳の混ざった奴、すごく美味しそう! でもこっちの蜂蜜に幽霊花の香りがついたやつも捨てがたいし! あーもう全部食べる!!」
俺は食材の名前をまだ把握していないので味と香りで選んだものが大半だが、その多くがエルフ娘の大好物だったようだ。
「おうおう全部試せ。そのためにわざわざ小さい塊状の揚げラーメンをしこたま用意したんだからな」
料理長くんの食材準備が的確だったからこそ、今日はイイ仕事ができた。
俺が多種多様のラーメンフォンデュを作ろうと思った理由はいくつかある。
鍋などの調理器具が大量にそろっていて手入れが行き届いていることはもちろんだが、目につきやすいところ、使いやすいところに「エルフ親子が好みそうな食材、調味料」が揃って並べられていたからだ。
これだけ段取りや下準備が的確だったら、ここに住んでいるエルフ親子を満足させる料理を作るのは、ある程度腕に覚えのあるものなら造作もないことだろう。
当たり前にこなすべき仕事を、毎日愚直に当たり前にこなしている。
そのエルフ料理長の日々の労働姿勢には、同じ料理人ながら本当に頭が下がる思いだ。
いい勉強をさせてもらった。
基本にして初心だが料理人の到達点を垣間見たよ。
「無味のラーメン菓子は表面にたくさんの空洞、凹凸があるからどの味も良く絡んで食べごたえがあると思うぜ。元々小麦の練り物だから、甘味との相性もばっちりだ」
味付けは基本的にペースト状の食材である。
そこにラーメン菓子のパリパリとした食感を重ねることで、食べて楽しいギャップが生まれる。
「ジローどのは本当に意地が悪い。私がラーメン以外のものも食べてみたいと思っているのを知っていて、ラーメンをデザートに出すのだからな。そしてそれがこんなにも楽しく美味いのだから、文句のつけようもない」
苦笑いで首を振りながらも、エルフ親父は端から順に一種類ずつ、ラーメンフォンデュを試してくれている。
こんな気のいいオッサンだからこそ、俺も甘えて意地悪できるんだがな。そこは照れ臭いので言わない。
前回、この親子に出したラーメン風のデザート、あれはあれで完成度も高く、味の面でも自信を持っていた。
しかし前回とは違うことをしようとした結果、今回は「食べる人も作ることに参加する、食べる人が好きに選ぶ」と言うパーティー要素を取り入れたいと思ったのだ。
「小鉢も用意したんで、気に入った味を小鉢の中で混ぜてみるのもいいかもしれんぞ。新しい発見があるかもな」
俺はエルフ親父と娘に小鉢を渡し、花の蜂蜜とエルフレモンジャムを混ぜるのがオススメだ、と伝えた。
娘の方は真っ先に鍋の方に駆けて行き、さっそく試して満面の笑みを浮かべていた。
「すみれ、オメーは食わねえのかよ」
棒立ちになっているすみれに声をかける。
「……ラーメンにこんな可能性があったなんて。ラーメンってこんなに幅広くて、奥深いものだったなんて。アタシやっぱ、東日本選手権で優勝して、天狗になってたのかな」
若造が何を人生の深淵覗いたようなことをほざいてやがる。
「向こうの世界にいるときから思ってたんだがよ、ラーメンって職人と客のタイマン勝負、どんぶり一杯の中の世界観を表現する芸術品、みたいな性格が強すぎなんだよ。もっと焼肉とか寄せ鍋とかみてーに、パーティ要素のあるラーメン屋があってもいいと思うんだ。みんなでわいわい言いながら、この麺とこのスープを合わせてみたらどうだ、このトッピングは新発見だ、って客の方が気軽に試せるバイキング形式のラーメン屋とか、あってもいいんじゃねえかなって」
もちろんそう言う店が商売として成功するかどうかはわからないし、そこから至極のラーメンが生まれる保証もない、が。
それでも広い世の中にいくつかは、可能性の話としてそういうラーメン屋があってもいい、そういうラーメン職人がいてもいい、と俺は思うのだ。
俺がそうなりたいか、そういう店を出すか、って話とは別にな。
「アタシもそういうことを考えないわけじゃないけど、やっぱ店を出して仕事にして、売り上げを確保して従業員に給料出して、お客さんを満足させて食中毒出さないように気を付けて、ってなっちゃうと、なかなか冒険できないのよね。攻撃よりも防御に重点を置いちゃうっていうのかな」
某レジェンドボクサーは、攻撃は最大の防御、って言ってたがな。
「お互い全部手放した身だろ。ここで冒険、挑戦しねえでどうすんだよ。おめーは若い割に保守的っつうか、頑固だよな。親父さんそっくりだ」
「父さん、かあ。うん、よく似てるって言われる、あのさあ、佐野」
真面目な面持ちですみれが俺に向き直る。
「なんだよ改まって」
「アンタ、自分の勤めているお店が潰れたとき、バイトとか派遣とかでいろんなラーメン屋さん行ってたじゃん?」
「おう、苦しくも楽しい修行生活の日々だったぜ。いろんな店の裏事情覗けていい経験になったわ」
人気店の店長が歳を召して店に立てなくなり、飲食派遣のスタッフのみで厨房を回し、評判がガタ落ちになった店にも行ったことがある。
俺が入ってからなんとか現場を改善して黒字にまで復活させたが、今ではどうなっていることやら。
「あの頃、父さんしょっちゅう言ってたんだ。佐野のやつ、うちに面接に来ればいいものを、あいつになら俺の全部を叩きこんでやるのに、って。アタシは若い頃から、いつか独立する、父さんの看板じゃない、自分の店が持ちたいって言ってたから。父さん、アンタにうちの味、継いで欲しかったんだと思う。うちはのれん分けとかやってないから、アタシが独立したら新しい後継者探さないと、店が続かないから……」
「なんで今になってそんな話をするんだよ」
「どうしてかな。わかんない……アタシもラーメンフォンデュ食べよっと! チョコレートないのが残念よねー」
痛いところを突きながら、すみれもおやつパーティーに参加して行った。
カカオ、この世界にはないのかな。
「あ、すみれお前、ラーメンブロックを鍋の中に落としただろ! 罰ゲームで『ヤ○チャのモノマネ』やれよ!」
「お、親父にもぶたれたことないのに!」
それ違うだろ。中の人は同じだが。しかも全然似てない。
☆
「当方の完敗です。さすがに二対一は分が悪かった。お二方とも、あるじから聞き及んでいた以上の素晴らしいお仕事でございました」
エルフ料理長から握手を求められ、それを受ける俺とすみれ。
「なにを言ってやがる。アンタの準備と段取りが良かったから俺たちも全力を出せたんだ。俺たちに恥をかかせるためなら、もっと意地悪して使いにくい環境にすることもできたはずだぜ」
「そうですよ。料理長さんのフェアネスこそが今日一番の勝利です」
すみれがいいことを言った気になってドヤ顔してるのがウザいが、俺もおおむね同意見だった。
三者が三様に実力を発揮して、主人であるエルフ親子に楽しんでもらう、その目的が叶った時点でこの料理長の目的が果たされたわけだからな。
「ありがたきお言葉にございます。ときに、お二方の今後のご予定は? もしお暇がおありでしたのなら、ぜひこれからもご教授願いたいと存じておりますが……」
「アタシは港町で露店やってるんで、ちょくちょくこのお屋敷にも遊びに来たいと思います。佐野はどうすんの? 黒エルフさんたちのところに遊びに行くんなら、よろしく言っといてね」
料理長の問いに答えるすみれ。
こいつは刺繍夫人の見送りなどがあった成り行きで同行していただけで、基本的には店を構えて堅実に頑張っていくスタンスである。
「俺は……そうだな、狭間の里ってところに行ってみようと思う」
その答えに、俺以外の一同全てが息を飲んだように無言になった。
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