38 異世界料理人はラーメン屋なのか? 最終鬼畜エルフ料理長・S

 ☆


 すみれの作った前菜盛り合わせ、俺の出した異世界版桂花陳酒。

 すっかり「場が温まった」状態で、どんなエルフラーメンが出てくるものか。

 俺は強い興味を持って、まだ見ぬ異世界料理の登場を待った。

「本職のお二人にそれだけ注目されると、お出しするのにいささか緊張しますが、どうかお試しください」

 エルフ親父とエルフ娘が構える卓上に料理長エルフが器を並べる。

「おお、これは色鮮やかな」

 器に盛られた料理を目の当たりにして、まず親父の方がその盛り付けの美しさ、色彩の鮮やかさに感嘆の言葉を放った。

 オレンジピンクのスープ。

 その真ん中に盛られた薄黄色の細麺。

 麺の上には発色の良い緑黄色野菜のコマ切れが乗せられている。

「よろしければ、お二方もどうぞご賞味ください」

 俺とすみれの分も、小さい皿に盛られて寄越された。

 器は温かくない。冷やし麺タイプの料理のようだな。

「麺は卵入り、当然かん水はないわね……野菜は生や炒め物じゃなくてピクルスみたいな漬物かあ。麻布十番のイタリア料理店で、ピクルス和えの冷製パスタ食べたことあるけど、それに近いわ」

 じっくり味わいながらすみれが分析する。

「スープはトマトに近いな。旨味もしっかり出てるし、口当たりもいい。これがラーメンかどうかは別として、美味いぜ実際」

 異世界料理人侮るなかれと俺は感心した。

 ラーメンっぽくはないが、俺たちの世界でこのイケメン料理長が店を出せば、十分に通用するだろう。

 ここまでは俺もある程度の余裕を持って、料理長のお手並みを拝見していたのだが。

「野菜の漬かり具合も適切だ。あまり塩気がきついと私たちエルフにとっては食べ難い味になる。しかし漬かりが足りないとこの料理だと水っぽく、味がぼやけるだろう。いつにも増して見事な仕事だ」

 偉そうにグルメ気取ってエルフ娘も賛辞を述べる。

「恐悦至極に存じます。さて旦那さま、お嬢さま。少しばかり不作法ではございますが、麺とスープをもっとよくかき混ぜてお召し上がりください」

 エルフ親子は、上品ぶっているのか器に盛られた麺の上の方をちまちま拾って掬って食べていた。

 それを、ラーメン用語でいうところの「天地返し」して食べてくれ、と料理長は注文をつけたのだ。

 天地返しと言うのは、具が多く乗っているラーメンの、上の具と下に隠れている麺を混ぜてひっくり返すことで、どんぶり表面に麺を露出させる行為だ。

 麺を上方向に引きずり出すことで、食べやすくなるのはもちろんだが、麺が伸びるのを遅らせる効果もある。麺がスープに浸っている割合が減るからな。

「ふむ? お前がそう言うからには、ただ単に食べやすさだけを意図してのことではないだろうが……これは!?」

 器の中で麺と具とスープを混ぜて掬っていたエルフ親父が、驚きの声を上げる。

 器の中からかすかに、細かい氷などが砕けるシャリシャリと言う音が聞こえた。

「氷の音……まさか氷解ダブルスープ!?」

 すみれが身を乗り出してエルフ親子の食っている皿を覗き込む。

 ドヤ顔ダブルソードとかアヘ顔ダブルピースとかに語感が近くて微妙だ。

 

 ともあれ、俺たちに出された小さな器には、そんな仕掛けがなかった。

 しかし料理長は親子エルフに出した本番用の器に、俺やすみれですら想定外の仕掛けを施していたのだ。

「いたずらの虫が働きまして、麺の下ほどに凍らせてみぞれ状に保った別のスープを隠しておりました。最初の一口とはまた違った味わいをお楽しみいただけるかと」

 ドヤ顔で料理長が説明する。

 そう、こいつはトマト系に思えるオレンジピンクの野菜系スープの中に、シャーベット状になったもう一つのスープを隠していたのだ!

「おお、あらわになった氷が混ぜられることでスープの中に溶けてゆく。これの正体はなんだね?」

「子牛の骨と香味野菜を煮出したスープを凍らせたものでございます」

 愉快そうに尋ねた親父に対して、あくまでも恭しく、しかし自信に満ちた口調で料理長は説明した。

「先ほどまでの軽やかな味わいに、隠された氷が解けることでコクと力強さが加わった。これは驚かされた。一つの器で、二度も楽しめる料理とは」

 エルフ娘も感心しきっている。

 俺もすみれも言葉を失っている。

 味見させてもらったそのスープは、コクと旨味をしっかりと持った、極上の牛骨スープだ。異世界版フォン・ド・ボーってところか。

 見た目や仕掛けこそラーメン離れしていて変化球のように見えるが、隠された氷が解けて二つのスープが一体となったこの料理は、紛れもなく

「麺」

「具」

「動物質のスープ」

「植物質のスープ」

それらが一体となった、ラーメンと呼べる一杯になっている。

 ピクルスの持つ塩気が、調味ダレの役割を果たしているのも心憎い。

「エルフ親父から聞いた断片的な情報から、ここまで内角に切り込んでくるラーメンを作りやがるとはな……」

 変化球ではあるが、内角高めストライクゾーンぎりぎりに迫ってくるラーメン、と言っていいぜこれは。

「でもさ、まだ寒い時期ってわけでもないのに、氷なんてどこから用意したのかしら。冷蔵庫とかあるのかな?」

 すみれの疑問に、澄ました態度特徴を変えず、料理長は言ってのけた。

「当方、わずかばかり精霊魔法の心得がございまして、氷の精から力を借りることを得意としております。元々この力をあるじに見初められ、お屋敷の厨房を任されることになりましたので」

 氷のようにクールなエルフは、氷の魔法を使う男でもあった。


 ☆


「まんまと一杯喰わされたな」

「もっと食べたかったわね。正直美味しかった」

 かみ合っているのかかみ合っていないのかわからない感想を俺とすみれは述べ合う。

「で、佐野のデザートの番だけど、正直なところどうなの。勝ち目ないでしょ。お父さんもエルフちゃんも、すっかりあのラーメンに感心し切っちゃってるわよ。アタシの前菜なんてもう覚えてもいないんじゃないかな」

「噛ませ犬乙」

「アタシがヤ○チャなら佐野はせいぜいタオ○イパイだと思うわ」

「じゃああの料理長は冷蔵庫キャラだからフリ○ザかよ。勝ち目無さ過ぎだろ」

 などと、茶化してどうでもいいことを言っているが、異世界料理人がここまでのものとは。

 氷を操ることができる、と言うのはこの際どうでもいい。

 いや、よくはないが、それで「条件が対等じゃないぞ、ずるいじゃないか」なんてみっともない負け惜しみは口が裂けても言えないからな。

 実際あの料理長の一杯は、エルフが喜びそうな華やかさと、それ以上の驚きがあり、なにより美味い。

 さすがに仕えている主人親子の性格は深く理解しているようで、彼らがどのような料理を喜ぶのか、そこに腐心した形跡がはっきりと見て取れる。

 精霊だの魔法だのは手段にすぎず、すべては食べてくれる人の笑顔のために、か。

 立派な料理人だ。あんなスタッフを抱えていて、ここの親子は幸せもんだな。

「ま、勝った負けたは時の運。せいぜいお客さんに楽しんでもらうとするかね」

 俺は俺で自分の仕事に頭のスイッチを切り替え、デザートの仕上げに取り掛かる。

 夜も更けてきた。せいぜい楽しい夢を見られるようなものを出すとしよう。


 ☆


「親父さんはイケる口みたいだから、まず一杯酒でも出そうか」

「ははは、普段はそれほど飲む方ではないのだがね。今日は楽しい席だ、いただくとしよう」

 俺はドワーフの親方から仕入れた数種の酒や酒以外の「あるもの」を、容器ごと卓上に並べる。

 その数、7種類。

「おいおい、いくらなんでもそんなには飲めないよ」

「飲むのは一杯だ。まあ見てな」

 腕のいいドワーフの職人が作った薄いグラスに、俺は細く長い柄を持ったスプーンを突き入れる。上手くいくかな。

 スプーンの柄を伝うように、静かに静かに酒やシロップを順に注ぐ。

 あるもの、と勿体つけたのは果実のシロップだ。シロップというからには砂糖をふんだんに添加しているので、飛びきり甘い。

 合成着色料は使っていないので色は淡いが、淡いなりの自然で上品な美しさがある。

 比重の重い果実のシロップはグラスの底に溜まる。比重の軽い酒はグラスの上に浮く。

 その重量比を利用して描く、グラスの中の虹。

「プース・カフェってカクテルだ。ラーメンは関係ねえが、こういうのアンタら好きだろうと思って、材料が揃ったら一度やってみようと思ってたんだよな」

 カクテルを出すラーメン屋も日本国内にないわけではない。今回の俺のは単純にお遊びだけどな。

 円筒型のグラスには、下から順に紫、藍、青、緑、黄、橙、赤と言う並びで、異なる色の飲み物が重なっている。虹の配色の順だ。

 俺たちのいた世界でプース・カフェと言うカクテルを作っても、虹と同じ色の順にはならない。

 原料にしている酒やシロップの色と比重の関係で、紫が真ん中になってしまうのだ。本物の虹だと紫は端っこの色である。

 しかしドワーフの工房で作ってもらった酒やシロップをうまく組み合わせた結果、本物の虹と同じ配色、配列で色違いの原料をグラスに重ねて注ぐことに成功した。

「あーハイハイ、手先器用自慢スゴイスゴイ」

 すみれが呆れたように言う。

 このカクテルはとにかく原料同士が混ざって色の重なりがあやふやになると台無しなので、注ぐときに神経を使うのだ。

「しかしこれは……美しすぎて飲めんな、いやはや」

「飲んでも不味いぜ」

 俺のぞんざいな物言いに、エルフ親父は男前の顔を崩して口を大開きにした。

「嘘嘘。でもな、俺たちのいた世界のこのカクテルは、実際不味いんだ。いろんな原料を7種類も使ってて、味の組み立てもへったくれもないから当然だな。まともなバーでは出さないし、まともな酒飲みは注文もしない。でもこの世界の原料で作ったプース・カフェは、美しいし飲んでも美味い」

「驚かせないでくれたまえ。しかし……」

 親父はまだグラスを傾けず、隣に座る娘の様子を横目で見た。

 卓上のグラスを、惚けたような顔でエルフ娘が見つめている。

「……信じられない。虹を飲むことができるなんて」

 夢か幻を見ているような反応だった。

「娘が見飽きるまで、飲むのはお預けにしよう」

「そうだな。じゃあ今度こそちゃんとしたデザートを出すよ」

 俺は厨房に行って、準備が済んだデザートを食卓へと運び入れた。

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