33 黒エルフは衰退しました

 ☆


「立派な馬車でもさすがに四人だと狭いな」

「お前が降りれば解決すると思うがな」

 俺のボヤキに突っ込む白エルフ娘。

 ここは大陸側エルフ領、暗い森の中。

 俺たちは黒エルフ親父の操る高級馬車の客室内にすし詰めになって移動している。

「じゃけえ、なんでついて来よんのじゃ!!」

 この馬車は屋根のある室内から操縦ができるタイプらしく、俺たちの愚痴を聞いた黒エルフ親父が怒鳴る。

「あなたが極秘の所用でこちらに来たことは理解した。しかし私も自警団員として、黒エルフの者がこそこそとこのあたりをうろついているのを知りながら見逃すこともできない。あなたの用事の邪魔はしないので、不穏なことがないかある程度監視させてもらう」

 澄ました顔でそう言ってのける白エルフ娘。

 おそらく、こいつの父親が大陸側白エルフの中でもそれなりの地位や権威を持っているため、黒エルフ親父としても横暴すぎる態度を取ることができないんだろう。

「ほんまに、邪魔をせんといてくれよあんさんがた。ワシが誰と何を話しとっても、聞き耳立てたりするのは無しじゃ。ええな!?」

 黒親父の恫喝めいた嘆願。

 正直どうでもいい。このおっさんが誰と何をしていようが興味もない。

 白エルフ娘がどう考えてるかは知らない。

「俺は馬車が無くなったから、おっさんの方に乗せてもらってるだけだからな。用事とやらが済んだら港町まで乗せてってくれれば、それで構わないぜ」

「右に同じく、アタシもそれでお願いします」

 大人しく首肯するラーメン屋二人。

 無言の白エルフ。

 

 四人を乗せて、馬車は暗い森の中をひたすら進んだ。


 ☆


 込み入った詮索はするな、と言う条件のもとに馬車に乗せてもらっているので、あれこれ聞くわけにもいかず、話題が少ない。

 話題の少なさに困るほど、馬車に乗っている時間が長いということだ。

「こんなに暗い森を走りっぱなしで、よくもまあ迷わねえもんだな。ひょっとすると迷ってるのかもしれんが」

「ワシら黒エルフは、白い方みとおな魔法めいた力はないけえ、その代わりに方向感覚やら、腹時計やらがやたらと発達しとるんじゃ。夜でも星が見えちょれば行先がわからんなるっちゅうことは、まずないのお。じゃけえ、船の商売に向いとんのじゃ」

「それは普通に羨ましいな」

 素直に感心する俺。

 と、その話を聞いて考えたことも。

 同乗者である白エルフ娘や俺たちに今までの道のりがわからないよう、わざとぐちゃぐちゃにあちこち迂回して進みながら、この親父は目的地に向かってるんじゃなかろうか?

 そんな話をしたら、白エルフ娘が黒親父に突っかかって行きそうなので黙っておくが。

「あ、アタシも自分の感覚で100秒数えたら、実際の時計と一秒くらいしかずれてないって特技ある。ためしにやってみようか?」

 すみれが素っ頓狂なことを言っている。

「お前はアホの子なの? この世界のどこに地球標準の時計があるの? お前の感覚の正しさを誰がどうやって証明するの?」

「うぅ……」

 異世界にスマホとか持ち込めたら便利だろうな。

 そう言えば俺もすみれも、衣服以外の所持品を持たずにこっちの世界に飛ばされている。

 他に飛ばされてくる人間もちらほらといるようだが、みんなそうなんだろうか。あるいは俺たちだけ、たまたまそうなのか。

 刺繍のご婦人の遺品を確認したときも、俺たちが来た世界、日本由来の物は特に見当たらなかった。

 もっともあの人は身の回りの「食器、衣服、日用雑貨等の日本風な品物」を大量に所持していたが、素材はすべてこちらの世界に由来するものだった。

 記憶を頼りに手作りした、あるいはドワーフたちに工作してもらったんだろう。


 ☆


「オラ腹が減ってチカラが出ねえぞ」

 長時間移動の退屈と空腹に耐えかねて、とうとう俺はその一言を発した。

 基本的に馬車に座って乗ってるだけのお客さんをやってるわけだから、力が出なかろうが大した問題ではないのだが。

 やはりラーメン職人として、料理人として、空腹が訪れたら美味しく楽しく食事をする、この日課は欠かさずに過ごしたいのだ。

「そがなこと言うても、こんな森の中じゃのお……わしゃあ自分の分の食料しか持って来ちょらんけえ」

 道連れが増えて迷惑だ、と言う言外の圧力を感じる物言いである。

「アタシも佐野も、いくらか食材は荷物にあるんで大丈夫ですよ。なにかさっと作りますんで、よければご一緒しませんか?」

 すみれの提案に黒親父は無言で馬車を停め、肯定の意を示した。


 刺繍の婦人宅で大量にラーメンを作ったので、備蓄のメンマは底を尽きた。

 しかし即席めんセットや、持ち運び、保存に便利な乾燥食材(干した魚、干したキノコ、干した野菜など)はいくつかある。

「私は果物を採って来るとしよう。スミレは酸味が強い物と甘味が強いもの、どちらが好みだ?」

「あ、じゃあ酸っぱいのよろしくー」

「了解した」

「ワシもなんか探してみるわい」

 エルフ娘が手ごろな木々からデザートを調達しに行き、黒親父も別の方向に歩いて行った間、俺とすみれは作る料理の主導権争いを始めることになる。

「これだけスープの素があるんだから、麺は少なめ、スープたっぷり、胃にも心にも優しいラーメンスープの方がいいわよ。カロリーも控えめだし」

 なにスカしたこと言ってやがるこの小娘が。スイーツかてめえ。休日は隠れ家的なカフェで自分へのご褒美としゃれ込んでんのか。

「俺は腹が減ってるんだ。だからガツガツムシャムシャズルズルと麺を食いたいの。濃いめの味で油そばにしようぜ。だからお前の作ったサイエンス醤油をよこしやがれ」

 カロリー気にしてラーメン食えるか! 醤油をよこせ! 背脂をぶちまけろ! それが俺のジャスティス!

 普段は割とバランスの取れたラーメンを好む俺だが、今日はそういう気分なのだ。ご婦人のところで作ったラーメンがあっさり懐かし系だったからな。

「絶対ヤだ。そんなの食べたらお酒飲みたくなっちゃうもん」

「そ、そうだ、酒がないんだ……」

 すっかり失念していた。現実は無慈悲である。長旅の道中に酒を切らすなんて、佐野二郎一生の不覚。

 もともと常飲しているわけではない俺だが、行くも千里帰るも千里の森の中、しょっぱい油そばを食ってから、酒がないことに気付いてしまうのは軽く絶望的だな。

「ぴいちくぱあちくと、やかましい連中じゃのお……」

 俺とすみれが言い合っていると、暗がりの中から刃物を持って返り血を浴びたヤクザが現れた。

 俺の命もここまでか。思えば短い人生だった。

「お、落ち着けオッサン! すみれの処女をやるから!」

「んん? 嬢ちゃん、生娘なんか」

「なななななな何を言い出すのよ佐野アンタ殺すマジ殺す17分割して殺す!!」 

 よく見ると、黒エルフ親父はナイフと反対の手に野ウサギだか、野ネズミだかわからないが、そんな小動物の遺体を持っていた。

「トドメを刺したと思っちょったが暴れてのお。陸の狩は久しぶりじゃけえ、勘が鈍っちょるな。歳は取りとうないもんじゃ」

 何かに使えるなら、と親父はその動物をこっちに放り投げた。

 首元が切り裂かれ、血抜きも済んでいるようだ。この短時間に獲物を仕留めてそこまでしたのか。しかもこの暗い森の中、ナイフ一本で。

 このオッサンには、やっぱり逆らわん方が無難だと思った。これからはあまり調子に乗らないでおこう。

「……酒なら、少しは持って来ちょる。飲みたいんじゃったら飲め」

「わあ、ありがとうございます♪ ほら佐野、さっさと調理に取り掛かるよ!」

 酒と聞いて満面の笑みを取り戻したすみれ。実のところ俺よりこいつの方が酒好きである。弱いが。

「で、どっちを作るんだよ」

「は? お肉もお酒もなんとかなったし、油そばに決まってるじゃない」

「いい死にかたしねえぞ、お前……」

「うっさいわね。アンタよりマシな死に方をする自信だけはあるわよ」


 ☆


 この日の晩餐のために犠牲になってくれた、なかなか愛嬌のある小動物。

 果物を手に戻って来たエルフ娘の説明によると「落ち葉ウサギ」と呼ばれる動物らしい。

 秋冬は枯葉をこんもりと盛って巣穴の中に寝床を作りそこで繁殖や子育てをする。

 外敵が来たら周囲の落ち葉に似た体毛の色、模様でカムフラージュ的な隠れ方をする。

 その生態からついた名前のようだ。

「可愛いお顔でちゅね~。キミはどんなお味がするのかな~?」

 笑顔でウサギをバラバラにする女がそこにいた。

 皮を剥ぎ、内臓を取り出し、骨と肉を分離する作業、すべてをすみれが担当している。

「佐野は包丁上手いんだから、ここはアタシに勉強させてよ」

 と言われたので、せいぜい頑張ってもらうことにした。

 ややたどたどしくはあるが、すみれだってまがりなりにもプロの料理人である。解体ショーは順調に進行しているようだ。

 俺は麺を湯で戻して調味ダレを作る。


 視界の端で、またなんかチラチラ、ぼんやり光ってるんだが……。


「なあ、その果物、一つくれ」

 おそらく俺にしか見えていない光を放っている紫色の果物。

「皮が固いので、手である程度揉んで柔らかくしてから剥いた方がいいぞ。ナイフで剥くなら、内皮を破らないように気をつけろ。汁が飛び散る」

 それをエルフ娘から手渡され、言われた通りの手順で、ナイフを使わずに皮を剥く。

 なるほど、ミカンのように外側と内側に皮がある果物だ。

 しかし、ミカンのような房の並びではない。

 強いて言うならミカンの皮の中にぎっしりブドウが詰まっていた、と言うような代物だった。小さいブロック状の房がひしめき合っている。

 ん。皮を剥いた中身は光ってないぞ。

「美味いのはこっちか……」

 剥いた外皮の香りを確かめてみる。鼻に抜ける酸味、かすかに感じられる甘味。

 皮を絞って汁を飛散させてみる。カクテル作るときにバーテンダーがよくやってるやつだ。霧のように中を漂う様子が、薄暗い店内の限定された照明に美しく映えるんだこれが。

「ン……? カクテル? 酒?」

 ふとした思い付きで、俺は黒エルフの親父が提供してくれた酒をほんの少しと、先ほどの果実の皮の汁で簡易カクテルを作って試飲する。

 この能力、と言っていいかわからんが、食材の光がもたらす力は、ラーメンに限った話ではないかもしれないからだ。

「不味くはねえが、そこまで驚くほどの組み合わせでもねえな」

 どうやら酒ではないらしい。

 ならやはり油そばのタレに合わせるのか。

 しかしそっちも、悪くはないがそこまで驚くほどの美味、と言うわけではなかった。

 やはりこの光ってるのは、深夜の疲労、そんな状況での労働によるおかしなテンションがもたらす俺の幻覚なんだろうか。


「わあ、このウサギちゃん結構おデブ。脂がすごーい。ダイエットしなよー」

 俺が悩んでいる横で、すみれがたき火で焼かれているウサギと会話していた。

「意外と匂うな、そのウサ公の脂」

「そうね、独特なクセがあるっていうか。まあ女は度胸、なんでも試してみるもんよ」

 こいつはウサギでもネズミでも構わず食っちまう女のようだ。

 俺たちの世界では、ウサギ肉は鶏肉に似た癖のない食材だと思ったが、俺たちがこれから食べようとしている枯葉ウサギくんは皮下脂肪に独特の香りを持っている。

 少しつまみ食いさせてもらうと、なんと言うか、野生! と言った土っぽさのある肉だ。山の中に入ると不意に獣臭い匂いが漂ってくることとか、たまにあるだろ。あれを想起させる。

 動物園の匂いとも違う、山の土や木々と獣臭さがミックスした空気、わかるだろうか。

 野生動物だから当たり前だがな。熟成もさせてないし、血抜き以外の匂い消しの処理もしていない。

 食感は鶏肉を少し硬くしたような弾力の強いもので、小さいながら肉を食う楽しみを感じられて、悪くなかった。

 その枯葉ウサギ焼肉の近くで、先ほどの果実の皮をギュッとつまんで、霧状の汁を付着させる。

 すると驚くほど、肉から臭みが減った……。

 小さいながらも濃厚な生命力を感じる滋味は失われていない。美味い。

 この果物の皮の汁に、獣臭の成分を分解するなにかが含まれてるってことなのか……?


 ☆


 肉、タレ、麺の一通りが揃い、今夜の食事が完成した。

 枯葉ウサギ肉マシマシ油そば、名も知らぬ果実の芳香添え。

 と名付けよう。

「……佐野、またなんかおかしなことしたでしょ」

 肉のキツイ匂いが大幅に減じていることにもちろんすみれは気づき、こっちを睨む。

「さあなんのことやら。お前の焼き加減が良かったんじゃね?」

 面倒臭いので適当にはぐらかす。

 ちなみにエルフ娘が採取してきた果物、皮でなく実の方は、とても強い酸味を持っていた。

「オッサン、これ酒に入れると美味いぜ」

 俺は焼酎の梅割りを作るような感覚で、果実をオッサンの杯に放り込み、箸でつついて潰す。

「お、おう。こりゃあ、いくらでも飲み飽きん、ええ口当たりじゃのお」

 酒が入って少しご機嫌になってきたようだ。

 意外に酒が弱かった黒エルフ親父は、いびきを盛大に立てて寝てしまった。

 こりゃあ今日の移動はここで終了、一眠りしてからまた明日、だな。

「龍神のかまどがおらんにゃあ、ワシら一族は……このままでは……ぐぅう」

 なにごとか寝言を吐いているが、その意味は俺にはわからなかった。

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