04 ヒロイン登場!?
☆
炭鉱近くの村、俺がお世話になっている場所から山を二つほど越えた場所に、会うべき人が住んでいるらしい。
その話を聞いて、案内役の猫舌くんとともに旅立って丸一日が過ぎた。
林の中に、倒れた巨木がちょうど屋根状になっていた箇所があった。
その下で布にくるまって露営した朝である。
以前にも誰かほかの旅人が寝起きしたらしい痕跡があり、たき火のために掘り下げられた地面は再利用させてもらった。
「なんか、途中まで馬車で送ってもらったり、ずいぶん迷惑かけてるなあ。甘えちまったけどさ」
一つ目の山のふもとをなめるように通過するルートで進む道のりを、村の人が貴重な馬車で途中まで送ってくれた。
他に行きがけの用事でもあったのかもしれないが、世話になりっぱなしで心が多少痛むな。
「あんまり細かいこと気にすんなって。あんたは村の中でメシ作ってるだろ? 役割をちゃんとこなしてるやつは、うちの村では大事に扱うんだよ」
みんな働き者で怠けるやつが少ないと、こうした人間関係の好循環みたいな状況が生まれるのかね。いいことだ。
「その代わり、うちの村は泥棒とか詐欺とか働いたやつには手厳しいけどな。泥棒は手癖が悪いってことだから、手を焼けた石炭の詰まった中に押し込んだり、詐欺は口先が悪質ってことで、熱した石炭を口元に」
「あーもういいもういい。怖いからその辺でやめてくれ」
俺が作ったメシで食中毒なんて出した日には、どんな制裁を喰らうんだろうな。
もっとも、村の住人はみんなタフだから具合を悪くして寝込んでいるなんてのを見たことがないが。
それはともかく朝飯の準備である。試したいことがあったので、出発前に用意しておいた。
「ここでも、らあめん、を作るのか? その割には道具も材料も少ないな」
鍋とたき火を用いて湯を沸かしている俺に、猫舌くんが聞く。
「作るというか、簡単にできてしまうというか。まあ三分待ってろ」
器の中の食材に熱湯をかけ、ふたをして三分。
仕上げに別で用意しておいた調味液をかけ、よく混ぜたのち干し塩豚をトッピングして終わり。
「ほれ、できたぞ」
「早っ! そして熱っ!」
「……ゆっくり食ってくれ」
そう、俺は即席めんの材料を持って来ていたのだ。
即席めんの製法にも千差万別あるが、今回は昔ながらの方式である「フライめん」に挑戦してみた。
なるべく細く打った麺を一度蒸して、くしゃくしゃっと縮れを付けながらある程度の塊状態にまとめ、それを油で揚げるのだ。
この段階で麺自体に味付けを施すと、すぐ美味しいすごく美味しい鳥の絵柄が可愛いアレの方式になり、調味料を別に用意すると、その他一般的な即席めん方式になる。
今回は用意して数日と経たないうちに食べてしまったが、いくつか作って長期保存が可能かどうか、確かめてみよう。
「普通に調理したやつには劣るけど、出先でこんなに簡単に食えるなら、まあいいかなって思う味だな」
猫舌くんにはおおむね好評のようだった。
「鉱山に仕事行くときに持って行って、みんなに試食を頼んでくれよ。お湯くらいはあるんだろ?」
村のみんなが作業現場に籠っている間の食事は、簡便で腹にたまらないものが多いらしい。
その状況を聞いたときから、何かできないかなと常々思っていたのだ。
「ああ、冬はみんなやっぱり温かいもの食いたがるし、これは喜ばれると思うぜ。干し魚や芋団子をお湯で戻して食ったりもしてるんだけどな。変わったものがあれば、みんな珍しがって食うだろ」
最初は珍しいモノ扱いでもいい。
いずれ、俺の作るものがみんなの日常に入り込んで、なくてはならない味になるまで精進あるのみだ。
☆
朝飯を終えて旅を続ける。
昼前頃に、俺と猫舌くんは目的の村に到着した。
「おお、来たのか。例の『ヒト』ならこっち、村はずれの小屋に一人で住んでるぜ。針仕事が得意だから、自分の家で刺繍の仕事を請け負って暮らしてるんだ」
猫舌くんと同じ仕事をしているらしい若者(見た目はオッチャンたちと変わらない)が、俺たちを案内する。
「おおい。客を連れてきたぜ。姐さんがもともと住んでた外の世界の『ヒト』だってよ」
戸口から声をかけると、中で人の動く物音がした。
異世界に来てから初めて会う、もといた世界、俺と同じ世界で生まれた人間。
どんな人なのだろう。姐さん、と呼ばれているからには、女か。少しドキドキする自分がいた。どんな相手でも、旨いラーメンをご馳走させていただくことに変わりはないんだが。
「……なんてことでしょう。私と、同じところから来たヒトだなんて!?」
出迎えてくれたのは、御年八十は迎えていそうな、品のある老婦人であった。
「姐さん、腰の調子はどうだい」
「おかげさまで、今日はずいぶんと楽。貰ったお薬が効いたのかしらねえ」
「じゃ、外のヒトは外のヒト同士、積もる話もあるだろう。俺たちは少しの間、席を外すから、ごゆっくり」
二言三言、挨拶と世間話を交わして若者と猫舌くんはその場を去った。
「なんのおもてなしもできない家ですけど、どうぞ楽にしてくださいな」
「ど、どうも」
促されて、俺は竹製の椅子に腰を掛けた。
いろいろ聞きたいことがあった気もするが、何をどう切り出していいものか、頭が少し混乱していてまとまらない。
そうしていると、俺が聞くまでもなく、ご婦人の方から質問が来た。
「それで、日本は勝利したのでしょうか?」
「はッ?」
何に? スーパーコンピューターの演算能力とか? なわけないか。
「米英との大戦に、日本軍は勝利したのでしょうか?」
なんてこった。このご婦人は戦前からこっちの世界にいるのか。
「え、ええと。戦争は終わりました。今の日本はとても平和な国になっています……」
嘘は言っていない、はず。
「……そうですか。これでビルマで散った主人も報われます」
さすがの俺もこの状況でラーメンがどうのこうの、そんなことをぶっこんでいく度胸はなかった……。
☆
その後、俺はご婦人からこの世界についていろいろと話を聞いた。
俺たちが住んでいる地域は、主にドワーフと呼ばれる、小柄だが頑健で勤勉な種族が町や村を営んでいること。
他の地域に足を延ばせば、容姿や能力の異なる、しかし人語を操る別の種族が町や村を作って暮らしていること。
外の世界、いわゆる俺らのいた世界から流れてくる人間が、ごくまれにいるらしいが、ご婦人は腰を悪くしているので長旅が出来ず、実際に会ったのは俺がはじめてだということなど。
「帰りも長旅になってしまうのでしょう。どうか今日はお連れの方も一緒にお泊りになって、ご飯を食べて行ってくださいな」
ご丁寧な申し出があった。
もともと、こっちでラーメンを作らせてもらうつもりで、ある程度の材料を用意して来た旅である。今日の夕食はこっちで食べるつもりだった。
しかしまたもや、振る舞うつもりで来たはずが振る舞われている。何を言っているかわからねーと思うが俺もわからねー。異世界の恐ろしさ、その片鱗を味わっているぜ。
「お世話になりっぱなしと言うのもアレなんで、何か手伝わせてください。一応、元々はメシ屋なんで」
そうして、村の若者と猫舌くんを呼び寄せてから、俺とご婦人は食事の準備に取り掛かった。
俺がご婦人宅の炊事場に立って、最初に驚いたことがある。
「この香りは、まさか」
全ての日本人にとって魂に刻まれた懐かしい味。
味噌!
「ええ、お味噌を自分で作っているんですよ。最初はなかなか上手くできなかったんですけれどね。繰り返し、繰り返しやっていくうちに、なんとか食べられるものができるようになりました」
「素晴らしい……!」
一つまみ、味見をさせてもらう。ああ、家に帰ったような味だ。
腹の虫が収まらないのか、村の若者も炊事場を覗きに来た。
「お、鍋を作るのか。ちょっくらイノシシの肉でも調達してくるわ」
しし鍋の味噌煮込みとか、ぜいたくすぎるわ。
しかもこの味噌の味と色。まさか、そのまさかなのか。
「これ、米味噌ですよね?」
「ええそうです。豆で作ったお味噌は、私みたいな老人にはどうしても濃くって。地元でも米味噌でした」
「お米、どうやって手に入れてるんですか。このあたりの村は水田ないですよね」
少なくとも俺はまだこの世界に来て、米を見たことがない。
「商人の方が刺繍や織物を買い付けに来る時、ついでに頼んでおくんですのよ。どこか、遠いところでは作っているようです。それを村の人に搗いてもらって、大事に大事に使うんです」
「姐さんの刺繍は独特で貴重だからな、買い手が高値を付けるんだ。うちの村の評判も上がるし、人手が欲しいなら協力は惜しまねえさ」
ドワーフって種族に助け合いの意識が強い理由が分かった気がするな。
ただのお情けや親切心ではなく、お互いが最高の環境で最高の仕事をするために助け合って補い合う。
最高のコンディションを保ち、信頼感を築き合うために、お互いが協力することがなによりも有効。
それが全員の意識の中に刷り込まれているんだ。
「本当に、皆さんに良くしていただいて。この歳まで何とかやってこられました」
話によると、八十どころか九十歳近いらしい。お元気で本当に素晴らしいことだ。
しんみりとしたいい話を続けながら、俺たちは食事の準備をした。
「そう言えば、お料理の仕事をされていたんですよね? お鍋に入れるうどんを打ってもらえますでしょうか。私がやりたいんですけれど、最近どうも、腰に無理をかけるとすぐに調子が悪くなってしまいますので」
「あ、いえ、おまかせください、うどん、打てます」
俺は自分の持ってきた小麦粉で、鍋の〆に入れるうどんの麺を打った。
ラーメンを振る舞うために長旅をした挙句、うどんを、打ってしまった……。
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