ブレイク・タイム

1

 ルベロン領には、首都のルベロンを囲うように小さな集落が幾つか点在している。

 しかしそのどれも、集落と呼ぶにはあまりに不潔で粗末。この一帯こそ、ルベロンが抱える闇の一端――“貧民街”と呼ばれる


 ルベロンに、グラヴィスに魂を除くすべてを奪い取られ、庇護も受けられず、心身共に疲れ切った平民以下国民は、今や魂すらグラヴィスに明け渡さんとしている。


 そんな中、彼らの最期の希望になりつつあるのが、“反逆者”ドノン・バージャック率いるアダマスと名乗る反抗勢力レジスタンスであり、ここ最近ルベロン周辺を騒がせる“義賊”スーティ・バロンもまた、アダマスの落とし子であった。


 弱き者達の魂の在処ありか――アダマスの秘密基地は、“アップルデリー”と呼ばれる村の地下深くに存在していた――

 


 セナンたちの乗ったオンボロ小型蒸気機関車が腐った木製のアーチを潜って村に入ると、セナン一党を英雄視する子供たちが歓声を上げながら寄り集まってくる。

 アップルデリーの地上は村として機能しており、僅かながらも他の集落に比べて活力のある営みがある。


 セナン一党は希望に満ちた村民たちの笑顔や歓声に手を振って応えながら、ゆっくりと村の中を移動し、大きなガレージの前で停車した。

 すかさずシャッター前にたむろしていた数人の男たちが、クランクを回して手動でシャッターを開け、セナンたちを中へと誘導する。


 中型の車ならば余裕で4台は入るような広いスペースに、セナンたちが車を駐車すると、警報が鳴って足場が下降を始めた。


 赤色のランプに照らされるフォティアが、ぐんぐん遠ざかっていくガレージの天井や、大掛かりな仕掛けに驚嘆して、興味津々に周囲を見回している。



「……すごい」



 心ここにあらず、と言う様なフォティアの呟きに、セナンたちは得意げに笑い合う。

 フォティアの乗る車の隣から、セナンが身を乗り出し満面の笑みを浮かべた。



「俺たちの拠点、アダマス秘密基地だ。ようこそ、フォティア!」


「――アダマスッ!?」



 フォティアが驚愕に目を見開いて、素っ頓狂な声をあげる。

 一番近くに居たイヴリーンとクロウが顔を見合わせ、肩を竦める。



「あ、あれ……、言ってなかったっけ……」



 セナンが困ったように頬を掻くと、フォティアがぶんぶんと首を縦に振る。

 フォティアは座席に深く沈み込むと、ほっと息を吐いて興奮を冷ますように目を閉じた。



「そう……、辿り着いたんだわ……。なんていう奇跡なのかしら……」


「もしかして、フォティアはアダマスに用があったのか?」



 セナンが尋ねると、フォティアは「ええ」と頷いた。



「私たち火精サラマンダーは今、ルベロンと、人間と戦う力を集めているのです」


「人間と……、戦う……」



 ポツリと呟くセナン。

 フォティアは目を伏せて、言葉を続けた。



「精霊たちを、人間の隷属から解放するために」



 どんよりと、重たい空気がその場を包んだ。

 イヴリーンが理解できないという様な表情でフォティアを振り返る。



「人間と戦うために、人間の力を借りるっていうの? それってなんだかおかしいじゃない」



 「いや」と、イヴリーンの疑問に答えたのはペイスだった。



「精霊族は元々、人間と手を取り合って繁栄してきた種族のはずだ。契りを結んで、個々では発揮できない様な力を発揮するケースもある。協力を取り付ける相手として、人間を選ぶのは本来間違っていない」



 フォティアはペイスの博識に驚き、そして微笑んだ。



「ペイスさん……、でしたか。とても物知りなんですね」


「……別に。本を読むのが好きなだけだ」



 ペイスは素っ気なく言って、ふいっとフォティアから顔を背けた。



「ペイス照れてんのかぁ?」


「照れてんのかぁっ?」


「うるさい」



 すぐにガスとミミの茶化しが入り、ペイスは拗ねた。

 イヴリーンはペイスの説明に納得しかけたが、またすぐに考え込むように口元に手を当て、眉をひそめた。



「それでもやっぱり納得いかない。今の状況で、フォティアたちがどうして人間である私たちに協力を求めようと思えたの? そりゃ、私たちはルベロンと敵対関係にあるけど、それでも人間であることに変わりはないわ」



 イヴリーンの言葉に、一番動揺したのはセナンだった。


 セナンの脳裏に、バラッドに言われた言葉が蘇る。


 『やってることは結局、ただの強盗だ』


 物事の本質は、どんなに上辺を固めても変わるものではない。

 その真理が、セナンを時折不安にさせるもののだった。

 しかし、セナンの動揺に気が付いたものは誰一人、その場にいなかった。


 フォティアはイヴリーンに微笑みかける。



「当然の疑問ですね。精霊族の中にも、同様の疑念を抱える者が多くいます。ですが、父上……、火精サラマンダーの王――フォス・サラマンドラは確たる自信を持っています。あなた方アダマスが、光の者であると」



 イヴリーンは直にフォティアの優しい眼差しを受けて、頬を朱に染め、目を逸らした。だが、少しして窺うように視線を戻すと、しどろもどろになりながら、



「……な、なんでよ……っ」



 と、唇を尖らせた。



「……さぁ?」



 フォティアが困ったように破顔すると、イヴリーンはガクッと肩を落とした。

 「でも」とフォティアが言葉を継ぐと、皆の視線がフォティアに集まる。



「私には、分かった様な気がします。皆さんの魂の高潔さ、温かさ……。ルベロン王にくみする者たちは、私とここまで言葉を交わそうとしませんでしたしね」


「……」



 イヴリーンは遂に怒ったような顔で、頬を赤らめてフォティアを睨みつける。

 クロウが、珍しく感情がになっているイヴリーンを見て首を竦めた。



「……それに、“アダマス”という言葉も、元は私たち精霊族が使う古代語の1つなんですよ。我々の言葉が、人間の中でまだ息づいていること、それが何だか、約束の証のような気がして……嬉しいんです」


「フォティア……」



 セナンが感極まったように呟き、そしてパシンと右手のひらに左拳を打ち付けた。



「っしゃ! 戦う理由を、一つ追加だ!」



 セナンの言葉にフォティアは首を傾げ、その他の者は各々頷いた。

 セナンが、フォティアの目をまっすぐに見つめて、はっきりとこう言った。



「俺たちスーティ・バロン一党は今ここで、精霊族と人族の関係修復に努めることを明言する。その上で、アダマス次期指導者候補として、フォティアを全力でサポートすることを誓おう」


「セナン……!」



 フォティアの瞳が潤んで、セナンを見つめる。

 ガスが笑い、ミミも笑う。ペイスは目頭を押さえ、クロウは微かに笑い、シオンは静かに目を閉じる。ジオは鼻提灯を膨らませてハンドルに寄りかかり、イヴリーンは諦めたように溜息を吐いた。



「セナンが言うんじゃ、仕方ないわね。……ま、信頼されてるのは悪い気しないわ」



 イヴリーンのひねくれた台詞にフォティアが苦笑し、マルクが短く息を吐いてセナンを振り返る。



「ドノンさんは手ごわいよ、セナン」



 エレベーターが止まり、広大な地下駐車スペースが現れる。

 セナンは眉を顰め、遠くを睨んだ。



「説き伏せるさ、男に二言はねぇからな。それに、フォティアの言葉を聞いて重い腰が上がらないなら、親父は……アダマスは本当に終わりだ」




 しかし、そんなセナンの願いも虚しく、セナンたちがフォティアを連れて入った作戦指令室に厳しい声が響き渡る。



「――ふざけるな」



 に寄りかかり、指令室の隅で弾薬箱に腰を落ち着ける強面の大男――ドノン・バージャックはセナンを睨みつけてそう言った。


 セナンは唇を噛み締め、射殺すようにドノンを睨みつけた。



「何故だ、親父ッ! もうグラヴィス打倒は俺たちだけの願いじゃないっ! これ以上足踏みをしてなんになる!? 今も善良な国民たちが悲鳴をあげているというのに、あんたは聞こえないふりでもするつもりかッ!」


「口が過ぎますよ、セナン坊」



 セナンの強気の発言に、ドノンの傍らに立つ男が鋭い視線をセナンに向けた。

 セナンは男を睨み返し、苛立たし気にその名を呟く。



「……ジン」



 ドノンが片手を挙げると、セナンがジンと呼んだ男が半歩後退して頭を下げる。

 再びセナンとドノンが睨みあう形になり、ドノンが重々しく口を開いた。



と、何度言えばわかる。バカ息子」


「またか……っ!」



 セナンは吐き捨てるように呟いて、



「この現状が、親父の望んだ結果ってことかよ。親父の待つ“機”ってのは一体いつになったら来るんだよッ! 、腰でも抜けたかよッ、糞親父ッ!」


「セナン坊ッ!」


「――ジン! ……よせと言ってる。良い大人が、子供の癇癪に付き合うな」



 荒々しく対立するセナンとジンを、ドノンの喝が両断する。

 ドノンが静かにセナンの瞳を覗き込む。



「セナン、ならば訊くが。お前のやっている義賊行為が一体どんな成果を上げているのか、答えてみろ」


「そんなの、アダマスの資金確保と、ルベロン貴族の金庫に打撃を――」



 ドノンが、嘲るようにセナンを笑う。



「確かにな、小遣い稼ぎ程度にはなってるだろう。だが、お前の義賊行為で本当にルベロン貴族が困窮すると思っているのか」


「……何?」


「お前が貴族から奪えば、グラヴィスはその倍俺たちから奪うぞ。奴は口笛でも吹きながら、税を引き上げるだろう。いずれこの国そのものが消滅する、その時までな」



 セナンは言い返そうとして口を開いたが、言葉が見つからず結局拳を握りしめて俯いた。



「セナン、お前は――この国の寿命を縮めているだけだ」


「……くっ」


「お前が目立てば、グラヴィスも警戒を強める。俺たちは動きずらくなり、“機”が遠のく。国を、救えなくなる」



 セナンは悔しさで頭がどうにかなりそうだった。

 自分は正しいと、そう信じてやってきたことのはずなのに、簡単に言いくるめられてドノンを睨みつける元気もない。



「……けど、皆の“希望”くらいには――ッ」


「――“希望”と言う言葉を簡単に使うな、愚か者がッ!」



 ドノンが、初めて声を荒げる。

 セナンはその迫力に声が出なくなった。


 ドノンが深く息を吐き出し、静かに言う。



「……いい加減、お前ももう少し高い位置から物事を見ろ。がむしゃらに走っていても許される期間は、もう終わったんだ。頭を使え。できないなら、今は黙って俺に従うことだな」



 セナンが黙りこくると、ドノンは次にフォティアに目を向けた。

 フォティアは思わず背筋を伸ばして強張った。



「フォティア姫、貴女にも悪いことだ。申し訳ないが、アダマスは今自分たちの事で手一杯。貴女が焦る気持ちも分かるが、アダマスの総意は今、……そこのバカに言った通り。“機”を待って、一気呵成に攻め落とす。よって、――貴女方の戦力には数えんでくれ。俺たちには俺たちの戦いがあると、お父上にはそう伝えて欲しい」


「そんな……」



 フォティアが絶望を顔に浮かべると、ドノンは無表情に目を逸らした。



「……っ」



 直後、セナンが息を詰まらせて踵を返し、肩を怒らせて指令室を飛び出していく。

 クロウやガスがその後に続き、指令室にはドノン、ジン、フォティア、マルク、イヴリーンだけが残った。



「……セナン」



 見えなくなったセナンの姿を追うように、呟いたフォティアの腕をイヴリーンが引く。



「……行きましょ、フォティア。シャワールームに案内するわ」


「イヴリーン……」



 イヴリーンに手を引かれて2人が退室すると、セナン一党で指令室に残っているのはマルクだけになった。

 ドノンはまるで幽霊のように佇むマルクの顔をじろりと見て、



「……どうした」



 と、そう言った。

 マルクは無表情にじっとドノンの顔を見つめ、そしてフッと笑って首を左右に振る。



「……いえ、結局。貴方と言う人が分からなかった」


「……最後?」



 ドノンが眉を顰めてマルクを睨む頃には、マルクはドノンに背を向けていた。

 マルクが指令室を出た後、ドノンは深刻な表情で俯いた。



「……ドノンさん?」



 ジンが窺うようにドノンの顔を覗き込む。



「あいつは確か……」



 ドノンが呟くと、ジンが頷く。



「ええ、セナン坊の右腕。彼らの間では確か――、役だったかと」





 指令室を飛び出したセナンは、右足を引きずりつつ基地の廊下をかなり行ったところで足を止めた。張り詰めていたものがすっと軽くなり、セナンの身体はまるで芯でも失ったように頼りなく廊下の壁に寄りかかる。



「――ああ゛ッ!!」



 と思えば、堰を切った様な乾いた叫びと、壁に打ち付けられるセナンの左拳。

 低く、太い音が長い廊下に木霊して、セナンを追いかけてきた仲間たちが続々とその背中を前に足を止めた。



「セナン……!」


「――ぅ、がぁッ!」



 ガスの声を掻き消して、セナンの叫び声と壁に拳を打ち付ける音が再び空気を震わせた。

 ミミが怖がって跳ねると、シオンが優しくその肩に触れる。


 セナンがそんな事にも気づかずに三度にわたって振り上げた拳を、クロウが掴んだ。



「セナン、もうやめろ……っ」


「――離せ」



 セナンの声は、低く、冷たい。

 クロウは肝が冷えるのを感じたが、セナンの手は離さなかった。



「こんなことして何になる、セナン……!」


「そ、そうだぜセナン! ミミも怖がってる、そんなこと止めていつものお前に――」


「――いいから離せッ!」



 セナンが振り返り、クロウを睨む。

 その目は見る者を委縮させ、震えあがらせるように、不気味に血走っていた。思わずクロウが固まった隙に、セナンはクロウの拘束を振り払う。


 誰もが喉を震わせて、セナンが拳を振りかぶる様子をただ茫然と見つめる中、落ち着いた声が廊下に響いた。



「――その手は何のためにある、セナン」



 セナンの拳が動きを止める。

 皆が声のした方を振り向くと、そこにはペイスの姿があった。



「俺が知る限り、お前の手はそう悪戯に傷つけて良いものじゃないはずなんだがな」



 ペイスの言葉に、セナンは擦り剝け、血に塗れた左拳をゆっくりと開き、見下ろした。



「何故だか分かるか」



 ペイスの言葉は続く。

 セナンは答えられなかった。


 ペイスは呆れたように息を吐き、



「それはな、お前の手は俺たちの手を引くためにあるからだ、セナン」



 と、そう言った。


 セナンはハッと目を見開き、そしてすぐに苦しむようにクシャッと歪む。



「俺には、荷が重い……!」



 それはセナンが初めて吐いた“弱音”だった。

 いつも自信満々に、皆を纏めて率いていた英雄は、その時初めてただの少年になった。


 皆が動揺して目を見開き、狼狽える。

 セナンはそんな彼らの様子を見て、すぐに目を逸らした。



「……情けねぇよ。一言も言い返せねぇんだからな……! ほとほと呆れるぜ。いつもいつも、結局正しいのは親父の方だ……ッ」



 決壊した感情の防波堤は寄せる激情を抑えることもなく、流れに呑み込まれていく。

 追いついて来たイヴリーンさえ、拳を震わせるセナンにかける言葉が見つからない。

 セナンが背負ってきたモノの重さを、理解できる人間はこの場にはいなかった。

 


 だからこそ時に、“無垢”が人の心を救うこともあるのだろう。


 飛び出したが、たたっとセナンに歩み寄る。


 ふわっと柔らかく、温かな感触に包まれて、セナンは自分の左手を見下ろした。



「――痛いの、痛いの、とんでけぇぇっ!」



 皆がミミの必死な姿に目を奪われた。


 ミミは小さな両手でセナンの擦り剝け、血の滲む左手を包み込み、言葉と共にぱぁっとを放り投げた。


 ミミはセナンの顔を窺う。

 セナンは驚いたような表情で、じっとミミを見下ろしていた。


 その表情をどう解釈したのか、ミミはさらに必死にセナンの左手を包むと、



「とんでけえぇっ!」



 と声を張り上げた。

 恐る恐る、セナンの顔を見上げるミミ。その顔は、今にも泣き出してしまいそうに顰められていた。


 泣き出してしまわないように、嗚咽を飲み込むセナン。

 

 ミミは「あれっ? あれっ?」と動揺し、半分べそをかきながらシオンを振り返る。



「ど、どうしよう……! シオンのおまじない、セナンにきかないよぉっ!!」



 皆の視線がシオンに集中すると、シオンは耳まで赤くして俯いた。



「ミミ……、これはのおまじないだと言ったで御座ろう……」


「案外子供好きよね……、シオンって……」



 イヴリーンがぼそり呟くと、シオンは羞恥のあまり廊下の隅に蹲った。



「――ははっ」



 弾けるような笑い声。

 ミミが顔を上げると、頭上ではセナンが困ったように、笑っていた。



「……セナン?」



 不安そうに呼びかけるミミの頭に、セナンの右手が優しく乗る。



「……ありがとう、ミミ。おまじない、ちゃんと効いたぜ」


「ほんと……?」



 ミミが疑うように眉を顰めると、セナンは大きく頷いた。



「――ああ! シオンお姉ちゃんはまるで魔法使いだな……!」



 セナンが笑う。

 ミミがぱあっと明るく笑って得意げに、



「えへへ、そうなんだよ! シオンはねぇ、ミミが怪我して泣いてるといっつも何処からか駆けつけて、このおまじないしてくれるんだぁ」



 と言うと、皆が訝し気にシオンを見つめた。

 イヴリーンが小さく身震いしてシオンに言う。

 


「あんた、もしかしてスト――」


「失敬な! 拙者はミミを思って……! それにセナン、拙者は魔法使いなどではない! 忍者で御座る!」



 シオンは腕を組んで胸を反らしたが、何故だか妙に空気が冷えた。

 シオンは冷や汗をかきながら薄目をあけて皆の様子を窺うと、形勢不利と判断し、



「……ではこれにて……、ドロンッ!」



 と言い残すと、煙と共に姿を消した。

 シオンの足元に、木の葉がひらひら一枚舞い落ちた。



「……んじゃ、俺も一眠りしてくるっすよ」



 ジオが妙な沈黙を破るように「う゛~……っ」と背伸びをしながらそう言って、セナンの肩に手を乗せる。



「なんかあったら起こしてください。じゃ、おやすみなさい」



 ジオは「ふああ~」と大きな欠伸をしながら、よたよたと廊下を歩いていく。



「……え~っと、私たちも……、お風呂いこっか……?」


「……え、ですが……」



 イヴリーンの躊躇いがちな提案に、フォティアは迷うようにセナンを見た。

 セナンは口を半分開きかけたが、



「お風呂っ! ミミも一緒に行くー!」



 元気いっぱいのミミが、セナンを遮ってフォティアとイヴリーンの腕に抱き着いた。



「……じゃあ、そういう事で……。私たち、汗流してくるね……?」


「お、おう……」



 イヴリーンの遠慮を感じ取って、セナンは懸命に空気を読んで頷いた。



「おっふろ~、おっふろ~!」



 ミミがはしゃいで廊下を駆けだす。



「み、ミミちゃん、そんなに急ぐと転びますよっ! あ、ごめんなさい……セナン、私……」


「い、いいから……っ! 行くよ、フォティア! ……ミミ~っ! ちょっと待ちなさ~いっ!」



 後ろ髪を引かれるように何度もセナンを振り返るフォティアを、イヴリーンが強引に引きずってミミを追う。

 

 残されたセナン、クロウ、ガス、ペイスの四人は、いたたまれない空気感の中、互いの表情を窺うように、ちらちらと見つめあっていた。



「……あ、あいつら、もうすっかり仲良しだよなぁ! ガハハッ! ハ、……はぁ」



 ガスの空元気も、逆に冷気を呼び込んで、「……すん」とセナンが鼻を啜った。



「……その――」



 ペイスがたどたどしく口を開き、



「とっておきのボトルがあるんだが……。今夜は特別、あけてもいいぜ……」



 と、しんみりそう言った。

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