第6話 本気の恋を知るまでは

 「…あの乙女ゲームの第二弾?…そのようなもの…あったかしら?…わたくしには全く覚えがありませんわよ?…それとも、わたくしが思い出せないだけとか、そういう記憶がないだけとか…と、ルルは…仰るの?」

 「ええ。そうとしか、考えられませんのよ!…いつきさんが、ヒロインに惹かれないなんてこと、あり得ませんもの!…ですが、他に正規ヒロインがおられるのでしたら、樹さんのあの態度も…理解出来ますのよ。これで漸く納得出来ますわ!」

 「………。」


わたくしは…溜息をきたくなりましたわ。わたくしの幼馴染でも在られる瑠々華るるかが、突然…また、ヘンテコなセリフを言い出されましたのよ。相変わらず…瑠々華は、マイペースなお考えですこと…。乙女ゲームの第二弾とは……。思い出したと言うのでしたら、それは「そうなんですね。」と同意致しますけれど、…それしか有り得ないとは、あのヒロインとは別の意味で厄介ですわ…。まあ…これは、何時いつものことなのですけれども、乙女ゲームのことになりますと、彼女は特に…とんでもない発言を、されるのですのよ。長い付き合いのわたくしでさえ、一瞬何を仰っておられるのか、理解が追い付きませんのよ。


何でこのようなお考えになったかは、わたくしにも理解出来ましてよ。今迄は…仮ヒロインだと思っておられた人物が、実は…正規ヒロインだったと気が付かれて、その正規ヒロインの筈の人物が、悪役令嬢と言われた方が納得出来るお姿と態度なのですから、通常は…目を背きたくなりますわよね?


その上で、その正規ヒロインに恋をしない攻略対象者達を拝見し、ヒロインに対して、攻略対象者が好意どころか悪意を持たれてしまった、と瑠々華は確信されたのですね…。これらの事実を現実ではないとばかりに、明後日あさっての方向に向かいたくなるお気持ちは、わたくしにも理解出来なくはありませんわよ。但し、わたくしには瑠々華のお考えの方が、特殊過ぎて多いのですわ。

飽く迄も、このご提案をされたのは瑠々華だけでして、「そういうお考えもありますのね。」とお答えする程度ですが。「ルルのご意見も、一理ございますわね。」くらいには、賛成させていただいても良いのですよ。


それに普通は、乙女ゲームのヒロインが交代されるのならば、攻略対象者も交代されますでしょう。勿論この世界は、乙女ゲームの世界のようでいて、別モノの現実世界であることを、わたくしは感じておりますのよ。ですから、彼女の意見を全否定するつもりもございませんし、またその代わりに、全肯定する気もございませんのよ。


まあ、あのヒロインは…有り得ませんものね…。正規ヒロインになろうとされて、と疑われても、そちらの方が正しい情報だと信じてしまいそうですわ。どうして…ああ成られたのかしら?…もしかしまして、あれで…目一杯のお洒落を、されていらっしゃるのかしら?…そうでしたら、あのヒロインの中身の女性には、ヒロインの資格が元々ございませんでした、ということかしらね?






    ****************************






 わたくしと瑠々華とは幼馴染ではございますが、何も…お隣に住んでいるという訳では、ないのです。みさきさんも樹さんもそうなのですが、幼馴染と言いながらも、少し離れた場所に住んでおられます。わたくし達のように令息令嬢として扱われる家の子供達は、大人の許可なしにはどこにも外出出来ません。わたくし達にとっては当然の教えなのですが、それは勿論、身代金目当ての誘拐として、目を付けられない為ですのよ。一般家庭の子供のように1人で行動しておりましたら、必ずというくらい目を付けられますからね。


ですから、お隣さんと言えども、1人で歩いて尋ねて行くことはございませんし、また何か御用がありましても、それは我が家のお手伝いさん達が行かれますから、わたくし達がお隣と言えども訪れるのは、正式にご招待された時だけですわ。


岬さんや樹さんよりは、瑠々華のお家の方が比較的近いですわね。車で15分ぐらいでしょうか。瑠々華は前世の記憶から、自分の足で歩いて…若しくは、自転車で1人で気軽に遊びに来たいようですが。危ないので切実に「止めてくださいね。」と、お伝えしておりますのよ。最近は彼女も落ち着いて来られましたから、そういう心配は無くなりましたけれど。それでも…彼女には、わたくしは今でもハラハラさせられておりますのよ。まるで…彼女の姉にでもなった気分でしてよ。


瑠々華には私達が3歳の頃に、初めて知り合いましたわ。瑠々華のお家の藤野花家ふじのはなけのパーティに、お呼ばれしたのが初顔合わせでしたわね。藤野花家のパーティにしては小規模なもので、今思いましたらあれは、わたくし達子供がおりましたからでしょうね。瑠々華に余計な虫を寄せ付けたくなかった、という彼女のご両親のご配慮からなのでしょう。まあ、我が家も同様なのでしょうけれども。


その時、既に婚約者のおりますわたくしには、これ以上何方どなたかと仲良くする意味はないですもの。岬さんのお父君は、他家との婚約が重要である為、この婚約は死守したいところでしょうね。ですが…我が家では、本来はなのですわ。何時でも白紙に戻すことも、本当は…可能ですのよ。それでもこの婚約を守り続けるのは、わたくしの為だということを、わたくしは…理解しておりますの。


我が家は藤野花家ほどではございませんけれども、岬さんのお家よりは上位の家柄ではありますの。その中でも岬さんのお家が、我が家の中では一番都合良く縁が切れると判断された模様ですのよ。つまり…岬さん若しくは、岬さんの実家である篠里家に何かございましたら、婚約はなかったこと…白紙とする予定なのですわ。

そうなのです。乙女ゲームとは反対のご対応となる予定でして、我が家が婚約破棄する立場にあるのです。簡潔に言いますと、婚約破棄しやすい条件を呑まれましたのが、篠里家しのざとけということなのです。


そういう訳ですから、本当はわたくしとしましては、何も恐れることはございませんのよ。乙女ゲームと同様に、岬さんが最終的にヒロインを選ばれましても、我が家からしか正式に婚約破棄は出来ないのです。そして我が家から実際に破棄されましたら、篠里家の…未来はないことでしょう。そういうお約束も含めて、婚約を交わしておりますのよ。約束と言うよりは、取り決めでございますが。


寧ろ…ご心配なのは、瑠々華の方ですわ。瑠々華と真っ先に知り合いになりましたのは、わたくしですのに…。わたくしが先に彼女を「ルル」とお呼びしておりましたのに、樹さんもそう呼ばれるようになられて、彼に盗られた気になりましたわ。ルルは、わたくしに前世の記憶がありますことに、逸早く気が付いてくださいましたし、わたくしが不愛想な態度でも、決して怒ったりされません。両親よりもわたくしのことを、一番に理解してくださっているお人だと、思いましてよ。

見た目は、ドライな対応しか出来ないわたくしに、普段から付き合ってくださるお人好しさんは、彼女以外には…おられませんわね。


ルルならば、誰とでもお友達になれるのでしょうに…。彼女はわたくしと同様に、前世の記憶を持つ転生者でして、わたくしとしましては迂闊に、彼女を野放しに出来ないのですわ。わたくし自身は、前世の言葉にも十分に気を付けておりますが、ルルは最初から…前世の言葉が、出ておられましたわね…。今までを振り返りますと、わたくしが、には、手遅れ…でしたわ。ルルが嬉しそうなお顔で、何人なんぴとも惹かれる…満面の笑顔で、「やっと…見つけましたわ!…私と同じ転生者を!」と仰られた時に。


ルルに先に気が付かれるとは、わたくしもまだまだでしたわね…。それと同時に、見つかったのが…ルルで良かった、とも思っておりますのよ。その時は…まだ2人共、乙女ゲームの記憶は思い出しておりませんでしたけれど、わたくしは岬さんからご紹介されて、樹さんにお会いした瞬間に、ゲームの内容をある程度思い出しましたのよ。その時はまだ…ルルは、思い出しておりませんでしたから、わたくしはお2人がお会いしないようにと、邪魔をしておりました。引き合わせないように、と簡単に考えておりましたのが、間違いでしたのよ…。


結局、ルルは樹さんとの出会いで、乙女ゲームを思い出されましたわ。樹さんさえ来られなければ、と思いながら反射的に、樹さんを睨んでしまいましたのよ…。

その後も、ルルが避けているのにも拘らず、接近して来ようとされる樹さんには、わたくし…イライラしてしまいます…。


八つ当たりだとは、分かっているつもりなのです。あの乙女ゲームのことを全くご存じない樹さんは、きっとルルに本気で、アプローチしたいだけなのでしょう。

そうと分かっているのに、ルル同様に記憶を持つわたくしは、樹さんにキツイ口調で当たってしまうのですわ。わたくしが八つ当たり出来るようなお相手では、ございませんのに。家柄は彼の方が、格上なのです。本来ならば、わたくしが八つ当たりなどしても良いお人では、絶対にございませんのよ。


現実の樹さんはゲームとは異なり、ただのお優しいだけのお人ではない、ということはご承知しております。わたくしがルルの親友でなければ、岬さんの婚約者でなければ、そして…心からルルを心配しておりませんでしたら、彼はわたくしのことを、ご容赦されなかったことでしょう。


でも、わたくしは…まだ、ルルの一番で居たいのです。わたくしの幼馴染であり、

一番の親友でもあり、わたくしの絶対的な理解者であるルルが、は…。そして、わたくしも…誰かを愛する日までは。






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 ダブル主人公でもある『麻衣沙』の初視点ですね。

瑠々華との出会いの内容も、含んだお話となりました。

今のところ、主人公を唯一止められる人でしょうか。


男性視点での番外編の裏話も、ちょっぴり含んでおりますよ。

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