第24話
「で、でも!」
俺は両の掌をテーブルに着いた。からん、とグラスが鳴る。
「親を亡くしたのは俺も一緒だ! どうしてリールだけ、そんな非情な存在に……」
「誰かにとって大切な人を亡くすというのは、他の人と数値的に比較できるものではないのよ。同じ困難を突きつけられても、人によってその乗り越え方は違う。いえ、乗り越えられるかどうかすら怪しい人もいるわね」
言葉を継げないでいる俺の前で、中尉は一言。
「あの子は――リールは、『父親の死』という障害を乗り越えられずにうずくまっているのよ。誰かが引っ張り立たせてやらないと、とは思うんだけどね。そうすれば、もっと感情豊かな子に――」
俺と中尉の眼球が動いたのは同時。
「来たな」
「ええ」
そっと窓から下の通りを見つめる。真夏だというのに、野暮ったい格好の若い男が一人、歩いてくる。
「腰回りが膨らんでいる。小火器を携帯しているようだな」
「……」
「どうしたんだ、リンちゃん?」
「えっ? ああ、いえ」
「早く追いかけよう。未だに小銭の扱いに慣れないんだ、お勘定頼む」
それだけ言い放ち、俺は二階から踊り場まで跳躍。向きを変え、さらにそこから一階まで。
呆然とする店員は中尉に任せ、脱兎のごとく男の後を追った。
※
バックパックからヘッドセットを取り出し、素早く装着。同時に、頭も軍事作戦のそれに切り替える。
「聞こえますか、リアン中尉?」
《ええ。大丈夫》
「カメラ、起動します。これが、廃棄区画がテロリストの根城であることの証明になります」
《その通り。今、あなたの五十メートル後方にいるわ。合流する?》
「いえ、中尉は周囲の撮影をお願いします。俺が先陣を。援護願います」
《了解》
なるほど、これならここが『廃棄区画』と呼ばれるのも無理はない。
先ほどルイスから聞いた話では、新たな港湾経済地域を造ろうとして計画が頓挫したとか。確かに、鉄筋の骨組みしか組まれていないビル(と呼べるのだろうか?)が列を成している。
高層階に人影はなく、浮浪者が十人近く、鉄筋の柱の下で生気のない顔で酒をあおっている。
ふと、横合いから人の気配がして、俺は身を潜めた。ホルスターから拳銃を抜き、両手で持って身構える。
現れたのは、スキンヘッドの長身痩躯の男。小振りの自動小銃を片手で握り、警戒心など微塵もなくふらついている。
俺は音を立てずに横合いから飛び出した。即座に背後を取り、首に腕を回して窒息させる。
相手の意識が朦朧としてきたところで、その右手の甲を蹴り上げて自動小銃を叩き落す。
すると、ちょうど相手が失神するところだった。
「借りるぞ」
とだけ呟き、俺は自動小銃を両手で構え、廃棄区画の奥地へ向かった。
途中、似たような相手に二人出くわしたので、片方の自動小銃を中尉に渡し、もう一人の小銃からは弾倉を拝借した。
しかし――。
意外なほど、ここの空気は凪いでいた。殺気が散漫としているのだ。
俺たちが気づかれていないからか? それでもここは、いくつもの武装組織の寄り合い所帯となっているはずだ。油断は禁物。
よりしばらく進むと、街中で感じられた『工業臭』とでも呼ぶべきものが薄まってきた。海が近い。しかし、ここに至るまでに遭遇してきたのは、無法者の集団ばかり。黙って通り過ぎるのは簡単だった。これが演技を伴った罠だとは考えづらい。
俺の思考に、殺気が一閃走る。俺は転がるように自身の身体を突き飛ばし、太い鉄骨の陰に隠れた。なるほど、ここから先がテロリストの縄張り、というわけか。
「中尉、上方に気をつけて。映像をルイスに中継してください」
《了解!》
俺はひょこひょこと身を翻し、敵の銃弾を回避しつつ、その位置を見定めた。
パタタッ、と三連射。それだけで、相手は崩れ落ち、そのまま地面に落下した。ごきり、と首の骨の折れる音がする。俺は手早く弾倉と手榴弾を頂戴した。
すると、海に面したT字路の両端から、重装備の敵が現れた。その数、六名。
きっと、ロンファを殺した銃撃事件の連中とは別のグループだろう。そうでなければ、既にリールの専用機――『バーニー』と言ったか――に斬殺されている。
「中尉、退きましょう! これほどの武装をしているのは、例のテロリスト以外には考えられません! 映像は十分撮れました!」
《了解、退路を確保するわ!》
俺は鉄骨の陰からずいっと顔を出した。全景をカメラに収める。そして、気づいた。
「あいつら……!」
テロリストたちの後方には、ぼろい漁獲船があった。なるほど、無人であると見せかけるために、わざわざぼろい船で、この湾口に着岸したのだ。
俺は、傾いだ鉄骨を蹴倒したり、手榴弾を放り投げたりして、どうにかテロリスト共の射程から逃れた。
《デルタ伍長、無事?》
「そのまま走ってください、表通りに出れば安全です」
《了解、あなたも早く!》
「了解」
素っ気なく中尉に対応し、俺は最後の手榴弾を投擲した。あとは、鉄骨の間を抜けながら駆け戻るだけだ。任務完了、といったところか。
※
「これが、自分たちが突き止めたテロリストの潜伏場所です」
「ふむ……」
ピシッと横一列に並んだ俺、リアン中尉、それにルイス。
廃棄区画から抜け出した俺と中尉はホテルに戻り(門番を務めていた兵士は、未だに目を覚ましていなかった)、ルイスの下に転送されていた映像を確認した。
そして現在、首都防衛部隊司令官であるグレンド・アールゼン大佐の執務室に赴き、説得を試みている。無論、この廃棄区画に攻め込む許可を得るための説得である。
「テロリストのみならず、暴力沙汰に慣れた連中もここには巣食っているのだろう?」
「だからこそ、海側から強襲をかけ、廃棄区画の入り口から挟み撃ちにして殲滅すると申し上げているのです」
口髭をカールさせながら、ソファに背を預ける大佐。
リアン中尉の模範解答的な説明は通用しない。そう判断した俺は、今度は自分で語り出した。
「目標となるボロ船は、ちょうど接岸しています。ステッパーを含めた重火器で、一気に焼き払ってしまってはいかがですか?」
「それでは、敵国との繋がりを示す証拠をも失うことになるだろう? 潜入して制圧すべきだ」
俺は危うく舌打ちをするところだった。確かに、大佐の言うことは正しい。認めたくはないが。一々癪に障るんだよな、この男。
「ステッパーの投入は、今回はなしだ。首都防衛部隊の第一課の、エリート歩兵部隊に任せる。潜入は海から、という案は考慮させてもらおう。よろしいな、リアン中尉?」
「大佐が仰るのでしたら」
「うむ。それでは、作戦参謀との協議に入る。中尉、君は来てくれ。デルタ、ルイス両伍長は、自室にて待機。特にデルタ伍長、これ以上勝手な真似は許さんぞ」
「はッ……」
俺とルイスは、(半ば渋々)綺麗にお辞儀をして、大佐の執務室をあとにした。
※
作戦失敗を耳にしたのは、翌日未明のことだった。俺の部屋に、ルイスが飛び込んできた。
「返り討ちに遭ったのか?」
「違う。あの船自体がダミーだったんだ」
俺より先に情報を掴んだルイスを、俺は質問攻めにする。
「ダミーってことは、まさか……」
「ああ。突入した第一課歩兵部隊は、全滅に近い損耗を被った。船には至るところに爆発物が仕掛けられていて、ほとんどの隊員が潜入したところで起爆されたらしい」
「具体的には?」
「えっ?」
「具体的に、何人生き残って何人戦死したんだ?」
するとルイスは眉間に手を遣り、額に掌を当てながらこう言った。
「突入したのは十五名、うち九名が死亡。残る六人は全員重傷だ」
「ああ……」
俺はふらふらと足元を緩ませ、反対側の壁に背を押し当てた。
「俺たちがこんな作戦を勝手に立てたりしなければ……」
「君のせいじゃない、デルタ。軍の上層部だって、この作戦を認可した責任――」
「畜生!」
俺は思いっきり腕を振り上げ、後ろ手に壁をぶん殴った。
まさにその時、ノックと同時に部屋のドアが押し開かれた。
「デルタ伍長!」
そこに立っていた人物の厳しい顔つきに、俺ははっとした。
「リアン中尉……。俺たちの作戦で、死傷者がたくさん出たんです。今ルイスが教えてくれて――」
と言う間に、中尉は大股で俺に近づいてくる。そして、無防備な俺の左頬をぶん殴った。拳でだ。
「あなただけが苦しんでるだなんて、思わないで!」
呆気に取られる俺。わたわたしているルイス。そして、肩をいからせている中尉。
「今回の事件は、私に責任があるのよ! 三人の中で、階級が一番上なんだから!」
その言葉に、カチン、と何かが弾けた。
「じゃあ、俺の代わりにあんたが苦しめばいいってのか?」
上目遣いで中尉を見つめる。未だかつてない俺の言動に、中尉もルイスも戸惑いを隠せない様子だ。
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