第22話


         ※


 翌日、午後一時。

 予定通り、慰霊祭は開始された。軍属は制服を、政府関係者は背広を着て、この行事に臨んだ。

 

 初めは屋外での開催が計画されたらしいが、急遽変更になった。外気があまりに暑すぎるのだ。結局、慰霊祭は軍の大講堂で行われることとなった。俺は、冷房の完備された施設内でこの行事が執り行われることに、心底ほっとした。


 これには、ただ単に『涼を得たい』という以上に、重要な理由がある。

 ここで慰霊される人々の中には、俺の知人が少なくとも二人、混じっている。言うまでもなく、ワイルドット・スランバーグ将軍と、ロンファ・ホーバス伍長である。


 暑さに参って集中力を欠くことは、二人の顔に泥を塗るようなものだ、と俺は考えていた。だからこそ、慰霊祭の開催場所が屋内に移ったことは、俺にとっては幸いだったのである。

 今重要なのは、お偉いさん方の決まり決まった演説に耳を貸すことではない。そんなもの、新聞にもテレビにも、そこいら中に溢れている。


 では何が重要なのかと言えば、心を落ち着かせ、二人を始めとした犠牲者の冥福を祈ることだ。

 そこに言葉はいらない。それでも演説は、そこに集った人々の心をまとめる、という程度の働きなら果たしてくれる。静かな講堂で耳目を閉ざし、俺は犠牲になった人々が天国への階段を登っていく様子をイメージした。


 だが、想定外の邪魔が入った。甲高い声が、俺の耳どころか脳みそにまで捻じ込まれてきたのだ。


「ねえ、お姉ちゃん。一昨日のあたし、頑張ったよね! 『バーニー』の操縦にも慣れてきたし、もっともっと敵を殺せるよね!」

「ちょっと、何てことを言い出すのよ、リール! 今は亡くなった人の供養を――」

「でも、そんなことしたって、死んじゃった人は生き返らないよ? 意味ないじゃん! だったら新しい敵をやっつけた方がいいって!」


 刺さるような視線を浴びながら、会話をしているのは二人。言うまでもなく、リアン中尉とリールのガーベラ姉妹だ。


「リール、いい加減にして。皆、静かにしているでしょう? どうしてあなたは従えないの?」

「だって意味ないんだもん」


 意味がない? その言葉に、俺は勢いよく振り返った。


「リール、てめえ今何て言った?」

「あら、デルタ伍長。目上の人間には、ちゃんと敬意を払いなさい。あたしはリール『軍曹』よ。呼び捨てとは、いい度胸ね」

「そんなことはいい。どうして意味がない、なんて言うんだ? 人が死んでるんだぞ!」


 冷房が効いているにもかかわらず、俺は額や背中から、嫌な汗が滲んでくるを感じていた。


「ちょ、ちょっと待って、デルタ伍長!」

「止めないでください、リアン中尉! あなたは身内だから、まともに説教ができないんだ! だったら俺が変わりに――」


 と騒ぎかけた、その時だった。


《お集りの皆様にお知らせします。遅れて到着予定だったバルシェ・ルードリッヒ中佐の専用車が銃撃を受けました》

「な……!」


 一瞬でざわめき立つ会場。

 これには、流石の俺も背中が凍る思いがした。面識はないが、バルシェ中佐はスランバーグ将軍の懐刀で、重要な意志決定の場にはいつも詰めているらしい。

 そんな人物が急襲された? リールの戦いでは、敵は殲滅しきれなかった、ということか。


 中佐が負傷したか否か、それが明らかにならないまま、慰霊祭は唐突に解散となった。


         ※


 俺たち兵士が警護を務める中、慰霊祭に出席していた要人たちの退避が完了した。自分たちもホテルに戻る。幸い、敵襲はなかった。


「ルイス、中佐の容体は?」

「命に別状はないそうだよ」


 手持無沙汰な特殊部隊員に話を聞いていたルイスが、俺たちに伝えてくれる。


「他の銃撃事件は?」

「ないようですね。中佐だけを、ピンポイントで狙ったんでしょう」

「なるほど」


 ルイスの言葉に、顎に手を遣るリアン中尉。リールは状況を把握していないのか、そばの椅子に座って足をぶらぶらさせていた。


「どうしてロケット砲を使わなかったのかしら?」

「持ち運びが困難だからでは?」

「だったら狙撃銃も同じよ。相手はわざわざ狙撃銃を使ったのか、それとも狙撃銃しか使えなかったのか」


 中尉はやんわりと俺の意見を退け、再び視線を落とす。


「その二択でしたら、敵は『使えなかった』のだと思います」

「どうして、ルイス伍長?」

「もしロケット砲に残弾があれば、さっきの慰霊祭会場を襲っていたはずです。確かに、会場の警備は万全でしたが、自分たちの意志表示をするためなら警備隊をロケット砲で襲えばよかったでしょう」

「でも、そうしたら反撃に遭って全滅させられるぜ?」

「そこだよ、デルタ」


 ルイスは大きく頷いた。


「中佐を銃撃したのは牽制だ。本当はロケット砲を使いたかったんだろうけど、残弾がもうなかった。あるいは偽装している。こちらに潜入した敵の兵士たちは、まだ戦う気なんだ」

「どう思います、リアン中尉?」


 俺が振り返って中尉の方を見ると、


「私から上官に進言しておくわ。ありがとう、二人共」


 リアン中尉はさっと踵を返し、司令室へと駆けていった。


         ※


 それから三日間は、何事も起こらなかった。警察も治安維持部隊も、血眼になって襲撃犯、否、テロリストを探している。

 俺たちは、最初に与えられたホテルで半ば軟禁状態に遭った。もちろんそれは、俺たちの安全を考慮してのことだ。が。


「チッ!」


 仰向けになっていたベッドから立ち上がり、俺は頭を掻きむしった。

 ひたすらに苛立っていたのだ。

 中尉に抱き締めてもらってから、暴れることはなくなった。しかし、それで将軍やロンファの無念を晴らせるわけではない。


 俺の望みは、さっさとテロリスト共を掃討することだ。自身の、この手で。

 それなのに、外出どころかこのフロアから出ることまでもが制限されるとは。悪態の一つもつかなければ、やっていられない。


「畜生……」


 俺はがっくりと肩を落とし、両の掌をデスクに着いた。ちょうどドアがノックされたのはその時である。


「デルタ、いるかい?」

「ああ。鍵は開いてる。勝手に入ってくれ」


 ルイスに振り返りもせず、俺は応じる。しかし次に聞こえてきた声に、はっと顔を上げた。


「失礼するわね」

「リ、リアン中尉……」


 俺は敬礼も何もすっぽかして、慌てて振り返った。


「おはよう、デルタ伍長」


 中尉は微かに頬を染めたように見えたが、俺の気のせいだったのだろうか。


「どうかしたんですか、二人共?」

「ルイス伍長が、この街の最新の地図を手に入れてくれたの。どうやらテロリストたちも、同じものを持っていたのかもしれない」


 ルイスがいそいそと、ポケットから紙片を取り出す。入手したのを他の軍関係者に悟られまいとしているかのように。

 広げられた地図を見てみると、どうやら港湾部の、廃棄区画をクローズアップしているようだ。


「デルタやリアン中尉なら、実戦経験があるから、どこに敵が潜んでいそうか分かるんじゃないかと思って」

「いやちょっと待てよ、ルイス。警察や軍は動かないのか? どうして放っておくんだよ」

「この周辺は、浮浪者や犯罪者の巣窟なんだ。警察や軍が踏み込んでも、返り討ちに遭わされるんだそうだ。どれだけ武装していても、どれほど威嚇しても、連中は引き下がらない。交渉も何も通用しない。それに、こんな場所に貴重な戦力を割くほど、この国は裕福ではないんだ」

「ふむ」


 俺は疑念を抱いた。

 首都であれだけの事件が発生したのに、テロリストが最も潜伏していそうな場所を捜索範囲から外すとは。

 まさか、正規の軍属はこの地図の存在を知らないのではあるまいか? それで、危険すぎて捜索に踏み切れないのではないか?


「できる限り、少人数で踏み込む必要がある。だけど、これを警察や市街地の警備部隊に見せても握り潰されるだけだ。それに、こんな場所ならテロリストたちもアジトにするのに相当な苦労を強いられるはず。頼れるのは、君とリアン中尉だけだ」

「つまりルイス、首都直属の治安維持組織は使えないから、俺と中尉にガサ入れをさせようってことか」

「聞こえが悪くて申し訳ないけれど……。でも、理解が早くて助かるよ」

「そいつは光栄だ」


 俺はバチン、と掌と拳を打ち合わせた。


「テロリストの具体的な位置が掴めれば、当局も動き出すだろう。その証拠になる写真や画像、映像が必要なんだ。安全なルートは、今すぐにでも書き込める。問題は――」

「どうやってここから脱出するか、よね」

「ええ、中尉の仰る通りです」


 小刻みに頷くルイス。


「まあ、私とデルタ伍長なら何とかできるわ。早速、動くわよ」

「えっ、もう……?」

「了解です」


 呆気に取られるルイスに見せつけるように、俺はぐっと首肯した。

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