在職日数7日目
「さて、着きましたよ。魔法科です」
魔獣科と点対称に位置する魔法科は、キールとやらを訪れた場所だった。あの時は確か――、召喚魔法とか言っていたか。実験場の疑いもまだあるが、警察に突き出すには証拠を集めなければならない。
「いまは氷結系の魔法ですかね。覚えれば、日常生活でもけっこう便利ですよ」
覗いてみれば、生徒たちは思い思いに氷の彫像を生み出している。白鳥――のようなものであったり、剣であったり、本当に様々だ。
「基本は元素の力を借りて何かを生み出しますが、魔獣や魔道具があればそこに存在しないものを作ることも可能です。ほら、彼女なんかは上手く組み合わせていますよ」
肩にはハリネズミに似た生物を乗せた女子生徒は、冷たい氷を穿って、殺傷能力のありそうなものを突き出させていた。棘だ。それも金属でできていると見える。
形も彼女のペットを模しているようで、精密である。それがどのくらいすごいのかは分からないが、太郎は一応感心した。
「ブバール・クオガ。わたしの姪なんです、可愛いでしょう?」
感心したが、ただの姪自慢だったようだ。顎を撫でていた行為を返してほしい。だが何もない場に氷が出現すること自体あってはならないのだ。いったい何のマジックなんだ?
「クオガ!」
「――ライランおじさま!」
振り向いた女の子は確かに可愛かった。彼女も完璧なまでに外国人と呼べる容姿をしており、言われてみればライランと似ていないこともない。しかし太郎には海外の顔の区別がつきにくく、果たして他人と言われればそのように流していたかもしれなかった。
金髪を頭のてっぺんでひとつ括りにし、それを揺らしてこちらに駆け寄ってくる。背中にはガチャガチャと、コウモリの羽骨格のようなものを携えていた。この親族は心底コウモリが好きらしい。
「こちらは?」
「こら、クオガ。名乗りは自分から上げなさい。ニホンの礼儀ですよ」
日本人であるから気を遣ってくれたのだろうか。太郎に気付いてクオガは訊いたが、叔父に説教されて慌ててお辞儀をした。右手を腰に、左手をみぞおちに添えて、少し頭を傾ける。
「失礼いたしました、わたくしはブバール・クオガと申します。ブバルディア学園、ライランが叔父。ふつつかではありますが、以後お見知りおきを」
「は、はぁ、そう、ですか」
急に覚える人物が増えては堪ったものではない。重要な人物はこのライランとキールくらいだとは思うが、次に会ったときに名前だけでも覚えておかなければ国民の信用にも繋がる。……いや、ここは日本ではなかったな。
薄ぼんやりと落胆の想いが過り、どっと疲れが出た。先程まで寝ていたのだが、もうすでに横になりたい。
「彼はソウマ・タロウさん。今回の交換召喚生です。少々手違いがありましたが、タロウさんには学べることがあれば学んで帰っていただければと思っています。ね?」
最後は念を押すようにこちらを見てくる。太郎はさも嫌だと言わんばかりに顔をしかめたが、やはりライランには効果を感じられなかった。どうしても太郎にここで何かをさせたいらしい。
「初めまして、タロウ! やっぱり魔法科を専攻してくれるのよね!?」
いままでの敬語はどこへやら。クオガは太郎に向き直ると、まるで同級生のように話しかけてくる。青い目を細めて笑っているが、悪魔の囁きにしか聞こえなかった。
「あぁー、それがですね……」
何やら叔父が姪っ子に耳打ちしたかと思ったら、急に残念そうな顔をして太郎を見た。何ですか、そんな憐れんだ顔は!?
「そうなんだぁ。でもでも! 魔力がないからって落ち込むことないよ!」
「はい? 魔力が、ない……?」
「タロウさんにはまだお話してなかったですね。残念ながら、あなたには潜在魔力がないようでして……」
申し訳なさそうに、かつ腫れ物に触るように慎重に言われても、別に気にすることはない。魔力が欲しくて生まれてきたわけでもないし、この変な世界で生きていくためでもない。自分は日本という故郷で、家族で平和に暮らしていきたいだけなのだ。
「しかし……龍太郎は正真正銘、わたくしの息子ですよ? わたくしに魔力とやらがないのなら、倅にもないのではないですか?」
「魔力は家系や遺伝で決まるものではありませんから」
「はぁ」
そのメカニズムは分からないが、確かに己の父母も政治家に向いているかと言われれば甚だ怪しいものだった。学力や体力と似たようなものだろうか。だが、ここまで残念がられると、恐らく増やすことはできないのかと思われる。
「だけど、魔道具を作ったり、サポートをしたりすることはできるから! ぜひここで学んでいってね!」
必要とされていないなら、できれば帰りたいのだが。けれどすんなり帰してくれるなら、手違いと分かった時点でそうされていただろう。
いったい何をさせる気なのだ。太郎は最短でも三ヶ月、この不可思議な学校に監禁されること間違いなしだ。この体制なら逃げようと思えば逃げられるかもしれないが、外で危険にさらされることになるやもしれなかった。
「まぁ、それは追々。クオガ、ありがとう。授業に戻りなさい」
「はぁい!」
元気よく返事をして、再び机に戻っていった。緊張で感じにくくなっていたが、この部屋は肌寒い。身震いをしていたのをライランは見て取って、学長室に戻るように促してくれた。
「第一校舎にある教室はこれで終了です。一度わたしの部屋に戻りましょう」
戻って、また椅子に座り、学園の見取り図を渡される。なんだ、普通の紙もあるじゃないか。中の字型に似た学び舎。口の角に三つの教室とひとつの医務室。縦線の下側に玄関、中央に学長室、上には召喚陣室と書かれている。
「召喚……?」
そう言えばまばゆい光に包まれてこの学校に来たとき、一本道を担いで通らされた気がする。ならばここが最初に足を踏み入れた場所ということか。記憶と地図を照らし合わせていたところに、青年が話しかけてきた。
「それは差し上げます。あと、こちら学生手帳と校章と……学生服も必要ですねぇ」
「ええっ!? そんなに必要ありませんよ! わたくしはもういい歳をしたおじさんですよ!?」
「しかし、学生はみな平等ですから。そんなに手間のかかるものでもありませんし。ただ学科ごとに仕様が異なっていますので、選んでいただく必要があります」
男性とは思えない白くて細い指が、校内図の上からいままでの道筋を辿る。右下の医務室からスタートし、反時計回りにくるりと円を書いた。
「この中から、ですか……?」
どれを選んでも不安しかない。それにどうして自分がこのライランというどこの馬の骨とも分からない青年に、良いように促されているのかも気になるところだ。学生は平等と言われても、こんな老人と青少年では、大いなる差になる。
どうしてもと言われても、この中からはどうしても選べない。
「……おや? ここに、社会科、とありますが?」
離れのようにひっそりと、第一校舎の左下に小屋の影がある。その響きは有り得ない世界観にはいくらか救いのように聞こえた。あぁ、と一呼吸置いて、ライランは答えてくれる。
「そこは元々医務室でしたが、年々生徒が減ってしまったので入れ替えたのです」
「ここでは、何を?」
唯一説明がされなかった学部に少しだけ興味を持つ。魔法を関するようなものでもなかったし、元の世界にも馴染みの深い単語であったためだ。
「あまり面白味はありませんがねぇ。ここでは大陸の歴史や魔法の発達過程、著名な魔法使いなどを学んでいます。実践ではなくずっと机にかじりついているようなものですので、あまり人気がありません。とは言え、定期的にフィールドワークは行いますが……」
「魔法は、行わないと?」
返答に困りながらも、ライランは肯定する。いわば花形の魔法科や魔獣科とは違い、デスクワークメインの学科に興味を示す召喚生はほとんどいなかった。過去にいるにはいたが、ライランが学長となってからは見たことがない。
本当に関心を示す者がいるとは、半ば信じられなかったのだ。互いに腫れ物に触るように、動向を探りながら、両者は否定と肯定を繰り返す。
「しかし、タロウさん。確かに魔力は必要ない学科ですが、その、もっと向いている場所があるのではと……」
「ミスター・ライラン。わたくしには魔法というものがさっぱり理解できません。ならば政治家として、国の手助けをするのが一番かと思います。わたくしがここにいる必要性も感じられませんが……どうしてもと仰られるなら、わたくしはここを選ばせていただきます」
「いやぁ、ですが、あまりパッとはしていないですから……。もっと魔法の何たるかを深く知ってからでも遅くはありませんよ?」
これでは攻守逆のようだ。そちらがその気なら、こちらは期待を裏切ってやろうと意地悪く算段する。結局のところライランが少し折れて、それならば一度社会科へ見学へ行くことになった。あまり押しには得意ではないらしい。
確かに内部を一瞥しないわけにもいかないだろう。もしここで決断して、蓋を開けてみればおかしな場所だったら後悔しかないからだ。
「分かりました。行きましょう」
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