宣言

「僕、配信を続けるよ」


 居住まいを正し、僕は両親と向き合う。なお、全員分の椅子はないので、葵達四人は僕の後ろで立っている。そうされると両親としてはプレッシャーかもしれないが……。

 僕の宣言に、父は端的に尋ねてくる。


「自分で考えて、決めたのか?」

「うん。決めた。まぁ、皆の後押しもあるし、皆の支えがなければできないだろうとも思ってる。でも、決めたのは、僕だ」


 いつの段階で決めたのかは難しいが……とにかく、今の僕は、配信を続けることを決めている。


「僕の配信は、もしかしたら、危うい部分もあるのかもしれない。だけど、僕だからこそできることもあるんだ。だから、やる。それに、何かあれば一生でも戦い続けるよ。今なら大丈夫。ちゃんとできる」


 大事なものがある。この四人のことを、僕は命をかけてでも守りたいと自然に思える。だから、一生だって、戦える。


「そうか……」


 父は何度か頷く。一方、母はまだ心配している。


「でも……光輝に何かあったら」

「何も起きないよ。何も起きないように、ちゃんとやる。僕だけのことじゃないんだ。僕も、僕の家族も、そして、後ろの四人と、その家族。誰にも迷惑をかけないように、ちゃんとする。だから、安心して」


 本当は、こんなことを確約できる訳じゃない。だけど、ここで誓ったことは、決して無駄にはならないと思う。細心の注意を払うときのトラブルと、いい加減に取り組んだときのトラブルは別物だ。


「そう……」


 母が、おそらくはたくさん言いたいことがあるのを飲み込んで、ゆっくりと頷いた。そして、後ろの四人に対して、やや戸惑いがちに声をかける。


「あの……まだどういう関係なのかはわからないのだけれど……光輝を、宜しくね? 光輝は……たぶん、本当は強い子なのだろうけれど、親の前ではそれを見せてくれないの。だから、心配ではあるの。支えてあげてね?」


 その言葉に四人が元気よく返事をする。母はやや面くらいながらも、柔らかく微笑んだ。

 そして、父が続ける。


「光輝は、周囲に流されることが多いと思っていた。自分の意思があまり見えないところもあって……心配だった。だが、今は、何か決意が見える。

 自分で決めるってのは、大変なことだ。責任は自分にある。誰のせいにもできない。失敗も、成功も、自分で請け負う。……頑張んなさい」

「うん。ありがとう」


 短くはあったが、ここで両親との話し合いは終わる。が、最後に、大和が僕ににやにやしながら問いかける。


「で、この四人は全員、光輝が好きなんだよな? 告白もしてきてるんだろ? 誰が本命なの? それとも、皆まとめて光輝の彼女ってことでいい?」


 両親も、先程の真剣な様子から変わり、そわそわし始める。


「あー……それなんだけど……」


 僕は、立ち上がり、背後を振り返る。四人の視線が僕に集まった。


「……正直に言う。僕はまだ、誰が一番とかは言えない。だから、もう少し友達でとして付き合ってほしい」


 僕の言葉に、四人がやれやれ、と溜息。

 そして、葵、翼、怜、灯、の順に一言ずつ。


「わたしは別にいいよ。光輝の気持ちが固まるまで待ってる。まだまだ、お互いのことなんてわからないことばっかりだしさ」

「ま、仕方ないです。それなりに手応えは感じてますし、時間をかけるほど誰のことも切り捨てられなくなると思いますので、待ちます」

「……私としても、もっと話す時間がほしい。まだ、何も光輝に伝えられてない気がする」

「私は翼さんに同意ですねー。時間をかけるほど、皆を大切にしないといけなくなるでしょう。決断は遅くていいですよ?」


 さて、本当に、この四人とはどうやって付き合っていけばよいのか……。


「光輝、ちゃんと四人とも幸せにしてやれよ? じゃないと、俺が光輝の配信炎上させるぞ?」


 ニシシ、と大和が笑う。冗談だろうけれど、スミスに見つかったらまずいかもしれない。本当にやめてくれ。

 それから、今日はもう遅いということで、四人は帰宅することに。

 まずは翼を家に送り届けることになり、ボチボチと五人で歩く。


「全く、光輝さんは相変わらずへたれですよねー。ご家族の前ではああいいましたが、さっさとあたし達皆を召し上がってくださればいいんですよ。そうすればまた決意も固まるでしょうし」


 翼が文句を言いながら僕の背中を叩く。


「いや……その、すまない」

「ちなみに、あたし、今日結構頑張ってましたよね? ご褒美にハグしてください。それくらいいいでしょう?」

「あー、えっと……」

「ちょっと待って。それならわたしも。翼ほどじゃないけど、ちょっとは頑張ったよね? ご褒美欲しい。わたしもハグでいいよ?」


 翼に続いて葵もそんなことを言い始め、さらに怜と灯も続く。


「……私は、まだ、あんまりだけど……何か、欲しい」

「うーん、なら、私もちょっと何かください。ハグがダメならキスでもいいですよ?」

「それ、ハードル上がってるから」


 それを聞き、翼が割り込む。


「待ってください。頑張り具合は皆違うのに、皆ハグっておかしくないですか? 怜さんや灯さんがハグなら、あたしはもっとすごいのください。ハグの後に頬にチュウでいいですよ?」

「……わたしは、えっと……じゃあ、ハグをして、手の甲にキスとか?」

「葵さんはロマンチストですね。ま、それくらいが妥当でしょうか。さ、光輝さん。覚悟はいいですか? 功労賞のあたしが一番最初ですからね!」


 僕が良いとも悪いとも言う前に、翼が僕の胸に飛び込んでくる。それを避けるわけにもいかなくて、思いきり抱き止めることになった。

 柔らかな感触に、ふわりと香るシャンプーの香り。抱き締めた体は、残暑のせいもあってか少しだけ汗ばんでいる。でも、そのじとりとした感じと、胸部の膨らみが煩悩を刺激して……。

 ああ、やばい、思考が回らない。

 うりうり、と頭をすり付けてくる翼。抵抗できず、僕はなすがままだ。


「光輝さん、大好きです」

「ちょっと、いつまで抱きついてるの! 次はわたしだよ!」

「えー、そんなに時間経ってないですよ。まぁ、しかたないですね。光輝さん、ほっぺにチュッと、お願いします」

「えっと……」

「なんですか? あたしの頬にはキスできないとでも?」

「そんなことは……」

「じゃあ、はい。どうぞ」


 翼が顔の角度を調整し、キスをしやすくする。……もう、やるしかないか。

 覚悟を決めて、求められるままに翼の頬にキスをする。他人の頬に触れるなんて、幼少期以降は本当に久しぶりで……いや、そんなことではなくて、単に、女の子の頬って本当にすべすべで柔らかくて、妙に高揚してしまった。

 唇を離すと、翼がにんまりと微笑む。


「ふふ? 光輝さんの初頬キッスをいただきました。これからもっとたくさんの初めてをいただきますからね? 覚悟してください?」

「……ああ、うん」

「ああ、うん、じゃないよ? 光輝、初めてのことで緊張したりもあるだろうけど、なんでも翼のなすがままじゃダメだからね?」


 葵が翼を引き剥がし、かと思えば、さっきまで翼のいたところに葵がすっぽりと収まる。


「……好き」

「……ありがとう」

「……ああ、もう、わたしだけのものにしたいなぁ。でも、それは難しい気が……でも、とにかく、好きだから」

「うん。ありがとう」


 ほどなくして葵も離れ、その後、その右手の甲にキスをした。


「まぁ、手の甲じゃ、あんまり色気もないだろうけど……」

「……でも、これも初めてではあるな」

「そかそか。ま、これからも宜しくね。わたしの、王子様?」

「王子なんて柄じゃないさ」


 ふふ、と笑いあう。

 そして、怜と灯にも同じようにハグをして、なんだか色々といっぱいいっぱいになった。


「光輝君、どのお胸が一番好みでした? 当たってたでしょ?」


 灯がにやにやしながら問いかけて来て、思わず赤面。


「だから、そういうの訊くなって……」

「あはは。まぁ、どうでもいいことですけどね。皆のこと、大事にしてください」

「私も、まだまだ頑張る。光輝、私のことも、見てて」

「わかってるよ」


 怜は胸を隠しながら僕に話しかけるのだが、その方が余計に意識してしまうからやめてほしい。

 ふと空を見上げると、雲のない空に、星がポツポツと光って見える。


「……これからが本当の戦いだ」


 なんとなくそう呟くと、四人がぶふぅ、っと吹き出した。


「な、急に何を?」

「光輝さん、それは急すぎです」

「ある意味、センスある」

「……録音しておきたかったです」

「……いや、なんていうか、ごめん。人生で一度でいいから、言ってみたかったんだ」


 自分で言って、本当に恥ずかしくなってきた。何を言っているんだ僕は。

 恥ずかしさを誤魔化すため、率先して先頭を歩き出す。

 笑い声をあげながら追ってくる四人の足音が、本当に心強かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る