葵に向けて
「話し合いの前に、光輝君。私のこと、灯さんって呼んでもらえませんか? 他の皆はもうそう呼んでくれているのに、光輝君だけ苗字っていうのも寂しい気がします」
灯がそんなことを切り出してきたのだが、特に反対する理由もなく、今後は灯さんと呼ぶことになった。距離を詰めた割に丁寧なしゃべり方をやめないので少々違和感はあるが、灯としての線引きがあるのだろう。あえて指摘はしなかった。
それはさておき。
話し合いを進めて、僕達の配信でやっていくと良さそうなものがいくつか上がったので、それをスマホ上でメモし、全員に共有。
・今まで通りの、僕の雑談
・事前に相談事を募集し、各自の得意分野について回答
・ラジオ配信(参加者は都度決める)
・怜と灯の歌(そこに翼のダンスを加えても良い。もしくは、怜が歌って翼と灯がダンス)
・翼か灯、もしくは二人のダンス(他の人が加わっても良い)
・大和をゲストとして迎えて雑談など
・ゲームしながらの配信
・おすすめの本の紹介
・簡単なダンス講座
・器楽曲の紹介
「……こうして見ると、わたしには人に誇れる技術とか知識がないってのを痛感するなぁ。ゲームが好きって言っても、あくまで一般人のレベルだし」
溜息を吐く葵に、沖島が言う。
「この範囲だけで考えるなら、清水さんの強みは、特定の分野で人より活躍するっていうことではないんでしょうね。配信向きではないかもしれませんが、それは悪いことでもありません。清水さんは、この中で一番、人としてのバランスが取れていると感じます。
昨日、怜さんも言ってましたが、人としてできるべきことがきちんとできるって、大事なことです。この面子がまとまれるのは、清水さんの存在が大きいと思います。いるのといないのとで、安定感が全然違います」
「そうですかね……」
「ええ。でも、清水さんも、やってみたら案外色んな強みはあるんじゃないかと思います。チラッと見ただけですけど、妹さんとの日常を話しても面白そうですし、単純に誰かの話し相手になるのもいいでしょう。
清水さんは、あまり偏りがなく、雰囲気が柔らかく、朗らかで明るい。嫌みもなくて、自分を過剰によく見せようともしない。面倒見の良さや優しさも持っています。
特筆して何かができるわけじゃなくても、ただ普通にしているだけで魅力的な人だと思います。配信を始めたら、自然と人気が出るでしょうね」
沖島の評価に、葵は戸惑っている様子。
「そんなもんですか?」
「そうですよ。だからこそ、光輝君も……あ、これは言わない方がいいんでしたね」
翼の方をチラリと見て、灯が言葉を濁す。何を言おうとしていたかはわからないでもないが、ここは流そう。翼の目が怖い。
「ふん。灯さんの言いたいことはわかりますよ。葵さんは、友達や恋人としては大変魅力的でしょう。葵さんが普通に雑談しているだけで、葵さんを好きになる人はいるはずです」
吐き捨てる翼に、怜が続く。
「それは私も思う。葵とは、ずっと友達でいたい。どんな話でもできる包容力があるし、女の子にありがちな嫌な感じが全然ない。一緒にいて自然体でいられる。配信をしていても、そういうのを魅力的に思う人はいるはず」
「そ、っか」
褒められ、葵が照れて赤面する。そこで、灯が僕の方を向いて何かを目で訴えてくる。何か言え、ということだろう。
しかし……あまり意識しないようにしているが、僕がこの四人の中で一番好意的に見ている人は葵だ。皆それぞれの魅力はあるけれど、葵の器の広さなんかに惹かれている。一緒にいると落ち着くし、安心するし……。とはいえ、それをここで言ってしまうと問題がありそう。
少し考え、別のことを口にする。
「……葵は、特別に一つの能力を磨いてきたわけではないんだろう。だけど、人としての能力は高いと思うし、器も大きい。葵が傍にいてくれることの安心感は本当にありがたいよ。
それに、自分には何もないと思うからこそ言えることはあるから、葵の存在も貴重だと思う。
多くの人は、他人に誇れる能力なんて持ってない。それでも、自分なりに頑張って生きて、幸せを掴もうとしてる。そういう人の立場になって考えられるのは大事だし、自分の抱える葛藤を話したり、何かを変えようと挑戦する姿を見せたりすれば、それはそれで人の心を掴む配信になると思う。
そして、趣味が一つに絞られないってことは、広い視野を持てるってことでもある。僕なんかは本のことばかりで、それ以外への関心が薄い。もっとたくさんあるはずの楽しいことに気づかずに終わってしまう。
だけど、葵なら、幅広く色んなものに興味を持って楽しめるはず。
まぁ、これは僕の願望みたいなものだけど、葵には、色んなことを試してみて、これが面白いとか、楽しいとか、紹介してくれたらありがたいかなと思う。深すぎず、広く見るからこそわかること、教えてほしい」
僕の言葉に何を感じたのか、葵がふと思案顔になる。
そして、数秒の沈黙の後、呟く。
「……何も持たないからこそわかること、かぁ。特化したものがない人の、その人なりの楽しみ方を考える……。それは確かに、この中ではわたしにしかできないことなのかも」
「うん。何か一つを極めるだけが幸せの条件ではない。そういうのを教えてくれる人がいてくれたなって思う人は、案外多いんじゃないかな」
「そうだね……。そういう見方もあるよね……。うーん、なんか、そう考えると、わたしの目指すスタンスが見えてくるかも」
葵が一つ頷いて、明るい微笑みを浮かべる。
「じゃぁ、わたしはひとまず、あえての器用貧乏を目指してみようかな。何か一つを熟練させるんじゃなくて、色んなことに挑戦してみて、こんなの面白いよ、って発信できるように努めてみる。
それで上手くいくのか、やっぱり何か特定のものを習熟させたくなるのかわからないけど、とにかくやってみないとわからないもんね」
「うん。僕は頭の中だけで考えを完結させることが多いけど、やってみないとわからないことはたくさんある。
配信だって、大和のことがなければやろうとは思わなかった。なんとなく、こんな感じだろう、って思って終わってた。自分の言葉に、少数でも人の心を動かす力があるなんて気づきもしなかった。
葵も、何かをしてみたら色んな発見があると思う。器用貧乏っていうと悪い印象だけど、世界の広さは、そういう人がよくわかるんだと思う。葵がこれからどんな景色を見ていくのか……楽しみにしてる」
「うん。ありがとう。ぼんやりとだけど、自分の価値を見いだせたよ。やっぱり、光輝と話すっていいなぁ」
葵の瞳に熱が籠る。思わず見入ってしまい、見つめ合う形になる。なんだか胸の内側から温かい感情が沸いてくるのだが、それを意識し始めたとき、右手の甲を爪で摘ままれた。
痛みに手を引っ込め、隣を見る。翼は素知らぬ顔でそっぽ向いていた。正面では灯がクスクス笑っている。
「愛されてますね。皆をバランスよく愛さなきゃいけないとなると、光輝君も大変です」
「そういう状況になると決まったわけじゃ……」
「まだ出会ってから日は浅いので全部がわかるわけではありませんが、このメンバーの中で、一対一の恋愛なんてできます? 誰か一人を選んだら、他とは一歩距離を取ることになるんですよ?
まぁ、皆さんも分別のない子供ではないので、恋人になれないならもう光輝君なんてどうでもいいし、付き合ってる子との関係を壊してやりたいとかはないでしょう。でも、多少のぎこちなさは残るでしょうね。
結局、光輝君が覚悟を決めて皆と上手く付き合った方がいいと思いますよ」
「……灯さんも、割とグイグイ来ますね」
「そうですか? 私は一歩引いて、客観的な意見を言っているだけですよ?」
灯が小首を傾げて艶然と微笑む。客観的、かな? だいぶ願望が混じっていると思うけれど。
「……決めるのは、もう少し先で」
「わかっています。焦らずじっくりいきましょう。ボチボチ葵さんの方も説得していきますし、葵さんの気持ちが動けば光輝君の覚悟も決まるでしょう。
翼さんも、恋はお互いの歩調が大事です。片方だけが突っ走ってもダメですから、ゆったり構えましょうよ」
「……わかってはいますよ。気持ちが先走るのを抑えるのが、日に日に難しくなるだけです」
「焦らなくても大丈夫です。光輝君は皆を幸せにしてくれますよ。光輝君を信頼しているなら、その辺も信頼してみましょう」
「……善処します」
「それ、だいたい善処しない人の台詞ですよ? まあ、いいです。配信の話に戻りましょう」
灯がクスクスとおかしそうに笑う。控えめのスタンスを取っているけれど、案外、策士なのかもと思う。突っ走りがちだった過去を反省し、頭を使うようになった……とか? 行動力も、思慮もあるって、なかなか怖い存在かもしれない……。
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