雑談 1
三人のパフォーマンスが終わり、僕と葵も室内へ。
すると、にっこり笑った沖島が打ち明けてくる。
なお、今日の沖島は、昨日に引き続き少々露出の多い服装。ノースリーブのシャツにショートパンツで、少々目のやり場に困る。
「一応種明かししておきますが、歌については、十五分くらい前に歌うことを決めました。私と怜さんは少し早く来ていたので、雑談してるうちにそういう話しになりまして。でも、翼さんの乱入は想定外です。即興であれだけ踊れるのはたいしたものです」
「なるほど……。なんの打ち合わせもなく踊れるってすごいな」
関係ないが、いつの間にか呼び方が下の名前になっている。女の子って距離の詰め方上手いよな。
さておき、僕が褒めると、翼がデヘヘと嬉しそうに笑う。
「踊るっていっても、単に曲に合わせて体を動かしただけですけどね。そして、自分では何をしたのかあんまり覚えてないので、もう一度再現するのは無理です」
「そっか。でも、やっぱりダンスをしてきた人じゃないと、そういうのって難しいだろ」
「んー、踊ること自体は誰でもできます。これが正しいとかはないので。ただ、ある程度経験がないと、表現の幅が狭いです。
例えば光輝さんがやったとしても、幼稚園児が少ない語彙でしゃべるような拙いものになるでしょう。あたしはある程度やって来たので、高校生の語彙でしゃべるような、それなりのものになります」
「なるほどなぁ。僕は正直、ダンスが何を表現しているかもよくわかってなくて、でも、翼のはすごく綺麗だと思ったよ」
「嬉しいです。ダンスをやってきた甲斐があります。
持論ではありますが、ダンスは言語とは違いますから、何を表現しているかなんてあってないようなものです。この動きはこの意味、と決まっていない曖昧さの中で、なんとなく感情を表現します。喜怒哀楽を表現していることもありますが、アイドルのダンスなんかは、なんとなく綺麗、可愛い、かっこいい、を表現する程度だと思います。よくわかないけど楽しい、というくらいで、見る側としては十分だと思います」
「そっか。そんなもんなんだな」
「そうですよ。明確に伝えたいものがあれば言葉で表現すればいいんです。ダンスは、元より伝えることに向いていません。でも、その曖昧さに面白さがあると思っています」
翼の言葉で、少しダンスに対する認識が変わったようにも思う。僕はなんでも理解しようとしてしまうが、それが必要ない分野も確かにある。ダンスだけでなく、芸術の多くがそういうものなのかなと思う。
「学校では明確に理解することに重点を置きますが、世の中はもっと曖昧なもので満ちています。光輝さんは、そういうのにももっと目を向けてもいいかもですね。もしかしたら、最初はその曖昧さに違和感を覚えるかもしれませんが、慣れたら楽しいですよ。曖昧だからこそ、どこまでも自由です」
「なんか、そう聴くと面白そうだな」
「ダンスに興味を持ちましたら、あたしが手取り足取り教えて差し上げます。それはもう、濃厚に」
うふふ、と不気味な笑みを浮かべる翼。平常運行だけれど、ちょっと怖い。
そこで、怜が割って入る。
今日の怜は、白のブラウスに、薄緑のスカート姿。柔らかく清楚な印象だ。
「曖昧さの話をするなら、音楽だっていいと思う。光輝は歌詞のない音楽、いわゆるインストゥルメンタルとか器楽曲は聴く?」
「ほとんど聴かないな。歌詞のない音楽も、よく分からないと感じてしまうことも多くて……」
「光輝はたぶん、学校で聴くクラシックの曲を、そういう音楽の全部だと思っているんじゃないかな? でも、本当はそんなことない。むしろ、学校で習うやつは、慣れない人には難しすぎてわからない。そのせいで、器楽曲全般が避けられてしまうのは本当にもったいない。教科書には載らない、いい曲はたくさんある」
「そっか……。そういうの、国語の教科書に載っている小説がつまらなすぎて、読書嫌いばかりになってしまうのと似てるのかもな。ある程度読んでいくと文学作品の面白さもわかるんだけど、読書初心者にはライトノベルとかの方が合ってる。ラノベじゃなくても、せめて娯楽小説を先に読んでほしいと思う。教科書よりも先にそっちに触れることができたなら、もっと読書好きが増えるはずだ」
「うん。たぶん、そういうこと。私も、教科書から読書が嫌いになったタイプだから、わかる。もっと、娯楽小説のような音楽を、光輝に聴いてみてほしい。絶対、音楽をもっと好きになる」
怜の切実な訴え。そんなに一生懸命にならなくても、紹介されれば素直に聴くつもりでいるんだが……。翼への対抗意識がそうさせるのだろうか。
「『戦場のメリークリスマス』とか、いいと思う。他にも、ピアノでJ-POPを弾いた曲とかでも構わない。ピアノがあれば私も弾けるから、聴いてほしい」
「うん。わかった。今日は無理かもしれないけど、聴かせてくれ。楽しみにしてる」
そういうと、怜がほっと一息。弛緩した微笑みに、心をそっと撫でられた感覚になる。
そして、怜の隣でやや思案げな表情の沖島が続く。
「うーん、私が紹介できそうなのって、アイドル関連でしょうか? そういうのを好きになっていただいてもいいんですけど、あんまり他の女の子に夢中になってしまうのも考えものですね……。実際、光輝君としては、アイドルってどうなんです? 一般的には結構な憧れですけど、魅力を感じます?」
「僕は……アイドルは嫌いじゃないんだけど、アイドルじゃない歌手の方が好きかな……。歌には、可愛さとか華やかさよりも、もう少し深みを求めているところがあって……。深みのあるアイドルの曲もあるだろうけど、ちょっと違うかなという感覚はあるかも。ついでに、大人数のアイドルグループを見てると、軽く人酔いする感じがあるっていうか、人が多すぎて頭の容量を越えてしまう感覚がある……」
そういうと、沖島が肩を落とし、逆に怜は微笑みを浮かべる。
「それなら、光輝は私と気が合うと思う。私もそういう感覚があるから、アイドルになりたいという願望は薄い」
「私は見せ場がないかな……。でも、これはある意味いいことです。光輝君は、元アイドルっていう肩書きに惑わされず、私を見てくれるってことですもんね」
即座に立ち直った沖島に、翼が問いかける。
「そもそも、沖島さんの立ち位置ってどうなんですか? 光輝さんを狙ってる認識でいいんですか?」
「迷いますけど、なんだか諦めなくてもいい雰囲気なので、諦めてはいません。でも、あまり積極的にいくと光輝さんの負担になりそうなので、一歩引いて虎視眈々とチャンスを狙うだけにします。その方が可能性があるんじゃないかと」
「慎み深いんだか、計算高いんだか……」
「謹み深くはないですよ。私は元来考えるより行動する派なので、かなり我慢しています。隙あらば遠慮なくかっさらうかもしれません」
「なるほど。光輝さん、こんな女豹が狙っている状況ではゆっくり構えていられません。今すぐあたしとキスしてください。この場で公開エッチでもあたしは構いませんよ」
「無茶言うな。キスはまだしも、そのあとのを平然と人前でやろうとするなよ」
「それは、キスはいいってことですよね? では早速」
「そういうわけじゃ……」
翼が顔を近づいてこようとするのを、手を伸ばした葵が制止する。口許をがっしり掴まれて、翼がむぅむぅと不満げな声をあげた。
「強引すぎ。光輝が望んでないことをしちゃダメだってば」
しばしギリギリと力比べをしていたのだが、翼がふっと力を抜いて引き下がる。
「……ふん。でも、光輝さんも本当は望んでいることです。ちょっと理性の皮をめくってあげたら、中身はただの性欲盛んな男の子ですよ」
「だとしてもダメ。光輝が拒絶できなくたって、わたしが止めるからね」
「そんな正妻気取りも今のうちですよ。あたしがすぐに光輝さんをメロメロのデレデレにします」
僕を挟んで睨みあう二人。こういうときは口を出していいのか、いけないのか。本を読んでもわからないことだらけだと痛感する。
「あの、立ちっぱなしもなんですし、そろそろ座りませんか?」
沖島が声をかけてくれて、葵と翼の睨み合いも終了。ありがたいサポート。
と思ったのだが。
「ふん。そうやって要所要所で的確にサポートを入れて、ポイントを稼ぐんですね? やはり油断できません」
「ふふ? ポイントを稼ぐ機会を作ってくださって、ありがとうございます」
今度は翼と沖島が睨み合う。いや、睨んでるのは翼だけか。沖島はゆるりと受け流している。
別に仲が悪いわけじゃないんだよな……? 少し不安だけれど、たぶん、大丈夫だろう。だよね?
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