配信、六回目 4

「そうだなぁ……。先生の全部がバカなわけではないし、気楽な高校生が、その苦労も知らずに批判はしたくないところはあるけれど……」


 続く言葉を、ここで口にしていいか迷う。

 下手すると、これは問題発言になってしまうかもしれない。最悪、炎上してしまう可能性もある。

 でも、エメトが誰かの助けを必要としているかもしれないなら、自分の炎上について構っている場合ではないと思う。

 何かあったら大和には謝っておこう。まあ、たぶん、許してくれるだろう。

 決心して、僕は続ける。


「僕も、学校の先生はバカばっかりだと思う」


 ここだけ切り取られたらまずいな、とは思う。そういう意地の悪い人は聞いていないと信じたい。


「でも、それって仕方ないかなとも思う。人にもよるし、公立と私立でも違うだろうけれど、先生って割に合わない仕事だ。それなりの稼ぎにはなっても、授業して、部活して、何十人の生徒と向き合って、さらにその親ともやり取りをして、その他諸々もやって……。そんなの、苦労ばかりで割に合わないよな。特別に優秀な人がいたとして、その気になれば一般の会社で大金を稼げるとなれば、先生にはならず、別の職につくだろう。


 特別に優秀な人は先生にはならない。なら、誰がなるかって言ったら、ごく普通か、少し優秀くらいの人が先生になる。

 その程度の人が、どれだけきちんと教育を行えるだろうか。革新的な授業をできるわけではないだろうし、多様すぎる生徒の気持ちに寄り添えるわけもない。

 そもそも、その先生達だって、四六時中素晴らしい教え方を研究するわけではないし、中学や高校の頃から人の気持ちに寄り添う訓練をしているわけじゃない。

 教育のプロなんだから頑張れよ、と思うところもある。けれど、先生だって人間で、学校以外での生活はあるから、理想通りとはいかない。そして、人の気持ちに寄り添うことについて言えば、他人の心なんてわからなくて理解し合えないことの方が普通。先生ばかり責められないとは思う。

 でも、とにかく、先生はさほど優秀ではない。


 ついでに言えば、先生は自分で考える力も身に付けていないと思う。僕らがそうであるように、先生達だって、中高生のときには個性なんてほとんど考慮されず、考える力をつける教育なんて受けてこなかった。考える力が身に付かないのも無理はない。

 もし、自分で考えられる先生がたくさんいたら、先生の方から、おかしな校則を改正するように声が上がっただろう。

 まあ、先生に考える力があっても、おかしいところを改善するのが構造的に難しいという話かもしれないけれど……。どうだろうな。


 あと、先生だからこそできないこと、言えないこともたくさんあると思う。先生って、しがらみも多いはずなんだ。自分が正しいと思うことをしたくても、それを問題視する人がいることはできない。学校内からも、生徒やその親からも責められる危険は侵したくない。

 これは、テレビの出演者が、世間的に正しいとされることしか言えないのと同じこと。下手すれば炎上状態になって、仕事を失う可能性すらある。自分の生活も大事だし、家族を養わないといけない事情もあるなら、危うい道を行くことはできない。

 結果として、傍から見れば愚かにしか見えない言動を繰り返してしまう。

 

 エメトさん。先生はバカばっかりだ。でも、それは構造的に仕方ないことででもあるし、人間の能力の限界にも原因がある。この人はいいな、と思える先生に出会えることはごく稀だ。

 だから、先生がバカばっかりなのも、大目に見てあげられないだろうか。偉そうにしたり、高圧的に振る舞ったりすることもあるけれど、先生だって完璧ではないただの人。先生が何かおかしなことを言ってきても、ああ、バカがバカなこと言っているなと思って我慢してあげてほしい」


 口にして、やっぱり炎上案件かも、と思う。そのときはそのときか……。 

 それより、エメトはどう反応するだろうか。何か納得できる話になっただろうか。

 また十秒ほど待つと、コメントが流れてくる。


『それなら仕方ないのかも』


「……うん。仕方ない。学校に関して、エメトさんが落ち込むこともあるかもしれないけれど、周りはおかしなことばかりだから、そういうこともある。エメトさんは悪くないと思う。

 人間って、矛盾とか、理不尽を飲み込んで生活していく必要はある。悩むことはたくさんあっても、少なくとも、自分がおかしいとは思わなくていい。エメトさんは、当然持つべき疑問を持っているだけなんだろうから」


 話はこんな感じよかっただろうか。何かあればまだ話しても良いが……。

 身構えつつ待っていると。


『わかった。ありがとう』


 エメトからの返事は至極シンプル。それ以降は、待ってみてもエメトからのコメントはなかった。

 結果としてエメトは学校に行く気になれたのか。そもそも今どんな状態なのか。知りたくはある。

 しかし、代わりに他の視聴者からのコメントが流れてくる。


『先生はバカと言い切った勇気に感服』

『先生に聞かれていたら大変かも』

『こういうの、言いたいことを無視して切り取ると危険な発言になる。そういう半端なことをする人がここにいないことを願う』

『大人になって社会に出たらわかる。学校はクソだと。その環境に染まった先生もクソばかりだと』

『一般の公務員も、なるのは難しいくせに、なってしまえば型にはまった仕事しかできない低能に成り下がってしまうことが多い。優秀なはずの人間を堕落させまくるのは、やはり環境が悪いのかもしれない。先生も同じかも』

『ヤマト兄君の話がよくわからなかった人がいたとしても、発言を曲解して、ヤマト兄君を責めるのはやめましょう。ヤマト兄君は決して先生をバカにしたかったわけではなく、エメトさんの心に寄り添おうとしただけ』


 コメントの中には、僕のしようとしていたことを汲み取ってくれているものもある。やはり、ここの視聴者は理解のある人が多い。心配なところはあるが、おそらく大丈夫だろう。


「色々なコメント、ありがとう。こんなこと言って大丈夫かなと心配だったけれど、安心した。あと、あまりここを愚痴を書き連ねる場所にもしたくないから、ほどほどにしておいてくれ。言いたいことはたくさんあるかもしれないけれど、グッとこらえて、胸にしまっておいてほしい」


 お願いすると、視聴者もそれに従ってくれる。本当にいい人ばかりだと思う。


「それじゃあ、また別の話でもしようかな」


 区切りが付き、別の話でもと思ったところで、エメトからコメントが一つ。先程までと違い、礼儀正しく、長文だった。


『エメトの姉です。口下手な妹と向き合ってくださってありがとうございました。しっかりしたお礼もできていませんが、妹も大変感謝しています。

 今は中学一年生なのですが、最近は暗い表情ばかりで、何を尋ねても、学校が嫌い、学校が気持ち悪い、としか答えてくれませんでした。いじめられているとかではないのですが、本人も、何故そう思うのか、上手く言葉にはできなかったようです。ヤマト兄さんが言葉にしてくれて、妹もどこかすっきりした様子です。

 また、こちらとしても、妹の感じる違和感を理解できて、ようやく話し合いが進みそうです。私には上手く察することのできないことばかりで、助かりました。できれば、また相談させていただければありがたいです』


「……ああ、エメトさんのお姉さん。僕で上手くやれているかは正直わからないけれど、できる限り力になるよ」


『ありがとうございます。心強いです。それでは、ここで失礼します』


「うん。また。その……こんなことしか言えないけど、頑張って」


 エメト本人がどうなっているかはよくわからないにしても、その身近な人が支えるつもりでいるのなら、きっと大丈夫。

 ただ、配信では、どれだけ言葉を尽くしても手が届くことはない。それがもどかしい。


『お、フラグが立った?』

『未来の彼女さーん! フラグが立ちましたよ! どうしますか!?』

『これは三角関係の予感か?』

『姉と妹なら四角関係。高校生なら中学生に手を出しても大丈夫だ。羨ま……げふんげふん』


「おいおい。フラグとか言うなよ……。身近にいる相手ではないだろうに」


 とはいえ、翼も怜も身近な人だったし、沖島は距離があっても会いに来たか……。いや、そんなことが何度も続くことはあるまい。


『誰が来ても渡しません。他になびくようなら無理矢理奪います』


 アービー、つまりは葵から一言。そして、ヒートアップする視聴者。


『奪うって何をですか!? どこまでですか!?』

『これはますます目が離せない』

『ここはハーレムを目指すのが男というもの』

『大丈夫。案外そういう人多い』

『恋愛の形も多様。思い込みに囚われてはいけない』


「……無責任なことを。まあ、この辺はもうノーコメントで。別の話でもしようか」


 不満の声が上がるが、無理矢理別の話に持っていく。恋愛事情を逐一ネタにされるのは好ましくない。芸能人ではないんだし。

 その後は、なんてことない雑談配信を続ける。重めな質問も特になくて、気安い話が続いた。こんな時間が続いてほしいような、でも何か困っている人がいるなら力になりたいような、複雑な気分だった。

 

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