方針
今後のことはさておき、僕達の様子をひっそりと見守っていた沖島がどう感じているかは気になった。
「沖島さんから見て、さっきの二人の配信練習はどうだった?」
「いいと思いますよ。風見さんも言ってますけど、ああいうのはなんとなく楽しくて、リラックスできるものであれば十分です。私は、こういうのが配信されてたら聞きたいなと思います」
「そっか。ちなみに、無事に復帰できたら、沖島さんもやる?」
「参加させていただけるのなら、やりますよ。ただ、距離がありますから、スムーズにはいかないかもしれません。電話で上手くやれればいいですけど」
「そうだな……」
「まあ、月一か月二くらいならこっちに来られますので、そのときだけ出演でもいいです」
「うん。それもいいと思う。って、僕が勝手に決めることでもないか。皆、いいかな?」
尋ねると、三人とも快く頷いてくれる。
「ありがとう。ちなみにだけど、皆で配信していくにあたって、リーダー的な役の人を決めた方がいいのかな?」
僕の問いに、四人が翼、葵、怜、沖島の順に答える。
「あたしは、リーダーを決めるなら光輝さんだと思いますよ。ラジオ配信は葵さん主導でもいいと思いますけど、配信グループ自体は光輝さんに引っ張ってもらいたいです」
「わたしも光輝がリーダーでいいと思う。光輝は あんまりそういうの得意じゃないだろうなっていうのはわかるんだけど、かといって他にリーダーっぽい人がいるわけじゃないし。ラジオ配信はわたしと怜の練習だから、わたしが主導でやっていくのでいいけどさ」
「うん。光輝がいいと思う」
「私もそれでいいと思いますよ。光輝君はリーダー役に苦手意識があるかもしれませんけど、役割が人を作るという面は確かにあります。そういう経験をすることで、光輝君はもっと立派な人になれると思います」
四人とも僕をリーダー役に推すわけか。他人とあまり関わって来なかった僕には、不向きな役割だとは思う。
でも、このメンバーでなら、やってみてもいいかなと思う。くせ者揃いのはちゃめちゃパーティーではないのだから、やれば案外できるのかもしれない。
若干の照れ隠しで頬を掻きつつ、僕は一つ頷いた。
「わかった。僕がひとまずリーダー役をやってみる。こういうのは苦手だけど、皆が協力してくれるならきっと大丈夫。よろしく頼むよ」
「宜しくされました!」
「こっちこそ宜しくね」
「大変なことさせてごめん」
「皆でサポートしていきますから、気楽に頑張ってください」
温かい雰囲気の中で、僕達の配信活動が緩やかに動き始める。つい最近まで無縁な言葉ではあったのだけれど、こういうのが「青春」っていうのかな、なんて思った。
「僕達の活動は、動画配信とラジオ配信になるのかな。ラジオ配信はあくまで練習か、それはそれとして継続するかはまたやってみてから考えよう。あ、グループでやるなら、何かグループ名がいるかな? 今すぐじゃなくても」
「いいですねー。開始までには考えましょう。SOS団みたいなのにします? 秋月さんなので、SOA団?」
「ん? SOS団って何?」
「私も知らない」
「……世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団、の略ですよ」
翼の解説に、葵と怜が首を傾げる。僕は元ネタを知っているからいいが、知らないとそうなるよな。
「それは、わたし達をからかってるのかな?」
「あんまりセンスがいいとは思えないような……」
「ちょっと! そういうの、配信中はやめてくださいね。日本中の『涼宮ハルヒ』ファンがあたし達の敵になってしまいます。危険です」
翼が慌てても、なお葵と怜が首を傾げている。一方、沖島は苦笑するばかり。どうやら話はわかっているらしいが……。
「『涼宮ハルヒ』が流行ったのはもう十年以上前ですからね。そういうのに詳しくないとわからないですよ。まぁ、アイドル活動で色々やりましたから、私は普通に踊れますけど。ちなみに、コスプレもしたことあります」
葵と怜が、ダンスグループの名前なの? と首を傾げるが、翼は特に解説もなく続ける。
「あたしも踊れますよ。配信始めたら一緒に踊りましょうか?」
「いいですよ。でも、それなら五人ほしいですね。……ちょうど五人いるわけですが」
「どっかのタイミングでやってみましょう。面白そうです。光輝さん、踊れますか?」
「得意ではないな」
「なら、あたしが付きっきりで教えてあげます。心配しなくても、ダンスなんて本気出して目一杯練習すれば誰でもできます。大会優勝を目指すとかは無理でしょうけど。
あー、でも、光輝さんの雰囲気も壊したくないですもんねー。んー、めちゃくちゃ上手かったら、それはそれでいい感じになりそうです。うん、めっちゃ頑張ってみましょう。そして、二人でいい汗流して、あとはしっぽり……ぐふふ」
「翼、落ち着いてくれ。ダンスはそのうちやってみてもいいけど、そもそも、僕達の配信が何をするかも決まってない」
「そうですね。そういうのもちゃんと考えましょう」
「で、ちなみに『涼宮ハルヒ』っていうのは……」
僕が葵と怜に解説した後も、今後の配信活動について賑やかに話し合いが続く。
僕のトークを主軸にしたいと皆は思っているらしいが、それは要するに、誰かを勇気づけたり励ましたりする配信にしたいという気持ちの現れであると思う。
方向性は見えたが、その手段が何になるかはまだわからない。トークなのか、ダンスなのか、歌なのか、それ以外か。人が勇気付けられるきっかけには色んな形があるから、全部やってみてもいいのかなとも思う。
色々と話し合っているうちに時間が過ぎ、時刻は十八時半過ぎ。そろそろ帰宅する時間だったが、まだ話したりなくて、明日また五人で集合して話し合うことになった。遊びの予定は一旦キャンセルだ。
連絡先も交換して、僕達は店を出る。
そして、駅の東口付近で一旦立ち止まり、沖島と別れる前に少しだけ言葉を交わす。
「光輝君は今夜も配信するんですよね? 楽しみにしてます」
「うん。頑張るよ」
「光輝さんの配信を視ながらエッチなことするんですね。わかりますわかります」
「そ、そういうのは視ながらとかじゃなくて想像しながら……じゃなくてっ。もう、風見さん、変なこと言わないでください」
「乗って来てるのは沖島さんだと思いますけどね? 葵さんと怜さんはウブウブでなかなか猥談もできないので、二人で楽しみましょう」
「……まあ、それはまた電話などで」
「はい。楽しみにしてます。光輝さんを悩殺する方法なんかも話し合いましょう」
「……積極的ですねぇ。私も経験豊富っていうわけではないんですよ?」
「処女ですか?」
「んー……秘密です」
「あ、処女っぽいですね。でも大丈夫です。処女同士の妄想たっぷりな猥談をしましょう」
「……そう、ですね」
翼がにっこりと笑い、沖島は苦笑。ちなみに、僕は気まずくて全く関係ない方向を向いていた。
「それでは、また明日お会いしましょう。今日は本当に楽しくて嬉しくて、良い一日でした。ありがとうございました。本当に……ありがとうございました」
沖島が、深々と頭を下げる。僕もつられて、普段よりも丁寧に頭を下げた。
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