稀有

 その男子の名は、滝本竜一。僕のこの学校における唯一の友人であり、高一のときには一緒に行動することが多かった。しかし、クラスが変わってからは直接的な交流がめっきり少なくなった。それでも、お互いに趣味は読書で、話すより本を読む方が優先だった気質から、会っても会わなくてもさほど違いはないように感じた。距離が遠くなったという感覚はなく、会えば今まで通りに接していた。

 男子としてはやや小柄な百六十センチ前半の身長。やせ形で、目が細く、スクエア型の眼鏡を掛けている。理知的な雰囲気があり、成績については学年でトップクラス。悪い男ではないが、雰囲気が少し硬く、男子にも女子にも受けがよくない。

 昼休みには、以前の僕と同じく、教室で読書に耽っていることが多いやつなのだが、どうしたのだろう。


「珍しいな。わざわざ僕のところに来るなんて」

「うん。少々野暮用だ。君は特に連絡もくれないが、最近配信を始めたそうじゃないか。それに、女の子をはべらせ始めたという噂だ。気になって来てみた」

「はべらせ始めたって……」

「何か事実と相違があるか? ボクには、いかにもなハーレム状態にしか見えない。周りの生徒も同様のことを感じているようだし、嫉妬の視線も入り交じっている。気づいていないかい?」

「その辺は気にしないことにしている」

「そうかい。まぁ、それが賢明だ。いちいち他者の嫉妬に構っていてもいいことはない。そして、例え君がどんな不純異性交遊に手を出そうと、ボクには関係ないことだ。好きにするがいい」

「不純異性交遊はしてないんだが……」

「そうかい? 高校生男子のくせに、プラトニックな恋がお好みか?」

「そんなこともないけどな」

「では、性行為に至るまでの煩雑は道のりを歩いているところか」

「その言い方……。それも違うと思うが」

「そうか。まあいい。君の性事情にもあまり興味はない」


 滝本は、ざっと葵達三人を見回した後、もう一度僕に向き直る。


「それで、何しに来たんだ?」

「用件は二つ。一つ目だが、ボクと君が友人であるという情報から、クラスのとある女子に、君の恋愛事情を尋ねられてしまった。はべらせている女子とはどういう関係なのか知りたいらしい」

「……そうか」

「この状況を見れば、もはや全ては自明であるとは思う。が、あえて尋ねよう。君に彼女、もしくはそれに準ずる者はいるかい?」

「うん、いるな」

「そうかい。なら、この話はもう終わりだ。その旨、伝えておこう」

「……ああ、頼む」

「ボクとしては、正直そんな明白なことはどうでもいいんだが」

「なんだそりゃ。なら、二つ目はなんだ?」


 滝本がやや目を細め、睨むように僕を見つめる。


「昨日、君の配信を、視た」

「あ、そうか。ありがとう」

「君は、これからあの配信で何をして行くつもりなんだい?」

「何、とは?」

「それだけの力を持ちながら、ただの雑談配信者で終わるつもりかい?」

「終わるって言うか……他にできることなんてないだろ」


 はぁー、とあからさまに肩をすくめる滝本。


「……そうか。まだこの話は早かったようだ。君がもう少し成長してからにしよう」

「……なんの話だ」

「一つ、注意してこう。たとえどれだけの本を読もうと、たとえどれだけ賢かろうと、それで必ずしも人を動かす言葉が身に付くわけではない。君のそれは、十分に稀有な才能と呼べる。無駄にしてはいけない」

「……そう言われてもな」

「君は、弟への劣等感に苛まれた故にその才を芽生えさせ、同時に、劣等感故に己の才に気づけない。君が才を自覚するには、暫し時間が必要なようだ。まずは雑談配信者というのも悪くない。存分に楽しむといい」

「ああ……頑張るよ」

「ちなみに、君は、ごく一般的な雑談配信というものを視たことはあるかい?」

「……多少は」

「であれば、君がそういう配信者とは全く異質であることくらいはわかるだろう。君の雑談は、ただの雑談ではない。視るものによるが、もっと価値のあるものだ。

 ……そして、彼女、もしくはそれに準ずる者。秋月の才に気づいたからこそ、はべっているのであろうが、どうかこの才を潰す真似はよしてくれ。大袈裟に言えば、人類の損失だ」

「それは大袈裟過ぎるだろ」

「うん。確かに今のは大袈裟過ぎたな」

「なんだそりゃ」

「しかし、失うには惜しいというのは変わらない」

「そうとは思えないけどな……」


 呆れる僕に対し、葵達三人は神妙な顔。その三人を、滝本は品定めするように見回した。それに答えるように、葵達が口を開く。


「潰さないよ。わたしだって、光輝の才能は感じてる。むしろ、もっと発揮できるようにサポートする」

「当然ですね。才能を発揮するのを妨げるようでは、パートナーとして失格です」

「……私も、助けていく。微力でも」

「それは良かった。男はとかく女に弱い。童貞となればなおさらだ。女に溺れて才を台無しにしてもらっては困る。悪女の類いであればボクも黙ってはいられないと思ったが……杞憂だったようだ。よき伴侶を得たということだろう。であればありがたい」

「伴侶って……」


 それは言い過ぎだろうが、葵達三人がどこか満足げに微笑んでいる。あまり突っ込むところではないということだろうか。


「用件は以上……いや、やはりもう一つ。君は、ティアに対しての無力を嘆いていた。であれば、もっと積極的に活動し、全国的に有名な配信者となる道もある。もし、君が有名人で、発言力を持っていたとしたら、ティアの周りに自然と変化を及ぼすこともできただろう。実に困難で重圧のある立場になるが、良き伴侶もいるようだし、できぬことはないかもわからない」

「……僕には荷が重すぎるだろうな」

「そうかい? では、ボクの用件は本当にこれで以上だ。これからも配信を楽しませてもらうよ。では、また」


 滝本がテクテクと去っていく。その背中が見えなくなってから、葵達がふぅ、と息を吐く。


「……ごめんな。ちょっと変わったやつで」

「ううん。光輝の友達っぽいな、って思った」

「ですね。二人が並んでいてもしっくりきます。最後のは話が少し大きすぎますが、可能性の一つとしては考えてもいいのかもしれません」

「少し異質だとは思うけど、光輝の良き理解者に見えた。有名人になるのは、話が飛びすぎな気もするけれど」


 うんうん、と頷く三人。


「それにしても、あたし達のことも、良き伴侶だなんて、わかってるじゃないですか」


 でへへ、と少しだけだらしなく笑う翼。葵もにっこり笑い、怜は口許を手で隠しながら照れている。見ている方が恥ずかしいんだけど……。


「……また顔を出すことがあれば、仲良くしてやってくれよ」


 それだけ言って、強いて再び明日の予定について思考を巡らせる。何をするのがいいだろうか。カラオケかゲームか、それとも別の何かか。

 本を読むだけではわからない世界に戸惑うこともあるが、こういう悩みを持てるのも、幸せってことなのだろう。

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