お昼

 最近の昼休みは、葵と話しながら弁当を食べるのが通例になっている。

 他の友達はいいのかと尋ねたら、「今、意中の人を攻略中だからしばらく自由行動させて」とお願いしているらしい。もしかしなくても、僕の動向は葵の友達にも注目されている様子。気まずくはある。

 今日も葵と二人で食事かな、と思っていたら、まずは怜が弁当片手にひょっこりやって来た。一緒にいいかな? と尋ねられ、断る理由はなかった。

 さらに、少し遅れて、翼も弁当を持っておそるおそるやって来た。上級生の教室に来るのに少々気が引けているのを感じつつ、一緒に過ごしたいと言うので、招き入れた。僕と葵は隣の席だが、その前の席が空いていたので、そこに座ってもらった。僕の前には翼、葵の前に怜。


「翼でも、上級生の教室は緊張するんだな」

「……そういう余計なところは気づかないでいいんです」

「あ、そうなのか。ごめん」

「そんな真面目に謝らないでください」


 最初はキョロキョロと周囲を見回していたが、覚悟を決めたのか、次第に落ち着き始めた。

 

「でも、珍しいね。翼がわたし達のとこに来るなんて」


 葵が尋ねると、翼が神妙な顔をして頷く。


「悠長なことをしていると、あたしだけ出遅れますから。だいたい、葵さんはずるいです。光輝さんの隣の席なんてチートです」

「まーねー。でも、そのうち席替えもあるから、隣のうちにどうにかしたいところだよね」

「……やっぱりずるいです」


 翼がむくれ、続けて隣の怜がボソボソと言う。


「私も葵が羨ましい。隣の席なのも、学校でもずっと光輝を感じられるのも」


 僕の知る普段の怜より、かなり声が小さく聞き取りづらい。学校ではあまり出さないようにしているというのは、こういうことか。


「今はわたしだけの特権だねー」

「葵さんは学校で隣にいられるんですから、放課後はどっか行ってください」

「辛辣だなぁ。でも、わたしは引かないよ」


 睨む翼に、強気の笑みの葵。和んでいいのか、僕にはその資格がないと思うべきか。


「せめて、光輝の部屋では、私と翼が光輝を挟んで座って、葵が椅子に座るという形でいいと思う」

「それなら、あたしが光輝さんの膝の上に座って、お二方は両サイドにしましょう」

「どちらかと言うと怜の形がいいとは思うけど、それより位置をローテーションにするのでよくない?」

「まあ、それでもいいですけど」

「そうだね。私もそれでいいと思う」


 僕が口を挟む余地はなく、どうやらそういうことになったらしい。三人と付き合うとかなっても、だいたいこんな感じになりそうな予感がする。


「っていうか、せっかく光輝さんがいるのに、女三人だけで話してどうするんですか。光輝さん、もっと話しましょう」

「あ、ああ。そうだな」


 僕から何か話題を振るべきか? と迷っていると、葵が口を開く。


「まぁ、女三人の中に入っていくのは難しいよね。光輝って、休みの日は普段何してるの? 家で読書とか?」

「家で読書のときもあるし、近所の図書館で読書のときもある」

「図書館! すごいなぁ。わたしはめったに行かないや」

「いいですねー。あたしも図書館好きです。もう本がたくさんある空間にいるだけで幸せです」

「……図書館は、自分から行くことはないな」


 三人の反応を見ると、翼が一番気が合うかもな。しかし、図書館に行ってひたすら会話もなく本を読むのはシュールか……。いや、正直それもいいな。

 僕の心情を正確に察したらしい翼が、ぬふふ、と笑う。


「あたし達、気が合いますね。図書館に行って、恋人同士並んで静かに読書……。言葉を交わさなくても、二人で浸る静謐な空気。素敵ですよねぇ」

「うん。わかる。本好きには憧れだと思う」

「うんうん。今度行きましょ? この二人は本などさほど読まないみたいですし、あたし達だけでしっぽりと。いつにします? 明日? むしろ今から図書室?」


 翼が本当に今からでも図書室に直行しそうなところ、葵が待ったをかける。


「まだ決まったわけじゃないでしょ? 光輝、ゲームとかはしないんだっけ? 高校生男子ってゲームのイメージだし、昔はよくやってたんでしょ?」

「前はやってたけど、今はあんまりしないな。ゲームは楽しいけど、どれだけ頑張ってもなんの積み重ねにもならないと思うと少し虚しい。今は読書の方が楽しいかな」

「そっかー……。わたし、幼馴染みの影響で結構ゲームも好きなんだけどな。たまにはやってみない?」

「ああ、それは全然構わないよ。何十時間と費やさないといけないRPGとかはもう苦手だけど、レースゲームとか、その場で楽しめるやつは好き」

「そっかそっか。わたしの家、色々あるから今度来てよ。あ、もちろん、皆も一緒でいいんだけど、二人はどう? ゲーム、やる?」


 葵が翼と怜を見る。特に挑戦的な感じではなく、単純に誘っている風。


「……ゲームは、ほとんどしたことないです。でも、誘ってくださるなら当然行きますよ」

「私もゲームはほとんどしたことない。初心者でもできるやつがあるなら、やってみたい」

「じゃあ、やろうよ。普通にパーティゲームとかもあるしさ」


 葵がにっこり笑って、特に翼を見る。翼はムッとして葵を睨む。何か、僕の知らないところで勝負が起きていたらしい。

 そして、やや首を傾げつつ、怜が僕に問いかける。


「……光輝、音楽は好き?」

「え? ああ。好きだよ」

「カラオケ、行く? 定番だし、私ならではの提案というわけでもないんだけど」

「うん。それもいいな」

「あと……もし、ピアノとか興味があれば、多少は教えられる、かも」

「ピアノか……。興味はある。でも、音楽って、学校の授業程度でしか知らないんだよな。それでも大丈夫かな?」

「ピアノに限らず、楽器は、プロを目指す訳じゃなければ何歳から始めても大丈夫。興味があれば、私の家に来て。教えるから」

「うん。わかった」


 怜がほんのりと微笑む。ボソボソとした喋りに、淡い表情。可憐な雰囲気に、胸を柔く締め付けられる感覚が起きた。ちょっと気まずくなって目を逸らす。


「でも、ごめん。私、あんまり遊び方とか、よくわかってなくて。自分でも面白味のない人間だと思う」

「それを言うなら僕だってそうだよ。僕は一人で勝手に本を読んでいるだけだからさ」

「でも、光輝と話すのは楽しい」

「そう? それは良かった」


 僕達が和んでいると、翼が口を挟む。


「それで、光輝さん、どうするんですか? 明日、沖島さんに会うとして、それで一日過ごすわけじゃないでしょう? 一緒に遊びましょう。あたし達が言った中の何をしたいですか?」

「あ、そういうプレゼンだったのか。僕一人の話だったら、図書館がいいんだけどな。でも、皆との遊びだから、ここはゲームかカラオケか」


 さて、どっちがいいだろうか?

 僕としては、あまり行かないカラオケな気分でもあるのだけれど……。

 思案していると、不意に見知った男子から声をかけられる。


「……秋月。ちょっと見ない間に、君の周りは随分と賑やかになったな」

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