ヘタレ

「恋人未満でもなく、まずはただの友達として過ごす期間がもう少し長く欲しい」


 絞り出した言葉に、翼は落胆の溜息を吐き、葵は少しホッとした表情を見せ、雪村は不思議そうに首を傾げる。


「複数と付き合いたい願望があって、女側が一対三でいいと言っているのに、あえて一対一を望む理由がよくわからない。清水さんの気持ちを尊重しているから?」


 雪村が問い、翼も半眼で睨んでくる。


「本当にどうかしてますよ。初めに声をかけてきただけの相手がそんなに大事ですか? 何かされたんですか? それとも脅されてるんですか?」


 何かされた、というフレーズで、葵にキスされたことを思いだし、思わず翼から視線を外す。それを目ざとく見つけ、翼が眉をひそめる。


「んん? 何ですか、その反応。本当に何かされたんですか?」

「いや、えっと……」

「頬にチュッてしただけだよ」


 僕が何かを言う前に、葵が打ち明ける。翼は葵を睨んだ。


「いつの間にそんなことを! あたしが見てないところで、卑怯です!」

「……別に清廉潔白な女ぶってるつもりもないんだけどなー」

「開き直りましたね? そっちがその気なら、あたしも考えますよ?」


 ぐぬぬ、ふふん? と対峙する二人。

 そこで、雪村が提案。


「あの、なんだか話が込み入ってきたみたいだし、ここから離れない? 今は誰もいないけど、人通りもゼロではないし……。カラオケでも行けば、ゆっくり話せると思うけど……」

「それもいいですね。ここではちょっと話せないことにまで言及しなければならないようです」

「わたしもそれでいいよ。ふわっとしてるとか言われたし、ちゃんと話した方がいい気がする」

「確かに、学校で話すことではないとは思うな」


 全員頷き、僕達は学校を後にする。

 また、行き先はカラオケではなく、僕の家になった。お金もかからないし、雪村も行ってみたいと言ったのだ。

 電車と徒歩にて移動し、僕の家に辿り着く。家に大和はおらず、親も不在。僕達四人だけで、ゆっくり話ができる状況だ。


「……ここが秋月君の家。ヤマト君も住んでるんだね」


 雪村がキョロキョロと周りを見回す。なんだか恥ずかしい気分になりながら、僕の部屋に案内する。


「ああ、そうだよ。七時くらいには帰ってくるから、一度会ってみてもいい」

「うん。私はヤマト君のファンでもあるから、それはそれで嬉しい」

「大和はやっぱり人気者だ」

「うん。でも、私はヤマト君に恋をしたことはない。ヤマト君が明るくて楽しくていい人なのはわかるけれど、常に一緒にいたいという雰囲気ではない。季節で言うなら、ヤマト君は夏で、秋月君は秋。夏の熱気と眩しさも好きだけれど、安らげるのは、さやさやと涼しい風の吹く秋」


 その例えは、たぶん僕と大和の違いをよく表しているんだろう。わかりやすくはある。


「……雪村さんは言葉が詩的だな」

「あ、ごめん。友達から、地の文が台詞になってる、ってよく言われる」

「謝ることじゃないさ。作詞をやってるから、そういう言葉が出てくるのかな? 聞いていて気恥ずかしい気持ちもなくはないけど、心地よいとも思うよ」

「……それは遠回しの告白と受け取っても?」

「それは違う……」

「そっか。『月が綺麗ですね』と同じことかと……」

「僕はそんなに詩的な話し方をするタイプではないよ」

「そう。でも、秋月君はそういうのも似合うと思う」

「そうかな」

「うん。秋月君の心はとても綺麗。イメージは、夕暮れ。少し切なくて寂しくもあるけれど、全てを溶かして滲ませるような美しい夕暮れ」

「……そこまで言われると流石に恥ずかしいな」

「正直言うと、私も少し恥ずかしい」


 雪村が頬を染めてはにかんで、その様子に僕は一層気恥ずかしくなる。

 そして、僕達のやり取りを見て、翼が不機嫌そうに言う。


「あんまり二人の世界に入り続けないでください。多少はいいと思いますが、ずっとは困ります」

「ああ、ごめん」

「まあ、いいです。雪村さんの言葉は、私も嫌いではありません。それより、どうして光輝さんは、この期に及んで「ただの友達」なんかを希望しているんですか? ヘタレですか?」


 翼がふんすと息を吐き、僕をジロリと睨む。僕は苦笑するばかり。

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