複数の彼女のうちの一人でもいい

「私は、秋月君が複数の女の子と付き合っていても構わない。そのうちの一人として、私を好きでいてほしい」


 現状を説明したところ、雪村は第一にそんなことを言ってのけた。


「そんなあっさり言うなよ……」

「あっさりじゃない。私は、秋月君の側にいられるなら、片想いでもいいと思っていた。でも、ひたすら片想いするよりは、もちろん彼女でありたい。ただ、私一人を選んでもらえることは難しいと思うから、複数の彼女のうちの一人でもいい」

「……そこは妥協するところじゃないと思うが」

「でも、何も手に入らないよりはいい。それに……もしかしたら、私はそういう付き合い方に向いているかもしれないと、前々から思っていた」

「どうして?」

「秋月君だから、正直に言う。私は、本当は秋月君以外に対しても、恋と同等かそれより強い気持ちを抱いてる。つまりは、私の中で一番くらいに大切なのは歌うこと。浮気と言われてもしょうがないくらい、私はいつも歌うことを考えている。それなのに、たった一人の彼女になるなんて、おこがましいと思ってしまう」

「……世間では、そういう人達でも一対一の恋愛をするぞ?」

「知ってる。でも、それはそれ。私は「世間」じゃないし、「普通」でもないし、「一般」でもない。私は、私。そうじゃない?」

「言ってることはわかるよ。世間がどうだろうと自分は自分、だよな」


 とはいえ、僕の心情として、複数と恋人関係になることを望んでいるわけではない。もちろん、僕も男なわけで、そういう願望が全くないとまでは言えない。けど、最愛はただ一人だけという関係の方が良いと思っている。複数と関係を持つのは簡単なことじゃない。

 雪村をどう説得すべきか考えている僕に、翼が意気揚々と言う。


「さ、光輝さん。雪村さんもこんなこと言ってますよ? ここは覚悟を決めて、あたし達皆をまとめて面倒見るということでいいですよね? 惚れさせたんですから、責任取らなきゃダメですよ」


 一方、葵は渋い顔。


「……その話でいくと、アイドルとかは何千人何万人をまとめて恋人にしなきゃいけないことになると思うけどなー」

「それはそれ、これはこれです。あたしは一般論など話していません」

「なんか都合良すぎない!?」

「人は誰しも自分に都合の良い論理で動くものです」

「自分に都合がいいって認めたよね? 言ってることがおかしいって認めてるってことじゃない?」

「認めてません。だいたい、あたしが間違ったことなど言うわけないじゃないですか。間違ってるのは常に世間です」

「横暴すぎるよ!?」

「世間の方がよほど横暴ですよ。あたしの比ではありません」

「ううん……わたし、なんて言えばいいんだろう」


 翼がニヤリと笑う。正論を武器にするな、というような話はしたが、今度は少し理不尽を織り混ぜつつ相手を惑わす作戦に切り替えたのだろうか。これは改善していると言えるのか……。悩ましい。

 呆れ顔の葵は、これ以上翼に突っ込まず、溜息混じりに言う。


「っていうか、一対一がいいって言ってるの、わたしだけ? こういうの、案外少数派なの?」


 いや、そんなことはない。

 僕はそう思うのだが、翼が言う。


「少数派ではないでしょう。でも、一人の男を取り合って複数の女が争うなんて、もはや時代遅れですよ。皆仲良く手を取り合って、尊重し合うことが推奨されるのに、恋愛だけは一人を巡って争うのが推奨されるなんておかしな話です」

「んー、一人の男を複数の女が取り合うのは、現代でも割と人気なお話だよ? 漫画でもテレビでも。むしろ全盛期じゃないかな」

「そのうち廃れますよ」

「時代遅れではないってことは、暗に認めてるよね?」

「時代がまだあたし達に追い付いていないということです」

「なんか噛み合わないなぁ……」


 二人のやり取りを眺めて、雪村はやや首を傾げる。


「……えっと、要するに、清水さんを説得すれば、私は無事に秋月君の彼女になれるってこと?」


 僕が口を挟む隙もなく、翼が同意。


「そういうことですね。この時代遅れさんを二人で説得しましょう。内面は結構ふわっとしてる方なので、二人でやればどうにでもなりますよ」

「風見さんにわたしはどう映ってるの? って言うか、わたしのことより、光輝君の気持ちはどうなの? 三人とも全部彼女にしちゃうつもりなの?」


 葵の言葉で、三人の視線が集まる。

 女の子達から迫られるってとても嬉しいことであるはずなのだけど、その圧に頭がクラクラする。


「……僕には、皆と同時に付き合うほどの器量はないよ」


 首を横に振る僕に、翼が言い募る。


「できるかどうかの話はしていません。したいかどうかです。結婚まで考えて、全員まとめて一人で養えとか言ってるわけじゃないんですから、こんなのは気持ちの問題です。

 あたし達だって、そういう状況になれば、それに合わせた付き合い方をします。モデルケースがほとんどないので手探りにはなるかもしれませんが、上手くいく方法を皆で探ればいいんです。良い関係を築くために協力しあうのは当然のことですよ。

 少なくとも、あたしは、自分を常に一番に考えてくださいなんて言いません。雪村さんだって、歌と恋の両立なのでいつもべったりとはならないと思います。

 清水さんだけはべったりが好みみたいですけど、世の恋人達だっていつでもイチャイチャラブラブしてるわけじゃありません。離れている時間にこそ恋が育まれる一面もあるでしょうし、むしろ、恋に染まれない時間が確保される方が、恋に溺れてその他のことが疎かになることもないので良いと思います。

 それに、恋人二人だけの閉鎖的な環境でこそ起きる諸々のトラブルもあるでしょう。そういう状況も、複数と付き合っていれば円満に解決できる可能性も高いのではないでしょうか?

 一対一の恋が間違っているとは言いません。しかし、同じように、一対複数の恋愛だって間違いではありません。かつての日本で、恋愛結婚よりお見合い結婚が一般的で、それでも社会成り立ったように、一対複数を主軸とした社会だって作ろうと思えば作れます。

 清水さんの感情だって、一対一の恋愛が主流で普通だと刷り込まれてきたから、一対複数の恋愛に多少の違和感を覚えてしまうという程度のものです。一対複数が普通の世界に生まれていたら、こんなことでいちいち議論も起きないでしょう。

 光輝さん。できるかどうかも、世間一般の話も、今はどうでもいいです。光輝さんは、あたし達三人と、同時に付き合いたいとは思いませんか?」


 翼の本領発揮……ということなんだろうか。なかなか反論しづらい言葉を並べてくる。僕にももう少し遠慮してほしいところである。


「あー……気持ちの話で言うなら……」


 そこで言い淀み、チラリと葵を見る。その視線を遮るように、翼が身を乗り出す。


「誰の顔色をうかがう必要もありません。光輝さんが何か気に入らないことを言って、それで離れていくのならその程度の相手ということです。

 男性の、普段隠れた本心や願望を聞くだけでも拒絶してしまうなら、男女関係には向かないんじゃないでしょうか? 

 そもそも、進化の過程で言えば生物の理性なんて表層の上っ面に過ぎないんですから、本能的で動物的な願望があるのは当然です。それをどこまでコントロールするか、できるかが問題なんです。

 複数と付き合いたい願望があっても、それを禁止されたときに抑制できていれば何も問題はありません。そして、ただ一人とだけ付き合いたいという気持ちが、人間として正しいということもありません。違いますか?」

「……翼さん、落ち着いてくれ。翼さんの言うことはもっともだ。僕は確かに、複数と付き合いたいという願望は持っている。そういう意味では、浮気性な男だよ」


 観念して言うと、翼はにんまり。一方、葵は少し残念そうに眉尻を下げる。


「なら、話は簡単ですね。皆まとめて面倒見てください。光輝さんならそれくらいできますよ。あたしも協力します」

「……まぁ、わたしも男の子に変な幻想抱いてるわけじゃないし、光輝君の願望を聞いて離れるつもりはないよ。でも、今すぐ風見さんの言う通りにする必要もない。お試し期間くらいは設けてもいいんじゃない? 恋人未満の関係で、三人とちゃんと付き合えるのか」


 最後に、雪村が再度首を傾げて言う。


「……この流れは、私も秋月君の準恋人として認知されたってことでいいのかな?」


 再び三人の視線が僕に集まる。なんと答えるべきか即座にはわからず、途方にくれるばかりだった。

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