清水の

 僕の家は、学校から電車と徒歩で四十分ほどのところにある。僕の家に着くのはだいたい五時頃。清水の家が遠ければ清水の帰宅が遅くなると心配だったのだが、駅一つ先だそうで、案外近かった。定期券があるので交通費もかからない。


「へー、ここが秋月君のお家。綺麗なとこだね」

「そう? 悪くはないけど特別良くもないところだよ?」


 綺麗なとこ、と言われたが、特別豪華な家というわけでもない。ごく一般的なマンションだ。六階建てで、その三階の一室が僕の家。3LDKで、僕と弟にはそれぞれの部屋がある。各部屋の防音性はある程度しっかりしているが、叫ぶなどすれば当然家の中で響く。僕くらいの丁重なトークであれば良いが、大和のテンション高めなトークはかなり聞こえてくる。

 特別住みやすいわけでも、住みにくいわけでもない家。家に関しては特に思うところはないが、それはつまり、幸せということなのだろう。

 僕は清水を案内し、家に招き入れる。大和の関係者は男女問わず出入りしているが、僕が女子を家に招き入れるのは初めてだ。友達なのかなんなのかわからない相手でも、妙に緊張してしまう。


「お邪魔しまーす。って、もしかして誰もいない?」

「そうみたいだ。親の帰りはだいたい十九時を過ぎる。今日は大和がいるんじゃないかと思ったんだけど、結局またダンスの練習でもしてるんだろうな。ヒビが入ってるくせによくやるよ」


 大和は素のスペックも高いが、努力家でもある。僕はあらゆる分野で大和に劣っているが、それは努力の差でもあると思えたからこそ、僕は自分を保てたとも言える。

 いや、それよりも。


「……あれ? 入らないの?」


 玄関で靴を脱ごうとして、やや躊躇してる様子の清水。


「……秋月君、もしかして結構策士? 今までのは全部フリ? 油断させて一気に?」

「……なんの話だ?」


 清水がやや睨むように僕を見つめてくる。何がなんだかわからず、僕は困惑するばかり。


「んー、これは天然だな。ならもういいや」


 清水が靴を脱ぎ、家に上がってくる。

 玄関の先に通路が伸び、そこに三つ、別の部屋に続くドアがある。その真ん中が僕の部屋だ。


「へー、男の子の部屋だけど結構片付いてるね」


 僕の部屋は、見方によってはやや殺風景。勉強に必要な道具と生活に必要な家具の他は、本棚とノートPCくらい。装飾の類は特にない。


「けど、本はたくさんあるね。すごいなー。わたし。本なんて教科書以外ほとんど読んだことないよ」

「本を読むかどうかは、一冊でも本当に面白い本に出会えたかどうかで決まると思う。一冊そういう本を読んだなら、あとは本のない生活が難しくなる」

「へぇ。ちなみに、秋月君にとっての、その思い出の一冊って何?」

「僕の場合は……これかな。西尾維新の『化物語』」

「ライトノベルってやつ?」

「うん」

「へぇ。学校ではもっと硬派なの読んでなかった?」

「学校ではね。悪目立ちしたくないから。でも、僕が読んでいて一番面白い小説はライトノベル。もちろん、他の一般文芸も好きだけど」

「なるほど……。秋月君が面白いっていうなら、わたしも読んでみようかな。貸してくれる?」

「いいよ。ただ、中身は男向けかも。ちょっと昔の作品だけど、『キノの旅』とかの方が読みやすいかもな。まあ、色々目を通してみるといいよ」

「うん。わかった。読んでみる」


 それから、僕はいくつかの本を紹介。清水は興味深そうに一つ一つ見ていき、五冊の本を借りていくことになった。


「えっと、あとはどうしよう? 他にすることあるかな? もう帰る?」


 尋ねると、清水はまた生暖かい微笑みを浮かべる。


「……あ、えっと、何か変なこと言ったかな……?」

「変っていうか、うん、こりゃダメだ、って感じ?」

「……えっと、ごめん、なんのことかわからない」

「秋月君、もしかして性欲ないの?」

「へ!? なんでいきなりそんなことを?」

「だって……この状況に何も思ってなさそうだし。植物なのかなって」

「この状況って……」

「他に誰もいない部屋で若い男女が二人きりだよ? 何も思わない?」

「思わないっていうか……僕は正直、かなり緊張してるよ。こんな状況は初めてだし……」

「なかなかそうは見えないけどね。じゃあ……秋月君は、ちゃんとわたしを女として意識してるんだね?」

「なるべく意識しないようにしてるよ」

「じゃ、もっと意識してよ。わたしがどうしてここに来たいって言い出したか、本当にわからないの?」

「……ありえないとはわかっているけれど、ラブコメだったなら、僕に好意がある、とか?」

「なんだ、わかってるじゃん」

「へ!? そうなの!?」


 清水はあっさりと重大なことを言ってのける。僕は清水の言葉が信じられずにどぎまぎするばかり。


「はっきり言わないとわからない人だってわかったから、もう言っちゃうね」


 そして、清水が告げる。

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