何かを悟られた

「秋月君! 昨日、良かったね!」

「え? ああ、ありがとう?」


 配信の翌日、席につくなり、清水が興奮した面持ちで話しかけてきた。


「トークも面白かったけど、あのコメントの回答、良かったと思う。 聞いててなんだかじんときちゃった。秋月君はよく本とか読んでるから、そのせいかな? 言葉が深くて、感動しちゃった」

「ああ……そっか。何か感じてもらえたなら、嬉しいよ……」

「秋月君のメッセージ、本人にもきっと届いてると思う。どんな気持ちであんなメッセージを書き込んだかわからないけど、きっと、救われたんじゃないかな? ありがとう、とも書いてたしさ」

「そうかな。そうだと嬉しいよ」

「うんうん。それにしても、秋月君、よくとっさにあんなメッセージを伝えられたよね。この人はなんて場違いなメッセージを書き込むんだろう、って思ったけど、秋月君がすごく誠実で親身になって回答するから、感心しちゃった。普通は、あんなのたたの悪ふざけと思って適当に流しちゃうよ」

「そうか……。でも、本当に何かを求めている人で、僕がたまたま最後の砦みたいな立場だったら、怖いなと思って。無視はできなかったんだ」

「そっかー。確かにそうだよね。翌日に自殺のニュースが出て、「自殺した少女は前日に高校生の生配信を視聴していた模様」とか言われると辛いもんね」

「本当だよ。配信なんて二回目なのに、心臓に悪いよ」


 清水は、あはは、と明るく笑った。それから、少し声を潜めて、囁くように言う。


「ねぇ、もし良かったらさ……放課後、一緒に帰らない?」

「へ?」


 何故清水がそんなことを訊いてくるのか、僕にはよくわからない。しかし、冗談とか、からかうという雰囲気ではない。


「ダメかな?」

「ああ……ダメじゃない。いいよ」

「本当? よかった」


 清水の表情が華やぐ。もともと可愛いのに、明るく笑いかけられると魅力倍増だ。見ていられなくて、思わず目を逸らす。

 まさか、このまま清水といい感じになって、お付き合いとか始まるなんてことも……?

 いや、流石にそれはないか。配信を始めただけで、そんな桃色展開になるなんて期待してはいけない。

 それからまた少し話をしているうちに、チャイムが鳴る。もっと話していたいな、などと思ってしまったが、そう思うのは、きっと僕だけなのだろう。

 また、どうやら昨日声をかけてきた人達はその夜の配信も視ていたらしく、今日も声をかけてきた。一様に誉めてくれたし、応援してくれた。身近で僕の配信を視ているのはごく少数ではあるのだけれど、それでも嬉しく思った。

 放課後。

 ごく自然に清水が僕を誘ってきて、一緒に下校することになった。それを怪訝そうに見ている者もいたけれど、気にする必要はない。


「秋月君って、普段は何してるの? やっぱり読書?」

「読書は好きだけど、いつもそうという訳じゃない。家では漫画も読むし、音楽も聴く。たまに大和の撮影の手伝いをすることもある」

「ふーん。もっと硬いイメージだと思ってた。どんなのを読むの?」

「ラノベ含めて小説で言うなら、東野圭吾、朝井リョウ、森見登美彦、西尾維新とかが多いかな。漫画はなんでも読むけど、最近一番面白いと思ったのは、『ブルーピリオド』かな」

「ごめん、訊いておいてなんだけど、作家さんの名前はわかんないや。漫画も知らないやつだ」

「もし読むなら、貸してもいいよ」

「ほんと? なら借りちゃおっかな」

「面白いかどうかは保証できないけどね。好みがあるだろうし」

「いーのいーの。わたしは、秋月君がどんなのを読んでるのか知りたいの」

「ふーん? 変なの。ま、明日持って来るよ」


 清水の考えはよくわからないが、とにかく読みたいと言うのなら貸そう。どれが読みやすくて面白いかな、などと考えていると、清水がやや不満そうに言う。


「秋月君、もしかして、ものすごく鈍い人?」

「え? 何が?」


 尋ね返すと、清水が何やら残念そうに溜息。


「うん、今ので、なんかわかった。大丈夫」

「え? ……え?」


 僕には清水の生暖かい微笑みの意味がわからない。鈍いと言われたのは初めてだが、友達が少ないのでそのせいかもしれない。

 鈍い、というのは概ね恋愛関係に鈍いというのを想像するが、今に関して言えばそれは別の話だろう。だとすると、なんなのか。検討がつかない。

 困惑する僕に、清水が続ける。


「ね、今日、秋月君のお家に行ってみてもいい?」

「え? な、なんで?」

「嫌だった?」

「嫌とかじゃない。ただ、理由がわからなくて、困惑してる」

「理由か……。んー、秋月君、彼女いたことある?」

「ない」

「誰かに告白されたこととかは?」

「ない。その気配すらない。恋愛は空想世界にだけ存在するものだと思ってる」

「……はー、なるほどね。うん、大丈夫。わたし、そういう人でも大丈夫なタイプだから。なんで気付いてくれないの!? とか怒ったり拗ねたりしないよ」

「……なんの話なんだ? 僕、何かしたか?」

「うん。してる。けど、いいよ。それならそれで、わたしはやり方を変えるだけだから。とにかく、行っていいなら、お家に連れてってよ」

「ああ、うん……。いいよ」


 にっこりと笑う清水が、妙に迫力に満ちていたのは気のせいだろうか。

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