第21話 魂の上書き

アーシェス Side


 実践での使用は初めてだ。

だが、NPCを相手にした訓練では練習を重ねている。

新しいスキルをぶっつけ本番で使用するほど、僕の心臓は大きくない。


だから、ある程度の覚悟もしていた。

だが、実戦はやはり違う……


ここまでのバトルの経過時間はどの程度だ?

体感では随分長いが実際はまだ20分も経っていないだろう。

そこまで消費された体力。

ゲームの数値とはまた違う、実際に運動をしたかのような身体への負荷。

さらに高速を超えて飛来する矢に対する精神力の磨耗。

それらを加味したうえでこのスキルの代償はキツイものだった。


魔眼スキル【魂の上書きソウルオーバーライド


右目に装着されているコンタクトに付与されえているスキルだ。

効果はスキル使用時の身体能力をさらに同じ数値で上書きするというもの。

通常の身体能力に加え、スキルによるバフによりさらに向上している。

それらの数値を単純に倍増えるのだ。

つまり100だった筋力が200に。

300だった速度が600になる――といったスキル。


破格のスキルだ。

当然それに伴う代償も大きい。

まず、効果時間はもう一度瞬きするまでの間。

つまりスキルを発動したら、次瞬きをしたら効果は消える。

試しに目を開きっぱなしにしてみたが、何もしない状態で最高1分。

だが、走ったり、攻撃をしたりなど何かアクションを起こすと

どうしてもそちらに意識が回ってしまいすぐ瞬きをしてしまう。


クールタイムは30秒。

効果の割りに随分短いCTだが、

2回目からの発動は効果は半減となる。

3回目は4分の1.

4回目は発動しないそうだ。

つまり劇的な効果が見込めるのは始めの1回。

もっともその他の代償が重すぎてとてもではないが

2回目の発動は非常に困難だ。


このスキルの代償としてもっとも重い残り2つ。

ひとつはもうひとつの魔眼同様に使用回数によって

視力を失うこと。

1回発動したら右目の視界がぼやけてしまい、とても戦える状態ではなくなる。

ちなみに3回発動で失明するそうだ。


残りのひとつが一番の問題だった。

上書きされたスキル使用後に使用時間の倍の時間、

デバフが付与される。

効果は体力低下、思考能力低下、SP回復量低下、スキル使用不可だ。

(大吾君はマラソンで走った後みたいになるよ)


なんて言っていたが……


実戦ではそういうレベルではない。

右目から赤い光が線となり発光している。

目の前の世界を置き去りにした。

ゲーム内の僕の身体能力は垂直ジャンプで5メートルは跳べるし

軽く走っても車より早く走れる。


そんなスーパーマンみたいな能力が2倍になるのだ。

目の前に降り注ぐ光の雨はスローに見える。

足に力をいれる。

屋上の床が割れ、音速のような速度でトリエスティに近づいた。

そのまま首を落とそうと切り込むが、

避けられてしまった。


(これを避けるのか、本当にたいした奴だ)


心の中で敵に惜しみない賞賛を贈る。


屋上の床をすべるように着地し、剣を床に指し何とか止まる。

その時、【オーバーライド】が切れてしまった。


――――瞬間息が止まった。

肺が競りあがり呼吸が出来ない。

視界が明滅し上手く前が見えない。

足が震える。

まるで生まれたての動物のようだ。

右目から激痛が走っているのが

それが返って僕を正気にしている。


(まずい、戦闘時はここまでひどいのか……!)


使用時間から考えると恐らく2秒程度か?


明滅する視界からトリエスティが驚愕の表情でこちらを見ているのが

なんとなく分かった。


(なんとか左腕は落とせたか…)






お互いに緊張状態にあった。

アーシェスはスキルの代償による反動のために、

トリエスティは絶対の自信があったスキルを避けられた事と

左腕を失ったたため、


先に動いたのはトリエスティだ。

腰のベルトより短剣を構え、すぐさまにアーシェスへ向かい投擲した。

何のスキルも付与されていない。

ただの投擲スキルだ。

それをアーシェスは右腕の防具を使って防いだ。


その様子を見てトリエスティはひとつの確信を得た。

先ほどまで自身の音を置き去りにする程の射撃を斬っていたはずの

敵が今は自分のただの投擲を避けることも出来ないという事。

【ミーティアライン】によるダメージこそ与えられなかったが、

それを避けた超人的なスキルの代償がアーシェスを

苦しめているという事を理解した。


どの程度の代償なのか分からないが、

アーシェスの様子を見るに軽いものではないのだろう。

そこで決断した自身の行動が勝敗を左右する。

大きな岐路にトリエスティは立っている。



そしてアーシェスも理解していた。

刹那の時。

スキルの代償から開放されるまでの間のトリエスティの行動によって

このバトルの行方が変わるであろう事。

(NPCとの訓練では感じられなかったスキルの代償。

 その重さは理解した。

 次同じようにこのスキルを使ってもこのような無様は去らない。

 だからこそ、今をどうするかが問題だ)


アーシェスが考えるトリエスティの行動は以下の二つ。

今の自分の様子を見て片腕で接近戦に移り早急に決着をつける。

もしくは、すぐにこの場を離脱し、腕を治癒し得意な遠距離戦に戻すか。



だが、アーシェスは頭で考えるよりトリエスティの目を見て悟った。

決着は近そうだ……と。


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