第2話:命令

「私の婚約者、聖女オリビアよ、何故最近融水量が減っているのだ?」


 意思の消えた瞳を聖女オリビアに向けて、王太子アルフィは何の感情も含まれない、平板な口調で問いかける。

 王太子の両脇には、双子の悪女ハイディとクララが、勝利を確信した邪悪な笑みを浮かべながら立っている。


「恐れながら王太子殿下、それは、この国の民が守護神様を信じなくなっているからでございます。

 この国の民が守護神様を信じ、教えを守るようになれば、再び融水量が増えます」


 聖女は何の疑いも持たず、正論を口にした。

 幼い頃に聖女に選ばれ、先代聖女に愛情豊かに育てられたオリビアは、人間社会の悪意や邪心とは無縁に育ってしまった。

 その為、王太子達が悪意を持って陥れようとしているのに気がつけなかった。


「聖女オリビア、それは言い訳に過ぎないのではないか。

 本当は聖女オリビアが守護神様への祈りに手を抜いているから、融水量が減っているのではないか」


 もし本気で王太子がそう思っているのなら、その言葉は激しくなり、聖女オリビアを責めるような口調になっていただろう。

 だが双子の悪女に操られた王太子の言葉は、怖いほど平板だった。

 何の感情も込められていない、淡々とした話し方だった。

 聖女オリビアは気が付いていないが、警備を担当している近衛騎士達は、背筋に寒気が走り、脚が震えそうになっていた。


「そのような事は決してございません。

 朝は夜明け前から、夜は草木も眠る遅くまで、守護神様に祈っております」


 聖女オリビアは何の疑いも持たずに真実を話した。

 それが双子の悪女の罠に飛び込むことになるとは思わずに。


「祈りは時間ではないのだよ、聖女オリビア。

 王家は長年の文献を調べたので、原因が分かっているのだ。

 単に祈るだけではなく、命懸けの真摯な願いを込めなければいけないのだよ。

 だから聖女オリビアには、命懸けになれる祈りの場を用意した。

 国王陛下の許可は取ってあるから、今からそこで祈ってもらう」


「急にそんな事を申されましても、祈祷のための衣装も楽士もおりません。

 少し時間を頂けましたら、神殿から呼び寄せ持って来てもらいます。

 どうかしばしご猶予願います」


 聖女オリビアは真面目だった。

 これが双子の悪女による罠だとは思いもせず。

 本当に王家が国の事を憂いて文献を調べたのだと思っていた。

 だから、神殿から場所を移して祈祷をやろうとしていた。

 だがそんな聖女オリビアの決意は、あっさりと踏みにじられることになる。


「楽士も衣装も不要だ、そんなモノがなくても、聖女オリビアさえ命懸けで真剣に祈れば神々の加護は得られるのだ。

 近衛騎士、聖女オリビアを新たな聖殿にお連れろ」


 双子の悪女に操られ、教えられたことを口にするだけの傀儡となった王太子は、冷酷非情な命令を平気で下した。

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